その日、俺はようやく仕上げた相談用の資料を課長に提出した。最終チェックをしてもらうためだ。ところが課長は資料を手に取るなり、こう言い放った。「高卒が作った資料はゴミ箱行きだ。お前みたいな低学歴の人間が作ったものなんて、何の使い道もないからな。来世では大学出ておけよ」そう言って、本当に資料をゴミ箱に投げ捨てた。俺は三歳の頃に両親が離婚し、母さんが女手一つで育ててくれた。大学に行かせてやりたかっ…

その日、俺はようやく仕上げた相談用の資料を課長に提出した。最終チェックをしてもらうためだ。ところが課長は資料を手に取るなり、こう言い放った。「高卒が作った資料はゴミ箱行きだ。お前みたいな低学歴の人間が作ったものなんて、何の使い道もないからな。来世では大学出ておけよ」そう言って、本当に資料をゴミ箱に投げ捨てた。俺は三歳の頃に両親が離婚し、母さんが女手一つで育ててくれた。大学に行かせてやりたかっ...

その日、俺はようやく仕上げた相談用の資料を天谷課長に提出した。最終チェックをしてもらうためだ。ところが天谷は資料を手に取るなり、こう言い放った。

「高卒が作った資料はゴミ箱行きだ。お前みたいな低学歴の人間が作ったものなんて、何の使い道もないからな。来世では大学出ておけよ」

そう言って、天谷は本当に資料をゴミ箱に投げ捨てた。俺は突然の仕打ちに呆然とするしかなかった。

俺の名前は益川翔太郎。今年で二十五歳になる。俺が三歳の頃に両親は離婚し、以来、母さんが女手一つで俺を育ててくれた。シングルマザーの家庭というのは往々にして貧しいもので、うちもご多分に漏れず、決して裕福とは言えない環境で暮らしてきた。

俺は中学を卒業したらすぐに働きに出るつもりだったが、母さんの大反対もあって高校に進学した。そして高校を卒業してから働き始めたのだ。実は母さんは俺に大学へ行ってほしかったらしい。だが、今度は俺の意思を尊重してくれた。それ以上、母さんの負担になるのだけはごめんだったからだ。別に大学で学びたいこともなかったので、今でも正しい決断ができたと思っている。何より、給料をもらえるということが本当にありがたい。世の中、お金ばかり重要視していると嫌悪する人もよくいるが、俺はそうは思わない。何をするにしても、まずお金がなくては話にならない。そんな世の中だからこそ、俺はお金の重要性を身に染みて感じている。だからこそ、お金を避けるのではなく、きちんと向き合うことが大切なのだ。

そんな俺が高校卒業後から働いているのは、バランスホームという会社だ。バランスホームは住宅の設計、製造、販売、施工を行っているハウスメーカーである。あまり大きな会社ではないが、それなりに世間で名の知れた企業だ。家を建てるというのは、人生においてかなり決断のいることである。だからこそ、そんな人々の力になりたい。そんな気持ちもあって、俺はこの会社に就職したのだ。

現在、俺が所属しているのは営業課だ。最初のうちは数えきれないほどの失敗を重ねてきたが、その度に上司である課長の井上さんが励ましてくれた。今思い出しても苦い思い出になるようなミスを重ねてきた。正直言って、仕事をするにあたって大学を出ていないということがネックになることもよくあった。しかし、そんな時、いつも井上さんは「大丈夫だ、気にするな」と俺の肩をポンと軽く叩いては、よく飲みに連れて行ってくれた。俺の心の機微を井上さんは敏感に察知してくれていたらしい。まさに理想の上司そのものだ。俺たちは飲みの席でも仕事の話ばかりしていた。真面目な井上さんは穏やかな微笑みを携えながら、それでいて胸の中には熱い情熱を秘めている人なのだ。そんな井上さんに感化されて、俺ももっと仕事を頑張ろうと思ったものである。

しかし、井上さんは先日、ライト住宅という大手の住宅メーカーに転職してしまった。どうやらヘッドハンティングされたらしい。井上さんはライト住宅では部長に昇進するらしいので、喜ばしいことなのだが、俺としては少しばかり寂しさも感じている。だが、そんな感傷にいつまでも浸っている場合ではない。俺は俺にできることを精一杯やらなければ。最近になって、俺は一人で相談を任せられるようになってきた。今はその相談の資料作りに追われている。井上さんがいなくなった今、俺は余計に頑張らなくてはと、いつも以上にプレッシャーを感じていた。

