あの夜、囲炉裏の灰の中で粥の粒を数えていたとき、私は知らなかった。後に自分がこの村の運命を変えたと言われることになるなど、想像すらできなかった。二日分、それだけが私の全てだった。雪は膝まで積もり、隙間風がびゅうびゅうと木戸を揺らしていた。そこへ、裏木戸を叩く弱々しい音が聞こえた。「人さじの飯で構わぬ。三日、何も口にしておらぬ」という声。戸を開けた瞬間、私は息を呑んだ。全身ぼろ布に包まれ、雪の…

あの夜、囲炉裏の灰の中で粥の粒を数えていたとき、私は知らなかった。後に自分がこの村の運命を変えたと言われることになるなど、想像すらできなかった。二日分、それだけが私の全てだった。雪は膝まで積もり、隙間風がびゅうびゅうと木戸を揺らしていた。そこへ、裏木戸を叩く弱々しい音が聞こえた。「人さじの飯で構わぬ。三日、何も口にしておらぬ」という声。戸を開けた瞬間、私は息を呑んだ。全身ぼろ布に包まれ、雪の...

鍋の中には、わずか二日分の粥しか残っていなかった。それが持月という娘の持つ、すべての食料だった。薄暗い台所で、持月は瓶の底に残った粥を一粒一粒数えるようにして、手のひらに移していた。指先はかじかみ、息を吐くたびに白く濁った。それでも持月は、明日の朝と明後日の朝、この粥でどうにか凌ごうと、何度も心の中で段取りを組み直していた。

母が生きていた頃、貧しくとも心まで貧しくなってはならぬと繰り返し聞かせてくれたことを、持月はこんな夜になると決まって思い出した。傍らには母の形見である一着の着物があった。継ぎはだらけで、もはや布というより布の切れ端の寄せ集めに近いものだったが、持月にとっては亡き母がまだそこにいてくれるような、唯一の拠り所だった。

目の前には、雪の中で今にも倒れそうな見知らぬ老人が立っていた。分けるべきか迷う余地などないように思えた。いや、迷いがなかったわけではない。粥を鍋に開ける前、持月の手は確かに一度止まった。これを渡してしまえば、明日から二日、自分は何も口にできない。頭の片隅をその考えがよぎった。けれど、雪の中で小声ながらに立つ老人の姿を見た瞬間、持月の耳の奥に母の声が響いた。

人の命より重い思い込みなどありはせぬ。

持月は残っていた粥を、迷いを振り切るようにして残らず鍋に開けた。

「大丈夫です。一日や二日、食べずとも構いません」

持月は静かに言った。その一言が、後にこの村の運命を変えることになろうとは、誰も知るよしもなかった。

粥を炊きながら、持月の胸には幼い頃、母の膝に抱かれて聞いた言葉が何度も甦っていた。

「持月や、人は誰しも、いつか持てるものを全て差し出さねばならぬ時が来る。その時、惜しむ心を持つか、それとも差し出す心を持つかで、その人の一生の重みが決まるのだよ」

母のその声は、もう何年も前に聞いたものであるはずなのに、こんな夜になると、まるで昨日聞いたばかりのように鮮明に耳の奥に響くのだった。持月は膝の上に置いた欠けた木の椀をそっと撫でた。父と母と三人で分け合ったこの椀が、今夜もまた誰かの命を繋ぐ器になろうとしている。そう思うと、持月の胸には寂しさとも安らぎともつかぬ、不思議な温かさが広がるのだった。

全ての始まりは、その冬よりずっと前のことだった。昔々、大州の深い山合に、さして名も知られぬ小さな村があった。そこに望月という名の娘が暮らしていた。望月という名は母親がつけたものだった。十五夜の月が高く美しい空に生まれたことに因んで、そう名付けられたのだ。父は持月の名前を呼ぶ時、いつも目を細めていた。

「この子は、満ちた月のように誰かを照らす人になるだろう」

父はよくそう言っていたそうだ。けれどその名に反して、持月の暮らしには満ちた月のように満たされたものなど、何ひとつなかった。父親は山の斜面を切り開いて畑を作る仕事の最中、土砂崩れに巻き込まれて命を落とした。持月がまだ十歳になるかならぬかの年のことだった。父の亡骸が村に運ばれてきた日、母は声も立てずにその場に座り込み、持月の手を強く握りしめていた。

母はそれから体を壊し、女で一つで畑を耕しながら持月を育てたが、無理を重ねた体は次第に蝕まれ、持月が十五になった年の秋、静かに息を引き取った。今際の際、母は持月の手を握り、こう言い残した。

「父さんと私が残せるものは何もないけれど、お前の心まで貧しくさせてはならぬ。どんなに苦しくとも、人を思いやる心だけは手放してはならぬ」

持月はその言葉を片時も忘れたことはなかった。残されたのは、今にも傾きそうな一軒の家と、母の形見の着物一枚、そして欠けた木の椀が一つだけだった。その椀は、父が生きていた頃、家族三人で分け合って粥をすった椀だった。

持月はその日から、村中の家を回っては賃仕事で口を凌ぐようになった。洗濯をし、畑を耕し、冬には山で薪を集める。そうして稼げるものといえば、一日二度の粥をどうにか凌げる程度のものだった。村の東外れに住む七兵衛の家では、持月は朝から日暮れまで畑仕事を手伝い、その日払いの賃として粥をほんの一握りしか受け取れぬこともあった。雪の降り積もった朝には、草鞋に藁を突っかけただけの姿で畑道に立ち、凍った土を鍬で割り続けることもしばしばだった。手のひらにはいくつもの豆ができ、それが破れては硬い瘡蓋となり、やがて指の節々が思うように動かぬほどに荒れていた。それでも持月は不満を口にすることがなかった。

