結婚して二年目。私は佐藤子。家事全般は正直さほど得意ではないけれど、料理だけは誰にも負けない自信があった。初デートで振る舞ったお弁当を、夫の健一は「さと子さんの料理って、なんかほっとするな」と褒めてくれた。その言葉が嬉しくて、この人と一緒にいたいと思ったのが、すべての始まりだった。
半年の交際を経て結婚し、私は退職して専業主婦になった。健一の父は一年ほど前に亡くなっていて、義母と三人暮らしが始まった。新婚なのだから、せめて少しの間は二人きりで暮らしたかった。けれど健一に「母さん、父さんが亡くなってから気が弱くなってさ」と言われてしまえば、同居を断ることはできなかった。
結婚生活が始まってすぐ、義母が私のことを気に入っていないのだと察した。以前の職場にも、人の粗探しをしては執拗にいじめる先輩がいたけれど、義母はその比ではなかった。何をするにも文句をつけられ、どういう目をしているのかと罵られた。床についた染みを、落ちもしないのに延々と指摘され続け、夫が帰宅するまで解放されなかったこともある。
夜中に部屋のドアを叩かれて呼び出されることもあった。「ラップが切れそうだから買ってきてちょうだい。今に決まっているでしょう。気になって眠れないわよ」と言われ、スーパーが閉まっている時間にコンビニまで走った。夫を起こそうものなら烈火のごとく怒り出す。「疲れている夫を起こすなんて。家事雑事は嫁の仕事なのに、夫に頼るなんて情けない」と、いつまでも叫ばれるので、仕方なく従っていた。
夜中の呼び出しは体力的にきつかったが、物を捨てられたり隠されたりするのは、もっと精神的にこたえた。私物が見当たらずに探していると、義母は決まって「知らないわよ。どこかに置き忘れたんじゃないの」と涼しい顔で答える。数日後、燃えないゴミの袋の中から、お気に入りのカーディガンが見つかった時の衝撃は、今でも忘れられない。夫に話すと、彼は盛大なため息をついて「まあ、今度新しいのを買えばいいじゃないか」と、それだけだった。注意してほしいと伝えても、うやむやにされて終わった。
私は結婚前に貯めていたお金で金庫を買った。なるべく私物は義母の目につく場所に置かず、特に大事なものは金庫にしまった。そんな私を見て義母は「家族を疑うなんてどうかしている。育てた親の顔が見てみたいものだわ」と嫌味を言う。料理にも毎回ケチがついた。味が薄いと言われて濃くすれば、今度は辛いと言われる。不安になって夫に味の感想を聞くと「母さんは好みが激しいからな。俺は美味しいと思うよ」と答えてくれる。それでも、あれだけ楽しめていた料理が、次第におっくうになっていった。
そんな生活が一年ほど続いた頃、ふと閃いた。ずっと家にいるのがいけないんだ。そう気づいて、私はパートに出ることに決めた。結婚したら家庭に入ってほしいと言われて退職したけれど、家にいることがこんなに苦痛なら、安易に辞めるべきではなかった。多少のブランクはあったが、パート先では「覚えが早い」と重宝され、久しぶりに人から褒められて、単純に嬉しかった。
ただ、私が家にいる時間が減ると、義母の嫌がらせは朝と夜の食事の時間に集中するようになった。以前は文句を言いつつも食べていたのに、大量に残すようになり、一口箸をつけて席を立つようになった。「手が滑った」と言って、器を落とすことも数えきれない。悔しい思いを殺して「どこがダメか教えてください」と尋ねてみても、「何でも聞けば済むと思って。少しは自分で考えなさいよ」と笑われる始末だった。
一人残された食卓で残り物を片付ける日々が続いた。そして義母は、とうとう最後の一線を越えた。
ある日の夕飯のことだ。義母は自分の皿を手に取ると、突然台所へ向かった。なぜだろうと顔を上げた私と、にやりと笑った義母の視線が絡む。え、そう思った瞬間、目の前で、私が作った食事がゴミ箱に放り込まれた。
「こんなまずそうなもの、犬の餌だってもう少しマシよ」