井上さんが去った後、営業課に新しい課長として入ってきたのは天谷という人間だ。だが、残念ながら俺は天谷と全くうまくいっていない。天谷はとにかく学歴を重視する、いわゆる学歴至上主義者なのだ。どうやら本人も帝大出身の高学歴らしく、やたらと出身大学の話ばかりしてくる。そんな天谷に俺がうんざりしていることは言うまでもない。天谷は俺が高卒であることがとにかく気に入らないらしい。「やれ、今時の高卒の人間なんて本当にいるんだな」「高卒で生きてて恥ずかしくないのか」などと、俺のイラっとする言葉を度々投げかけてくる。完全に天谷は俺を見下しているのだ。最初の頃は俺もむっとして反論していたが、今ではもうそんなことはしない。奴に何を言っても無駄だと分かったからだ。とにかく何も揉め事が起きないよう、無難に一日を過ごす。それが俺の小さな目標にさえなっていた。何とも情けない話である。しかし、それ以外にどうしようもないのもまた現実だ。

ある日、俺はようやく作り終えた相談用の資料を天谷に提出した。天谷に最終チェックをしてもらうためだ。しかし、天谷は資料を手に取るや、こんなことを俺に放ったのである。

「高卒が作った資料はゴミ箱行きだ。お前みたいな低学歴の人間が作ったものなんて、何の使い道もないからな。来世では大学出ておけよ」

そう言って、天谷は本当に資料をゴミ箱に投げ捨てた。俺は突然の仕打ちに呆然とすることしかできない。こいつは何てことをするのだろうか。信じられないが、今起きていることは全て現実なのだ。まるで夢の中のように、俺はなんだかふわふわと不安定な気持ちになってしまった。できることなら、こんな奴が上司であること自体が悪い夢であってほしい。しかし、悲しいかな、現実を変える術など俺にはないのだ。

「なぜこんなことするんですか?せっかく残業して作ったのに」

俺は天谷に抗議した。すると天谷は、

「そんなの知ったことかよ。あ、言っとくけど、お前がいくら残業したところで残業代なんて出さないからな。低学歴の人間には残業代を出さない。これ、俺が決めたルールだから」

と答えた。そんなとんでもないルールがあってたまるか。というか、課長ごときが、そんな働き方にまで影響するようなルールを作っていいはずなどない。明らかにこれは間違っている。

「いい加減にしてください。課長。お願いですから、資料をチェックしていただけませんか?相談は明日なんですよ」

俺は天谷に頼み込んだ。しかし、天谷はまるで聞く耳を持たない。

「それがどうしたんだよ。大体、高卒のお前に相談任せるなんて、そもそもおかしいよな。よし、決めた。明日の相談は他の人間に任せるから、お前はとっとと帰れば」

そう言って、俺に帰宅を促した。こいつには何を言っても無駄である。それは天谷が課長になってから、俺が何度も痛感してきたことだ。しかし、まさかここまでひどいことをされるなんて、夢にも思っていなかった。冗談ではない。こんな理不尽な目に遭わされてたまるか。俺は天谷に何度も「資料を見てください」と頭を深々と下げながら頼み込んだ。しかし、いくら言ったところで天谷には馬の耳に念仏だ。天谷は必死な様子の俺を見て、ニヤニヤとしているばかり。他人がここまで一生懸命頼んでいる姿を下げながら馬鹿にするなんて、人間として最低の行為である。

そして、俺はだんだん天谷を相手にすることに疲れてきた。こいつをどうにか言い伏せることができないものだろうか。俺は様々な考えを巡らせてみる。しかし、どれも効果がなさそうだ。だって、天谷はそもそも他人の話を聞こうとすらしないのだから、言葉が通じないのと一緒である。こんなとんでもないモンスターに立ち向かうためには、それ相応の装備が必須だ。しかし、俺は戦うための装備など何一つ持っていない。全くの丸腰である。これではもうどうしようもない。そう思わず、俺は大きくため息をついた。すると、天谷は顔をしかめながら、

「なんだよ、そのため息は。高卒のくせにため息つくなんて、偉そうだぞ」

と苦言を呈してくる。ため息をつく権利なんて誰にでもあるはずだ。学歴なんて関係あるわけがないだろうに。本当にこいつとは分かり合えない。天地がひっくり返ったとしても、絶対に無理だろう。俺はもううんざりしてきたので、

「分かりました。もういいです」

と呟いた。すると、天谷は、

「おいおい、何?もしかして逆切れか?これだから低学歴の人間はダメなんだよな」

と言ってくる。これは理不尽な逆切れなんかではない。ただただ、俺は心の底から呆れているだけだ。俺は天谷の顔をじっと見つめる。心の汚さが顔面に現れている、その見苦しい表情に、俺は思わず吐き気を催した。俺は天谷からさっと目をそらし、

