35年間、倉庫でフォークリフトを操り、伝票と格闘してきた男がいた。黒川竜平、62歳。退職して3か月、爪の隙間にはまだ機械油が染み込んでいた。洗っても落ちない薄茶色の筋。彼はそれを気にしていなかった。気にしたところで消えるものではなかったからだ。
退職金は2150万円。毎月の年金は14万6000円。妻とは10年前に離婚し、娘の千鶴は大阪で家族と暮らしている。電話は年に数回、会話はいつも短い。竜平は駅から徒歩15分の古いアパートで、6畳の部屋と物置きと化したもう一つの部屋で暮らしていた。
退職して最初の1か月、竜平は何もしなかった。朝7時に目が覚め、天井を見て、起きるか寝るかを決める。スーパーで弁当を買い、部屋で食べる。テレビをつけても見たいものはなく、ニュースと天気予報だけ確認して消す。時間が妙に重く感じられた。働いていた時は時間が足りなかった。今は余っているのに、何かに使えていない。その感覚がじわじわと首にのしかかってきた。
3月の終わり、郵便受けにメガホンズ銀行からの封筒が入っていた。プレミアム会員向けの資産運用相談のご案内。最初は捨てようと思った。しかし、中を見ると招待状の形式で、竜平の名前が印字されていた。「NISA講座を活用した非課税資産形成」「退職後の資産を守る最適な運用戦略」。なんとなく気になった。退職金をどうするか、具体的に考えたことはなかった。銀行口座に入れたままにしてあるが、それでいいのか漠然とした不安があった。専門家に一度話を聞いてみるくらい悪くはないかもしれない。竜平は電話をかけ、相談の予約をした。
4月の第2木曜日、竜平はスーツのジャケットをクローゼットの奥から引っ張り出し、銀行に向かった。窓口で名前を告げると、奥のブースへ案内された。一般の窓口とは別の、少し広い個室。壁には中産的な絵がかかり、机の上には観葉植物が一鉢。椅子は柔らかく、出されたお茶はカップではなくキュースから注がれたものだった。竜平はその空間が少し居心地悪かった。
担当者は5分ほどで現れた。赤木洋子、30代前半。名刺を差し出す動作に無駄がない。竜平は名刺を受け取り、財布から古い名刺入れを取り出したが、中は空だった。退職してから名刺を持ち歩く必要がなくなっていた。少し気まずくなり、「黒川竜平です」とだけ名乗った。
最初の10分は雑談に近かった。退職後の生活、体の調子、最近気になっていること。竜平は短く答えるばかりだったが、赤木は丁寧に拾って次の質問につなげた。そのうちに、竜平は自分が思っていたよりも話すようになっていた。退職後に時間が余っていること。このままでは金だけ減っていく気がすること。誰にも相談できる場所がなかったこと。話しながら、自分でも気づいた。こういうことを口にしたのは退職してから初めてだった。
赤木は手元の資料を開いた。グラフが何枚かあり、数字が並んでいる。「NISA講座を使えば年間120万円まで非課税で運用できます。普通預金に置いておくだけでは金利がほぼ0円ですから、インフレに対して資産価値が目減りするリスクがあります。ご退職金をうまく活用すれば、毎月の年金収入を補いながら老後の資産を守ることができます」
竜平は頷きながら聞いていた。内容の細部はよくわからなかったが、全体の筋道は理解できる気がした。要するに、銀行に入れたままにしておくより、運用すれば増えるということだろう。
赤木がグラフを1枚指さした。「このファンドはテクノロジー分野の優良企業を中心に投資しています。過去3年間の実績では年率換算でプラスの推移が続いています。さらに新興国市場のファンドと組み合わせることで分散効果が出ます。為替ヘッジはコストを抑えるために今回は外しています。その分為替リスクはありますが、長期的には平均化されます」
「為替リスク」という言葉が竜平の耳に引っかかった。経済欄を斜め読みする程度の知識はある。円安になれば輸入品が高くなる。しかし、ヘッジとは何か、外した場合にどう資産に影響するか、具体的な仕組みは理解していなかった。竜平は黙っていた。質問すれば「分かりません」と言わなければならない。62年間生きてきて、倉庫の仕事では誰にも引けを取らない自信があった。数字の管理、在庫の把握、トラックの積み込みの段取り。そういう場面では絶対に知ったかぶりをしない人間だった。しかし、この部屋は違った。若い女性担当者の前で、退職金を2000万以上持っている自分が「基本的な金融用語も分かりません」と言うのは、なぜかできなかった。
ブースの外から窓口の人の声がかすかに聞こえる。エアコンが静かに動いている。観葉植物の葉が1枚、わずかに揺れている。赤木の視線が竜平に向いたまま、少し間があった。竜平は低い声で言った。「為替リスクくらい分かってる。そこはいい。契約しよう」
自分でもなぜそう言ったのか説明できなかった。赤木は一瞬だけ、ほとんど気づかない程度に目線を手元に落とした。それからまたすぐに竜平を見て、「かしこまりました」と言い、資料をめくりながら手続きの説明を始めた。
書類が次々と出てきた。竜平はその1枚1枚の内容を正確には把握できなかった。「重要事項説明書」と書かれた冊子が出てきた時も、「全部読みますか」と聞かれ、「いや、要点だけでいい」と答えた。赤木は要点を口頭で説明したが、数値と条件が矢継ぎ早に出てくるので、竜平には追えなかった。それでも竜平は頷き続けた。最終的に、退職金の中から1000万円を2つのファンドに分散して投資することになった。書類の最後のページに判を押す時、竜平の手はかすかに震えたが、そのまま押した。
手続きが終わって席を立つ時、赤木が言った。「何かご不明な点があれば、いつでもお電話ください」竜平は頷いて個室を出た。外は快晴だった。銀行の自動ドアが開くと、4月の乾いた風が顔に当たった。歩きながら、竜平は自分でも何かをやり遂げたような感覚があった。要するに、自分も資産運用をしている人間になったという意識。35年間給料を使い切らずに銀行に積み上げてきた人間が、ようやく一歩踏み出した。そんな感覚だった。
その夜、竜平はスーパーで少し高い幕の内弁当を買った。普段は398円のものを選ぶが、その日は520円のものにした。理由は特にない。気分が良かっただけだ。
4月が終わり、5月になった。銀行のアプリをスマートフォンに入れ、たまに投資信託の口座残高を確認するようになった。5月の半ば、口座の評価額がプラスに転じた。43万2000円のプラス。竜平は画面を見て、しばらくそのまま椅子に座っていた。43万円。1か月半で何もしていないのに43万。働いていた頃なら3か月分の手取りに近い金額だ。
竜平は娘に電話した。「もしもし。お父さん、珍しいね」と千鶴が言った。背後に子供の声がかすかに聞こえた。竜平は最近投資を始めたと言った。「銀行に紹介されてファンドに1000万入れてある。先月だけでもう40万以上増えた」
千鶴はすぐには答えなかった。少し間を置いてから、「どんなファンド?」と聞いた。「テクノロジーと新興国だ。NISAで非課税になる」「お父さん、銀行窓口で買ったやつ?」と千鶴が言った。声のトーンが変わっていた。「そうだ」と竜平は答えた。
「窓口で買う投資信託は手数料が高いから気をつけて。買う時の販売手数料が何パーセントかかってるのか確認した? 年間の信託報酬はどれくらいかちゃんと聞いてる?」
竜平は少し黙った。手数料のことは赤木が何か言っていたはずだ。しかし、具体的な数字は記憶にない。重要事項説明書の中に書いてあったかもしれないが、あの場では流してしまった。「そういう細かいことは気にしない。プロに任せてある」と竜平は言った。自分でも言い訳っぽいと思いながら。
千鶴が続けた。「でもお父さん、窓口手数料って1%以上取られることが多いの。1000万だと最初だけで10万以上消えてる可能性があるよ。それに信託報酬が年に1. 2%かかってくると、実際に増えないと損をすることになるんだけど」
