「バスに乗る子は弱くて甘えてるから、将来みんなに嫌われるの」 義母が、まだ小学生の娘にそう言い放った。私は仕事から急いで帰ってきて、ランドセルを背負ったまま泣きじゃくる娘と、それを冷めた目で見ている義母の姿を目にした。通学バスに間に合わなかったのは私のせいなのに、義母は「昔はどこへだって歩いたものよ」と当然のように言い放ち、娘を怖がらせた。…

「バスに乗る子は弱くて甘えてるから、将来みんなに嫌われるの」 義母が、まだ小学生の娘にそう言い放った。私は仕事から急いで帰ってきて、ランドセルを背負ったまま泣きじゃくる娘と、それを冷めた目で見ている義母の姿を目にした。通学バスに間に合わなかったのは私のせいなのに、義母は「昔はどこへだって歩いたものよ」と当然のように言い放ち、娘を怖がらせた。...

私は28歳、パート勤務。夫のショ太と、小学生と保育園児の娘が二人いる。私たちの家の隣には離れがあって、そこに義母が一人で住んでいる。

義母はとにかく子供が嫌いで、何かにつけて「昔はこうだった」と昔話を持ち出しては、自分ルールを押し付けてくる。私や夫には強く出られないくせに、幼い娘たちには容赦がない。

娘がタブレットで映画を見ていれば、「映画どころかテレビだって昔は満足に見られなかった」と嫌味を言い、娘からタブレットを取り上げる。汚した服や靴をその場で脱がせて洗わせようとしたり、言うことを聞かないと「悪い子ね」と怒鳴ったりする。

意味が分からなくても、義母の恐ろしい表情と口調に、娘たちはいつも泣かされる。それでも義母は「泣けば許されるなんて、昔は絶対になかったわ」と馬鹿にするだけ。

私は何度も「子供に直接言わず、私に言ってください」と注意したが、義母は聞く耳を持たない。

あまりにひどいので、私も反撃したことがある。義母に頼まれていた録画を全消しして、「昔は娯楽を我慢するのが当然ですよね。どうしてドラマを消したくらいで怒るんですか?」と言ってやった。買い物を頼まれても、「幼い娘に我慢させるくらいですから、大人のお母さんが人に頼むはずないですよね」と断ってやった。

しかし、義母をギャフンと言わせるほどの効果はなく、娘たちの平和のためにどうすればいいかと悩んでいた。

ある日、とうとう義母がやらかした。仕事から帰るのが遅れて、娘の通学バスのお迎えに間に合わなかった時、自転車を爆走させて帰ってきた私が見たのは、ランドセルを背負ったまま泣きじゃくる娘と、それを冷めた目で見ている義母の姿だった。

「何があったの?」と問い詰めると、義母は当然のように言った。

「今の子って本当に甘やかされてるわ。通学バスなんて足腰が弱るだけよ。昔は車なんて許されなかったわ。みんなどこへだって歩いたものよ」

娘に聞いてみると、義母にこう言われたらしい。

「バスに乗る子は弱くて甘えてるから、将来みんなに嫌われるの。そんなの嫌だよ」

私たちの住む地域は田舎で、小学校までは片道2時間以上かかる。小さな子供が歩くには防犯上も危険だし、疲れて勉強に支障が出る。それを棚に上げるだけでなく、「人に嫌われる」と子供が怖がる言葉で脅すなんて。

「泣けば許されるとは思わないことね」といつもの捨てゼリフを残して去っていく義母。

絶対に許せない。徹底的にこらしめてやる。そう思った時、ふといい仕返し方法が浮かんだ。早速実行に移した。

仕返しの効果が現れたのは、翌日の土曜日の夕方だった。チャイムの連打音で呼び出され、玄関に出てみれば、真っ青な顔をした義母が立っていた。

理由は察していたが、念のため聞いてみると、買い物に出かけようと思ったら、庭に止めてあった車がないという。

「車なら処分しましたよ」

私は天気の話でもするように、気軽な調子で教えてあげた。

「昨日、お母さんが『車は甘やかしだ』って言ってたから、『昔はどこへだって歩いた』って言ってたから、今まで私の車を我慢して使ってもらってたんだなって反省したんです。もう誰も使わないなら、車なんて持ってるだけで税金がかかるだけだし、業者に連絡して午前中に回収してもらいました」