「ご理解いただけなくて残念です」

と告げた。天谷はとうとう俺が降参したと思い込んだらしく、

「そうそう。高卒はそうやって素直に引き下がってりゃいいんだよ。この低学歴のポンコツが」

と笑いながら放った。俺は悔しさで思わず握り拳を作る。しかし、それを天谷に振りかざすことだけは絶対にしてはならない。そんなことをしてしまえば、こんな礼儀も何もない人間と同レベルになり下がってしまうからだ。それだけは何としてでも避けなければ。俺は怒りで拳を震わせつつ、自分のデスクにすごすごと戻っていったのだった。

それから数日後、俺がオフィスで働いていると、突然天谷がものすごい青い顔をして入ってきた。顔面蒼白とはああいう顔色のことを言うのだろう。天谷は俺に近づいてきて、急にこんなことを言ったのである。

「おい、益川。お前、なぜ教えなかったんだ?どういうことだ?説明しろ」

それは一体何のことだか分からず、俺は首をかしげる。そもそも天谷はいつもこういう、日本語の文法を完全に無視したセリフを言い放つのだ。まるで自分の考えていることを当然部下も分かっているかのような、その傲慢さに俺は苛立っている。日本語というものは、まず主語があって、次に目的語があって、最後に動詞が来るのだ。日本語学校にでも入って、一から国語をやり直した方がいいと思う。

「何のことですか」

俺は天谷に問いかける。すると天谷は、

「ウェルカム工務店との相談の件に決まっているだろうが」

と言った。ウェルカム工務店との相談は、俺が先日、こいつに資料を捨てられた案件だ。ちなみに、ウェルカム工務店との相談がうまくいけば、うちの会社にとって数億円の利益が見込める予定だった。しかし、それを天谷はぶち壊したのだ。天谷は俺に掴みかからんばかりのものすごい形相で、

「お前、ウェルカム工務店との相談を勝手に終了させたらしいじゃないか。どういうつもりなんだ」

と言ってきた。俺は何食わぬ顔で、

「だって、この相談は他の人間に任せるって、課長が先日おっしゃったじゃないですか。だから、私は担当を降りただけです」

と答える。天谷は、

「それは、お前が担当しているのがウェルカム工務店との相談だと知らなかったからで」

と言い訳を放つ。部下が担当している相手くらい、普通把握しておくものだろうに。本当にこいつはろくでもない上司である。うちの会社全体で考えても、上司にしたくないランキングでナンバーワンを獲得することは間違いないだろう。天谷は続ける。

「ウェルカム工務店の担当者から話は聞いた。先方は、お前が担当しないならば、この話はなかったことにすると言っている。お前、今すぐ相談の担当者に戻って、ウェルカム工務店に説明しろ」

そう。実は俺はウェルカム工務店の相談相手にかなり気に入られていたのだ。どうやら先方も高卒らしく、そんな苦労話で意気投合した。だからあの時は契約も合意間近だったのである。それを天谷が台無しにしたというわけだ。

「それはいくら何でも虫が良すぎませんか」

俺は抗議する。

「そして、俺はそんなことを私に命令するよりも前に、まず課長にはやることがあるでしょう」

と言った。しかし、どうやら天谷には何がなんだか分からないらしい。天谷は、

「あ?お前、一体何を言っているんだよ。いいからとっととウェルカム工務店に詫びの電話を入れろ」

と言うばかりだ。どうして何も悪いことなどしていない俺が、相談相手にお詫びなんてしなければならないのだろうか。こいつは本物のバカ野郎らしい。いくらいい大学を出ていたところで、人間性が伴っていないのであれば、それは何の役にも立たない。

「まず、課長は先日の件について私に謝るべきです。もしも謝るというのであれば、私もウェルカム工務店に連絡してもいいですが」

俺はそう告げた。天谷は思いっきり顔をしかめて、

「お前、平社員のしかも低学歴の分際で何言ってんだ。自分の言ってること、ちゃんと理解できてるか?頭おかしくなったんじゃねえの」

と言ってくる。

「そして、何があってもお前みたいな低学歴の人間にだけは、絶対に頭なんて下げないからな」

と宣言した。こいつは見苦しいプライドの塊である。プライドというものは、時に自分自身を支えてくれる大事なものである。しかし、その使い方を間違えると、他人にここまで迷惑をかける害物に変化してしまうのだ。なんとも恐ろしい話である。間違っても天谷のような、身勝手極まりない人間にだけは絶対になりたくない。俺は天谷の相変わらず傲慢な態度を目の当たりにして、改めてそう思った。

その時である。オフィス全体がざわっとしたことに、俺は気づいた。周りを見ると、ある人物が営業のオフィスに入ってきたのである。それはバランスホームの社長、戸川さんだ。戸川さんは俺たちの元に近づいてきて、そしてこう言った。

