「町工場の分際で俺をバカにしてるのか?」 取引先の部長に呼び出され、特許部品の契約金を半額にしろと言われた。断ると、今度は一方的にキャンセルを突きつけられた。しかも「弟に裏切られたと伝えてやる」と笑いながら。長年築いてきた信頼も、祖父の代から受け継いだ技術も、この男の一言で踏みにじられた。私は胸ポケットの録音機のスイッチを入れた。そして、半月後、彼の弟である社長から鬼電が入る。…

「町工場の分際で俺をバカにしてるのか?」 取引先の部長に呼び出され、特許部品の契約金を半額にしろと言われた。断ると、今度は一方的にキャンセルを突きつけられた。しかも「弟に裏切られたと伝えてやる」と笑いながら。長年築いてきた信頼も、祖父の代から受け継いだ技術も、この男の一言で踏みにじられた。私は胸ポケットの録音機のスイッチを入れた。そして、半月後、彼の弟である社長から鬼電が入る。...

「篠崎さん、そんなんじゃうちだって困るんだよ」

乱暴に机を叩く音が響いて、俺は首をかしげた。目の前には不機嫌そうな男、優一が座っている。俺は今日、取引先に呼び出されていた。優一に「重要な相談がある」と言われたからだ。

俺の名前は篠崎。56歳で、父から受け継いだ町工場を経営している。うちの看板商品は精密ギアだ。祖父の代から三代かけて磨き上げた技術は、ついに特許として認められた。俺はこの技術に誇りを持っている。

取引先の工作機械メーカーとは、父の代から長い付き合いだ。先代の社長だった仙台さんには、うちの技術を高く評価してもらっていた。だが半年前、仙台さんは亡くなった。遺言で次男のときが若くして社長を継いだ。

問題は、その兄である優一だ。彼は以前から社員として働いていたが、礼儀正しく真面目なときとは正反対で、常に高圧的で適当な男だった。「俺は将来親父の後を継ぐ人間だ。ときは俺を支えるために努力する必要があるかもしれないが、俺が何の努力をする必要がある」と、恥ずかしげもなく言う男だ。

仙台さんの遺言でときが社長になり、優一は部長に就任した。だが彼は納得していない。弟に社長を取られた悔しさからか、最近は特に感情的になっている。

今回の呼び出しも、例の特許部品の価格を引き下げろという無理な要求だった。

「先日は注文量の急な変更でしたよね。優一さん、こう言っては何ですが、本当に必要なら正式な手続きを」

俺がそう言いかけると、優一は「うるさい」と遮った。

「そんなこと言った覚えはないぞ。論点をすり返るな。俺は今あんたの部品の価格に関して話してるんだ」

顔を赤くして感情的になる優一を、俺は冷めた目で見つめた。また始まった。彼はいつもこうだ。自分の発言を後からコロコロ変え、覚えていないと言い張る。

「特許部品の価格は、仙台さんからときさんに代替わりした際に、よく話し合って決まった金額です。社長であるときさんが納得されている金額ですのに、優一さんの判断で勝手に変更するのは、優一さんのためにもならないのでは」

ときの名前を聞いた瞬間、優一は見る見るうちに顔を真っ赤にして立ち上がった。

「町工場の分際で俺をバカにしてるのか? お前も弟に社長を取られたバカな兄だと言いたいのか?」

誰もそんなことは言っていない。俺は呆れてため息をついた。

「どいつもこいつもバカにしやがって。俺の言う通りにしていればいいんだよ。今日はもういい」

バタンと乱暴に扉が閉まり、俺は大きく深呼吸した。これはいよいよ、もっと対策を強めるしかないな。

それから3日後のことだ。

「社長、お客様がお越しですが」

休憩しようと事務所に戻ると、事務員に呼び止められた。今日は来客の予定はなかったはずだが。そう思って応接室に向かうと、来客用のソファにふんぞり返って座っている人物がいた。優一だ。

「大切な話がある」

3日前も同じことを言っていたではないか。俺は内心やれやれとため息をついた。来てしまった以上、追い返すわけにもいかない。

「優一さん、すみません。私は急ぎのメールを書いてる途中でして、すぐに参ります」

俺が頭を下げると、優一は鼻を鳴らした。俺は自分の席に戻り、デスクの引き出しを開けてあるものを取り出した。小型の録音機器だ。3日前の件の後、知り合いの弁護士に相談したところ、「後頭でのやり取りは証拠にならん。録音しろ」と助言された。その通りに準備していたのだ。