「うちの貧乏がこれしか渡せず、済まないね」

と申し訳なさそうに言うと、持月は「こうして仕事をいただけるだけでありがたいのです」と頭を下げるのだった。

西の外れに住む次郎兵衛の元では、持月は冬場、山で切り出した木を里まで運ぶ手伝いをしていた。重い薪を背負い、凍りついた坂道を何度も往復するうち、足を滑らせて転び、膝から血を流したこともあった。次郎兵衛はその度に「無理をせずとも良いのに」とかけたが、持月は「これしきのことで音を上げていては冬を越せませんから」と、口に雪を当てるだけでまた薪を背負い直すのだった。

仕事の合間、隣の老婆が腰を痛めて水を汲めずにいるのを見かければ、持月は自分の仕事を後回しにしてでも水桶を運んでやった。こんな余裕がどこにあるのかと問われれば、持月は困ったように笑うだけだった。

「私にできることと言えば、これくらいしかございませんから」

持月はそう答えるのが常だった。ある年の夏、隣家の子供が高熱を出して寝込んだ時には、持月は乏しい蓄えの中から、熱に効くという薬草をわざわざ山まで取りに行ってやったこともあった。その子の母親が「こんなことまでしてもらっては」と恐縮すると、持月は「子供が苦しんでいるのを見て、見て見ぬふりはできませんから」と静かに笑うばかりだった。

それでも持月は笑みを絶やさなかった。近所に住むお松が、ある時不思議そうに尋ねたことがある。

「お前、そんなに辛い暮らしをしていて、どうしてそう笑っていられるんだい」

持月はいつもこう答えるのだった。

「笑うことがあるから笑うんじゃありません。笑わなければ生きていけないから、笑うんです」

お松はその言葉を聞く度、胸が締めつけられる思いがした。まだ十八の娘の口から出るような言葉ではなかったからだ。お松自身、正直なところ持月の暮らしぶりを見るにつけ、どこか薄気味悪くさえ感じることがあった。あれほどの苦しみの中で、なぜあの娘はいつも他人の心配ばかりしているのだろう。いつか無理が祟って倒れるのではないかと案じながらも、お松は自分の暮らしを守るだけで精一杯で、それ以上のことをしてやれずにいた。

ある時、村に見知らぬ物売りが現れ、持月がその物売りに自分の粥を分け与えたことがあった。お松はそれを見て、思わず持月を叱りつけたことがある。

「前後も知らぬ者に、そこまでするものじゃないよう。たかが粥ひとつやったところで、その人がどんなものかも分からないんだから。恩を仇で返されることだってあるんだよ」

持月はその時、困ったように笑いながらも、こう答えたのだった。

「お松さん、そのお方がどんな人であるかは私には分かりませんけれど、目の前で腹を空かせている人を見て、見て見ぬふりをすることだけは私にはできないのです。例え仇で返されることになったとしても、それは見て見ぬふりをした悔いよりはずっと軽いものでしょうから」

お松はその時も、心のどこかでこの子はいつか痛い目を見るに違いないと案じるばかりで、持月の言葉の本当の重みにはまだ気づいてはいなかった。

その頃、村には三年続けて凶作が襲っていた。春には日照りが続き、夏には季節外れの霜が降り、秋の実りは例年の半分にも満たない有り様だった。ところが一つだけ奇妙なことがあった。村で最も広い田畑を持つ野伏せりだけは、いつも米俵で満たされていたのだ。野伏せりは元々この村の生まれではなかった。二十年ほど前、どこからともなくこの地に流れ着いた男だった。身の上を明かすことはなかったが、野伏せりの若い頃、自分の暮らしは持月の今にも劣らぬほど貧しいものだった。生まれ育った隣村が大飢饉に見舞われた時、野伏せりの一家は食うものもなく、幼い弟を一人亡くしている。その時、村の裕福な地主に、米を分けてくれるよう土下座して頼みに行ったが、地主は門前で追い返すばかりで、一粒の米すら恵んではくれなかった。野伏せりはその時、腹の底に一つの誓いを刻んだ。二度とあのような無力な思いはすまい。この先、どれほど蓄えても、蓄えすぎるということはない。

野伏せりには正吉という二つ下の弟と、まださらに幼い妹がいた。飢饉のさなか、母は自分の食いを子供たちに分け与え続け、やがて衰弱してこの世を去った。そのすぐ後を追うようにして、正吉と幼い妹も痩せ細って命を落とした。野伏せりは今もなお正吉の最後の顔をはっきりと覚えていた。

「兄さん、腹が減った」

それだけを繰り返しながら、正吉は目を閉じたのだ。野伏せりはその時の地主の屋敷の門前に何度も座り込み、どうか一握りの米を、と土下座して頼み込んだ。地主は使用人に命じて、野伏せりを犬でも追い払うかのように棒で打たせ、「二度と我が敷地を跨ぐな」と罵ったのだ。その体験はやがて、野伏せりの生き方そのものを変えてしまった。凶作の折に困窮した者たちへ高い利息で米を貸し付け、返せぬ者から田畑を質流れにさせて取り上げることで、野伏せりは今の財を築き上げたのだ。野伏せり自身、これが正しい生き方だとは思ってはいなかった。けれど、飢えて死ぬよりはマシだ。倉を空にしてまで他人を助ける愚か者にだけはなるまい、という思いが、いつしか野伏せりの心をすっかり覆い尽くしていた。夜中にふと目覚めては、倉に積まれた米俵の数を指折り数え、それでようやく安堵の息をつくという夜が、幾度もあった。米俵さえ十分にあれば、もう二度とあの門前で犬のように打たれることはない。野伏せりにとって蓄えとは、すなわちいつか持つはずの家族の命を守る、唯一の拠り所だった。他人の苦しみを見ても、心のどこかで「それは自分の知ったことではない。我が身を守るのが先だ」という声が響くのだった。

