「ただいま」と声をかけると、暗い玄関に私の声だけが虚しく響いた。いつの間にか、仕事で疲れて帰ってきても、妻の香りも娘のすみれの「おかえり」の一言すらもなくなっていた。それどころか、二人ともテレビに釘付けで、振り向きもしない。最低限の挨拶すら返してもらえない。透明人間のような扱いに、私はいつもがっかりしていた。
ペットの犬だけが、私に尻尾を振って寄ってきた。娘が「絶対私が世話をするから」と言って買った犬なのに、トイレの世話も散歩も、結局は私の担当になってしまった。
私は、平日は建設会社の作業員として働き、休日は実家を継いだ兄の手伝いで農作業をしている。もうすぐ定年を迎える、ごく普通の中年男性だ。ただ、昔は実家が貧しくて進学できず、最終学歴は中学校。つまり、中卒だ。
「夕飯は残っているの?」と妻に声をかけると、妻はじろりと睨んだ。
「今いいところなの。冷蔵庫に何かあるでしょ? 勝手にチンして食べてちょうだい」
それだけ言うと、また韓流ドラマに熱中する。私はため息をついた。まだ今日は返事をしてくれただけましかもしれない。残業で遅くなった日なんかは、家中の電気を消して寝ているし、朝は遅くまで起きてこないから、私が朝ご飯を準備する。
いつからこうなってしまったんだろう。家族のためにずっとガムシャラに働いてきたのに、その家族から見向きもされないなんて、虚しさが込み上げてくる。
昔はこんな風ではなかった。結婚当初は、風邪を引いて熱を出せば「大丈夫?」と心配して、優しく看病してくれた。今では「うつさないでね」と言うだけだ。妻は自分と娘が第一で、次にペットの犬。私のことは二の次どころか三の次で、犬の方が高級な餌を食べているだろう。
でも、トイレの世話は汚くて臭いからと私にやらせるし、散歩だって日に焼けるのは嫌だと言って、妻も娘も行かないから私が代わりに行っている。
私は冷蔵庫に入っていた残り物をそのまま食べた。レンジで温めても味気なさは変わらない。妻の香りとは無縁の、冷めた食事。
「もうすぐ定年だ。労働は大変だからな。そろそろのんびり過ごしたいと思っているんだよ」と私が言うと、妻は「はあ? 生活費はどうやってお金を稼ぐつもり? 私も娘も働く気はないからね」と返してきた。
私は何も言えなかった。長年、何もしない妻と娘を横目に、馬車馬のように休みもなく何十年も仕事だけをしてきたのだ。少しは休みたいと思うのは、そんなに悪いことなのだろうか。
娘のすみれも同じだ。私が「最近どうだ?」と聞いても、「別に」と一言だけ。スマホをいじりながら、私の顔すら見ない。私が話しかけると、面倒くさそうに席を立つ。
ある日、私はふと思った。この家で、私の存在は本当に必要とされているのだろうか。稼いでくるだけのATM。いや、ATMだって、お金を下ろせば感謝されるだろう。
私は何のために働いてきたのか。家族のためにと、自分の夢を諦めてきた。中卒の私にできることなんて限られていて、それでも必死に働いてきた。妻に「働けばいいでしょ」と言われた時は、心が凍りついた。
そして、私がもうすぐ定年だと言った日から、家の中の空気がさらに冷たくなった。妻は私の顔を見ると、ため息をつくようになった。娘は私がリビングに入ると、自室にこもるようになった。
私は犬としか話せない。犬だけが、私の帰りを喜んでくれる。犬だけが、私を見てくれる。
ある晩、私はこっそりと自分の年金の書類を見た。そして、ある決意を固めた。このまま、家族のために全てを捧げて、捨てられるように終わるのか。それとも、残りの人生を自分のために生きるのか。
私は一つの計画を立てた。それは、妻にも娘にも絶対に言えないような計画だった。