新品の録音機器のスイッチを入れると、問題なく作動した。俺はそれを着ていた作業着の胸ポケットに入れ、応接室へ向かった。

「お待たせして申し訳ございません。それで、本日はどのような」

「担当直入に言う。特許部品の契約金を半額にしろ」

俺は笑顔のまま固まった。

「先日は価格の引き下げをお願いしたいという話でしたが、なぜいきなり契約金を半額というお話に」

ここで感情をあらわにしては優一と同類だ。そう思い淡々と対応したが、優一には通じない。

「結局同じことだろ。理由はこっちの利益を増やしたい。以上だ」

ふざけているのだろうか。それがまかり通るなら、どんな会社も苦労はないだろう。

「御社の利益を増やしたい。それは分かりました。ですが、契約金は双方が納得して決めたから17億という金額なのですが、その辺りはどうお考えですか? 一方的に変更を要求するとなると、それは御社の契約違反となりますが」

「ふざけるな。町工場のような弱小会社が契約違反だと」

「どのような相手であれ、契約は契約です。正当な理由もなしに了承できるわけがありません」

録音機という強い味方があるせいか、俺はいつも以上に毅然と振る舞えた。ここまで言えば、さすがの優一でも引き下がるだろう。録音データをときに渡して厳重に注意してもらえれば。そう考えていた矢先、優一はとんでもないことを言い放った。

「もういい。キャンセルだ。お前の部品なんぞ、いらん」

想定外の展開に、一瞬思考が止まった。一方的なキャンセル。それこそ契約違反だと思うのだが、俺の困惑とは裏腹に、なぜか優一は自信満々といった表情だ。

「さあどうする? 契約金半額とキャンセル、どちらを選ぶ?」

「ですから」

そこまで言いかけて、俺は口を閉じた。特許部品のギアは決して量産に向いていない。だからこそ時間をかけて制作してきたのだ。お得意様からの依頼ということで優先的に制作してきた。ときが新社長になり、これからも関係を続けていきたいと考えていたからこそだ。お世話になった仙台さん、そして今まさに頑張っているであろうときのことが頭に浮かぶ。

「無言でいるなら、キャンセルということにするぞ」

明らかに優一は今正気じゃない。だが、向こうがキャンセルだと言うなら、もうそれでいい。こちらとしては契約通りに進めてきたのだから。

「今更後悔しても遅い。それじゃあキャンセルということにするからな。特許部品なんて恰好いい言い方だが、所詮はその辺の部品よりちょっと性能がいいだけだろ。探せばあんたのところよりいい会社がすぐに見つかるさ」

そう言うと、優一は言葉を続けた。

「今回のキャンセル、あんたから言い出したってときに伝えるよ。とき、どんな顔するのかな? あんたに裏切られたと聞いたら、大慌て間違いなしだな」

言えるものなら言ってみろ。それがどういう意味を持つか、あなた自身が一番分かっているはずだ。俺はそう心の中で吐き捨てた。

見下げ果てたものだ。この特許ギアを仕上げるのに、うちの職人たちは何年かけたと思っているんだ。祖父の失敗のデータ、父の試行錯誤の記録、全部引き継いで俺の代でようやく特許が取れた。その技術を、この男は「ちょっと性能がいいだけ」と言った。ここまで薄汚い考えを持てるとは、ある意味感心してしまうかもしれない。長年の信頼関係が崩れるのも一瞬だ。仙台さんやときを思い出し、若干の寂しさがあった。

「そうですか。残念です」

俺は力なく呟いた。俺の様子を見て何を勘違いしたのか、優一は勝ち誇った笑顔だ。この男の心は病んでいる。俺はそう確信した。

それからおよそ半月のこと。今日は本来ならときの会社に特許部品を納品しているはずだった。俺のスマホに、ある人物から連絡が来ていた。重要な打ち合わせや作業に集中したい時はマナーモードにして振動もオフにしているため、全く気がつかなかったのだ。発信元の名前を見て、俺ははっとした。ときの名前がそこにあったからだ。その着信履歴はかなりの量で、まさに鬼電と呼ぶにふさわしい。

俺がどうしたものかと悩んでいると、再びスマホが着信する。

「はい」

俺はやや間を置いて電話に出た。

「あ、やっと出てくれた。篠崎社長。これは一体どういうことなんです?」

ときの声を聞くのは久しぶりだったが、いつもの穏やかな声とは違い、かなり切羽詰まっているのが伺える。

「どうかされましたか?」

俺が冷静に尋ねると、ときは信じられないとでも言うように声を張り上げた。

「17億の特許部品の納品はどうなったと聞いてるんですよ。うちを倒産させるつもりですか?」

相当慌てているのだろう。かなり強い言い方だ。こちらとしても言いたいことはある。頭の中に先日の優一の言動が蘇り、その時に感じた不快感が競り上がったが、ここで感情的に返しても泥沼になるだけだ。俺は深く息を吸い込み、冷静に切り返した。

