「中国製の方が安くて優秀だ。本社は用済みだ」
新部長の中西は、俺が開発した特許モーターの入った箱を指差し、そう吐き捨てた。
俺は荒木、42歳。家電部品の小さな工場を経営しながら、自らも開発に携わる技術者だ。12年間、業界トップの家電メーカーと取引を続けてきた。4年前、電力消費を30%削減し、騒音を50%低減する独自構造のモーターを開発し、特許を取得した。業界中が注目する技術だった。
真っ先に独占契約を申し出てきたのは、長年取引のある資材調達部長の井原だった。特許使用料は売上高の10%という破格の条件。俺は井原の熱意に応え、契約を結んだ。
だが、井原が異動することになり、後任として中国勤務から戻ったばかりの中西が担当になった。井原は引き継ぎの際、特許技術の重要性を何度も強調したが、中西は「コスト削減が最優先」と繰り返すばかりだった。
初対面の日、中西は椅子にふんぞり返ったまま、契約書を指差した。
「この特許使用料、10%は高すぎる。業界相場の2%にしてもらえる」
俺は説明した。この技術は4年かけて開発した、代替が効かない特許技術だと。しかし中西は鼻で笑った。
「モーターなんて中国のメーカーがいくらでも作ってる。同等品が1/3の価格で調達できるんだよ」
俺は丁寧に反論したが、中西は聞く耳を持たない。
「従業員10人程度の中小工場が、大手に強気に出るとは笑わせる。どうせ井原が義理人情で高い金を払ってただけだ」
そして、モーターの箱を指差して言った。
「悪いけど、それ受け取り拒否で」
俺は一瞬言葉を失った。12年間の信頼関係が、一方的に打ち切られようとしている。しかし、中西の傲慢な態度と、俺の技術を侮辱する言葉が、逆に決意を固めさせた。
「わかりました。それではこちらで引き取らせていただきます」
冷静にそう答えると、中西は鞄から契約解除通知書を取り出した。
「双方の合意があれば契約は解除できる。これにサインして帰ってくれ」
どうやら最初から契約解除を決めていたらしい。俺は書類に目を通し、淡々と署名した。中西は勝ち誇った笑みを浮かべ、部屋を出ていった。
1人残された俺は、4年前を思い出していた。特許を取得した直後、複数のメーカーから独占契約の申し出があった。中でも中堅メーカーの営業担当・前川は、4年間、年に3、4回は必ず連絡をくれていた。
「もし契約が終了することがありましたら、必ず声をかけてください。いつでも即座に対応する所存です」
1ヶ月前にも、そう言われたばかりだ。
俺はその場で前川に電話を入れた。
「前川さん、荒木です。独占契約が本日付けで解除されました。そちらと契約についてお話ししたいのですが」
電話口の前川は、一瞬の沈黙の後、興奮した声で答えた。
「本当ですか?すぐに伺います」
数時間後、前川と中堅メーカーの社長を含む役員3名が、俺の工場にやってきた。
「荒木社長、やっとこの日が来ました。4年前からずっと機会を待っていたんです」
社長が身を乗り出して言った。
「この技術があれば、我が社の全製品を一新できます。特許使用料は売上高の12%でいかがでしょうか?」
破格の条件に俺は驚いた。相手側は事前に契約書まで準備している。俺は内容を確認し、その場で署名した。
翌朝、業界ニュースサイトのトップページに大きな見出しが踊っていた。
「中堅家電メーカー、画期的な特許モーター技術の独占契約を締結」
記事には、俺の会社名も技術の詳細も明記されていた。業界トップは主力技術を失い、次世代エアコンの発売を半年以上延期せざるを得ないだろうという分析も載っている。
従業員たちが興奮して声をかけてくる。
「社長、すごいニュースですね。うちの技術が業界を変えるって書いてありますよ」
その時、事務所の電話が鳴った。井原からだ。
「荒木さん、今朝のニュースを見ました。一体何があったのか、詳しく教えていただけませんか?」
俺は昨日の出来事を説明した。中西が契約を一方的に解除したこと、受け取り拒否されたこと、その場で契約解除書にサインしたこと。
井原はため息をついた。
「中西は、契約解除の意思を伝える1ヶ月以上前から、無断で中国のメーカーに代替モーターを発注していたそうです。独占契約では代替品の発注も禁じられているのに」
「そして、中国から取り寄せたモーターは、荒木さんの特許モーターのような性能を全く出せなかった。試作段階で電力消費も騒音も従来品より悪化する結果になりました」
中西は、ニュースを見るまで事態の深刻さに気づいていなかったらしい。
電話を切って間もなく、また電話が鳴った。中西からだ。
「荒木さん、どうか契約を元に戻していただけないでしょうか?特許使用料は15%でも20%でも構いません」
声は震えていた。しかし、俺の決意は揺るがない。
「中西部長、昨日あなたは私の技術を軽視し、中国製で十分だとおっしゃった。その判断の結果が今の状況です」
「すでに契約は成立しています。これ以上お話しすることはありません」
そう告げて、俺は電話を切った。
翌日、工場の入り口に高級車が止まった。降りてきたのは、60代の品のある男性と、青ざめた顔の中西だった。
男性は専務の千田と名乗り、深々と頭を下げた。
「この度は、弊社の中西が大変失礼なことをいたしまして、誠に申し訳ございませんでした」
千田は技術者出身らしく、俺の特許モーターの価値を理解しているようだった。
「この事態は会社の存続に関わる重大問題です。特許モーターの価値を中西が無知と傲慢で踏みにじったこと、会社を代表して心よりお詫び申し上げます」
すると、中西が俺の前に膝をつき、土下座した。
「荒木社長、本当に申し訳ございませんでした。もう一度だけ、契約を元に戻していただけないでしょうか?」
昨日の高圧的な態度とは別人のようだ。しかし、俺は冷静に答えた。
「中西部長、昨日も電話で申し上げた通りです。そちらに特許モーターを提供することはできません」
千田が厳しい口調で言った。
「中西、もういい。君はコスト削減にばかり目が行き、軽率な判断をした。しかも、独占契約中に無断で中国メーカーに発注した。これは契約違反であり、会社を法的リスクにさらす行為だ」
「君の数々の所行の結果、我が社は掛け替えのない主力技術を失ったのだよ」
中西は蒼白になって言い訳を始めたが、千田に一喝された。
「君の処分については、役員会に諮り厳正に検討する。覚悟しておきたまえ」
中西の顔から血の気が引いた。
千田は俺に向き直り、再び深々と頭を下げた。
「荒木社長、この度は申し訳ございませんでした」
2人が去った後、俺は深く息を吸い込んだ。確かな技術力さえあれば、必ず未来は開ける。俺はそれを身を持って証明したのだ。
数ヶ月後、千田から連絡が入った。中西は役員会の審査で、独断専行と引き継ぎ事項の無視、契約上の注意義務違反に問われ、部長職を解かれて地方の関連会社へ出向となった。出向先での待遇は大幅に下がり、転職も考えたが、この失態が業界で知れ渡っており、どこも採用してくれないという。
業界トップのメーカーは主力技術を失い、新製品開発が大幅に遅れ、業界での地位は急速に低下した。一方、俺と契約した中堅メーカーは、特許モーターを搭載した新製品が大ヒットを記録した。前川は定期的に工場を訪れ、感謝の言葉と共に次の開発計画を語ってくれる。俺の工場も従業員を5人増やし、最新の設備を導入することができた。
技術力こそが全てを変える。俺はこれからも、確かな技術の力で未来を切り開いていくつもりだ。