竜平の胸の中で何かがむっとした。「お前は金融の専門家か」と竜平は言った。声が少し刺さったかもしれないと思ったが、止まらなかった。「プロが管理してるんだから、素人が心配するようなことじゃない。俺もその辺りは全部分かった上でやってる」
千鶴は黙った。数秒後に「そうなんだね。わかった」と言った。それから、どこか乾いた声で「気をつけてね」と付け加えて電話を切った。
電話が切れた後、竜平は部屋の中でしばらく立ったままだった。テレビをつけた。ニュースが流れていた。内容は頭に入ってこなかった。千鶴の言ったことが頭の中でくるくると回っていた。手数料、信託報酬。数字は聞いたが、意味を理解して聞いたわけではない。重要事項説明書を流した自分のことが少しだけよぎった。しかし、すぐにそれを打ち消した。43万増えているのは事実だ。結果が出ている以上、あの判断は間違っていなかった。娘に何が分かるというのか。
5月はそのまま気持ちの良い状態で終わった。6月に入って最初の週、アプリを開くと数字が少し下がっていた。31万円のプラス。先週と比べると10万ほど減っている。竜平は「まあこんなものだろう」と思った。上がったり下がったりするのが相場というものだという知識はある。しかし、翌日も確認するとまた下がっていた。22万円のプラス。6月の第2週の半ば、それはプラスがマイナスに転じた。マイナス14万円。画面を見た瞬間、竜平は息が止まりそうになった。指で画面をスクロールして見間違いがないか確かめた。プラスマイナスの符号は確かにマイナスだった。
どこかでニュースになっていた。アメリカのテクノロジー株が大幅に下落した。新興国の通貨が不安定になっている。日本円が急激に動いた。経済記者が原因を分析しているが、竜平にはその文脈が掴めなかった。毎日アプリを開くようになった。数字を見るのが怖いのに開いてしまう。-38万、-51万、-76万。7月の半ばにはマイナスが100万を超えた。
竜平はある夜、布団の上で仰向けになって天井を見ていた。アパートの天井は古びていて、シミが1つある。そのシミを入居した頃からずっと何となく見てきた。今夜もそのシミが見えた。それ以外には何も見えない。スマートフォンを手に取った。検索窓に文字を打ち込もうとした。「投資失敗 取り返す方法」と打ちかけて止まった。画面を閉じた。電気を消した。しかし、眠れなかった。暗闇の中で、自分が判を押した瞬間の手の感触だけが妙にはっきりと思い出された。
下がり始めると止まらない。上がり続けるグラフを毎日眺めながら、竜平はそのことをじわじわと学んでいった。学んだところで何も変わらなかったが。7月の終わりから8月にかけて、アプリの数字はほぼ毎日赤い色をしていた。-112万、-121万、-143万。グラフの折れ線はどこかで反発するかもしれないと竜平は思い続けたが、折れ線は一度も反転しなかった。
竜平はその頃から1日のリズムが変わっていた。朝目が覚めるとまずアプリを開く。それから数字を確認して画面を閉じる。それだけで起き上がる気力がかなり削られた。朝食は取らないことが増えた。昼は近くのスーパーまで歩いた。それが外に出る唯一の理由だった。398円の弁当コーナーを眺めて、割引シールの貼ってあるものを選ぶ。それをレジに持っていって、部屋に帰って食べる。食べた後は横になる。そういう1日だった。
8月の初めのある昼、竜平はアプリを開いて数字を見た後、そのままスマートフォンを逆さに床に置いた。画面が下になるように置いた。また数字を見てしまうのが嫌だったからだ。しかし、その状態で30分ほど過ごしてから、また手に取って確認した。減っていた。どうにかできないかという考えが頭をよぎった。売ってしまえばこれ以上は減らない。しかし、それは損を確定させることでもある。長期投資なのだから短期の変動に惑わされるなとどこかで読んだ気がした。しかし、マイナス150万というのは短期の変動と呼んでいいのかどうか、竜平には判断できなかった。
竜平は電話をかけることにした。赤木にかけることにした。名刺を財布の後ろのポケットから取り出した。あの日もらったきり一度も使っていなかった。ダイヤルイン番号を押した。4回なって繋がった。「お電話ありがとうございます。赤木でございます」
「黒川です。先日ファンドを契約した黒川竜平です」
「あ、黒川様、お電話いただきありがとうございます」と赤木が言った。声のトーンは変わらなかった。明るく滑らかで、業務的な親しみがある。竜平は単刀直入に言った。「150万以上減ってる。これはどういうことですか?」
赤木はすぐには答えなかった。一拍置いてから、「現在の市場環境についてご説明させていただきます」と前置きし、続けた。「現在、米国のテクノロジーセクターを中心にグローバルな株式市場全体が調整局面に入っています。新興国の通貨もタイトルで下落しており、今回はそちらの影響も重なっております。短期的な評価損は確かに発生しておりますが、これはファンドの本質的な価値が変わったわけではなく、市場全体の一時的な動きでございます」
竜平は聞きながら、言葉の意味が飲み込めているのかどうか自分でもよくわからなかった。調整局面、評価損、一時的な動き。どれも否定とも肯定とも取れる言葉で構成されていて、結論がない。「では、いつ戻るんですか?」と竜平は聞いた。
「市場の動向を特定の時期まで予測することはいかなる専門家にも難しい状況でございます。ただ、長期的に見れば、過去のデータが示す通り、分散投資ポートフォリオは回復する傾向にございます」
竜平の口の中が苦くなった。「150万なくなってるんですよ。今、150万減ってる。それでも待てということですか?」
「ご不安なお気持ちはよくわかります。しかし、契約時にご説明しました通り、この商品は中長期での運用を前提とした設計でございます。短期間での解約は評価損の確定となってしまいますので、現時点ではお待ちいただくことをお勧めしております。ご不安でしたら、改めて窓口にいらしていただければ、担当者からご説明できますが」
改めて窓口に行けば、また説明を聞かされるだけだ。竜平はそれを直感した。今度は別のグラフを持ち出して、同じようなことを別の言い方で繰り返す。そういうことになる。「ありがとう」と竜平は言って電話を切った。ありがとうと言ったのは習慣からで、感謝している気持ちは一切なかった。
スマートフォンをテーブルに置いた。部屋の中が静かだった。冷蔵庫の音と外を走る車の音が薄く聞こえるだけだった。赤木の声がさっきまでよりも遠く感じられた。あの丁寧な話し方は、竜平に何かを説明しているのではなく、竜平を何かから遠ざけているための話し方だったのかもしれない。そういう考えが浮かんだ。しかし、それが正しいのかどうか判断する材料を竜平は持っていなかった。
その夜、竜平は夕食を食べなかった。食欲がなかったわけではなく、スーパーに行く気になれなかっただけだ。冷蔵庫の中には3日前に開けた納豆が2パック残っていた。それをご飯なしで食べた。ご飯を炊く気力もなかった。
8月の中旬を過ぎた頃、痛風の発作が出た。左の親指の付け根が夜中に急に痛み始めた。刺すような痛みが断続的に来て、布団の中でしばらく起きていた。こういう発作は過去にも何度かあった。大体2、3日で引く。処方された薬を飲んで水を多めに取って、後は安静にしているしかない。しかし、翌朝起き上がると、足に体重をかけることがほとんどできなかった。台所まで行くのも、壁に手をついてゆっくり移動しなければならなかった。薬を飲んだ。水を飲んだ。それから布団に戻った。
横になりながら、竜平は天井のシミを見ていた。シミは動かない。当然だが動かない。ただそこにある。竜平はシミを見ながら、自分がこの部屋に何年住んでいるかを数えた。13年だ。13年間、このシミを時々見てきた。シミはずっとここにあって、自分はその間に退職し、退職金を半分近く減らした。