満面の笑みで報告した私に、義母は絶句したものの、すぐに我に返って怒鳴った。

「勝手にそんなことして! 一体いつの間に?」

「知り合いの業者に電話すると、すぐに引き取りに来てくれました。手続きは1時間で完了。車は私名義だったので、昼寝中の義母に声をかけることもなく、回収はあっという間に済みました」

私は申し訳なさそうに付け加えた。

「お母さん、車庫に鍵を置いておくなんて、今時不用心ですよ。家に保管しておけば、お母さんにも回収前に声をかけられたのに」

「昔は鍵なんて気にしたことがなかった」という、以前の自分の言動を覚えているのだろう。義母は悔しそうに顔を歪めた。

「鍵のことがなくても、声をかけるべきでしょう。月曜からの通勤はどうすればいいのよ。あなたには思いやりってものがないの?」

「お母さん、さっきも言ったじゃないですか。車がお嫌いなお母さんを思って売却したんですよ」

「だが、嫌いとは言ってない!」

この後に及んで言い訳し始めたのが鬱陶しくて、私はさっさと切り上げることにした。

「遠慮なさらないでください。今まで私の車を使っていただき、ありがとうございました。月曜からはどうぞご自分の足で、どこへだって歩いていってくださいね」

穏やかに告げて、玄関のドアを勢いよく閉めた。即座にチャイムを連打されたが、無視を決め込んだ。

あっけに取られた義母の顔を思い出し、お腹を抱えて思う存分笑った。

義母がどう出るかと楽しみにしていたが、職場には無事歩いて向かったようだ。私が通勤に使う自転車は隠しておいたし、夫にも車の鍵を渡さないよう伝えた。タクシーという手もあるが、スーパーの有料袋を買うくらいなら手で抱えて運ぶほどのケチな義母に、その選択肢はないだろう。

通勤初日から雨が降って、かわいそうにと外を眺めていたら、電話が鳴った。時間は午前9時過ぎ。出てみると、義母の会社からで、まだ義母が出勤していないらしい。歩きなら会社まで3時間くらいだろうか。

心配をかけるのも悪いし、事情を話したら、「お孫さんにまで嫌味を言うんですね」としみじみ返され、苦笑い。

「遅刻は半日勤になるんですよ」と教えてくれた事務さんがとても楽しそうだったので、義母は会社でも嫌われているらしいと察した。

初日から遅刻するはめになった義母は、出勤時間を6時から5時に早め、私をチラチラ見ながら「筋肉痛がひどくて、明日も歩けるかしら」なんてつぶやくようになった。

「筋肉痛は鍛えられている証拠ですよ」と適当に褒めておいた。

その週末には、とうとう私に「みよさんのパートがない日だけでも、自転車を貸してくれないかしら」と頼んできた。

「急に使いたい時もありますし、無理ですね」と断ったら、急に怒り始めた。

「なんて冷たい人なの? 使わない時くらい、いいじゃないの?」

思ったよりも筋肉痛と早起きが辛いらしいが、人に物を頼む態度ではない。そもそも自転車は車輪があって、立派な車の仲間だ。

「昔の人は車の力なんて借りずに、どこへだって歩いたっておっしゃったのは嘘だったんですか?」

冷めた視線で教えてあげたら、義母はぎょっとした後、

「そ、そんなことくらい知ってるわよ。あ、あなたの思いやりなら受け取ってあげようと思って」

と、わけのわからないことを言い出す。

思いやりなど1ミリも湧いてこなかったので、「自転車は貸せません」とはっきり言えば、「もういいわよ、この冷血!」と言い捨てて、離れに消えた。

義母の次なる行動は、義姉への告げ口だった。電話をかけてきた義姉は、最初から申し訳なさそうなもの言いだった。それもそのはず。義姉には私たち夫婦に負い目があるのだ。

元々義母は義父と一緒に実家に住んでいたが、義父の借金を返済するため実家を売って賃貸暮らしをしていた。義父が亡くなって、家賃も義母の給料じゃ足りないし、一人暮らしは心細いということで、義姉に同居を頼んだが、義姉には旦那の親の介護があったため、弟であるショ太に義母の引き取りを頼んできたのだ。