村の庄屋である源蔵は、いつも野伏せりの顔色を窺わねばならなかった。年貢の取りまとめも、村の寄り合い事も、野伏せりの手を経ずには何ひとつ動かなかったからだ。

「野伏せり殿、今年もまた凶作でございます。少しばかり倉を開けてはいただけませんでしょうか」

と源蔵が恐る恐る切り出すと、野伏せりはいつも同じ答えを返した。

「わしのものはわしが汗水流して積み上げたものだ。どうして他人に分け与えねばならぬのか。あの百姓どもが己の食いも稼げぬだけのことだ」

その度に源蔵は内心で舌打ちをしながらも、表向きには黙って頭を下げる他なかった。

一方、村を見下ろす山の小さな庵には、懸命和尚という僧が住んでいた。和尚は月に一度、村へ托鉢に降りては、村人たちの困窮の様子を常に気にかけていた。和尚は若い頃諸国を巡り歩いた経験があり、その旅の途上、ある貧しい寺で、天から遣わされた旅人に身をやつして人の心を試して回る不思議な存在の言い伝えを幾度か聞かされたことがあった。その伝説が語るところによれば、真に深いものと口先だけのものとを見分けるため、天からの使いが見すぼらしい姿でこの世を巡るのだと言う。豊かな家の門を叩いても、貧しい家の門を叩いても、その者の心の値打ちはすぐに見抜かれてしまう。なぜなら、与える余裕があるかどうかではなく、与えようとする心があるかどうかだけが問われるからだと、和尚は繰り返し語っていた。和尚はそれを年寄りの昔話の類だと思い、長らく忘れていたけれど、あの旅の者が村に現れたという噂を耳にした時、和尚の胸にはなぜかその教えがふと蘇ってきたのだった。まさかとは思いながらも、和尚はどこか落ち着かぬ心持ちで持月の家へと急いだのだった。

和尚は持月の家に立ち寄るたび、なぜか他の家より長く止まるのだった。

「わしに分けてやれるほどの暮らし向きでもないというに、それでもいつも何かしら握らせてくれるのだ。お前は良い子だ」

と和尚が笑いながらそう言うと、持月は恥ずかしそうに俯いた。

「和尚様、差し上げるだけでこちらの心が満たされる気がするのです。どうか、これだけでも受け取ってくださいませ」

そう言って、持月はいつも粥を一握り、和尚の頭陀袋にそっと入れてやるのだった。

その年の冬は格別に厳しいものだった。雪は膝の高さまで積もり、夜には強風で屋根が凍りつく音がパキパキと響いた。そんなある夜のこと、村に見知らぬ旅の者が現れた。全身をボロ布で包み、歩く度に足を引き摺り、疲れ果てた顔には深い皺とあばたのような跡が刻まれていた。人々はその姿を見るなり、ただならぬ者だと恐れをなして震え上がった。不思議なことに、この旅の者が歩みを進めるだけ、雪の降り方がわずかに違って見えた。他の場所では横殴りに吹きすさぶ雪も、旅の者の周りだけは、ふわりふわりと舞い落ちるように見えたのだ。ある家の縁側で遊んでいた幼い子供がそれを見て「あの爺様の周りだけ、雪が踊っている」と母親に告げたが、母親は「空から恐ろしいことを言うものではない」と子供を叱りつけるばかりだった。

旅の者がまず戸を叩いたのは、野伏せりの屋敷だった。

「三日、何も口にしておりませぬ。どうか、人さじの飯を恵んでくださいませ。この恩、決して忘れません」

と旅の者は言った。すると中から、厳しい声が飛んできた。

「その汚らしい身で、旦那様の御門をうろつくとは何事だ。とっとと消え去れ」

旅の者は次の家、そのまた次の家と、戸を叩いて回った。けれど、どの家からも返る言葉は同じだった。

「うちにも食うものなんぞ、ありはしない。あっちへ行け。病を移すんじゃないよ」

という言葉ばかりが繰り返された。ある家では、戸の隙間から旅の者の姿を一目見るなり「病が来た」と叫んで戸をピシャリと閉め切ってしまった。またある家では、子供が恐ろしがって泣き出し、親がその子をかばうようにして旅の者を追い払った。庄屋の源蔵の家でも、旅の者は戸口で追い払われた。源蔵自身は情け深い性質だったが、野伏せりの顔色を窺う癖がすっかり身についており、「こんな見知らぬ者を泊めたと知れたら、野伏せり殿に何を言われるかわからぬ」と、満足に言い訳もせずに戸を閉ざしてしまったのだった。旅の者が立ち去った後、源蔵はしばらく戸口に立ち尽くし、言い様のない後味の悪さを噛み締めていたが、それもやがて日々の暮らしの中に紛れていった。

村を一巡りしても、旅の者は人さじの飯すら口にすることができなかった。雪はいよいよ勢いを増し、旅の者の足取りはますますおぼつかなくなっていった。その時だった。村の一番端、持月の家の台所からだけ、微かな灯りが漏れていたのだ。持月はその夜も一人、囲炉裏の前に座り、残り少ない粥を数えていた。ちょうど二日分、それも一日一食に切り詰めて、どうにか凌げるだけの量だった。そこへ、裏木戸の外から力ない声が聞こえてきた。

「どなたかおられぬか。三日、飯を口にしておらぬ。どうか、人さじだけで良い」

という声だった。持月が戸を開けると、そこには全身を汚れきらせ、今にも雪の中に倒れ伏しそうな旅の者が立っていた。持月は一瞬、身を強ばらせた。村中の噂を思い出したのだ。近頃、疫病が旅の者について回るという話も耳にしていた。恐ろしくないと言えば嘘になる。けれど、それもほんの一呼吸のことだった。