「先日、御社の部長、優一さんにキャンセルされましたが」

一瞬で電話の向こうが沈黙する。やや間を置いて、はあと力の抜けた声が聞こえてきた。俺は耳にスマホを当てながら、やれやれと首を横に振る。

「もしかして、ときさんは我が社が一方的に納品していない、あるいは契約をキャンセルしたと思っていますか?」

俺は冷静に質問する。ときはまだ動揺しているようで、少し口ごもっていた。その隙に、俺は説明することにした。最初に価格の引き下げを要求されたこと。そこからさらに契約金の半額、それから契約をキャンセルすると発言した経緯。全てを。

聞き終わった後、ときは「兄さんが信じられない。そんなのむちゃくちゃだ」と呟いた。

「確認しますが、優一さんからは何も?」

「優一さんは、私から一方的にキャンセルしてきたと報告すると言っていましたが」

「いえ、何も」

電話の向こうで短い沈黙があった。優一は言うだけ言って、実行できなかったのだ。弟の前でそれを口にすれば、自分の行動を認めることになるから。結局どこまで行っても、小さな男だった。

俺は何度目かのため息をつく。

「優一さんも優一さんですが、事実確認を怠り一方的に怒鳴りつけるなんて、一社を背負う社長のすることですか?」

「大変申し訳ございませんでした。おっしゃる通りです。ですが、私には信じられません。兄がそんな意味の分からない行動を取るなんて」

「ええ、全くです。しかし、こちらには証拠の録音があります。もしよろしければ、今お聞かせできますが」

「お願いします」

俺はときに例の録音機のデータを聞かせることにした。全てを聞き終わった後、ときは「そんな」とつぶやいた。

「ときさんには申し訳ないのですが、こちらは契約に沿って誠実に仕事をしてまいりました。今まで優一さんには困らされてきましたし、今回のようなことが今後もあるかと思うと、これ以上は」

「お待ちください。全ての元凶が兄だということは分かりました。どうかせめて謝罪に伺わせてください。本当に申し訳ございませんでした。私が社長として至らないばかりに」

電話越しに聞くときの声は震えていた。本当に知らなかったのか? ときも社長に就任したばかりで忙しかったのかもしれない。そう思うと、謝罪を無にすることもできなかった。こうして、どうしても直接謝罪したいというときの言葉を受け入れることにした。

電話から30分後、やってきた優一とときを迎える。ときはひたすら頭を下げており、優一はふてくされてそっぽを向いていた。

「俺は何も悪くない」

「兄さん、どうしたら今までお世話になった篠崎社長にそんな態度を取れるんだよ」

「優一さんが言うには、現在うちの代わりの会社を探しているらしい」

「兄さんが勝手なことをしたせいで、予定が大きく狂うんだぞ。このプロジェクトは、亡くなった父さんも関わった大切な」

「うるさい。どいつもこいつも俺をバカにするからいけないんだ。俺を認めない親父もお前もむかつくんだよ。町工場風情にもなめられて、目に物を見せてやっただけだ」

これでは埒が明かない。俺はごほんと咳払いする。

「私は、あなたの言い分を聞かせられるために時間を作ったわけではございません」

恐縮すると、それから不機嫌そうな優一を見て、俺は言葉を続けた。

「あなたはうちの特許技術を『ちょっと性能がいいだけの部品』としましたね。祖父の代から三代、数十年かけて積み上げてきた技術です。職人たちが費やした時間と誇りを、あなたは一言で切り捨てた。私が腹を立てたのは、金額のことではありません。そこです」

は、と反論しようとする優一を、ときが手で静止する。

「優一さん、あなたは断るごとにそうやって自分を馬鹿にすると言いますが、あなたは認められるだけの行動をしていますか? あなたのやっていることは子供のわがままです。多くの人間に迷惑をかけている分、それ以上にタチが悪い」

優一の顔が真っ赤に染まり、わなわなと体が震え始める。だが俺は反論を許さなかった。

「弁護士にも相談済みですが、あなたの行いは我が社への侮辱、そして自分の会社に対する背信行為、そう言えると思います。あなたは私やときさんに迷惑をかけてやるという気持ちで行ったようですが、その時点で既に間違えているんです。自分を認めて欲しいのなら、誠実に努力すべきだった。その意識の違いだけで、未来が大きく変わったはずですよ」

優一は大きく目を見開いた。俺の言葉の何かが、自分の中に刺さったのだろう。

「くそ。くそ」

優一はその場で地団駄を踏み、そのまま部屋を出て行ってしまう。

「申し訳ありませんでした」

後に残されたときが、静かに深々と頭を下げた。

その後、優一は懲戒解雇になったとときから聞いた。

「父が亡くなった時にしっかり判断するべきでした。私の身内に対する甘さが、今回の件を引き起こしたと思っております」

俺たちは話し合いの末、今回、それから今後の納期、契約金の見直しをすることを条件に、引き続き契約を続けることに決まった。

ビジネスと家族の情は別。分かりきったことでも、切り離して考えられる人間はどれほどいるだろうか。俺もまた、祖父、父と血縁で会社を続けてきた側だ。今回の件を人ごとと思わず、教訓として胸に刻もう。

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