「お母さんのことを一任したのに、ごめんなさいね。こっちに電話されるのも正直困るのよ」

義母は子供が嫌いだから、義姉の子供にも電話口で嫌味を言うらしい。

「ご自分で『車はダメ。どこへでも歩く』っておっしゃったので、私が許す許さないの話じゃないんですけどね」

昔ルールを押し付けてきたのは義母なのだから、さっさと現代仕様に切り替えて、自転車でも何でも自分で買ったらいい話である。現役で働いているのだから、自転車くらい買えるはずだ。

義姉に説明すれば、「確かにそうね」と納得した様子だった。

家に新しい自転車が届いたのは、その電話の3日後だった。最短配達を頼んだのか、時間もなく平日の昼間に届いたので、仕方なく受け取る。義姉から話を聞いて、早速注文したんだろうな。

羨ましい自転車を眺めていたら、ふといい考えが思い浮かんだ。

義母が帰宅して早々、私は義母に満面の笑みで駆け寄った。

「お母さん、自転車が届きましたよ」

夜8時を過ぎていたので、義母の表情は疲れきっていたものの、「あら、本当?」と表情をパッと明るくさせる。

しかし、私が「ありがとうございます。こんなにいい自転車を私のために」と言った途端、時が止まった。

「え、やだな、お母さん。こんなサプライズプレゼント用意してたなんて」

「あ、あなたのじゃないわよ」

「え、そうなんですか? 大人用だし、ショ太は乗らないから、あとは私だけですよ」

すっとぼける私に、義母は言葉を失ったようだ。

「だってお母さんは車なんて乗りませんもんね」と嫌味ったらしく付け加えたら、義母は青ざめた。

「あ、あなた、どうしてそこまで意地が悪いのよ」

「どうしてって、私は真似しただけですよ。お母さんが娘たちにした仕打ちを、そっくりそのままね。昔ルールを持ち出して、弱い立場のあの子たちをいじめたかっただけでしょ。だから私も昔ルールを使って仕返ししただけです」

「わ、私はあの子たちのためだと思って」

「ため? 私がしますよ。散々言いましたよね。娘に直接注意するなって。それなのに毎回出しゃばってきて、昔を引き合いに出しては娘を泣かせて。車はダメだから歩け。自分は1週間で根を上げて、早速自転車買ったくせにね」

いつになく荒ぶる私に、義母はついに泣き出した。

「泣けば済むと思ったんですか? 昔は泣いたって許されなかったんじゃないですか?」

散々娘が泣かされたせいか、義母の涙を見ても何とも思わなかった。

「昔はどうだったか知りませんが、これ以上徒歩通勤したくなければ、意味不明な昔ルールはなかったことにして、娘たちに心から謝って頼んでくださいね。娘がいいと言えば、どうぞご自由に。ちゃんと確認しますから」

脅しも忘れず、私はその場を後にした。

義母はそれから、一応娘たちに謝ったようだ。

「これまでのことは謝るから、自転車に乗っていいかって聞かれたよ。おばあちゃんの口がブルブルしてた」

娘たちから義母の悔しげな謝罪現場の様子が伝わってきて、思わず笑ってしまった。

「かわいそうだから、自転車を使ってもいいよ」と娘が答えたようだ。

義母はそれから大人しくなった。相変わらず孫を可愛がるわけではないが、明らかに避けるようになって、娘たちの平和が守られたことにほっとする。

次同じことをしたら、離れを出ていってもらうと言ってあるし、今後も義母の行動には目を光らせるつもりだ。

そういえば、義母は職場で「自転車には乗れる女」と影で呼ばれているらしい。自転車通勤初日、時間の計算が甘くて遅刻したらしく、また義母の職場から電話がかかってきて、そこで教えてもらった話である。

「孫に使用を許されたので、今日からは自転車で行きますよ」と教えてあげたら、「じゃあ今日から『車に乗れない女』じゃなくて『自転車には乗れる女』ですね」だって。

これ見よがしに年下の社員からくすくす笑われる義母を想像すると、おかしくて仕方がなかった。

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