昼頃腹が減ってきた。しかし、台所まで行って何かを作る気になれなかった。Uber Eatsというものがあるらしいが、竜平はそれをやったことがない。スマートフォンの操作もよくわからない。結局、夕方近くになるまでそのまま横になっていた。夕方にどうにか足を引きずってコンビニまで歩いた。近い方のセブンイレブンまで、いつもは5分のところを15分かけて歩いた。おにぎりを2つとお茶を1本買った。レジで小銭を出す時、足元が少し揺れた。レジの若い店員が何も言わずに釣りを渡してきた。
部屋に戻っておにぎりを食べながらアプリを開いた。マイナス167万円。おにぎりを食べながら、竜平はその数字を眺めた。味がよくわからなかった。鮭のおにぎりを買ったはずだが、それが鮭なのか何なのか、食べながら判断できなかった。
8月の末、足の痛みはどうにか引いた。しかし、部屋の外に積極的に出る気持ちはなかなか戻ってこなかった。9月になった。台風の季節で雨の日が続いた。雨の日は外に出る理由がさらになくなる。スーパーまで買いに行くのも面倒で、近くのコンビニで済ませることが増えた。コンビニの弁当はスーパーより高い。398円のものがコンビニだと500円を超える。それは分かっているが、雨の中を余計に歩くのが嫌だった。
9月の第2週に入った頃、アプリの数字はマイナス190万台になっていた。竜平はその数字を見て初めて声が出た。何と言ったわけでもない。ただ「ふう」と息が漏れた。それだけだった。190万という数字は、竜平が現役で働いていた頃のほぼ1年分の手取りに近い。1年かけて稼いだ金が数か月で消えた。消えたというよりも、消えつつある。まだ動いている。
竜平は久しぶりに千鶴のことを思った。5月に電話した時、千鶴は手数料のことを言っていた。販売手数料、信託報酬。あの時、竜平は「プロに任せてある」と言って話を打ち切った。今になって、あの時具体的にいくらかかってるか聞けばよかったという後悔が来た。しかし、後悔したとしても電話できない。あの電話でどんな言い方をして切ったか、竜平は正確に覚えていた。「お前は金融の専門家か」と言った。その言葉は取り消せない。千鶴から折り返しの電話が来るはずもなく、竜平からかけることもできなかった。
9月の後半、竜平は初めて「今すぐ売ってしまおうか」と本気で考えた。損を確定させることへの抵抗はまだあった。しかし、190万のマイナスをこのまま放置してさらに深くなっていく方が怖かった。どこかで底を打つと信じたいが、底がどこにあるかは誰にも分からない。赤木もそう言っていた。「市場の動向を特定の時期まで予測することは難しい」と。
竜平は銀行のアプリを何度も操作してみた。解約の手順を調べようとしたが、画面のどこをタップすればいいのか分からなかった。ヘルプのページを開いたが、文字が小さくて読みにくく、図解もなかった。途中で画面を閉じた。
翌日、竜平は銀行に電話した。今度は代表番号の方にかけた。自動音声が流れて番号を押す操作が何段階かあった。最終的に繋がったのは赤木ではなく別の人間だった。「ご担当の赤さんに繋いでいただけますか?」と竜平は言った。「赤は今席を外しております。折り返しご連絡させていただきます」と相手は言った。名前を聞かれたので答えた。電話番号も聞かれたので答えた。折り返しは来なかった。
その日の夕方、竜平は1時間待った後、もう1度電話した。今度は赤木が出た。「先ほどはご連絡いただいていたんですね。申し訳ございません」と赤木は言った。「先ほどの担当者から申し送りを受けていなかったようで」と続けた。竜平はまっすぐ言った。「解約したい。今すぐ全部売りたい」
赤木は少し間を置いた。「現在の評価額を確認させていただきます」と言いながら、キーボードを叩く音がかすかに聞こえた。それから、「現時点での解約ですと、評価損の他に信託財産留保額もかかります。およそ損失が確定することになりますが、よろしいでしょうか?」
「いくら損が出るんですか?」と竜平は聞いた。赤木が計算した数字を読み上げた。竜平はメモを取ろうとしたが、ペンがなかった。仕方なく頭の中で繰り返した。「190万程度の損失になります」とほぼ同じ数字が出てきた。それに加えて、信託財産留保額というものが数万円かかる。合計で約193万円の損失になる計算だと赤木は言った。
竜平は黙った。193万という数字を頭の中で何度か繰り返した。退職金2150万のうち1000万を入れた。今それが800万程度になっている。引き出せば手元に残る。残りの1150万と合わせれば、まだ1950万ある。0になるわけではない。しかし、竜平は思った。193万というのは、あの退職後のスーパーの値引き弁当を買い続けて積み上げてきた節約とは全く桁が違う。193万という金が何もせずに消えた。正確には、何もしなかったから消えたのかもしれないが。
「今日は解約しません」と竜平は言った。「かしこまりました」と赤木は答えた。「何か不明な点がございましたら、またいつでもご連絡ください」
電話が切れた。竜平はしばらくスマートフォンをテーブルの上に置いたまま眺めていた。解約しなかった理由は、本当は合理的な判断からではなかった。ただ、193万という数字を確定させることへの恐怖と、まだ少しだけ残っている根拠のない期待が混ざって、結論を先送りにした。それだけのことだった。
10月になった。朝晩が急に冷えるようになって、竜平は夏の終わりに出しっぱなしにしていたクーラーのリモコンを押入れの前の床から拾い上げて戻した。エアコンの冷房と暖房の切り替え方がよく分からなくなっていて、リモコンのボタンを何度か押し直した。食費は少しずつ削っていた。意識的に削ったわけではなく、買い物に行くのが面倒になって、結果として食べる量が減っていた。冷蔵庫の中には常に牛乳と豆腐と納豆と、たまに卵がある程度だった。体重は測っていないので分からない。ズボンのウエストが少し緩くなった気がする程度だ。
10月の半ばを過ぎた頃、竜平はスーパーの帰り道にふと立ち止まった。特に理由はなかった。歩道の脇に自動販売機があって、その前で足が止まっただけだ。缶コーヒーを買うかどうか少し考えてやめた。120円を節約する意味があるかどうかは疑問だが、やめた。
歩きながら、竜平はこの5か月で何をしていたのかを考えた。退職して、銀行に金を入れて、下がっていくのを毎日見ていた。それだけだ。働いていた頃には、少なくとも毎日現場に行ってフォークリフトに乗って伝票と向き合っていた。それが意味のある時間だったかどうかは分からないが、少なくともそこにいた。今は何もない。部屋にいるかスーパーにいるかだ。
アパートの前まで戻ってきて郵便受けを開けた。チラシが3枚と白い封筒が一通入っていた。差出人を見ると、聞いたことのない会社名だった。「黒川竜平様」と書かれていた。部屋に上がって封を切った。中には1枚の紙が入っていた。投資信託の手数料に関する重要なお知らせという文書ではなかった。それは別の投資商品の案内状で、「今すぐ切り替えれば損失を回収できる可能性がある」という趣旨のことが書かれていた。問い合わせ番号が書いてあった。竜平はその紙をしばらく読んでからゴミ箱に捨てた。こういうのに引っかかるほど自分はバカじゃないという気持ちは確かにあった。しかし、捨てた後、「引っかかるほどバカじゃない自分が、なぜ190万を失っているのか」という問いが静かに浮かんだ。竜平はその問いを打ち消さなかった。打ち消す気力がなかっただけかもしれない。
10月の末、アプリの数字はマイナス214万を示していた。竜平は風呂上がりに台所の椅子に座って数字を確認した。濡れた手拭いをまだ首にかけたまま画面を眺めた。マイナス214万。先月より20万以上さらに減っている。竜平は画面を閉じてスマートフォンをテーブルに伏せた。台所の蛍光灯がたまにちらつく。退職前から気になっていたが交換していなかった。電球を買いに行けばいいだけの話だが、面倒で放置していた。そのちらつきがこの部屋の空気をさらに薄くしている気がする。