思わず夫を見たが、彼は見ないふりをして自分の食事を進めていた。私は信じられない思いでゴミ箱に駆け寄り、蓋を開けた。ぐちゃぐちゃになった料理を目の当たりにして、言葉を失う。ひどい。夫を振り返っても、彼はちらっともこちらを見なかった。
「気分が悪かったんだよ」
夫は義母の行為を、そう片付けた。
「だからって、作った人の前でどうして捨てられるのよ」
言い募る私に、夫はめんどくさそうに頭をかいた。
「なあ、俺、明日仕事なんだよ。お前のはパートだからいいけど。俺は正社員で朝から晩まで働いているんだ」
「パートの何が悪いのよ。働いて、家でご飯を作って、それを捨てられて」
涙声になってしまうと、夫は深いため息をついた。
「さと子さ、本当にぐちぐちうるさくなったよな。母さんもそういうところがイライラするんだよ。きっと」
「大体、そんなに嫌ならもう作らなきゃいいだろう」
夫はそう言い捨てると、自室へ入っていった。その背中を呆然と見送って、私はようやく悟った。そうか、この人にとって、私は本当にどうでもいい存在なんだ。ずっと張り詰めていた何かが、プツンと切れた。
翌日、いつものように朝食を作り、夫と義母を呼んだ。夫が席につき、義母は食卓に並んだ自分の皿を手に取ると、
「朝からこんなもの、犬だってまずそうで食べないわよ」
そう言って、またゴミ箱に料理を捨てた。私は無言で立ち上がると、夫の前に置かれた朝食を取り上げた。
「え、おい」
「いただきます」
手を合わせ、夫に用意した朝食を食べ始める。義母の一連の行動にも反応せず、夫の動揺も無視した。
「え、ちょっと、俺の朝食、なんでお前が食べてるんだよ」
「そうよ、あなた、何してるの?」
私は拠然として返した。
「何って? お母さんがまずいって言うんだから。犬の餌なら、責任持って自分で片付けます」
「い、いや、俺は別にそんなこと」
「でも、お母さんの言ったことを否定しなかったじゃない」
夫は口を開いたが、何も言えずに黙り込んだ。
「こら、さと子、ふざけていないで、ちゃんと年の朝食を出しなさい」
私は義母をまっすぐに見て、にこりと笑った。
「今まで、犬の餌みたいな料理をお出ししてすみませんでした。もうこれからは作りませんので、ご安心ください」
再び箸を取り、食べ終わって立ち上がった私に、夫が言う。
「あの、さと子、俺の朝食は」
「お好きにどうぞ」
そう言って、私はさっさと家を出た。
普段は五時頃に帰宅するけれど、この日は色々と予定を済ませていたら、気がつけば夜の八時を回っていた。
「おそかったな。ずっと待っていたのに。まったく、どこをほっつき歩いていたのやら」
夫と義母が、お腹を空かせた様子で口を揃えて言う。
「え、二人ともご飯、まだなんですか? 私、食べてきましたよ」
驚いた顔をする私に、義母は顔を真っ赤にして怒鳴った。
「嫁の分際で、自分だけ食べてくるなんて!」
「あの、お言葉ですが、もう作らないって言いましたよね。それとも、私のまずい料理を心待ちにされていたんですか?」
「な、何を!」
ああ言えばこう言うと、義母は激昂して食卓をバンと叩いた。だが、何か思いついたのか、表情に余裕を取り戻して言う。
「もう作らないというなら、食費を返しなさい。健一のお給料なんだから、当然でしょ。全額、耳を揃えて返すのが筋ってものよ」
その自信たっぷりな言い方に、思わず笑いがこぼれてしまった。
「何がおかしいのよ」
「パートに出るようになってから、もうずっと。食費どころか、生活費は全て私が出しているんですよ」
夫が、とさと子に言われてそうしたんだ。健一が、母さんにパートに出ていることをよく思われていないから、さと子が生活費を出せば、風当たりも弱くなるだろうって。
義母は知らなかったようで、ぎょっとして夫を見た。
「本当なの?」
「だって、お母さんが小遣いを増やせって言うから……」
