「離婚してほしいの」って、妻に言われたのは、35歳の春でした。俺はただ、将来のためにコツコツ貯金していただけ。毎日お弁当を作り、水筒に麦茶を入れ、服はリサイクルショップで買う。それなのに、妻は「窮屈すぎる」って俺を責めた。服を買うことすら許されない生活に耐えられなかったんだって。あの時、俺は何も言えなかった。でも、何年か経って、俺はオーダースーツを着ていた。そして、ある日街で彼女に会って、こ…

「離婚してほしいの」って、妻に言われたのは、35歳の春でした。俺はただ、将来のためにコツコツ貯金していただけ。毎日お弁当を作り、水筒に麦茶を入れ、服はリサイクルショップで買う。それなのに、妻は「窮屈すぎる」って俺を責めた。服を買うことすら許されない生活に耐えられなかったんだって。あの時、俺は何も言えなかった。でも、何年か経って、俺はオーダースーツを着ていた。そして、ある日街で彼女に会って、こ...

「その素敵な格好、やっぱり本当だったのね。生活保護もらってるんでしょ?」

突然、同僚のけ子にそう言われて、俺は一瞬固まった。何のことだかさっぱり分からない。否定も肯定もしなかった。

「まあ、誰かと勘違いしてるかもしれないけど。君が幸せならそれでいいよ」

そう言って、俺はゴミ箱の中のゴミを集め始めた。け子は俺の今の姿を見て、とても満足そうにその場を去っていった。

俺は35歳の会社員だ。影で「けち抜き」と呼ばれるほど倹約家で知られている。みんなが職場の自販機でペットボトルのジュースを買う中、俺は水筒に入れた麦茶を飲む。昼休みに外食を楽しむ同僚たちを横目に、俺は自分で作った弁当を食べる。

これには理由があった。まだ夢は遠いけど、「ちりも積もれば山となる」の精神で、ゆっくりとお金を貯めていた。

俺には妻がいて、名前をけ子と言う。け子は俺が家計を握っていることについて、何の文句も言わなかった。むしろ、俺が買い物を済ませ、日用品のストックもきちんと準備するほど、彼女にとっては楽だったようだ。料理ももちろん俺が全てやっている。倹約家と言っても、稽古の誕生日には圧力鍋やオーブンを駆使して、フレンチレストランも顔負けの美味しいものを作ってご馳走していた。プレゼントにはちょっと奮発して、ブランドのメゾンで彼女に似合うバッグを買ったりもしていた。

メリハリをつけたお金の使い方をすることで、倹約が続くことへの鬱憤を発散させることも忘れなかった。け子には何不自由なく暮らしてもらおうと思っていた。

しかし、それがけ子にとっては窮屈だったのだ。

「離婚してほしいの」

「どうしてだよ。何が不満なんだい?」

「何もかもよ。あなた、自分の着る服はリサイクルショップに売って、そのお金で買えばいいって言ってるけど、私の服はファストファッション店で買うなんて許してくれないでしょ。私はブランド店やセレクトショップで買いたいの」

「下着やシャツなどの消耗品は、量販店のもので十分だろ。それに、俺は自分の服だってリサイクルショップで買ってるんだ」

「とにかく窮屈なのよ。厳しすぎるの」

け子はそう言って、俺に離婚届を突き出してきた。

「俺がこうやって倹約に忙しくしている理由を、話したことなかったね」

「だって聞いても話してくれなかったじゃない」

「これは、稽古のためでもあるんだよ」

「稽古?」

「そう。10年後、いや、20年後……俺は、自分が納得できる人生を送りたいんだ。そのために貯金してる」

け子は首を振った。

「あなたの夢なんて、私には関係ない。私はもっと自由に生きたいの」

俺は離婚届を受け取った。何も言えなかった。目の前が真っ暗になるような気がした。

数年後。俺はオーダースーツを着込み、ドレスシューズを履いていた。鏡の中の自分を見て、少しだけ微笑んだ。長年貯めたお金が、ついに形になろうとしている。

ある日、街でけ子に会った。彼女は少しやつれていた。

「おや、どなたかと思ったら、け子さんですか。お久しぶりですね」

「何よ、その格好。あなた、騙したのね」

「騙したってどういうことですか?」

「だってあなた、眠そうにしてるけど、実は結構贅沢してるって聞いたわよ」

「それは誤解ですよ。私は今でも倹約してます。ただ、今日は大事な日に備えてスーツを新調しただけです」

「大事な日?」

「ええ。私、この度、独立して自分の店を開くことになりました。これもすべて、長年の節約のおかげです」

け子の顔色が変わる。

「独立? それって……お金、あるの?」

「ありますよ。あなたと離婚した後も、コツコツ貯めていましたから。むしろ、あの時離婚してくれて感謝してます」

「どうして?」

「あなたがいなくなって、自分の夢に集中できるようになった。それに、あなたには迷惑をかけずに済んだ」

け子は唇を噛んだ。何かを言いたそうだったが、何も言えずに立ち去ろうとした。

「け子さん、一つだけ言わせてください」

俺は彼女の背中に向かって言った。

「あなたはあの時、僕の夢を笑った。でも、そのおかげで僕はここまで来られた。今、僕が幸せかどうか、あなたには関係ないですけどね」

け子は振り返らずに去っていった。俺はスーツの襟を正し、新しい人生の第一歩を踏み出した。

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