風呂上がりの体が冷えてきた。竜平はそのまま椅子に座ってしばらく何もしなかった。立ち上がって押入れから薄い毛布を取り出した。その時、部屋の隅に積んであった段ボール箱が目に入った。退職する時に職場から持って帰った荷物が入ったままで、開けていなかった。作業手袋や安全靴が入っているはずだ。もう使わないものだが、捨てるタイミングも逃したままずっとそこにある。竜平は毛布を持ったまま段ボール箱を少しだけ眺めてから、6畳の部屋に戻った。布団を敷いて横になった。天井のシミが見えた。今夜もここにある。
この5か月間で何が変わったかと言うと、退職金が200万以上減ったことと、千鶴と話していないことと、台所の蛍光灯がちらつき始めたことと、ズボンが少し緩くなったことだ。あ、何も変わっていない。部屋もシミも外を走る車の音も変わっていない。竜平は目を閉じた。眠れるかどうかは分からなかった。しかし、横になっていること自体が今の自分にできる最大限のことだった。
恥というのは1人でいる時に一番重くなる。誰かに見られているわけでもない。怒鳴られているわけでもない。ただ部屋の中で自分がやったことの意味を少しずつ理解していくだけだ。それが一番きつい。
11月の初め、竜平はようやく腰を上げた。きっかけは特別なものではなかった。いつものようにスーパーへ行こうとして財布の中を確認した時、1000円札が3枚しか入っていないことに気づいた。通帳を確認すると、年金の振り込みはまだ先だった。銀行口座の残高は、生活費として手元に置いている普通口座の方がじりじりと減り続けていた。投資信託の口座とは別に動かしている日常の金が、気づかないうちに薄くなっていた。具体的には107万円だった。この107万円で、年金が振り込まれるまでの22日間をやりくりしなければならない。家賃の5万7000円が間もなく引き落とされる。病院の定期受診も今月ある。それを引いた残りで食費と光熱費を出す。計算すると、1日に使える金が非常に限られてくる。
竜平はその計算を台所の椅子に座ってメモ用紙の裏に走り書きした。古い習慣だった。現場にいた頃は棚卸しの数字を必ず紙に書いて検証した。数字を頭の中だけで扱うとどこかで取り違える。紙に書けばごまかしが効かない。書き終えて数字を眺めた。どうにかなるという判断と、どうにもならないかもしれないという判断がほぼ同時に来た。どちらが正しいかは今の竜平には判断できなかった。
その夜、竜平はスマートフォンで区の公的サービスについて調べた。退職後にどういう支援が受けられるか、漠然と気になっていたが調べたことはなかった。検索窓に「退職後 生活費 相談 区」と打ち込むと、いくつかの結果が出てきた。その中に「区民生活支援センターの無料ファイナンシャル相談」という案内があった。予約不要の相談窓口で、毎週火曜と木曜の午後に開いていると書いてあった。「専門の相談員が対応します」という文言があった。竜平はしばらくその画面を見ていた。「無料」というのが少し引っかかった。無料の相談に行くことが自分にとって何を意味するか考えた。あの銀行のVIPルームに呼ばれてお茶を出されたことと、区の支援センターの窓口に並ぶことは対極にある。そういう感覚がある。しかし、感覚と財布の中身は別の話だった。
翌週の火曜日、竜平は区民生活支援センターへ行った。センターは駅前の区役所の分館に入っていた。建物は古く、入り口の自動ドアの動きが少し遅かった。1階のフロアには様々な窓口が並んでいて、それぞれの前に番号札を取る機械が置いてある。相談コーナーは奥の方にあった。案内板に従って歩いていくと、パーテーションで区切られた小さなスペースが3つ並んでいた。受付の女性に声をかけると、「今日はどのようなご相談でしょうか」と聞かれた。竜平は「資産運用のことで」と言った。女性は何も言わずに頷いて、「こちらでお待ちください」と言って番号札を渡してくれた。
待合いの椅子に座った。隣には70代くらいの女性が1人、ハンカチを手の中で握りながら座っていた。斜め向かいには40代くらいの男性が書類の束を膝に乗せたまま下を向いていた。誰も目を合わせない。それがこの場所の空気だった。15分ほど待って竜平の番が来た。
パーテーションの中に入ると、向かいの席に細身の男が座っていた。30代前半に見えた。背は高くなく、Yシャツの首元が少し緩んでいた。眼鏡はかけていなかったが、目元にかすかな疲れがある。「柴田直樹」と書かれた名札が胸についていた。「黒川さんでよろしいですか」と柴田は言った。声は低く、ゆっくりとした話し方だった。「そうです」と竜平は答えた。座りながら柴田の顔をじっと見た。この男がどの程度の人間なのか判断しようとしていた。
「どのようなことでご相談ですか」と柴田は続けた。手元にはメモと細いボールペンがあった。パソコンも置かれているが、最初は手書きでメモを取るつもりのようだった。竜平はしばらく黙った。何から話すべきか整理がついていなかった。「銀行に進められて投資信託を買った。1000万円入れた。今200万以上減ってる。銀行に文句を言ったら長期投資なので待てと言われた。それだけです」
柴田はメモを取りながら聞いていた。竜平が話し終えると、少し間を置いてから「ファンドの名前か商品番号は分かりますか」と聞いた。竜平はスマートフォンを取り出してアプリを開き、画面を柴田の方に向けた。柴田は眼鏡を持っていないのに画面を少し遠ざけてから近づけて商品名を確認した。それからパソコンで何かを調べ始めた。タイピングの音が数十秒続いた。
柴田は画面を竜平の方に向けた。今度はパソコンのモニターを少し回転させる形で見せた。画面には数字がいくつか並んでいた。「この商品の販売手数料は購入時に3. 3%です。黒川さんが1000万円を入れたとすると、入れた瞬間に33万円が引かれています。それがまず1つ目です」
竜平は聞いた。「33万というのは、購入した時点で消えてるということですか?」「はい。購入額に対して自動的に差し引かれます。ファンドに入るのは967万円です。それから毎年信託報酬として年約1. 65%がかかります。1000万に対してだと約16万5000円が毎年引かれていく計算です。運用成績が0でも毎年それだけコストがかかる」
竜平の顔の筋肉が少しだけこわばった。33万と毎年16万以上。それを聞いたことはありましたかと柴田は聞いた。責めるような口調ではなかった。ただ確認するように聞いた。竜平は答えなかった。答えられなかった。重要事項説明書という冊子が出てきた時に「要点だけでいい」と言って流したのは自分だった。その判断は取り消せない。
柴田はメモをもう1枚めくった。「販売手数料の33万円等、これまでの運用期間約7か月分の信託報酬。それに影響を加えると、黒川さんの損失のうち、相場の動きとは関係なくコスト構造だけで64万円前後が消えています。残りの損失は市場の下落によるものですが、そのコスト分は最初から戻ってこない仕組みになっています」
竜平は聞きながら、言葉が出なかった。「相場が戻ってもコストは戻らないということですか?」と竜平はどうにか言った。「はい。戻りません。相場が購入時の水準で完全に回復したとしても、黒川さんの手元に戻る金額は購入額より少なくなります。コストは取引ごとに確定するので」
竜平の奥歯が少し食い縛った。意識してやったわけではない。体が勝手にそうなった。「銀行はそれを説明しなかったんですか」と竜平は言った。声が少し大きくなった。柴田は答える前に一度だけ竜平を正面から見た。顔を寄せることも下を向くこともなく、ただ見た。「説明はしています。重要事項説明書に記載されています。ただ、その書類を読まずに契約した場合でも、法律上は説明義務を果たしたことになります。銀行は法的には何も問題なことはしていません」
竜平の胸の中で火がついたような感覚があった。「じゃあ向こうは悪くないということですか?」と竜平は言った。「悪いかどうかというより、そういう仕組みです。この商品の手数料水準は、窓口販売型の投資信託としては標準的な範囲です。高いかどうかという問題はありますが、違法ではない。一方で、ネット証券で同じカテゴリーのインデックスファンドを買えば、販売手数料は0で信託報酬も年率0.

