「町コ場との契約は終了だ。」
部長就任早々、そんな言葉が飛び出した。中国製の方が優秀だから、というのがその理由らしい。俺の会社が何十年もかけて築いてきた技術を、一言で切り捨てたのだ。
俺の名前は和田、39歳。3年前に父から会社を継いで社長を務めている。従業員は20名ほどの小さな工場だが、売上の9割を担うベアリングという部品がある。髪の毛ほどの誤差も許されない精密さが求められ、医療機器に使われるほどの品質だ。父が独自の技術と発想で開発したこのベアリングのおかげで、うちの工場は小さくても安定した経営を続けてこられた。取引先との年間契約額は7000万円。小さな町工場にとっては、まさに生命線だった。
新しく部長に就任したその人物は、頭はいいが仕事はできないタイプらしい。俺が長年築いてきた取引先を、たった一言で無にしてしまおうとしている。俺を馬鹿にするとどうなるか、その身を持って理解してもらおう。
その日、俺は取引先の受付で30分も待たされた。新しい担当者に挨拶をしたいと言われて訪れたのに、通されたのは会議室ではなく応接間。持ってこられたお茶はすっかり冷めていた。
ようやく相手が現れたのは、それからさらに20分後だった。
「お待たせしました。資材管理部の島岡です。」
俺は名刺を差し出しながら、本題を切り出した。
「先日は突然の契約終了の連絡をいただきまして。何かうちの製品に問題でもありましたか?」
島岡部長は、にこりともせずに答えた。
「いえ、問題はありません。ただ、うちの方針として、よりコストパフォーマンスの高い製品に切り替えることにしたんです。中国製の方が優秀ですからね。」
「中国製の方が優秀?それはどういう基準で?」
「品質は同等でも、価格が全然違いますから。そちらに合わせてもらわないと、うちとしては契約を続けられません。」
要するに、値下げを要求しているのだ。しかも、それは契約書に書かれていた品質基準を満たす製品を、大幅に下回る価格で提供しろと言っているに等しい。
「それでは、うちの技術が無駄になる。これまで通り、品質を担保した製品を提供するのがうちのやり方です。」
「では、契約終了で結構です。すでに書類も準備してありますので。」
そう言って、島岡部長は契約終了の通知書を差し出した。俺はそれを受け取らず、立ち上がった。
「わかりました。ですが、その判断が間違いだったと、後悔する日が来るかもしれませんよ。」
「ふっ、何を言ってるんですか。あなたのような小さな工場が、うちの取引先として必要だと思っているんですか?笑わせないでください。」
その言葉に、俺の中で何かが弾けた。
「いいでしょう。では、実力を示させてもらいます。」
俺はその場を後にした。だが、頭の中ではすでに計画が動き始めていた。
翌日、俺は全ての取引先に連絡を入れた。うちのベアリングの品質と、これまで実績を伝え、新たな取引を申し込んだ。
そして、数週間後。島岡部長のもとに、とんでもない知らせが届くことになる。
「おい、どうなってるんだ!納品された部品が不良品だらけだぞ!」
取引先からのクレームが殺到した。中国製のベアリングは、精密さが要求される医療機器には使い物にならなかったのだ。
「そんなはずは…。品質検査は通ってるはずだ!」
「検査ごときで何がわかる!現場で実際に使ってみて、どれだけ問題が起きるか、お前にわかるのか!」
島岡部長は頭を抱えた。だが、時すでに遅し。取引先は信頼を失い、島岡部長は解任されてしまった。
そして、俺の工場には新たな取引先が次々と訪れるようになった。あの時、俺を馬鹿にしたことを、島岡部長は後悔したに違いない。
…いや、もしかすると、それは俺の思い込みかもしれない。だが、あの日、俺は確信した。技術と信頼は、決して裏切らないということを。
そして、俺は今もなお、父が築き上げた会社を守り続けている。



