「中卒君の手柄で昇進できた。ありがとう。これからも俺のためにせいぜい頑張ってくれよ。」倉庫整理をしていた午後、係長がニタついた笑みを浮かべてそう言い放ち、踵を返した。その背中を見送りながら、私はポケットのスマホを握りしめた。37歳、中卒の本田。父を亡くし、母の病気で進学を諦め、誰よりも早く出勤し一番遅く帰る日々を送ってきた。営業部に移って7年、大きな案件を任されたのに、係長は私の成果報告書を…

「中卒君の手柄で昇進できた。ありがとう。これからも俺のためにせいぜい頑張ってくれよ。」倉庫整理をしていた午後、係長がニタついた笑みを浮かべてそう言い放ち、踵を返した。その背中を見送りながら、私はポケットのスマホを握りしめた。37歳、中卒の本田。父を亡くし、母の病気で進学を諦め、誰よりも早く出勤し一番遅く帰る日々を送ってきた。営業部に移って7年、大きな案件を任されたのに、係長は私の成果報告書を...

中卒の手柄で昇進できた。ありがとう。
ニタついた笑みを浮かべているのは俺の上司だ。この人は中卒という理由だけで俺を散々いびった挙げ句、鉱石を横取りし、ボーナスまで奪い取った。ぶち切れた俺はある計画を実行する。そして俺の上司のせいで会社は大混乱に陥った。

俺の名前は本田。37歳。小学生の時に父が事故で亡くなり、母と二人で生活していた。母はパートを掛け持ちしてお金を稼いだが、生活は楽にならない。働き詰めで無理をしたせいか、中学2年生の時に母が病気になり、まともに働けなくなってしまった。

今度は俺が母さんを支える番だ。そう決意した俺は高校進学せず、中卒で働くことを決意する。地元の中堅企業に就職し、住宅建設部門の現場に配属となった。最初は雑用係だったが、誰よりも早く出勤し、一番遅く帰る日々を送った。

そんな俺の努力が認められたのだろう。30歳で営業部に移動となった。羽岡と出会ったのは移動直後のことだ。廊下ですれ違った際に急に話しかけられた。

「ああ、君は確か本田君だったか。」
「羽岡部長、こんにちは。」

この時の羽岡は人事部の部長を務めていて、当時から仕事ぶりが話題になっていた。一緒に昼食を取ることになり、俺は中卒で就職できたのは羽岡部長の働きかけによるものだと知った。羽岡が人事部のトップになって以降、中卒や高卒の社員が一気に増えたらしい。俺もその一人だ。

「俺に協力できることがあれば何でも言ってください。」
俺がそう言うと、羽岡は嬉しそうに笑った。

羽岡は学歴重視の風潮を変えようと尽力しているが、なかなか成果は出ない。俺が営業部に配属となってから7年経つが、未だに平社員のままだった。

馴染みの居酒屋に集まっているのは同期で中卒の仲間たちだ。年齢と学歴が同じ8人の仲間とは定期的に飲み会を開催している。特に仲のいい須藤が俺の肩をポンと叩いた。

「なんかあったのか?」
「係長の小坂だよ。」
須藤の口から出てきた名前に、俺は思わず顔をしかめる。

小坂係長は3年前、病気で退職した前係長の後任として移動してきた。有名な難関大学の出身者だ。しかし仕事の実力は伴わず、学歴と年功序列だけで営業部の係長に就任できたらしい。移動してきた当初、俺は係長に対して礼儀正しく接していた。しかしある日、部長が俺の名前を挙げて仕事ぶりを褒めるのを係長も聞いていたらしい。その翌日からいびりが始まった。

「今日、就業時間直前に仕事を押し付けられそうになってさ。俺が飲み会だって知ってたみたいで、嫌がらせされたんだよ。」
「ひどいな。」
「だから言ってやったんだ。『その仕事は急ぎですか?急ぎでないなら明日片付けますので』って。すごく不服そうな顔してたな。」

俺が係長に反発しているのは普段のいびりも原因だが、1年前の事件も大きく関わっている。小坂係長が仕事で大きなミスをした際、俺に罪をなすりつけようとしたのだ。俺は必死になって否定したが、学歴と役職が上の小坂係長の言うことを信じる人も多く、一部の人たちの中では俺のミスという認識になっている。

最近いびりがさらにひどくなっている。人事移動で俺が係長になるんじゃないかという噂が流れたせいだ。本人も自覚しているのか、以前にも増して俺をいびるようになった。

「中卒の底辺のくせに生意気なんだよ。」
人気のない廊下でいきなり怒鳴られたことを思い出す。

「お前が本当に係長になったら嬉しいな。中卒でもやれるんだぞって胸を張って仕事ができるよ。」
須藤が少し悲しそうに笑う。この場にいる中卒仲間たちは全員、学歴のせいで不遇な目に会っていた。

ある日のこと。営業部の部長から大きな仕事を任された。成功すれば夏のボーナスに大きく反映される規模の案件だが、監督者は小坂係長だった。小坂係長と組まされたことは過去にもある。その際、係長は俺の邪魔ばかりしてきた。今回の案件も邪魔されるだろう。

