「私も子供と引っ越してきちゃおうかな」――義姉は、私と夫で建てたばかりの新居を見て、そう言って笑った。夫は「賑やかな方がいい」と喜び、義姉の息子は毎日のように夕飯を食べに来るようになった。新婚なのに、家計は食費で火の車。なのに夫は「家族だから助け合おう」と言い……最後に義姉が放った一言で、私は怒りの頂点に達した。「シ太の部屋、どれにする?」――この家は、私の家。なのに、誰も私の意見を聞いてく…

「私も子供と引っ越してきちゃおうかな」――義姉は、私と夫で建てたばかりの新居を見て、そう言って笑った。夫は「賑やかな方がいい」と喜び、義姉の息子は毎日のように夕飯を食べに来るようになった。新婚なのに、家計は食費で火の車。なのに夫は「家族だから助け合おう」と言い……最後に義姉が放った一言で、私は怒りの頂点に達した。「シ太の部屋、どれにする?」――この家は、私の家。なのに、誰も私の意見を聞いてく...

「やっぱここのうちは便利ね。私も子供と引っ越してきちゃおうかな」
お姉さんはそう言って缶ビールを一気飲みした。一緒に中を飲んでいる夫は「おいしいな。やっぱり家は賑やかな方がいいもんな」と嬉しそうに言う。夫はシ太の高校もうちからの方が近いだろうと、隣に座るシ太君に同意を求めた。シ太君はお姉さんの一人息子で、高校生の野球部員だ。
「はい。それにおばさんの料理美味しいんで」
返事もそこそこに、シ太君はすごい勢いでテーブルの上の料理を平らげていく。もうそれは4人分だったのに。私は忙しく料理を作りながら、「あ、冗談ですよね」と愛想笑いするだけで精一杯だった。

私は夫と結婚してまだ半年の新婚だ。子供はまだいない。夫がハウスメーカー勤務なこともあって、結婚に合わせて新居を建てた。つい1ヶ月前に完成し、入居したばかり。夫はさすが本職というところで、新居を本当に気に入っている。使いやすいし、おしゃれだし、社員割引とか色々使えたのもあって、総額は私の予想よりずっと安い値段で建った。まあ、それでも夫婦名義でローンは組んだけれど。ここまでは順風満帆だった。けど、問題が発生した。お姉さんだ。

夫は3兄弟の末っ子で、兄と姉がいる。お兄さん一家は隣の市にある実家で義両親と同居中で、盆と正月の付き合い。お姉さんとも同じ市内に住みながら、ほとんど交流はなかった。それなのに、お姉さんが初めてうちを見に来た時、「私もこんなおしゃれな家に住みたかったわ」と、私以上にこの家に心を奪われてしまったのだ。

正直、私はお姉さんがとても苦手だ。お姉さんは元々かなり派手なギャルだった。今でも髪は金髪だし、原色のミニスカート、キャミソールの露出の多い格好が大好きだ。若い頃にできちゃった結婚をして、今はパートだけど、17歳の息子シ太君がいる。お姉さんは、よく言えば対人の距離感がとても近い人で、悪く言えばとにかく図々しい人だ。

「本当に素敵な家よね。それにすっごく便利だし。さすがたつや」
お姉さんから褒められ、夫は調子に乗った。
「だろ。姉ちゃんもいつでも遊びに来いよ」
お姉さんは最初こそ「え、でもしょっちゅうはすみかさんに悪いし、新婚でしょ」と遠慮したけど、夫が「すみかだって賑やかな方が楽しいだろう」と私に笑顔で聞いてきたのだ。お姉さんもシ太君もいる前で、そうやって言われたら答えなんて1つしかないだろう。
「あ、そうね。是非また遊びに来てください」
その社交辞令を盾に取り、お姉さんとシ太君はだんだん毎日のようにうちに遊びに来るようになった。というより、お姉さんは仕事帰り、シ太君は学校帰りにうちに寄って、夕飯を食べ、お風呂に入って帰って行くのが日課になってしまったのだ。

お姉さんの職場とシ太君の高校と、2人の自宅の市営団地。そのちょうど中間地点に我が家があるから、便利なんだそうだ。
「そうだ。たつやのうちの方が職場から近いんだよね。それにさ、この綺麗な家に慣れると、ボロい我が家に帰りたくないのよ」
お姉さんの家は市営団地にあるけど、母子家庭だから家賃の補助があってすごく安いらしい。でも昭和の終わりに建てられた団地で老朽化もひどく、間取りも使いづらいのだそうだ。4階なのに階段なのよ。廊下はコンクリートむき出しだし、壁も薄くて隣の物音が全部聞こえてくるらしい。