「さあ、お入りください。こんなに寒い晩に」

持月は旅の者を支えて、家の中に招き入れた。炉の前に座らせ、残り少ない粥を鍋に開けようとした、その手が一度だけ止まった。これを渡してしまえば、明日からの二日、自分は何も口にできない。頭の片隅に、その考えがよぎらなかったと言えば、それは嘘になる。母の言葉がその時も、持月の耳の奥に響いた。心まで貧しくなってはならぬ、という声だった。目の前で震える老人の姿を見た瞬間、迷いは風に吹き消されるように消えていった。持月は残っていた粥を全て鍋に開け、飯を炊き始めた。一つの椀に注がれた粥が、旅の者の前に置かれた。それは亡き父が生きていた頃に使っていた、あの欠けた木の椀だった。

旅の者は震える手で椀を受け取りながら、尋ねた。

「これを全部、わしにくれてしまえば、お前は何を食うのだ」

持月は、すでに答えを決めていたかのように、迷いなく微笑んで言った。

「今のご老人には、それより大事なことがございましょう。私のことなら、どうかお気になさらず」

旅の者はその言葉に何も返すことができず、ただ湯気の立つ椀を見つめていた。しばらくして、旅の者は尋ねた。

「もし明日、お前が飢えて命を落とすことになったとしても、それでも良いと申すのか」

持月はしばし黙り込んだ。それは答えを持たぬ沈黙ではなく、答えを確かめるための沈黙だった。

「私は、今夜のお方を追い返して、明日も明後日も暗澹と粥をすすることなど、とてもできませぬ。もし明日、私が飢えて倒れたとしても、それは今夜のお方を助けなかったことへの後悔よりは、よほど軽いものでございましょう」

旅の者はさらに尋ねた。

「この村の者は皆、御身を見て戸を閉ざした。恩を仇で返されても構わぬと申すか。お前に何も返せぬかもしれぬ。それでも良いのか」

持月はそれにも迷わず答えた。

「ご老人様、私は禄もなく貧しい百姓の娘に過ぎませぬゆえ、難しい理屈は分かりません。ただ、ご老人様も人であり、人が飢えて苦しんでおられるゆえに、飯を差し上げるだけのことでございます。それ以外に、私にできることはございません」

「わしの、この見すぼらしい姿が疎ましくはないのか。人々はわしを見る度、災いが振りかかるのを恐れて、戸を閉ざした」

と旅の者は訊ねた。持月はしばし考え込んでから、こう答えた。

「ご老人様のお姿が疎ましいのではございません。ただ、人が飢えている。それだけのことにございます」

旅の者はなおも言葉を重ねた。

「もしこの先、村の者たちがお前を爪弾きにし、誰一人助けてはくれぬとしたら、それでもお前は今夜の選択を悔いぬと言えるか」

持月は椀の湯気をしばし見つめてから、静かに答えた。

「後悔してくれるようなことならば、初めから差し出したりしません。私はただ、今この場でなすべきことをなしたまででございます。明日のことは、明日また考えます」

「そうか」

と旅の者は低く呟き、それきり長い沈黙が流れた。囲炉裏の火がパチリとはぜる音だけが、狭い台所に響いていた。旅の者はやがて震える手で椀を口元に運び、一口、また一口と粥を啜り始めた。その目からは、いつしか涙が一筋こぼれ落ちていたが、持月はそれに気づかぬふりをして、そっと目を伏せていた。

その夜、旅の者は持月の家の片隅で体を温め、眠りに就いた。持月は冷え切った台所の床に、母の形見の着物を一枚敷いて、夜を明かした。翌朝、旅の者は竈の際にこう言い残した。

「この恩、決して忘れぬ」

持月はただ微笑んで手を振るばかりだった。けれど、問題はそれからだった。村の誰かが、持月が見知らぬ病人を一晩泊めたという噂を言いふらしたのだ。

「あの家に入ると、災いが移るらしいぞ」

「粥を全部くれてやったんだと」

「頭がおかしいんじゃないか」

という噂が、瞬く間に村中に広まった。村人たちは持月を遠ざけるようになった。それまで賃仕事を頼んでいた家も、次第に仕事を回さなくなった。七兵衛の未亡人でさえ「次からは別の者に頼むから」と、申し訳なさそうに目をそらした。かつて水を運んでもらった隣家の老婆も、道で顔を合わせると、草鞋を引き摺るようにして家の中へ引っ込んでしまうのだった。持月に恩を感じていたはずの人々が、口を揃えて「あの娘は近寄らぬ方が良い」と言い触らすようになったのだ。野伏せりはその噂を聞くと、鼻で笑った。

「誰が頼んだわけでもあるまいに。己の身すら養えぬ者が、他人の心配をするとは、笑わせる」

と野伏せりは言い捨てた。しかしその晩、野伏せりは珍しく寝つかれず、若い頃、地主に追い返された門前の記憶を思い出していた。あの時、人一さじの粥でも恵んでくれる者がいたなら、弟や妹は死なずに住んだかもしれぬ。そんな思いが胸を過ったが、野伏せりはすぐにその考えを振り払い、今更詮ないことよ、と満足に言い聞かせるのだった。

持月の米蔵と呼べるほどの物もない小さな瓶は、今やすっかり空になっていた。冬はまだ半月も残っていた。米を分けてもらえる当てもなく、持月は雪の中、山へ入って木の根を掘り起こし、それを茹でて食べることで命を繋ごうとした。家の中の使えそうな道具は、骨の折れそうなものから順に、村外れの古道具屋に持ち込んだ。母の形見の鏡や、父が使っていた鎌までも手放さねばならぬ時が来た。鏡を手放す持月は、その鏡に映る自分の痩せた顔を、長いこと見つめていた。母がこの鏡を覗き込んでいた姿を思い出すと、胸の奥が締めつけられるようだったが、持月はそれでも一人呟いた。