1%以下の商品があります。同じお金を入れてもコスト構造が全く違います」
竜平は「ネット証券」という言葉を初めて正面から聞いた気がした。聞いたことはある。しかし、それが自分に関係するものだとは考えたことがなかった。「それを最初から教えてくれればよかった」という思いを持った。しかし、口には出さなかった。誰が教えてくれるというのか。あの銀行のVIPルームで、自分に不利な情報を自分から喋る担当者がいるとは思えない。そして、自分はあの場で「分かってる」と言った。教えてもらう機会を自分で閉じた。
その沈黙を柴田は特に埋めようとしなかった。竜平は椅子の背もたれに体を預けた。腕を組んだ。組んでから組む必要もないと思って、また膝の上に置いた。「今からでも解約した方がいいですか?」と竜平は聞いた。柴田はすぐには答えなかった。「今の評価損の水準と今後の保有コストを比較する必要があります」と言ってから、「現在のマイナスはいくらですか」と聞いた。「214万くらいです」と竜平は答えた。
柴田は電卓を取り出して何かを計算した。「このまま保有し続けた場合、毎年の信託報酬だけで約16万円以上のコストがかかります。相場が回復しない場合、損失はさらに広がります。相場が回復した場合でもコスト分はしかかり続けます。一方、今解約すれば損失は確定しますが、そこから先は減りません。どちらが良いかは状況によりますが、今の損失額と保有コストを比べると、一般的には整理を考える水準に来ています。ただし、最終的な判断は黒川さん自身がされることです」
柴田の言い方は、どこかで聞いた赤木の言い方とは違った。赤木の言葉には、竜平をそのまま保有させておくための引力があった。柴田の言葉にはそういった引力がなかった。ただ数字を並べて判断を返してきた。竜平は少し考えてから「わかりました」と言った。それから「もう1つ聞いてもいいですか」と続けた。「どうぞ」と柴田は言った。「今後こういうことにならないために、どうすれば良かったんですか?」
柴田はボールペンを一旦テーブルに置いた。少し考えるような間があった。「一番単純な答えを言うと、分からないことがあった時に『分からない』と言えれば良かったと思います。専門的な知識がなくてもいい。ただ『よくわかりませんが、この手数料はいくらですか』と一言聞けていれば、契約の中身が変わっていたかもしれません」
竜平はその言葉の意味をゆっくりと受け取った。柴田の言っていることは、千鶴が電話で言っていたことと本質的に同じだった。手数料を確認しなかったのかという話だった。竜平はあの時「プロに任せてある」と言って切った。その答えは「分からない」と言えなかったということと同じ意味だった。竜平は黙ったまま少し俯いた。柴田はそれ以上何も言わなかった。資料の端を揃えてメモ帳を閉じた。
「1つ資料を渡します」と柴田は言って、A4の紙を1枚出してきた。低コストの投資信託の比較とネット証券の解説手順が書かれた簡易な案内だった。「今すぐ使わなくてもいいですが、参考に持っておいてください。今後何か判断される際の材料になると思います」
竜平は紙を受け取って折りたたみ、上着のポケットに入れた。「相談は以上になりますか?」と柴田は聞いた。竜平は頷いた。立ち上がりながら「お世話になりました」と言った。柴田は軽く頭を下げた。「お気をつけてお帰りください」
パーテーションの外に出て、竜平は来た道を歩いて出口へ向かった。待合いの椅子にはさっきとは別の人が座っていた。年配の男性が1人、両手を膝の上に置いたまままっすぐ前を見ていた。自動ドアを抜けると外は曇っていた。朝よりも気温が下がっていた。竜平は自動ドアの外で少しだけ立ち止まった。特に行く当てがあるわけではない。スーパーに寄ってから帰ろうと思っていたが、そのために足を動かすのに少し時間がかかった。
さっき柴田が言ったことが頭の中でまだ動いていた。「分からないと言えればよかった」という言葉が妙にしつこく残っていた。35年間、現場では絶対に「分からない」と言えた。棚卸しの数字が合わない時は「分かりません」と言ってもう一度最初から確認した。トラックの積み込みでイレギュラーがあれば「ちょっと待ってください」と言って手順を確認した。それをやらなかったのは、あのVIPルームの中だけだった。
竜平は歩き出した。スーパーへの道を歩きながら、上着のポケットの中に入れた紙の感触を確かめた。折りたたんだ紙は少し重い。
その夜、家に帰ってから竜平はその紙を開いた。低コストファンドの比較とネット証券の解説手順。内容の半分はよくわからなかったが、数字だけは読めた。信託報酬0. 1%、販売手数料0という欄が何か所もある。竜平は、自分がそれを知らなかったのではなく、知ろうとしなかったということをようやく腑に落とした。知らないことは恥ではないが、知ろうとしないことは別の話だ。35年間棚卸しの数字と向き合ってきた人間が、老後の金の数字からだけ目を背けた。その理由は、かっこ悪く見られたくなかったという、ただそれだけだった。
竜平は紙をテーブルの端に置いてご飯を炊いた。久しぶりに自分でご飯を炊いた。米が3合残っていた。1合炊けばいい。米を洗って水加減を確認して炊飯器のスイッチを入れた。ただそれだけのことだが、それをやったのは1か月ぶりくらいだった。炊き上がるまでの20分間、竜平は台所の椅子に座ってスマートフォンを膝の上に置いていた。アプリを開かなかった。数字は見なかった。
炊き上がった音がして、竜平は立ち上がった。茶碗によそって、冷蔵庫にあった冷奴に醤油をかけて食卓に置いた。飾り気のない夕食だったが、自分で作ったという感覚がかすかにあった。弁当をレジに持っていくのとは少し違う何かがそこにあった。うまく言葉にはできないが、確かにあった。
竜平は飯を食べながら、今週中に解約の手続きをしようと思った。200万以上の損は確定する。しかし、このまま毎日数字を見て縮んでいくよりは、確定させてしまった方がいい。柴田の言い方で、その判断の筋道が竜平の中でようやく通った。食べ終えた茶碗を台所に持っていって水で流した。スマートフォンを手に取った。アプリを開かずに銀行の電話番号を呼び出した。まだ夜の7時前だから繋がるはずだ。電話が鳴り始めた。
後悔というのは一度に来ない。じわじわと何度も違う角度から来る。その都度前とは少し違う形をしているから、慣れることがない。
解約の手続きは思っていたより時間がかかった。夜の7時前にかけた電話は自動で一旦受け付けられた後、「投資信託に関するお手続きは翌日以降の窓口にて承ります」というアナウンスが流れて切れた。電話口で解約できると思っていた竜平は、受話器を持ったまま少しの間固まった。
翌朝、竜平は開店時刻の少し前に銀行の前に着いた。シャッターがまだ半分しか上がっておらず、掃除の男性が外に出て立っていた。竜平は橋の方で待った。数人の客がいて、誰も話さなかった。9時になってシャッターが上がりきると、客が一斉に中に入った。竜平も続いた。番号を取って投資信託の窓口に向かった。担当は赤木ではなく別の若い女性だった。「解約のお申し出ですね」と言われて書類が出てきた。手続きは20分ほどかかった。書類に署名して本人確認を取って、処理が完了するまで待合い椅子に座った。その間、何も考えないようにしていた。考えると何かが崩れそうな気がした。
最終的な損失額の確認書を渡された時、竜平は数字を一度だけ見て、上着の内側のポケットに入れた。数字はすでに頭に入っていた。ほぼ218万円の損だった。信託財産留保額を含めた最終的な確定損だった。
銀行を出て、竜平は少し歩いたところで立ち止まった。交差点の手前だった。信号が赤になっていた。218万円。この数字を人に話すことはできない。千鶴に話すことはできない。話したとして何が変わるわけでもない。ただ数字だけが体の中のどこか重い部分に、これからもずっと居続ける。そういうものだと思った。信号が青に変わった。竜平は歩き出した。
11月の後半から、竜平は支出を徹底的に見直した。まず、手帳の代わりに100円ショップで買った小さなノートを1冊用意した。表紙に「家計」とだけ書いた。それから毎日の支出を、買ったものと金額を1つずつ書き込んだ。スーパーでの弁当代、コンビニのお茶代、薬局での薬代。1つ1つを書き込んでいくと、自分がどこに金を使っているかが数字として見えてきた。見えてくるとひどいものだった。コンビニに週3、4回入っていた。弁当を買わなくても缶コーヒーを買っていた。120円が月に換算すると1500円を超える。スーパーで惣菜を買っていたが、自炊すれば半額以下で済むものも多かった。電気代も無駄があった。エアコンをつけっぱなしで寝ていた夜が何日かあった。1つ1つは大した金額ではない。しかし、ノートに書き並べると月に3万円ほどは削れる計算が出た。年間で36万円。36万円というのは、銀行に払った販売手数料33万円とほぼ同額だった。その一致に気づいた時、竜平は少しだけ笑った。笑える場面ではないが、笑いに似た何かが出た。あの手数料1回分が自分の1年間の無駄遣いとほぼ等しい。どちらも大した理由なく消えていったという点では同じだ。