「中卒で無能のお前にできるはずない。絶対失敗するぞ。」
案件の初回の打ち合わせ、二人きりの会議室で小坂係長は早速俺を罵ってきた。

「失敗しないように頑張ります。」
「だから、頭が悪いお前には無理だって言ってんの。俺の言葉が理解できないのか?バーカ。相手をするのは疲れるな。」

小坂係長は俺の妨害が一つの仕事になったらしい。必要な情報を回さず、案件に関するメールはわざと俺だけ宛先から外した。さらにサポート係の社員たちに別の仕事を振り、俺を孤立させる。俺が遠回しに抗議すると、係長は嫌味な笑みを浮かべて返した。

「適切に割り振っているが、仕事が進まないのはお前の実力不足だ。周りのせいにするな。」

相手は俺より立場が上の係長だ。表立って反抗することもできず、仕方なく一人で仕事を進める。連日残業を重ねたが、なんとか完成直前までこぎつけた。

「係長、成果報告書です。ご確認ください。」
この書類が係長に承認されれば仕事はほぼ完了だ。しかし係長は報告書を受け取らず、いきなり椅子から立ち上がった。

「会議室に来い。」

会議室に入るや否や、係長は俺の成果報告書を引ったくり、目の前で破り捨てた。

「中卒が作った粗末な報告書なんて誰が読むんだ?ゴミにしかならないだろう。俺が書き直してやるよ。」

呆然とする俺を置き去りにして、係長は会議室から出ていく。床に散らばった切れ端を拾いながら、俺は情けなくて悔しくて目の奥が熱くなった。

この程度で崩れてたまるか。涙をこらえ、俺は静かに立ち上がった。

その後、小坂係長は自分の名前が記載された成果報告書を提出。手柄は係長のものとして処理され、案件成功のボーナスも横取りされてしまう。さらに、報告書は俺の不備で提出が不可能となったため、係長が急いで代わりに作成したという噂が流れた。係長が提出した成果報告書は俺が作ったものとほぼ同じ。俺が作った報告書のデータを、会議室での一件の前に盗んでいたのだ。そして小坂係長は案件を成功させた功績が評価され、課長への昇進が決定。一方の俺は大きなミスをした役立たずという認識になり、周りから冷めた目で見られるはめとなった。

倉庫整理をしていると、小坂係長がやってきた。

「中卒君の手柄で昇進できた。ありがとう。これからも俺のためにせいぜい頑張ってくれよ。」
ニタついた笑みを浮かべ、係長は踵を返す。その後ろ姿を見送りながら、俺の中で決意が固まった。

もうあなたに利用されるつもりはありません。ポケットにしまっていたスマホを取り出すと、同僚の中卒仲間8人にメールを一斉送信した。

その日の夜、馴染みの居酒屋に集まった仲間たちは、俺の口から語られた事実に険しい表情を浮かべていた。

「本田、なんてことだ。」
須藤が怒りを露わにする。こうして俺のために怒ってくれる人がいる。今の俺にとって、その事実が何よりもありがたかった。

今までは波風立てたくなくて小坂係長のいびりはスルーしてきた。でももう限界だ。今回の件はどう頑張っても飲み込めない。

「みんな、準備はできてるな。明日の株主総会で会社を潰すぞ。」
俺の言葉に、8人の仲間が一斉に頷いた。

翌日、車内で一番大きな会議室で株主総会が開催される。総会には小坂係長と俺も参加していた。自社株を1株でも持っている社員は参加できるのだ。株を持つきっかけになったのは7年前。羽岡に昼を誘われた時に自社株の購入を進められたのだ。

質疑応答の時間に入ると、俺は勢いよく手を上げる。指名され、ゆっくりと立ち上がった。

「この会社には、学歴を理由に社員を踏み台にする文化が今も根付いていますね。」
何も飾らない俺の言葉に会場が静まる。俺は構わず続けた。

「羽岡専務が学歴不問採用を推進してくださったにも関わらず、現場は何も変わっていない。その証拠を提示します。」

そう言いながら、俺は鞄の中から様々なものを取り出す。中卒仲間たちが集めた証拠だ。上司や同僚からの嫌味を記録した録音。どのような嫌がらせを受けたか詳細をまとめた書類など、数多くの証拠が揃っている。仲間たちが証拠を集め始めたのは1年前。小坂係長が俺にミスをなすりつけた事件がきっかけだ。

「まずはこちらをお聞きください。」
俺はノートパソコンで、小坂係長の嫌がらせの発言の数々を再生した。スピーカーから係長の声が流れた瞬間、会場がしんと静まり返った。係長は顔を真っ赤にしたかと思えば、次の瞬間には青ざめていた。