「話は全て聞かせてもらった。天谷君、君は課長失格だね。今すぐうちの会社から去りなさい」

社長の突然の解雇通告に、天谷は開いた口が塞がらないといった様子だ。

「は、はあ、いや、社長、待ってください。これにはわけがありまして」

と天谷は言い訳を始めようとした。しかし、そんな天谷の言葉を戸川さんはすぐに遮る。

「言い訳は無用。君は今回の件で、うちの会社に多大な不利益をもたらしたんだ。その責任を取る義務がある。そうだろう」

と天谷に言った。天谷は何も言い返せず、うっ、うっ、と獣のようなうめき声をあげるばかり。戸川さんは今度は俺の方を見て、こう言った。

「益川君は、天谷君からひどいことをされたらしいね。営業課の人間から報告が上がっている。私も会社のトップとして心からお詫びする。この度は本当に申し訳なかった」

そして、なんと戸川さんは俺に対して深々と頭を下げたのである。会社のトップである社長が、俺みたいな平社員に謝罪してくれるなんて、普通ではありえない話だ。俺はそんな戸川さんの誠実な態度にものすごく感銘を受けた。そこにいる天谷とはまさに対極にいるような好人物である。さすがは社長職を長年務めている人だ。こういう誠実さがあるからこそ、きっと部下たちがついてきてくれるのだろう。俺は恐縮しながら、

「社長が私に何かしたわけではありませんから、どうか早く顔を上げてください」

と、顔を上げるように促した。戸川さんは、

「天谷君には、さっきも言ったように厳重な処罰を下すつもりだ。それで今回の件に関しては、納得してはもらえないだろうか」

と俺に持ちかけてきた。戸川さんにここまで言われて、拒否することなど俺にはできない。俺は戸川さんの天谷に対する処分も最もだと思っていたので、

「分かりました。それでは後ほど、ウェルカム工務店さんの方に連絡を入れさせていただきます」

と答えた。そんな俺の言葉に、戸川さんはほっとしたような微笑みを見せる。なんだか福禄寿がありそうな恵比寿顔に、俺の方まで思わず笑顔になってしまった。

そんな俺たちをよそに、天谷は、

「まあ、丸く収まったことですし、私の処分もなかったことにしてもらっていいですね」

とんでもない言葉を戸川さんに言い放つ。すると、とたんに戸川さんはまるで鬼のような形相に変わり果てた。そして、

「冗談ではない。君のせいでうちの会社が傾きかけたことは事実なのだから。処分は追って通告するから、そのつもりでいなさい」

と毅然とした態度で告げる。その言葉を受けて、天谷は悔しそうに唇を噛む。そして、そんな天谷は、

「くそ、覚えてるよ。この敵は必ず取ってやるからな」

と吐き始めた。なんとも迷惑な奴である。というか、こいつは「敵」という言葉の意味をきちんと分かった上で、こんなことを言っているのだろうか。完全に使い方を間違えているではないか。大学を出ているくせに、母国語である日本語の使い方が怪しいなんて、呆れてものも言えない。天谷は、学歴というものが人間性に関して何一つ役に立たないということを示すいい見本である。そんな天谷の耳障りな声は、いつまでも営業課のオフィスに響き渡っていたのだった。

その後、戸川さんの指示によって、間もなく天谷はバランスホームを解雇されることになった。仕事を失った天谷は、次第にギャンブルに溺れるようになっていったらしい。しかし、お金というものは湧き水のように自然と溢れてくるものではない。ギャンブルで負けまくった天谷は、借金に借金を重ねた挙げ句、ついには闇金にまで手を出すようになった。そうして、今では借金取りに追い回されているという噂だ。もう二度と、天谷は明るい場所で生活することなどできないだろう。全ては天谷自身の傲慢な振る舞いのせいである。今後、自分自身を反省しない限り、奴が日の当たる場所まで浮上することは困難だろう。身から出た錆という言葉がこれほど似合う人間もなかなかいない。

一方、俺はといえば、相変わらずバランスホームで働いている。どうにかウェルカム工務店との相談も再び行われ、話し合いの結果、ついに契約合意に達した。先日はどうなることかと思っていたが、これで一安心だ。このことをライト住宅の井上さんに話したら、井上さんも「俺も負けてられないな」と嬉しい言葉をかけてくれた。本当に井上さんはいい人である。俺はこの頃、重要な仕事を終えたことで、ようやくほっと一息つくことができている毎日だ。しかし、いつまでも気の抜けた状態でいるわけにはいかない。これからも前進していくためには、気を緩めてはならないのだ。実は今回の功績が認められて、昇進の話も持ち上がっていたりする。何とも喜ばしいことだ。俺はこれからも一生懸命、自分にできることを精一杯やっていきたい。

Thumbnail