12月に入って、竜平は酒をやめた。正確には買わないようにした。飲みたくないわけではない。ただ、缶中杯1本が150円として、週に4、5本飲んでいた習慣を計算すると月に3000円近い。それを削った。最初の1週間は夕食の後に手持ちぶさたな時間があったが、2週間もするとそれが当たり前になった。
食事はスーパーへ行く習慣をそのままに、弁当ではなく食材を少量ずつ買うようにした。豆腐1丁と卵1パック、キャベツ半玉を買えば3日は食べられる。それを繰り返した。料理が得意なわけではなかったが、炒めるか茹でるかするだけの作業なので間違いようがなかった。
スマートフォンの料金プランも見直した。これまで使っていたキャリアの契約は月に6800円だった。格安SIMに乗り換えると、ほぼ同じ使い方で1500円台になった。乗り換えの手続きはショップに行って店員に教えてもらいながらやった。40分ほどかかったが、それで毎月1000円以上が浮く計算だった。
こういった細かい見直しを1つずつ潰していくのは、竜平には向いていた。倉庫で棚卸しの誤差を1つずつ確認していく作業と本質的には同じだった。違いは、確認する対象が在庫から自分の生活になったことだけだった。
12月の中旬、竜平は郵便受けを開けた。年末になると広告が増える。チラシが折り重なって郵便受けに詰まっていることが多い。その日もチラシが4、5枚あって、その下に一通の封書が挟まっていた。差出人は実家のある福岡県の自治体だった。竜平の両親が住んでいた家が福岡の郊外にある。父親は16年前、母親は8年前に亡くなっていて、今は誰も住んでいない。竜平は一人っ子だったので、その家は竜平名義になっている。固定資産税だけは毎年払っていたが、それ以外は何もしていなかった。家自体が今どういう状態なのか、何年も確認していなかった。
封書を持って部屋へ上がり、封を切った。中には「特定空家等に関する行政指導通知書」という文書が入っていた。文面を読むと、「対象物件の外壁の一部が剥落しており、隣接する道路及びへの落下リスクが確認されました。使用構造部の老朽化も著しく、そのまま放置した場合、倒壊の危険性があります」と書かれていた。「60日以内に補修またはそれに相当する措置を講じなければ、行政代執行に移行する可能性があります」という文言もあった。
竜平は文章を最後まで読んでから、もう1度最初から読んだ。「行政代執行」というのが具体的に何を意味するかは知らなかった。しかし、文章の前後関係から、放置すれば行政が勝手に処理してその費用を請求してくるということだとは掴んだ。つまり、手を打たなければ選択肢のない状態でさらに費用が発生する。
竜平は封書を机の上に置いてスマートフォンを手に取った。実家の近くにある建築業者の名前を思い出そうとしたが、思い出せなかった。母親が生きていた頃に何度か頼んだ業者がいたはずだが、名前も電話番号も記憶していない。仕方なく検索で近隣の業者を調べた。
翌日の朝、竜平は業者に電話をかけた。状況を説明すると、「一度現地を見なければ分からないが、まず写真でも状態を確認できるかもしれない」と言われた。スマートフォンで撮った写真をメールで送って欲しいと言われたが、現地の写真は1枚もない。結局、現地へ行くしかないという結論になった。
福岡まで行くとなると新幹線代がかかる。竜平はその費用を計算した。東京から博多まで自由席で往復2万4000円ほどかかる。宿泊が必要になればさらに数千円。年金が振り込まれてからなら出せる金額だが、今月の残りを圧迫する。それでも行かなければならない。
12月の第3週の月曜日、竜平は新幹線に乗った。3時間かけて博多に着き、在来線に乗り換えて30分、バスに乗って15分、歩いて実家の前に立った。家は思っていたより傷んでいた。外壁は確かに何か所か剥がれていた。南側の壁が特にひどく、下地のコンクリートが露出してその表面にひびが走っている。屋根の端に近い部分も何枚かずれていた。庭は草が伸び放題で、門柱の脇にあったブロック塀が一部傾いていた。
竜平は玄関の前に立ってしばらく家の外観を眺めた。最後にここに来たのは、母親が亡くなった8年前だった。葬儀を終えて荷物をまとめて鍵をかけて東京に帰った。それ以来一度も来ていなかった。固定資産税の振り込み用紙だけが毎年届いて、それを払い続けていた。家が傷んでいくことは考えなかった。
鍵を取り出して玄関を開けた。8年間締め切っていた家の中は空気が重かった。埃の匂いと、木が湿気を吸って変質したような匂いが混じっている。廊下を歩くと板が少し沈んだ。台所の床板が1枚、踏んだ時にきしむ音ではなく沈む感触がした。腐りかけているかもしれない。
各部屋を1つずつ確認した。両親の寝室だった部屋は家具が残ったままだった。タンスと布団を納める押入れがある。押入れの戸が少し歪んでいて閉まりきっていない。今には竜平が子供の頃に使っていた小さな木のテーブルがまだあった。表面は白く変色していた。台所の窓の下の壁が内側から変色していた。雨水が染み込んでいる跡だった。
竜平はスマートフォンで各所の写真を撮って回った。外壁、屋根、床板、台所の壁。記録として取ったのと、業者に見せるために取った。取りながら、この家がここまで痛んでいたことを自分は一度も確認しにこなかったという事実が、ゆっくりと体の中に落ちてきた。
夕方、竜平は近くのビジネスホテルに一泊した。1泊4800円だった。夕食は近くのコンビニで済ませた。
翌朝、地元の建築業者に連絡して現地で会った。業者の担当者は40代くらいの男性だった。ベルトにメジャーをぶら下げて、作業着にヘルメットをかぶっていた。名刺に「山下建設」とあった。山下という男は家の外壁を見て回り、屋根を外から確認し、台所と廊下の床を踏んで音を聞いた。メモ帳に数字を書きながら竜平に説明した。「外壁は一部で補修できる部分もありますが、剥落が進んでいる南面は下地から打ち直す必要があります。屋根の瓦もずれているだけでなく、下地の防水シートが劣化している可能性があります。台所の床は1枚だけですが、根太まで痛んでいれば張り替えになります。全体の調査を含めると、最低でも200万はかかります。状態によっては250万を超えることもあります」
竜平は黙って聞いていた。200万という数字は、今の竜平にとってすぐには出せない金額だった。解約した投資信託から戻ってきた金は普通口座に入っている。しかし、銀行に払った費用と損失で218万が消えた結果、残っている総資産は大きく減っていた。生活費に当てている口座と合算しても、すぐに200万を動かせる余裕はない。行政指導の期限は60日だった。その60日はもう3週間ほど経過していた。
「200万という費用は、自治体に申請すれば補助金が出る場合もありますよ」と山下が言った。「空家対策の補助制度があって、補修費用の一部を自治体が出すケースがあります。ただ、申請に時間がかかりますし、今の行政指導の期限に間に合うかどうかは確認が必要です」
竜平はそれを聞きながら、今すぐ判断できることとできないことを頭の中で仕分けようとした。まず、期限に間に合わせるために仮の措置として外壁の応急補修だけを先行してやってもらう。それだけなら費用が抑えられる可能性がある。補助金の申請は並行して進める。床の修繕は行政指導の対象から外れるなら後回しにする。こういう段取りができると思った。現場で複数の作業を同時に進めながら優先順位をつけるのは、倉庫の仕事でやってきたことだった。
「山下さん、応急処置だけを先行して見積もってもらえますか? 外壁の剥落が止まれば、行政への報告はできるはずです」と竜平は言った。山下はメモ帳に書きながら「分かりました」と言った。「外壁の剥落部分だけの応急補修なら、足場を組まずに済む範囲であれば30万前後で収まる可能性があります。ただ、足場が必要と判断した場合は倍かかります」
30万ならなんとかならない。竜平はそう判断した。痛い出費だが、行政代執行になって青天井の費用を後から請求されるよりは、自分でコントロールできる範囲だ。話をまとめて連絡先を交換した。見積もり書を数日中にメールで送ってもらう約束をした。
その後、竜平は役場によって補助金の申請について窓口で聞いた。担当の職員が出てきて書類の一覧を渡してくれた。必要書類が8種類あった。用意に時間がかかりそうなものもあったが、順番に揃えていけばできないことはなかった。役場を出たのは午後3時を過ぎていた。
帰りのバス停まで歩きながら、竜平は空を見た。冬の空は薄く、雲が平たく広がっている。実家の屋根の形が少し離れた場所から見えた。傾いた瓦の列が空の白さを背景に並んでいる。両親が長年住んでいた家が、こういう形で自分の前に現れてくるとは思っていなかった。
