取引先の部長が、大勢の前で俺の技術を「たかが液体」と笑い、契約を一方的に切ってきた。「君が生き残る道はもうないんだよ」と高笑いしながら。俺は何も言わずに会場を出た。だが、あいつは知らない。俺が次に向かった先が、業界トップ3が集まる別の懇親会だってことを。そして、あいつが切った契約が、俺にとってはむしろ好都合だったってことを。 続きが気になる人はコメントしてね。

取引先の部長が、大勢の前で俺の技術を「たかが液体」と笑い、契約を一方的に切ってきた。「君が生き残る道はもうないんだよ」と高笑いしながら。俺は何も言わずに会場を出た。だが、あいつは知らない。俺が次に向かった先が、業界トップ3が集まる別の懇親会だってことを。そして、あいつが切った契約が、俺にとってはむしろ好都合だったってことを。 続きが気になる人はコメントしてね。

取引先の部長が工場に来るたびに、決まって同じ嫌みを言う。「相変わらず古臭い工場だなあ」。何も分かっていない。建物は古いが、設備は最新だ。特許を取ったコーティング技術は医療機器の開発に使われ、人の命を守る仕事をしている。それなのに、この男は外観だけで全てを判断する。

俺の名前は北原。35歳で、親父から受け継いだ小さな工場を営んでいる。自動車部品の表面加工から始まり、今は医療機器業界に力を入れている。開発した特殊コーティング技術は特許を取得し、業界トップの相川さんからも高く評価されていた。

一方で、うちの特許技術を使っている中堅メーカーの部長、蒲田は、とにかくうちを下請けだと見下してくる。役員の息子で、地位は父親のものなのに、自分の権力だと勘違いしている典型的なパターンだ。

今日も蒲田は嫌みを言いに来た。適当に流していると、突然招待状を投げてよこした。

「これ、来週の懇親会の案内。君には無縁の高級料理が出るから楽しみにしておけよ」

ニヤニヤしながら言う。以前もそんなことを言っていたが、案内が来なかったので、もう呼ばれないものだと思っていた。よく見ると、予定のある日付だ。開始時間がずれているから、両方顔を出せそうだ。

「分かりました。出席させていただきます」

そう言うと、蒲田は特許使用料の値下げの件を蒸し返してきた。何度も断っているのに、しつこい。

「ですから、それは無理です」

俺が断ると、蒲田は「ああ、まあいいや。とりあえず懇親会で待ってるよ」と言って去っていった。

懇親会の日、俺は着慣れないスーツに身を包み、指定されたホテルに向かった。蒲田の会社が主催する会には、知り合いもいない。壁際でウーロン茶を飲んでいると、聞き覚えのある下品な笑い声が近づいてきた。

「おや、本当に来たのか?北原君。似合わない高級スーツを着て、借りてきた猫みたいじゃないか」

蒲田は部下を2人引き連れ、真っ赤な顔で俺を見下してくる。すでにかなり酒が入っているようだ。

「お招きいただきありがとうございます」

社交辞令で切り抜けようとすると、蒲田はさらに声を大きくした。

「ところで北原君、先週話した特許使用料の値下げの件だが、今日ここでいい返事を聞かせてもらえるんだろうな」

この場で交渉か。高級料理を提供してるんだから、値下げくらいしろとでも言いたいのだろう。だが、それとこれとは話が別だ。

「何度も申し上げている通り、これ以上の値下げは不可能です。我が社の特許技術は、徹底した品質管理と最新設備を維持するために適正な価格を設定しています。特に人の命に関わる医療機器ですから、安易なコストカットは」

「なあ、もういい。相変わらず硬い男だな」

蒲田は話を遮り、ため息をついた。その直後、ニヤリと笑って周囲を見回した。

「皆さん、聞いてください。この北原社長は、大企業の我が社を相手に、たかがプラスチックの管の内側に塗るだけの液体の特許で法外な金額を請求しているんですよ。身の程知らずとはこのことですね」

会場に品性のない笑いが広がる。取り巻きの1人が「立場を分かっていない下請けは困りますね」と調子を合わせた。

俺は名誉を守ろうと説明を始める。

「蒲田部長、それは誤解です。我が社のコーティング技術があるからこそ、御社のカテーテルは血栓を作らずに」

「うるさいよ、君は」

蒲田は聞く耳を持たず、周囲の人たちと笑い、俺を馬鹿にした。さらに、

「これ以上、君のところのような古臭いボロ工場に高い金を払う義理はなくてね。ああ、ほら、そちらにいらっしゃる社長のところで、同じようなコーティング剤をなんと1/10の価格で提供してくれることになった」