「これは母上が私に残してくださったものです。母上ならば、きっと私が今すべきことを分かってくださるでしょう」

そう言って、鏡を懐にしまい、古道具屋へと向かったのだった。夜の寒さを凌ぐため、割れた窓の隙間を塞いでいた布切れまでも、焚き付け代わりに燃やす始末だった。それでも持月は、誰かが尋ねてきた時には努めて明るい声で答え、笑って見せるのだった。

「大丈夫でございます。少し痩せただけのことでございます」

私がこれほど苦しんでいると知れば、旅のお方を助けたことを心の底から悔いていると思われはしまいか。そう思われることの方が、飢えよりもよほど辛いことでございました。誰も訪ねてくるもののない静けさの中で、持月は一人、囲炉裏の前に座り込み、父と母の形見である欠けた木の椀を、じっと膝の上に抱えていた。囲炉裏の火はとうに消え、家の中は一層冷え込んでいた。持月はその椀を指先でそっとなぞりながら、初めて心の中にある問いが芽生えるのを感じた。あの時、粥を全て差し出したことは、本当に正しかったのだろうか。もしあのまま粥を惜しんでいたなら、私は今頃、こんなにも一人ぼっちで凍えずに住んだのではないか。そう思うそばから、持月の胸を深い悲しみが満たした。それでも一度芽生えた迷いは、なかなか消えてはくれなかった。椀を抱いたまま、持月はしばらく声もなく涙をこぼしていた。けれど、しばらくして持月の耳の奥に、幼い頃に聞いた母の声が再び静かに蘇ってきた。心まで貧しくなってはならぬ。どんなに苦しくとも、人を思いやる心だけは手放してはならぬ。というあの言葉だった。持月は涙を拭い、椀をそっと胸に抱き寄せた。

「母上、私は間違っていなかったでしょうか」

持月は一人、呟いた。答える者は誰もいなかったが、持月の胸のうちには、いつしか静かな落ち着きが戻っていた。私はあの時の私に、悔いることは何もない。持月はそう自分に言い聞かせ、凍え切った囲炉裏でまた一日の薪拾いを始めるのであった。

お松が見かねて、自分の粥を少し分けてやろうとしたが、お松自身の暮らしも決して楽ではなかった。

「お前、どうしてあんな無茶をしたんだい。粥だってろくなものじゃないのに」

とお松は言った。持月は力なく微笑んで答えた。

「お松さん、分かっております。ただ、あの時はそれ以外のことが何も頭に浮かびませんでした。人が目の前で小さくなっていくのに、自分の心配などどうしてできましょうか」

正直なところ、お松の胸のうちには持月へのわずかな苛立ちもあった。たかが身も知らぬ病人のために、なぜそこまでせねばならなかったのか。自分だけの命ではない、というのに。お松はそれを口にこそ出しませんでしたが、持月を見舞う足も、いつしか遠のいていった。あの子は自分で選んだ道だ。これ以上、私が背負うことでもあるまい、という思いがお松の心のどこかにあった。お松自身、決して裕福な暮らしではなかった。夫を早くになくし、二人の子を女で一つで育てるお松にとって、持月に米を分けてやることは、自分の子供たちの口を減らすことと同義だった。だから村人たちが持月を遠ざけるようになった時、お松もまた心のどこかでほっとするところがあった。これで自分だけが持月を助けねばならぬという重荷から、いくぶん解放される。そう思う自分に気づいた時、お松は己を責めるよりも先に、仕方のないことだと自分に言い聞かせていた。けれど、そう割り切ったつもりでいても、夜、子供たちを寝かしつけた後、お松はふと持月の家の灯りが今夜は付いているだろうか、と案じずにはいられなかった。あの娘はまだ十八だ。私が娘だった頃、あそこまでの覚悟が持てただろうか。そう考えると、お松の胸には言い様のない気持ちが広がるのだった。それでも、日々の暮らしに追われるうち、お松の足は持月の家から少しずつ遠ざかっていった。

食べられぬ日が続くうち、持月の体は日に日に痩せ細っていった。頬はこけ、目の下には濃い隈が刻まれ、手足は枯れ枝のように細くなっていった。それでも持月は、村人と道で行き会うたび、無理に笑顔を作り、「大丈夫でございます」と言い張っていた。薪を集めに山へ登った手がぱったりと倒れ、持月は重い病にかかって床に臥してしまった。熱は一向に下がらず、粥も一口を喉に通せぬ日が続いた。その知らせを聞き、お松は慌てて持月の家へ駆けつけた。土間に横たわる持月の姿を見て、お松は言葉を失った。あれほど元気であった娘が、こんなにもやつれ果てるとは。唇は色を失い、かつては艶のあった髪も、乱れて艶を失っていた。お松は己の心の狭さを恥じながら、毎日訪れては粥を炊いてやったが、それだけではとても足りなかった。お松は持月の額に浮いた汗を拭いながら、幾度も自分に問いかけていた。どうしてもっと早く、この子の元へ通ってやらなかったのか。あの時あの子が私を頼らずとも生きていけるように見えたのは、この子が誰にも弱音を吐かず、一人で耐えていただけのことではなかったか。お松は己の浅はかさに気づき、枕元で幾度も涙をこぼした。

「すまなかったね。私はお前の強がりを、本当に強いのだと思い込んでしまっていた」

お松は持月の手を握りながら詫びたが、意識のほとんどない持月には、その声もほとんど届いてはいなかった。このままでは、あの子は本当に死んでしまう。お松は気が気ではなかった。庄屋の源蔵を訪ねて頼み込んだが、源蔵もまた野伏せりの顔色を窺い、なかなか動くことができなかった。