2人に対して良い息子だったとは言えない。離婚のことも退職金の話も、2人が生きていた頃に話したことはなかった。父親は竜平が倉庫の仕事を選んだことを最後まで黙って認めていた。母親は亡くなる前年に一度だけ「お前は元気か」と電話をかけてきた。竜平はその時「まあまあ」と答えて3分ほどで電話を切った。
バス停のベンチに腰を下ろした。バスはあと18分。あの電話をもう少し長く続ければよかったとは思わなかった。思うには遅すぎた。ただ、母親が電話をかけてきた理由が今になってようやく分かる気がした。置いていく一人の人間が、息子の声を確認したかっただけだ。それだけのことだった。
バスが来て竜平は乗った。博多駅まで戻って新幹線のホームで待った。指定席は取っていなかったので自由席の列に並んだ。前に5人ほどいた。新幹線の中で竜平は窓の外を見ていた。景色が流れていく。山が見えて田んぼが見えて住宅地が見えた。日が暮れると外は暗くなって、窓に自分の顔が映るようになった。
東京に戻ったのは夜の9時を過ぎていた。駅から歩いてアパートに帰った。鍵を開けて靴を脱いで台所の電気をつけた。部屋の中は出かける前のままだった。机の上にノートが置いてあった。家計のノートだ。昨日の支出まで書いてある。今日の分を書かなければならなかった。新幹線代、ホテル代、コンビニの夕食代、バス代。1つずつ書き込んでいくと、2日間でかなりの支出になった。普段の生活費とは別の臨時の出費だった。書き終えてノートを閉じた。
竜平は椅子に座ったまま少しの間ぼんやりした。今日のことを整理しようとした。実家の状況、山下の見積もり、役場の補助金の話。やるべきことが3つか4つ、これから待っている。しかし、その前に今夜は何かを食べなければならない。財布の中を確認した。帰りに駅のコンビニで食べ物を買っておけばよかったが、疲れていて忘れた。冷蔵庫を開けると豆腐が一丁と卵が3個あった。卵を2個、フライパンで炒めた。醤油を少し垂らした。豆腐はそのまま半分に切って皿に乗せた。それだけの食事を台所の椅子に座って食べた。
食べながら、竜平は実家の台所の床を踏んだ時の感触を思い出した。踏んだ瞬間に足の下でわずかに沈んだ感触。あれは自分がいなかった8年間にじわじわと進んでいた劣化の感触だった。目を向けなければ物は老いる。人も多分同じだった。
竜平は皿を台所に持っていって水で流した。今夜は早く寝ようと思った。明日の朝、もう1度ノートを開いてこれからかかる費用を整理する。それから山下の見積もり書が届くのを待つ。補助金の書類も1枚ずつ揃えていく。やることはある。やることがあるというのは、今の竜平にとって悪いことではなかった。
電気を消して布団に入った。天井のシミが見えなくなった。暗闇の中で竜平は目を閉じた。眠れるかどうかは分からなかったが、今夜は考えることが多すぎて、逆に頭が空っぽになっていく気がした。新幹線の中で見た窓に映る自分の顔がまだどこかに残っていた。あれが今の自分の顔だった。置いてきて、それでもそこにいる顔だった。
人間というのは、底を打ってからどこへ行くかで少しだけ変わる。どこへも行かないものもいる。それでもそこに立っていること自体は悪いことではないかもしれない。少なくともこれ以上は下がらない。
12月の終わりに、山下から見積もり書がメールで届いた。外壁の剥落部分の応急補修、31万8000円。足場を使わず高所作業者でできる範囲に絞った場合の金額だった。それとは別に、床板の状態を詳しく確認したところ、根太まで腐食が進んでいる可能性があるという追記もあった。床板だけ直すなら追加で40万から50万かかる見込みだという。
竜平は見積もり書の数字を家計のノートの余白に書き移した。応急補修の31万8000円は、年明けに年金が振り込まれれば、生活費を圧迫しながらでも出せない額ではない。床の件は、補助金の申請が通れば一部が戻ってくる可能性があるので、申請の結果が出るまで待つことにした。役場から受け取った書類一覧を机の前の壁に貼り、1枚ずつ揃えていった。住民票、固定資産税の納税証明書、建物の登記事項証明書。それぞれ取得に手間がかかるものもあったが、1週間かけて全部揃えた。1月の初めに補助金の申請書類を郵送した。審査には2か月から3か月かかると役場の窓口で言われていた。それまでの間に、応急補修だけ先行して山下に頼む手はずを整えた。
問題はそれとは別の場所からやってきた。1月の中旬に、区の国民健康保険の通知が届いた。退職後の保険料の再計算に基づく今年度分の追加請求だった。退職した年の収入が翌年の保険料に反映されるという仕組みがあって、竜平の場合は退職前の最後の年の給与が基準になっていた。追加請求の金額は12万3000円だった。3月までに払わなければならない。
竜平はノートに数字を足した。応急補修31万8000円、保険料追加12万3000円、合計44万1000円が3月までに必要になる。毎月の年金14万6000円を3か月分足しても43万8000円にしかならない。食費や光熱費を除けば、手元に残る金はほぼない。解約した投資信託から戻ってきた残金は、万が一のためにできるだけ手をつけずに置こうと決めていた。しかし、このままではその判断を維持することが難しくなる。
竜平は一晩数字と向き合った。翌朝、結論が出た。働くしかない。年金だけでやっていける計算がここへ来て崩れた。崩れた穴を埋めるには、外から金を入れるしかない。62歳で体に持病を抱えて、35年間フォークリフトと倉庫の仕事しかしてこなかった自分が、どこで何の仕事をするか。
竜平はスマートフォンで近辺のシルバー人材センターを調べた。シルバー人材センターは60歳以上の高齢者に短時間の仕事を紹介する窓口だった。清掃、施設管理、除草、荷物の仕分けなど、体を使う軽作業が中心だった。翌日、竜平はセンターへ行った。受付で書類に記入して、担当者との簡単な面談があった。担当者は50代の女性で、前職と健康状態を確認した後、「清掃の仕事があります」と言った。区民生活支援センターの建物の清掃業務で、週に4日、1日4時間、時給950円だという。
竜平は少しだけ間を置いてから「それでお願いします」と言った。間を置いたのはためらいがあったからだ。35年間倉庫の現場を管理する側にいた人間が、雑巾を絞って廊下を磨く仕事をするということへの引っかかりが確かにあった。しかし、それは感覚の話であって、今の財布の中身とは関係ない話だった。
1月の第4週から、竜平は清掃の仕事を始めた。支給されたのは紺色の作業着の上下とゴム手袋と布のマスクだった。作業着は少し大きめで、肩の当たりが余った。更衣室で着替えると、鏡に映る自分の格好が倉庫にいた頃と似ていた。服の色と形が違うだけで、首にタオルをかけて作業着を着ている。それだけのことだった。
最初の日はベテランの先輩作業員から手順を教わった。68歳の田中という男性で、定年退職した後にここで5年間働いているという。田中は黙々と動く人間で、余計なことを言わなかった。廊下の端からモップをかける順番。トイレの便器を洗う際の洗剤の量。窓ガラスを拭く時の向き。1つずつ実際にやりながら教えた。竜平は黙って見て、黙って真似た。35年間倉庫で積み上げた経験に比べれば、清掃の手順そのものは複雑ではなかった。しかし、体の使い方は違った。廊下をモップで拭く時、膝を軽く曲げて体全体で押すと腰への負担が減ると田中が言った。竜平は最初その言い方をよく聞いていなかったが、2時間ほど作業した後に腰が少し張ってきた時に思い出した。翌日から田中の言い方を意識して動いた。
仕事を初めて1週間ほど経った時、竜平は建物の中の構造を大体把握した。1階のフロアに窓口があって、奥の相談コーナーに向かう廊下がある。エレベーターホールと階段。2階には会議室と事務室、3階に資料室。清掃の順番は決まっていて、朝は共有廊下と玄関のガラス、昼前にトイレ、午後は各フロアのモップ掛けという流れだった。
ある午後、竜平が1階の廊下をモップで拭いていると、奥の相談コーナーから出てきた男が目に入った。柴田直樹だった。柴田も竜平に気づいた。2人の目があった。柴田は一瞬だけ止まってから、軽く会釈した。「黒川さん」と言った。竜平はモップを持ったまま頷いた。柴田は特に驚いた様子はなかった。竜平が清掃員の格好をしていることに対して、表情は変わらなかった。「ここで働いていたんですね」とだけ言った。「先月から」と竜平は答えた。柴田は頷いた。少しの間、何かを言おうとする気配があったが、言わなかった。それから「また」と言って廊下の先へ歩いていった。竜平はその後ろ姿を少しの間見てから、モップを動かした。
柴田の反応は、竜平が想定していたものとは少し違った。想定していたのは、同情か、あるいは気まずい沈黙、どちらかだった。しかし、実際はどちらでもなかった。ただ事実として受け取って、「また」と言って歩いていった。その軽さが竜平には少し楽だった。