最初のうちは、私も料理を多めに作って、お風呂も先に入ってもらって、と気を遣っていた。けど、それが毎日になると、食費も光熱費もかさむ一方だ。うちの家計は夫の給料だけでやりくりしているから、お姉さんたちが毎日来るようになってから、食費が倍以上に膨らんだ。私はパートにも出られない。お姉さんたちが来るから、夕方には家にいなきゃいけないのだ。

「すみかさん、今日の夕飯は何?」
仕事帰りのお姉さんが、ひょいと玄関を開けて入ってくる。もはや我が家の鍵すら持っている。シ太君も、「おばさん、腹減ったー」と言いながら、ランドセルを放り投げるかのようにして上がり込む。夫はというと、賑やかなのが嬉しいらしく、お姉さんと一緒にビールを飲みながら、ご機嫌にテレビを見ている。

「なあ、姉ちゃん。うちに住めばいいんじゃないか?」
ある日、夫がそんなことを言い出した。私は手に持っていた皿を落としそうになった。
「え? 何言ってるの?」
「だって、ここの方が姉ちゃんたちも便利だろ? シ太の高校も近いし、職場も近い。それに、俺も姉ちゃんと一緒に住めたら嬉しいし」
お姉さんは目を輝かせた。
「いいの? 本当に? 私、嬉しい!」
「ちょっと待って。私は聞いてないけど?」
私がそう言うと、夫は不機嫌そうな顔をした。
「お前は俺の家族と仲良くできないのか? 俺はみんなで仲良く暮らしたいんだ」
お姉さんも追い討ちをかける。
「そうよ。家族なんだから、助け合わなきゃ。私はすみかさんにも感謝してるわよ。こんな素敵な家に住ませてもらえて」
私はもう何も言えなかった。この家は、私と夫が二人で建てた家だ。それなのに、私の意見は完全に無視されている。私はこの家にいるのに、もう居場所がないような気がした。

我慢の限界が近づいていたある日、お姉さんが言った。
「そういえばさ、シ太の部屋、どれにする?」
「は?」
「引っ越してきたら、シ太に部屋がいるでしょ? 私たちは夫婦だから一緒でいいし、シ太には子供部屋を」
私はカッとなって、思わず声を荒げた。
「ちょっと待ってください! 私は聞いてません! この家に誰が住むって、誰が決めたんですか?」
お姉さんは驚いた顔をした。
「だって、たつやがいいって言ったじゃない。すみかさんだって、賛成したでしょ?」
「私は賛成してません! 勝手に決めないでください!」
すると、夫が割って入った。
「すみか、いい加減にしろよ。姉ちゃんがせっかく引っ越してくるって言ってるんだ。お前は俺の家族を追い出したいのか?」
「追い出したいって……私はただ、私の意見も聞いてほしいだけ!」
言い合いになっていると、シ太君がぼそっと言った。
「……おばさんって、自分勝手だね」
その言葉に、私は凍りついた。誰よりも私が我慢してきたのに、その私が自分勝手だと言われた。もう何も言えなくなった私は、その場を逃げ出すようにして家を出た。涙が止まらなかった。この家に私の居場所はないんだ。そう思ったら、もうどうしたらいいのか分からなかった。

私は義両親に電話をした。泣きながら、これまでのすべてを話した。すると義両親は、「すぐに行く」と言って、車で飛んできてくれた。
家に帰ると、夫とお姉さんが相変わらずくつろいでいた。そこに義両親がずかずかと上がり込んで、お姉さんに言った。
「お前たち、すみかさんに散々迷惑をかけて、恥ずかしくないのか?」
お姉さんは慌てた様子で、
「お父さん、お母さん……あ、お兄ちゃんまで!」
そう、義理の兄夫婦も一緒に来てくれていたのだ。義母は私の手を握り、
「すみかさん、よく頑張ったわね。もう大丈夫よ。この家は、あなたとたつやの家よ。誰にも邪魔させないからね」
義父は夫を叱りつけた。
「お前は自分の妻より、姉の方が大事なのか? この家を誰が建てたと思ってるんだ? 自分の家庭を大事にできない男が、家族の絆なんて語るな」
夫は何も言い返せず、うつむいてしまった。お姉さんは義両親に睨まれて、ようやく引っ越しの話を撤回した。シ太君も、私の顔を見るたびに気まずそうにしている。

それから、お姉さんとシ太君は、ちゃんと挨拶をしてから帰るようになった。毎日来ることは流石になくなり、今では月に一度あるかないかになった。義両親たちが、お姉さんにきつく言い聞かせてくれたおかげだ。夫も、自分の非を認めて、私に謝ってきた。
「すみか、ごめん。俺、お前の気持ちを考えてなかった」
私はまだすぐに許せる気持ちにはなれなかったけど、夫が変わろうとしているのは分かった。あの日、義両親が来てくれなければ、私はこの家を追い出されていたかもしれない。そう思うと、今でも腹が立つし、悲しくもなる。けど、私はこの家を守り抜いた。今度こそ、夫と二人で、この家を大切にしていきたい。

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