「わしの心はそうではないのだが、野伏せり殿がどうしても聞き入れぬのでな。わしにどうしろというのだ」

と源蔵は肩を落とすばかりだった。村人たちは相変わらず背を向けたままで、むしろ何人かはこう影口を叩く始末だった。

「見知らぬ病人を泊めたバチが当たったんだろうよ」

という言葉が、持月の耳にも風の噂に届いていた。それでも持月は、床に臥したまま、あの時、粥を差し上げたことを一度も悔いてはいなかった。むしろ、あの老人は無事にどこかへ辿り着けたであろうか。この寒さの中、また誰かに冷たく扱われていないだろうか、と自分の身よりも旅の者のことばかりを案じていた。

和尚がその話を聞きつけ、慌てて山を降りてきた時、持月はすでに三日、意識を失っては目覚めるということを繰り返していた。顔は雪のように青ざめ、息はか細く、途切れがちだった。和尚は持月の手を握り、静かに念仏を唱えた。そうしながらも、心のうちではこう繰り返さずにはいられなかった。この子が、一体どんな罪を犯したというのだ。一片の真心ゆえに、これほどの罰を受けねばならぬのか。

実はその二日ほど前のこと、野伏せりもまた人知れず持月の家の近くまで足を運んでいた。手には、倉から密かに持ち出した米一袋と、薬屋から分けてもらった薬包みを抱えていた。それでも戸口の前まで来ると、野伏せりは足が止まり、中に入ることができなかった。ちょうどその時、隙間風の漏れる戸の向こうから、持月の寝言が漏れ聞こえてきた。

「旅のお方は、ご無事であろうか。雪の中で、また凍えておられぬか」

という声だった。己の命さえ危ういというのに、この娘はまだあの見知らぬ老人のことを案じている。野伏せりはその場に立ち尽くしたまま、抱えていた米と薬をそっと戸口の前に置いた。名乗り出ることもせず、逃げるようにその場を去っていった。翌朝、その包みに気づいたお松は、誰が置いていったものか分からぬまま、ありがたく使わせてもらった。野伏せりはその日から、倉の米俵を数えても、以前のような安堵を覚えることがなくなっていた。

翌日の昼、野伏せりは倉の前に立ち、積み上げられた米俵を一つ一つ数えていた。長年続けてきたその習慣が、今日ばかりはなぜか虚しく感じられてならなかった。わしはこれだけの米を抱えながら、目の前で死にかけている娘一人、まともに助けてやることもできぬのか。野伏せりは己にそう問いかけたが、名乗り出て行く勇気は、どうしても湧いてこなかった。今更顔を出したところで、あの娘に何と言えば良いのかわからぬ。こうして野伏せりは、また自分の弱さに蓋をするようにして、倉を閉め切ったのだ。

それでも、心の奥底に一度差し込んだ光は、容易には消えてはくれぬものだ。まさにその夜、村中に大雪が降り始めた。屋根が潰れるのではないかと人々が案じるほどの大雪だった。人々はそれぞれの家に閉じこもりながらも、なぜか誰もが持月のことを思い出さずにはいられなかった。「あの家に入ると疫病が移るらしいぞ」と言いふらした者も、今更ながらに己の言葉を思い返し、寝床の中で落ち着かぬ夜を過ごしていた。七兵衛の未亡人は、あの日、持月に渡した粥がほんの一握りであったことを思い出し、一睡もせずに夜を明かした。あの子にもっと分けてやれるだけの余裕は、本当になかったのだろうか。それとも、私が惜しんだだけではなかったか。という問いが、幾度も胸の中で繰り返されていた。お松は持月の枕元に座り込んだまま、動くこともできずにいた。私があの時もっとそばにいてやれば、少しは違ったかもしれぬ。という後悔が、お松の胸を締めつけていた。

「望月さん、目を覚まして。まだ何もお返しできていないんだよ」

お松は持月の耳元で囁いたが、持月の息は次第に細く、遠くなっていくばかりだった。それでも持月は、寝言のように「旅のお方は、ご無事であろうか」と繰り返し呟いていた。己の命が尽きようとする、まさにその瀬戸際にあってなお、持月の心にあったのは己の身の上ではなく、あの晩助けた見知らぬ老人の行末だった。お松はその言葉を聞く度、こらえきれずに嗚咽を漏らした。野伏せりもまた、その夜は眠れずにいた。倉に積み上げた米俵を思い浮かべるたび、あの娘は死にかけている、という噂がなぜか頭から離れなかった。己には関わりのないことだと何度も自分に言い聞かせながらも、野伏せりの足は持月の家の方へと向いていた。手には、誰にも気づかれぬよう米を一つ抱えていた。それでも、いざ持月の家の前まで来ると、野伏せりはその戸口をくぐることができず、雪の中にただ立ち尽くすばかりだった。今更、どの面を下げて訪ねれば良いのか。あの娘が助けた身も知らぬ病人にすら、わしは米一つくれてやらなかった。そんな男が、今更粥一つ持ってきたところで、何になろうか。そんな思いが、野伏せりの胸を塞いでいた。米俵を抱えたまま、野伏せりはただ雪の中に立ち尽くすことしかできなかった。

そして十五夜、満月が大きく明るく浮かんだその晩、持月の息遣いは次第に細く、遠くなっていった。意識のほとんどないまま、持月はただ一言、「旅のお方は、ご無事であろうか」と呟いた、と後にお松が語り伝えている。ところが、まさにその時、村の空に不思議な光が広がり始めた。吹雪の中でも満月だけは雲一つなく晴れ渡っており、その月光がなぜか持月の家の軒先にだけ、まっすぐに降り注いでいたのだ。お松が驚いて外を見やると、庭一面に眩いばかりの銀色の光が満ち溢れていた。戸口に立ち尽くしていた野伏せりも、その光に打たれたように、思わずその場に膝をついた。