2月に入った。仕事のリズムが体に馴染んできた。週4日、4時間ずつ。終わって着替えてセンターを出る時、体は少し疲れているが、退職してからの7か月間に感じていた時間の重さとは違う疲れだった。何かをした後の疲れだった。収入は月に6万円を少し超える程度だった。年金と合わせると20万円台に乗る。贅沢はできないが、今の生活スタイルで食費と光熱費と家賃を払って薬代も払って、それでも少しだけ残る計算が出た。竜平はノートの数字を見直して、3月までの支払いがギリギリだがこなせる見通しに変わったことを確認した。見通しが立つと、それだけで少し楽になった。
2月の下旬、職場の掲示板に1枚の紙が張り出された。九種祭の食品配布会のお知らせだった。生活に困難を抱える区民を対象とした食材の無料配布イベントで、運営のボランティアスタッフを募集しているという内容だった。「倉庫作業の経験者歓迎」と小さく書かれていた。竜平はその紙を読んで、特に何も思わなかった。自分が申し込むとは考えなかった。
しかし、翌日、柴田が廊下で竜平を見かけて声をかけてきた。「黒川さん、先日の食品配布の件、ご覧になりましたか」と言った。竜平は頷いた。「倉庫の経験がある方にお願いしたいんです。食材の数量を正確に把握して仕分けをする人間が、毎回うまく回らなくて困っているんですが」と柴田は言った。声の出し方が業務的で、頼んでいるのか確認しているのか判断しにくい言い方だった。竜平は少し考えた。「清掃の仕事に差し障りがなければ」と竜平は言った。「当日は土曜なので大丈夫です」と柴田は答えた。「分かった」と竜平は言った。
3月の第1土曜日、竜平は朝の8時半に区民生活支援センターの駐車場に出た。仮設のテントが2張り立っていて、その下に折りたたみテーブルが並んでいた。食材が入った段ボール箱が積まれていて、ボランティアスタッフが10数人動いていた。柴田がいた。作業着ではなく、いつもの緩んだシャツにジャンパーを羽織っていた。竜平を見つけると「よろしくお願いします」と言って、すぐに段ボールの積まれた一角へ案内した。「ここの仕分けをお願いしたいんです。食材の種類ごとに分けて数量を確認して、配布用の袋に入れる作業です。数量の記録はここのシートに書いてもらえますか?」
竜平は段ボールの中を確認した。缶詰、乾麺、野菜、調味料。種類はバラバラで量もまちまちだった。「シートはここですか?」と竜平は言った。「はい。トリードと書かれた部分を」と柴田が指さした。竜平はシートを手に取った。品目、数量、状態確認、担当者の欄がある。形式は倉庫の棚卸しシートとほぼ同じ構造だった。
竜平はジャンパーを脱いで段ボールに向かった。まず全体の品目を確認した。次に数量。次に傷んでいるものや賞味期限が切れそうなものを分けた。状態確認の欄に1行ずつ書き込みながら仕分けを進めた。10年前も20年前も同じ動きをしていた。手が覚えていた。午前中の2時間で主要な仕分けが終わった。他のボランティアスタッフが袋詰めを始めた。竜平は袋詰めの数量確認を引き受けた。1袋に何が何個入るかを確認しながら、シートの集計欄に数を足していく。途中でスタッフの1人が「この缶詰どこに入れればいいですか」と竜平に聞いてきた。竜平は品目のシートを確認して「こっちの袋です」と答えた。自分が何かを答える側になっているという感覚が走った。倉庫にいた頃は自分が何かを指示する側だった。しかし、それから退職して、銀行で分からないことを分かったふりをして、失って、支援センターに相談に行って、清掃の仕事を始めた。その流れの中で、今日初めて誰かに何かを答えていた。答えの内容は大したことではない。缶詰をどの袋に入れるかというだけの話だ。それでも、ちゃんと答えられた。それだけのことだった。
配布会は昼過ぎに終わった。後片付けを手伝いながら、竜平は段ボール箱を畳んで束ねた。テントを片付けるのは業者が来てやるので、ボランティアの作業はそこで終わりだった。柴田がそばに来た。「助かりました。数量の記録が今まで一番正確です」と続けた。「次回もお願いできますか?」竜平は頷いた。「来月もあるんですか」と聞いた。「2か月に1度やっています。次は5月です」と柴田は言った。「わかりました」と竜平は言った。
柴田は小さな封筒を竜平に渡した。「これは一応」と言った。竜平は封筒を受け取った。中に紙幣が何枚か入っていた。「日当として出る車令です」という説明が続いた。竜平は封筒を上着のポケットに入れた。帰り道にならないと中の金額は確認するつもりがなかった。
テントが立っていた駐車場を出て、竜平は歩き始めた。3月の空気は冷えているが、2月よりはわずかに柔らかくなっている。風が顔に当たった。駅の手前のベンチに、竜平は少し腰を下ろした。疲れていたからではなく、ただ少し歩みを止めたかった。封筒を取り出して中を確認した。3500円だった。
3500円。竜平はその紙幣を封筒ごと膝の上に置いて、しばらく見ていた。3500円という金額をどう受け取ればいいか、最初すぐには決められなかった。倉庫で働いていた頃の日当で換算すれば1時間分にも満たない。しかし、今の竜平にとって、この3500円が表している意味は金額とは少し違うところにあった。今日1日、自分が持っている経験を使った。品目の確認、数量の記録、仕分けの手順、誰かに聞かれたことに分かる範囲で答えた。それが終わって金を受け取った。それだけのことだが、それが久しぶりに「仕事をした」という感触だった。清掃の仕事もそうだが、今日はその感触がもう少し強かった。自分が何を知っていて、何が使えるかを確認できた1日だった。
竜平は封筒をポケットに戻してベンチから立ち上がった。帰り道にスーパーへ寄った。いつもの398円の弁当コーナーを通り過ぎて、鮮魚の売り場に立ち寄った。サバの切り身が2切れで300円になっていた。自分で焼けるかどうか分からなかったが、グリルがあれば焼けるはずだ。アパートのコンロにはグリルがついていた。使ったことがなかった。竜平はサバを手に取ってカゴに入れた。それから豆腐と大根が半本と味噌を一袋買った。大根の味噌汁くらいなら作れる。正確には作り方を正確に知っているわけではないが、やってみれば分かる。
レジを出て荷物を持って歩いた。アパートへの道を歩きながら、竜平は今日の仕分け作業の内容を何となく頭の中で反芻していた。品目数、袋の数、期限で分けたもの。数字を確認する動作は体から抜けていなかった。
部屋に帰って荷物を台所に置いた。グリルの使い方を確認した。取扱説明書はどこかにあるはずだったが、見当たらなかった。コンロのそばのスイッチ類を触りながら、グリルの点火ができた。サバを網に乗せた。火加減が分からなかったので、弱火で長めに焼いた。少し焦げたが焼けた。大根を切って鍋に入れて水を入れて火にかけた。沸いてきたところで味噌を入れた。量の加減が分からず、最初少なすぎたので少し足した。味噌汁になった。それを食卓に並べて1人で食べた。サバは少し焦げていたが食べられた。大根の味噌汁は薄かった。それでも、自分で火を使って作ったものだった。惣菜と納豆だけだった食卓に、魚と汁物が並んだのは退職してから初めてだった。
食べながら、竜平は来月の予定を頭の中で確認した。山下の補修工事が3月中に入る予定だ。補助金の審査結果もそろそろ届くはずだ。清掃の仕事は週4日続く。5月には食品配布会もある。やることがある。
退職してから1年近く経とうとしている。200万以上の損を出した。実家の修繕費が30万以上かかる。保険料の追加請求があった。清掃の仕事をしている。それが今の自分の状況だった。派手な転落もなく、救いもなく、じわじわと続いていく日常だった。しかし、今夜の食卓は退職してから一番手間がかかっていた。それだけは確かだった。
竜平は皿を流しに持っていって水で洗った。窓の外が暗くなっていた。3月の夜はまだ冷える。竜平は台所の電気を消して6畳の部屋へ移った。布団を敷いた。横になった。天井のシミが見えた。シミはいつもここにある。今夜はシミを見ながら、竜平は今日のことを一通り思い返した。段ボールを開けた時の缶詰。柴田の顔。封筒の3500円。焦げたサバ。それがそのまま今日だった。飾り気のない1日だったが、夜になって思い返すと内容がある。それだけで今の自分には十分だった。
目を閉じた。今後どうなるかは分からない。年金だけでは足りないことはもう分かっている。実家の問題は補助金が通らなければまだ続く。千鶴とはまだ話していない。しかし、今夜は眠れる気がした。考えることが多すぎて空っぽになる夜ではなく、今日やったことが体の中にある夜だった。それはここ1年でそう多くはなかった。今日という1日が明日に繋がるかどうかはまだわからない。ただ、今夜の竜平は、それを確かめるために明日も起きるつもりだった。