近くにいた60代くらいの社長と笑う。その時、取り巻きの1人が慌てた様子で蒲田に耳打ちした。

「部長、契約の件、さすがに本社の法務部に確認を」

「うるさい。私が決めることだ」

蒲田は部下の言葉を一蹴して黙らせた。なるほど。これは会社の判断ですらなく、この男の独断か。

「それは契約解除ということですか?」

俺が冷静に問うと、蒲田は大きく頷いた。

「察しがいいじゃないか。底辺企業との契約は今日で終了だ。この場で特許使用料を下げればまだ生き残れたものを。君が生き残る道はもうないんだよ。帰れ」

高笑いしながら言う。さらに、

「あちらの社長は融通が利く人でね、使用変更の申請なんて、現場が適当に書類をでっち上げれば済む話だってさ。ビジネスはコストが全てなんだよ」

医療機器の使用変更には申請や安全性の検証が必要になる。この男は、適当に書類を作れば済むと思っているのか?いや、まさか。さすがにそれはないだろう。

俺は一瞬でいろいろなことを考えた。だが、そんな心配を俺がする義理はない。

「分かりました。2度と契約できませんよ。いいんですね」

俺は蒲田に向かって言い放った。蒲田は馬鹿にしたように笑う。

「は、負け惜しみか。2度と契約なんてしないよ。今この瞬間を持って契約は終了。ほら、間違いない君はとっとと帰りたまえ」

周囲も蒲田の味方で「帰れコール」が響き始める。俺は無言で会場に背を向けた。

ドアを出ると、会場では馬鹿にしたような笑いが広がっていた。だが、不思議と腹は立たなかった。技術は嘘をつかない。それが分からない人間と、これ以上話すことは何もない。

俺は気持ちを切り替え、鞄の中から一通の封筒を取り出し、時計を見る。まだ始まったばかりだ。

俺は1つ上の会場に移動した。先ほどの会場よりも大きな、おそらくこのホテルで一番広い会場だ。受付の女性に封筒を差し出すと、彼女はにっこりと微笑み、両手で受け取って深々と頭を下げた。

「北原社長、お待ちしておりました。中に相川がおりますので」

中へ通される。招待を放り投げてよこした男とは、何もかもが違う。使われ方というのは、こうも変わるものか。

そう、ここは相川さんを含む業界トップ3が集まる懇親会。なんと蒲田の懇親会と同じ日付、同じホテルで行われていたのだ。だから、蒲田の懇親会はどの道途中で抜ける予定だった。

中に入ると、先ほどの品性のない騒がしさとは打って変わって、落ち着いた格式高い空間が広がっていた。俺の姿を見つけるなり、相川さんが満面の笑みで歩み寄ってきて、俺の手をがっしりと握った。

「あ、北原君、待っていたよ。君の改良版サンプルのデータをトップ3の役員たちに見せたら、全員がトップ3共同での独占契約を結びたいと大興奮さ。さあ、こっちへ来てくれ」

相川さんに連れられて奥へ進むと、役員たちが俺を囲んだ。その中の1人が感嘆した様子で口を開く。

「北原社長、あのデータには驚きました。あなたのコーティングは管の内側に分子レベルで均一な膜を作り、血栓そのものを防いでしまう。血栓ができる危険を限りなく減らせますね」

カテーテルや人工透析機のように血液に直接触れる機器は、内壁のわずかな凹凸に血液の成分が付着して血栓ができる危険が常にある。血栓が血流に乗れば、脳梗塞や心筋梗塞にもつながりかねない。だが、俺のコーティング技術ならそのリスクを減らせるのだ。

相川さんも深く頷き、言葉を継いだ。

「しかも高温殺菌や長期使用でも剥がれず、性能が落ちない。これは何万人もの患者さんの命を守る技術だよ」

ここには、俺の技術を本当に評価してくれる人たちが集まっていた。ふと皮肉なものだと思う。独占契約を結ぶなら、いずれ障害になったはずのあの会社との契約を、蒲田は自分の手で公衆の面前で切ってくれたのだから。

翌朝、俺はいつものように出社し、工場の最新設備をメンテナンスしていた。夕方には相川さんたち業界トップ3の技術チームがうちの工場へ来ることになっている。次世代医療機器の共同開発に向けた本格的なスタートの日だ。

そんな中、工場の入口からガシャーンと激しい音が響いた。誰かがドアを乱暴に開け放ち、ドタドタと慌ただしい足音が近づいてくる。

俺が顔を上げると、来たのは蒲田だった。昨日の余裕綽々とした態度とは一変、高級なはずのスーツはヨレヨレで、ネクタイは曲がり、額からは異常なほどの脂汗が吹き出している。いつも引き連れていた取り巻きたちの姿はどこにもない。

「またアポなし訪問ですか?契約は解除しましたし、あなたにかまっている余裕はないのですが」

いつもの3倍は冷たく声をかけると、蒲田は俺の前に来るなり土下座を始めた。

「頼む、頼むから、昨日の契約解除の話はなかったことにしてくれ。私の完全な冗談だ。悪ふざけが過ぎたんだ」

昨日、自分が言われた言葉をそっくりそのまま返してやった。

「そんな重要な契約を悪ふざけで済ます人が、どこにいるんですか?もちろんお断りします。いくら詰められても、2度と契約しない。昨日言った通りです。本社には1/10の価格でコーティング剤を提供してくれるメーカーがいるんでしょ」