「これは、一体何の因縁だろうか」

和尚が呟いたその時、裏木戸がすっと開き、あの冬に現れた、あの旅の者が再び姿を現した。けれど今度は、汚れた蓑やボロ布を纏った姿ではなく、白い衣を纏った老人の姿となり、全身から豊かな光を放っていた。お松はその場にへなと座り込んでしまった。老人は家の中に入ると、持月の枕元に腰を下ろした。そして懐から小さな瓶を取り出すと、その雫を持月の唇にそっと落とした。すると、まるで嘘のように、持月の息遣いが穏やかに整っていった。老人はふと、枕元にそっと置かれた、あの欠けた木の椀に目を留めた。それはあの雪の晩、持月が粥を差し出した時に使った椀であり、亡き母が残した、ただ一つの家の宝でもあった。老人はその椀を、しばらく黙って見つめていた。

「ご老人様」

と、和尚がようやく声を絞り出すと、老人は静かに口を開いた。

「わしは、この村の者たちの心を、見定めに来たものだ。あの冬、村はわしを拒み続けたが、この娘だけは、最後に残ったものを差し出してくれた。飢えも病も、この身を慈しむことなど、何もなかったというに」

老人はしばし、持月の顔を見下ろしてから、続けて言った。

「この子がわしに差し出したのは、一握りの粥ではない。この欠けた椀に宿る、娘の思い、この子が持つ、すべてであった。見返りを求めぬ心、条件のない情け。そのような心は、天とて容易には見捨てられぬものよ。わしがこの村に来て試そうとしたのは、裕福さの豊かさではない。人の心のありようであった」

と老人は静かに付け加えた。

「わしは、この子に褒美を与えに来たのではない。ただ、見返りを求めぬ心が確かにこの世にあることを、証しに来ただけのことよ」

と老人は言葉を継いだ。戸口の外で膝をついていた野伏せりにも、老人の声は届いていた。野伏せりは雪の中、うつむいたまま、身じろぎ一つせずに聞き入っていた。若い頃、地主に追い返されたあの門前の記憶と、今、この娘が示した真心とが、野伏せりの胸の中で重なり合い、抑えきれぬものが込み上げてきた。老人は立ち上がりながら、最後にこう言い残した。

「この子の心を、あの月に刻みつけ、村の者たちが末長く忘れぬようにしよう」

そう言うと、老人の体はゆっくりと光となって解け、その光は夜空へと昇り、満月の中へと吸い込まれていった。

翌朝、雪はやみ、空はすっかり晴れ渡っていた。村人たちが、夜のうちに何が起きたのか気になり、一人、また一人と集まってきた時、空にはまだ沈みきらぬ明方の月が浮かんでいた。ところが、その月を見上げた誰もが、思わず息を飲んだ。月の中に、誰かに何かを差し出す人影のような、ぼんやりとした影が浮かび上がっていたのだ。

「あれは、持月ではないか」

と誰かが叫ぶと、人々はざわめき始めた。村で最も年を取った長老が、その影を長い間見つめてから、こう言った。

「わしも長く生きてきたが、あのような月を見るのは初めてだ。あれはきっと、天が我々に何かを示そうとしているに違いない」

その話は瞬く間に村中に広まり、人々はこぞって持月の家へと押し寄せた。あの冬、背を向けた者たちも、門前で追い返した者たちも、皆一様に決まり悪そうな顔をしながら、米や着物を携えてやってきた。野伏せりさえ、噂を聞きつけて訪ねてきた。裏戸をいつも固く閉ざしていたその手で米を二つ、持月の庭先に下ろすと、野伏せりは初めて頭を下げた。

「わしは、これまでの生き方を間違えていたようだ」

と野伏せりは呟いた。若い頃、飢えの中で誰にも助けてもらえなかった己の姿と、この娘が見せた迷いのない真心とが、あまりに違いすぎたのだ。野伏せりはその場に長く立ち尽くし、己の半生を思い返していた。床の中から、持月がか細いながらも温かい声で言った。

「あの晩、戸口に置かれていた米と薬は、旦那様でありましょう。包みの布に、見覚えがございました」

野伏せりはぎくりとした顔で持月を見つめ、しばらく答えることができなかった。名乗らずに逃げるように立ち去ったつもりが、この娘にはすっかり見抜かれていたのだ。野伏せりはやがて、観念したように小さく頷いた。

「あの時は、これしきのことしかできなかった。情けない話だ」

と、野伏せりは自嘲するように呟いた。持月は静かに首を振った。

「いいえ。あの晩、頂いた米のおかげで、私はここまで持ち越えることができました。それだけで、十分すぎるほどでございます」

野伏せりはその言葉に、こらえきれず深く頭を下げた。

持月は数日後、床から起き上がった。体はまだ痩せ細ったままでしたが、その眼差しだけは、以前よりもずっと澄んでいた。村人たちに囲まれ、これまでの経緯を聞かされた持月は、ただ照れ臭そうに笑うばかりだった。

「私はただ、できることをしただけです」

と持月は言った。お松は持月の手を取り、何度も詫びた。

「すまなかったね。私は、お前が一人で苦しんでいる間、何もしてやれなかった」

持月はお松の手を握り返しながら、静かに首を振った。

「お松さんは、毎日思いを届けてくださいました。それだけで、私は十分でございました。一人ではないと思えることが、何よりの薬でございましたから」

その言葉に、お松はこらえきれず、また涙をこぼした。その場に集まった村人たちも、誰もが己の胸に手を当て、静かに考え込むのであった。

その日の午後、和尚が山から降りてきて持月を尋ねた。村人たちが皆集まった場で、和尚は静かに口を開いた。

「仏様はかつて、こう説かれました。布施には三つの清きことが求められると。与える者も、受け取る者も、与えるものすらも、心にとめぬこと。これを三輪清浄と申します」

と和尚は言った。そして空にまだ残る明方の月を指し示しながら、こう続けた。

「あの月をご覧なさい。誰を照らしたと誇ることもございません。貧しき家であろうと、裕福な家であろうと、分け隔てなく、ただ静かに照らすのみ。我らの心もまた、あの月のようでなければならぬのではないでしょうか」