「それと、先日小坂係長が提出した成果報告書ですが、あれは俺が作った報告書の盗用です。係長は自分の手柄だと嘘をついています。」

俺の予想外の行動に、小坂係長は慌てて立ち上がった。

「この男は会社への不満から虚偽の告発をしています!皆さん、騙されないでください!」

すると会場の後方から静かで力強い声が響いた。

「私が許可する。続けなさい。」
羽岡だ。専務も株を所有しているため総会に出席していたのだ。

「本田君、成果報告書を君が作ったという明確な証拠はあるのか?」
「もちろんです。係長は成果報告書のデータを盗みましたが、実は係長が知らない別の場所にバックアップ用にデータを保管していたのです。」

パソコンにデータの保管場所を表示させ、羽岡専務のところへ持っていく。

「最終更新日時は、係長が成果報告書を提出した日の半月前。中身は係長の報告書とほぼ同じです。」
「お、本田が俺のパソコンからデータを盗んだんだ!」
小坂係長が焦ったような声を上げるが、俺は冷静に言い返した。

「報告書は係長が一から作ったんですよね。なら今この場で報告書を作り直しましょうよ。完全再現は無理でも、ある程度同じ形で作れるでしょう。俺は作れますよ。なんせ連日残業して必死に作った報告書なので。」

小坂係長の動きがぴたりと止まった。全員の視線が係長に集まる。ほぼ全員が疑いの目で見ていた。

「仕方ないですね。これは出さないでおこうと思ったのですが。」
そう言いながら俺はポケットからスマホを取り出す。そしてある録音データを再生した。

「君の手柄で昇進できた。ありがとう。これからも俺のためにせいぜい頑張ってくれよ。」

あの日、俺にニタつきながら言い放った小坂係長の言葉だ。

「あ、ちょ、中卒のくせによくも俺を嵌めやがったな。」
焦った係長がいつもの調子で罵倒の言葉を口にする。羽岡が目を細め、係長を睨みつけた。

「今、部下を罵倒したね。いつもそんな風だったのかな。本田君が提示した証拠に信憑性が増したね。」

羽岡はため息をつくと、参加者に向かい口を開いた。

「私もこの会社の学歴の風潮には長年疑問を持っていた。学歴というくだらないレッテルに縛られているせいで、今回のような事件が起きてしまったんだ。私もかつて学歴がないというだけで何度も踏みにじられた。本田君たちには同じ目に会って欲しくないと思っていたが、現実はこれだ。すまなかった。」

羽岡が俺に向かい頭を下げる。俺は首を横に振って答えた。

「専務のせいではありません。悪いのは他人を学歴でしか判断できない一部の人たちです。その人たちが会社を腐らせている。俺は会社を変えたいと思い、この場に立っているんです。」

俺に向けられる目は様々だ。学歴重視の連中は険しい目を向けている。しかし、俺に賛同する目を向ける人たちも多かった。

「君がくれたチャンスは絶対に無駄にしないと約束する。ここからは私の出番だ。任せてくれ。」
「わかりました。信じて任せます。」
続けて羽岡は小坂係長にこう言い放った。

「それはそれとして、小坂係長の一件はコンプライアンス違反だ。今後は調査を行った上で対応を決めるので、そのつもりで。他の社員をいびっていた人たちにも聞き取りを行う。」

専務の宣言に、参加者の何人かは冷や汗を流していた。中でも小坂係長は取り乱しっぱなしだ。

「そんな!頑張ってください!俺の話を聞いてください!」
「ああ、後でゆっくり聞いてあげよう。」

羽岡は冷めた目を係長に向けている。どうあがいてもまずい状況をひっくり返せないと悟ったらしい。小坂係長は少し迷った後、俺に謝罪してなかったことにするという方法を選んだ。

「本田。悪かった。この通りだ。二度とお前に危害を加えない。」
「その言葉を今更信じられるとお思いですか?あなたには散々裏切られ、貶められてきた。今更謝罪したところで無駄ですよ。」

小坂係長の目から徐々に光が失われていく。

「人の足を引っ張るのではなく、自分の力で昇進する努力をしていれば、こんなことにはならなかったんですよ。今更後悔したところで遅いですけどね。」

係長はフラフラしたかと思ったら、その場に膝をついた。悔しさと後悔の涙を流す小坂係長だったが、誰も手を差し伸べようとはしなかった。

株主総会は騒然の中幕を閉じる。羽岡が主導で調査を進めた結果、中卒社員たちへのいびりが認められた。小坂係長の昇進は取り消しとなり、俺の手柄も完全に回復した。中卒の仲間たちをいびっていた連中も降格や移動など厳しい処分を受けた。車内の学歴重視の空気は徐々になくなり、最近はかなり働きやすくなったように思う。失われた俺の名誉もすっかり回復した。

「係長昇進おめでとう。」
いつもの居酒屋で須藤や仲間たちが俺をお祝いしてくれた。みんな自分のことのように喜んでいる。

「みんなのおかげだよ。ありがとうな。」
もし俺一人だったら、このような結末は迎えられなかっただろう。仲間たちのおかげで今があるのだ。みんなへの感謝を胸に刻み、俺は今日も頑張って働いている。

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