その言葉を聞いた瞬間、蒲田の顔が引きつった。

「違うんだ。騙されたんだ。今朝、役員室で常務と父親に、北原のところを切ってコストを削減したと報告したら、直後に開発部長と法務部長が顔色を変えて怒鳴り込んできたんだよ」

蒲田はガタガタと全身を震わせながら、自らの失態が招いた事態を絶叫する。

「あいつら、私に掴みかかって、うちのカテーテルや人工透析機の製造販売は北原からの特許技術で直接国に登録されているんだぞ、と怒りやがった。契約が切れた以上、君の特許を使った製品はもう1本とも作れないし、出荷もできない。特許侵害になるからだ。かと言って、勝手に海外の安いコーティングに変えれば、それは使用変更になって、国からの認証が全部取り消しになるって言うんだよ」

そりゃそうだ。俺は心の中でツッコミを入れる。

「前にも進めず後にも引けず、倉庫にある数十億円分の在庫ごと会社が完全に止まったんだ」

「でしょうね」

俺は冷たく返した。医療機器というのは、それだけ安全性を確保しなくてはならないのだ。そんな知識もないようじゃ、本当に救いようがない。

しかし、蒲田の絶望はそれだけでは終わらなかった。

「それだけじゃない。さっき業界トップの相川役員から、うちの常務に直接電話があったらしい。『昨日、蒲田という無能が我が社が総力を挙げて誘致した北原社長を軽んじて追い出したそうだな』って」

突然出てきた相川さんの名前に、俺は思わず動きが止まる。確かに昨日、相川さんと会った直後、蒲田に言われたことを愚痴った。そんなことを言われたのかと怒っていたが、まさかこんなことになるなんて。俺は内心、ざまあ見ろと思った。それと同時に、俺を本気で守ってくれようとする相川さんに感謝し、これからも相川さんについていこうと心に決めた。

そんな俺の思いとは反対に、蒲田は懇願する。

「トップ3とその系列や取引先の全てから取引を完全停止すると言われ、うちの会社は今干されて、どことも取引ができない状態だ。助けてくれ」

俺は醒めた目で見ながら、

「そうですか。でしたら、権力者である役員のお父様に泣きついては?」

と返した。すると蒲田はさらに泣き叫ぶ。

「親父は『会社を潰す気か』と俺を殴り飛ばした。あんなやつ、もう親でも何でもない。今、中に来たから、社長に頭を下げてでも契約を戻してもらえ。できなければ、会社の損害を全額弁償させた上で、特別背任で告訴してやる、なんていうやつ。もうどうでもいいんだ」

俺は思わず「子供かよ」と本音が出てしまった。蒲田は俺の言葉を聞き、動きを止める。聞こえちゃったか。俺は腹を括って口を開いた。

「散々うちのことを下請けだ、ボロ工場だと馬鹿にしておいて、自分の保身のためには頭を下げるんですね。はい、どうですか。あなたのことを助ける人がいると思いますか?人にしたことが自分に帰ってきているだけでしょう。あなたのお父様の判断、私は支持しますよ」

蒲田は呻いた。もう邪魔だから追い出すかと思ったところで、足音が聞こえてくる。

「あ、相川さん」

俺が声を出すと、蒲田が飛び上がった。相川さんは俺に笑いかける。

「すまない。予定より早く来てしまったよ。君の顔を早く見たくてね」

そして蒲田に気づき、ため息をつく。

「君、蒲田君だろう。まだ北原君に迷惑をかけているのか?」

蒲田は脂汗をかき、視線が定まらない。

「いや、その」

そこで俺が口を挟む。

「相川さん、話は今終わりましたよ。うちは御社との取引はしないとお話ししたところです」

相川さんが蒲田に睨みを利かせる。俺も続ける。

「僕は相川さんと次の開発についてお話があるので、さっさと帰ってもらえますか」

蒲田は呻き、すすり泣きながら出ていった。

その後、蒲田は本当に損害賠償を請求され、解雇されたらしい。父親からも完全に見放され、無一文で家を追い出されたという。取り巻きたちは手のひらを返し、誰も蒲田の肩を持たなかったそうだ。会社は倒産寸前に追い込まれ、大規模なリストラで取り巻きたちも即座に首になったようだ。例の1/10のコーティング業者も、後に品質偽装が発覚し、業界から姿を消したらしい。

しばらくして、工場近くの解体現場で、ヨレヨレの作業着を着て頭を下げる蒲田を見かけた。俺は声をかける価値すら感じず、そのまま通り過ぎた。

それから俺は相川さんたちと手を組み、新たな開発を始めた。

「北原君、世界中の医療業界から凄まじい反響だ」

相川さんは嬉しそうに言う。俺はこの人たちと一緒に、誰かの命を救いたい。俺たちの技術が世界に羽ばたくことを目標に、これからも頑張っていこうと思う。

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