その言葉に、村人たちは誰もが静かに頭を垂れた。野伏せりもまた、例外ではなかった。

それから半年ほど経った、翌年の凶作のことだった。庄屋の源蔵がいつものように恐る恐る野伏せりの屋敷を訪ね、「今年もまた凶作でございます。少しばかり倉を開けてはいただけませんでしょうか」と切り出そうとしたところ、野伏せりはその言葉を遮るようにして言った。

「源蔵殿、もう頭を下げずとも良い。倉の戸は、わしが自ら開ける」

源蔵は驚きのあまり、しばらく声も出せずにいた。野伏せりは自ら倉の鍵を外し、米俵を庭先に積み上げながら、こう続けた。

「わしは若い頃、一粒の米を恵んでもらうために地主の門前にすり寄ったが、誰一人、わしに米をくれる者はいなかった。あの時の惨めさを、わしはもう二度と、この村の誰にも味わわせたくない。わしは長いこと蓄えることばかりに気を取られ、この村の者たちの顔をまともに見ることさえしておらなんだ。あの娘のおかげで、ようやく目が覚めた思いだ」

それから村には、目に見える変化が生まれた。野伏せりは凶作の年には、毎年自ら倉を開いて米を分け与えるようになった。それだけでなく、村の子供たちのために手習いの場を設けたり、年老いて働けぬ者たちには無理な取り立てをせぬよう、村中に触れを出したりもした。屋敷の一角に救護部屋を設け、身寄りのない年寄りや、病に苦しむ旅の者を一時的に泊めてやることさえあったと言う。かつて自分が門前で追い返された、あの冷たい仕打ちを二度と誰にもさせまい、という思いが、野伏せりの胸のうちにあったのだろう。かつて野伏せりを恐れていた村人たちも、次第に気軽に野伏せりの屋敷を訪ねるようになり、野伏せりもまた、かつては見せなかった穏やかな顔で彼らを迎えるようになったと言う。野伏せりは時折、持月の家を訪れては、近頃の畑の様子や体の具合を尋ねるようになった。持月が礼を言おうとすると、野伏せりは決まって、

「礼を言われる筋合いはない。わしはただ、遅すぎた詫びをしているだけのことだ」

と言って、話をそらすのだった。野伏せりはまた、屋敷の裏手に小さな祠を立て、幼くして亡くした正吉と妹の名を刻んだ。毎年十五夜の夜になると、野伏せりはその祠の前に膳を備え、二人に語りかけるのが習わしとなった。

「お前たちが生きていた頃、わしは一粒の米も恵んでもらえずに終わったけれど、今ならわしは、お前たちの代わりに誰かに、一杯の粥を渡すことができる」

村人たちも、それまでのように戸を固く閉ざすことはなくなり、旅の者や困窮した者が村を通りかかれば、誰からともなく声をかけ、粥を分けてやるのが習わしとなった。お松もまた、自らを恥じたあの夜を忘れず、以後は困っている者を見れば、真っ先に手を差し伸べる女になったと伝えられている。お松は自分の娘たちにも、持月から学んだことを繰り返し語り聞かせた。

「人を助けるのに、己の懐が豊かになるのを待ってはならぬ。今できることを、今すれば良いのだ」

分け合う月が登る夜には、村人たちは申し合わせたかのように、家々の戸を叩いては互いの安否を尋ね合い、余った粥や米を持ち寄って、貧しい家や旅の者に振る舞うようになった。この夜ばかりは、野伏せりの屋敷の門も大きく開け放たれ、村中の者が集まって共に椀を分け合うのが習わしとなった。子供たちは大人に混じって椀を配り、年寄りたちは若い者に、あの冬の出来事を語り聞かせるのだった。この習わしは、後の世まで長く続いたと言う。

持月は後に、庄屋の取り持ちによって、村の心優しい若者と夫婦になり、長く穏やかに、村人たちの敬意を受けながら暮らしたと伝えられている。持月は年を重ねても、困っている者を見れば真っ先に手を差し伸べる質を変えることがなく、村の若い娘たちは持月の生き方を見て育ったと言う。

そして、その村では今なお、満月が明るく登る夜になると、年寄りたちが子供らにこう語り聞かせるのだそうだ。ある年の十五夜、まだ幼い子供が大人たちに混じって夜空を見上げながら、あのお月様の中に見える影は何、と尋ねた。傍らにいた、米を研いだばかりの老婆が、濡れた手をそっと子供の肩に置き、ゆっくりと空を指し示しながら、答えるのだった。

「あの月の中には、誰かに最後の一碗を差し出す娘の影が見えるだろう。あれこそが、我らの村を救った持月の心なのだよ」

老婆は言葉を継いだ。子供は不思議そうに、「その娘さんは、今どこにいるの」と重ねて尋ねた。老婆はそっと目を細めて、答えた。

「あの月がある限り、この村のどこにでもいるのだよ。誰かが困っている者に手を差し伸べる時、持月の心はその人の胸の中に、確かに宿っているのだから」

分け与えるものなど何もないと思われた時でさえ、持てる全てを差し出した、その心一つが、人を救い、村を救い、ついには天までも動かしたのだ。あの欠けた木の椀は、後の世まで持月の子孫の家に大切に伝えられたと言う。その椀に、不思議な力が宿っていたわけではない。ただ、飢えた者の前で惜しむ心を持たなかった、その持ち主の心こそが、幾世代を経てもなお色褪せることなく、語り継がれたのだろう。そして、その心は、月が巡り、季節が巡るように、この村に静かに受け継がれているのだと、いうことです。

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