気の毒なほど小さな声で言い訳する夫。どうやら私に生活費を出させて、浮いたお金を義母への小遣いに当てていたらしい。
「お母さん、お昼は天ぷらとか外食とか、なかなか豪華にされていたようですね」
「え、なんで」
「ポストに、お得意様へのチラシが入っていたんです。お昼はお母さんが自分で作っていると思い込んでいたけど、チラシを見てもしかしてと思って、ゴミの日にレシートを探したら、豪華な食事の履歴が、あっさりと見つかりました」
「今までの生活費、耳を揃えて返すのが筋でしたっけ? 元を正せば私の稼いだお金です。きちんと請求させていただくので、どうぞご安心ください」
唇を震わせる義母に、私は満面の笑みで言った。
「おい、請求ってどういうことだよ」
夫は何か察したのか、顔色を変えて立ち上がった。
「離婚するのよ。慰謝料をきっちりもらった後でね」
「離婚?」
呆然とつぶやく夫だったが、何かひらめいたのか、顔色を明るくする。
「パートの分際で、家を出られると思っているのか。急には独り立ちできまい」
そう思ったのだろう。だが。
「そのパートなんだけど、正社員に誘ってもらえたの。今日、住むところも決めてきた」
本当はしばらく実家から通うつもりだったけれど、夫には痛烈な一撃となったようだ。
「今後の手続きは、弁護士さんにお願いするから」
そう言い捨てて、私は自室に戻ると、昨夜まとめておいた荷物を持って家を出た。食卓の脇で夫が土下座していたが、無視して通り過ぎる。
「さと子、悪かったよ」
私は立ち止まって、振り返った。
「何についての謝罪なの?」
「何って、それは……さと子と母さんの間で、どっちの味方をするわけにもいかなかったんだよ。俺だって苦しかったんだ。でも、俺はまずいだなんて言わなかっただろう」
この人は何も分かっていない。最後の最後で、本当に私は見る目がなかったと痛感した。
「誰の味方とか、そういう次元の話じゃないの。作ったご飯を粗末にしたり、嫌がらせをしたり、人を苦しめる行為を見て見ぬふり。どれだけ訴えても、あなたは助けてくれなかった。被害者面したって、私を傷つけたことには変わらないの」
諭すように言えば、夫は何が悲しいのか、ぼろぼろと泣き出す。その場にうずくまる情けない男を一瞥し、私は玄関に向かった。
玄関の扉に手をかけると、今度は義母が呼び止めた。
「私、こんなつもりじゃなかったのよ。少し注意しようとしただけで」
どれだけ非道なことをしたのか、本当に分からないのだなと、私は感心してしまった。
「今まで散々お世話をしてきましたが、最後に聞けたのがそんな言い訳じみた答えで、残念です。これからは、心置きなく美味しい料理を食べてくださいね」
義母は目を見開き、息が止まったかのように完全に固まっていた。
実家に帰ると、事情を聞いていた両親が温かく迎えてくれた。弁護士さんから聞いた話では、義母は家事ができないことで近所では有名だったらしい。義父が全部やっていたそうだ。義父が亡くなった後は、元夫と二人でコンビニや外食ばかりの生活で、そこに現れた私は、家政婦として使えるいいカモだったのだという。
私が出ていったことは、あっという間に噂になった。ご近所ネットワークとは怖いもので、元夫の会社にも知れ渡り、肩身の狭い思いをしているようだ。貯金もろくにしておらず、義母ともども散々な暮らしぶりだという。私への慰謝料に悲鳴を上げているとか。嫁いびりの噂が立った今では、新しい嫁もなかなか見つからない。かと言って、今まで通り豪華な食事に使うお金もない。結婚生活を支えていた私を取り戻そうと、しつこく夫からは復縁メールが届く。義母からは言い訳じみたメールが送られてくるが、同じことばかりで面白みもなく、もう読むのはやめた。
手料理を家族に振る舞ったり、休日にお菓子を作って会社の人に配ったり。その度に「美味しい」と褒めてもらえる環境で、私の料理への自信も、少しずつ取り戻せるだろう。そんな期待に、胸が膨らんだ。



