「あなたにはもう、生きている価値もないわよ」…

「あなたにはもう、生きている価値もないわよ」...

老いぼれと呼ばれ、孤独に生きる私だった。突然、青天の霹靅のような言葉を突きつけられた時、私は目を見開いた。全身の力が抜け、普段通りに立っていることさえ辛かった。ショ太とマリは不敵な笑みを浮かべ、私をじっと見つめるばかりだった。

その後、二人は私に暴言を浴びせてきた。しかし、頭の中には何も入ってこなかった。何か言えよ、と彼はこちらに寄ってきて、私の肩を強く押した。よろけそうになりながらも、私は必死に踏ん張った。だが、その瞬間、私の中の何かが切れた。初めて手を出されたという事実に怒りが湧き上がると同時に、悲しくなった。

こうなれば、ショ太たちに現実を見せる必要がある。私は震える声を押し殺し、今まで彼らに隠していた正体を明かすことにした。

「別にいいよ。だって、私は今、IT会社の社長をしているから」

「え、嘘でしょ?」

周りが小さく呟き、場の空気が凍った。私は気にせず話を続けた。

「実は私は現在、IT会社の社長をしているの。フルリモートで、決まった事務所はないのだけどね。規模はとても小さいけれど、仕事の丁寧さやクライアントとのやり取りを密に行っていて、年々業績は上がっているわ」

「なんで今まで言ってくれなかったんだよ」

ショ太が拳を握りしめながら言う。私は冷静に答えた。

「言う必要はないと思ったのよ。もちろん、聞かれれば話すつもりでいたけれどね」

「そんな漫画みたいな話があるわけないだろ」

「信じられないわよね。でも、これが現実なのよ」

私がまっすぐ二人を見て告げると、ショ太はさらに食い下がる。

「ま、もしかして、私たちを怖がらせようとしてます?社長と言われても、全く何も感じないんですけど」

「あら、そうなのね。強がらないで。本当に私がニートだったとすれば、900万円を用意できたのはおかしいと思わない?」

「そ、それは、父さんの遺産とかじゃないのか?」

私は悲しくなった。こんなことを言いたくはなかったが、お父さんを侮辱されているようで、自分の中で悲しい感情が湧き上がってきた。

「こんなこと言いたくないけど、お父さんはそんなに大した遺産は残してなかったわよ。そもそも、嫁に900万円も貸してくれるっていうの自体がおかしくないかしら。私だったら、絶対に頼まないけどね」

彼らは体を強張らせた。私を馬鹿にしたかったのかもしれないが、無理だった。しかし、ここで一つ疑問が浮かんだ。なぜ彼らは急に私への態度を変えたのか。シ太にもマリにも、嫌われるような行動をした覚えはない。最近は二人が距離を取っていたため、接触さえなかったというのに。

その答えを聞こうと、私が口を開いた瞬間、ショ太がお金の入った鞄を持ってリビングを出て行った。マリも彼の後を追っていく。

「ちょっと待って!」

私は追いかけたが、彼らを止めることはできず、走り去る車を見て、膝から崩れ落ちた。完全に油断してしまったと後悔した。このままでは、900万円を全て奪われてしまう。

電話をかけても、彼らは出なかった。仕事にも集中できず、社員にも心配される始末だった。休んでくださいと言われた時は、自身の不甲斐なさを呪った。

そんな中、再びマリが電話をかけてきた。時刻は22時。無視するのも面倒だと感じ、出てみた。

「何なの?」

「お母さん、前は急に電話切って、どうしたんですか?私、びっくりしたし、寂しかったんですよ」

「あなたがうるさかったからよ。今日もうるさいけどね」

「ひどいですね。相変わらず」

マリは妙に機嫌が良さそうだった。私は率直に聞いた。

「前も思ったけど、あなた、酔ってるの?」

「え、そんな風に聞こえます?」

「だから質問してるのよ。お金を貸す前に、あなたの本性に気づいてればよかったわ」

「その言い方は何ですか?まるで私が悪者だと言いたいみたいですけど」

「あなたは悪者よ。私はあなたに構っているほど暇じゃないの。切るわね」

「嫌です。もっとお話ししましょうよ」

さすがに腹が立ち、声を荒げた。

「しつこいわね。酔ってるのか何なのか知らないけど、私はあなたの遊び相手になるのは無理よ。これ以上電話をかけてくるんだったら、着信拒否するからね」

そう言って、私は一方的に電話を切った。それから一ヶ月ほど、二人からの連絡はなかった。

土曜日の昼間、仕事が休みだったため、私はリビングで録画したドラマを見ていた。しかし、家のチャイムが鳴り、一人での鑑賞会は中断となった。ショ太かマリの可能性もあったため、恐る恐るモニターへ向かう。もしどちらかであれば、どなって追い返すつもりだった。

「え、ミ春……?」

モニターに映っていたのは、孫娘のミ春だったのだ。私は急いで玄関のドアを開け、ミ春を家の中に入れた。

「どうしたの?一人で」

震える手で彼女の頭を撫でる。すると、彼女は小さな声で言った。

「あのね、お母さんたちから逃げてきたの」

「え?」

耳を疑う事実を聞かされ、頭の中が真っ白になった。まさか、良くない扱いをされているのだろうか。とりあえず中に入ってちょうだい、と言って、私はミ春の手を引きリビングへ向かった。彼女をソファーに座らせ、キッチンでジュースやお菓子を用意した。それらを持ってミ春の前へ行く。

「ほら、これ、好きなだけ飲んで食べていいわよ。落ち着いたら、何があったのか話してほしいな」

彼女は涙目で頷き、ジュースへ手を伸ばした。すぐにグラスの中身を全て飲み干したので、お代わりをあげた。少しして、ミ春は落ち着いたのか、お菓子を食べる手を止めた。

「大丈夫?」

「うん」

だいぶお腹が空いていたのだろう。用意したお菓子はほとんどなくなっており、ジュースも何度かお代わりをした。

「よかったら、話してくれないかな」

私はより落ち着いてもらうため、彼女の背中をさすりながら尋ねた。すると、彼女は大きく息を吸い、何かを決意したように口を開いた。

「実は、お父さんとお母さんが、ご飯を食べさせてくれないの」

「え?」

まさかミ春にひどい扱いをしているとは考えていなかったため、理解に時間がかかった。

「おばあちゃんがお金をあげた日から、お酒飲んだり、新しいお洋服とかバッグとか指輪を買ったりしててね。私を置いて、二人で旅行とかもしちゃって」

「その間、ミ春は家に一人だったの?」

「うん。寂しかったけど、学校以外では出かけちゃダメって言われてたの。ずっと我慢してた」

旅行中の生活費は置いていたらしいが、一泊二日の期間を1000円だけで過ごすと命じられたと聞き、私は愕然とした。

「先生とか、お友達には言えてないわよね」

ミ春は力なく頷いた。やはり900万円は、彼女の教育費ではなかった。純粋にショ太たちが遊ぶためのお金だったのだ。私は涙をこらえながらミ春を抱きしめた。心なしか、彼女の体は震えていた。

落ち着いた頃、ふと頭に浮かんだことを聞いた。

「どうやってここまで来たの?徒歩はさすがに厳しいでしょ」

「バスと歩きできた。こことバス停、近かったよ」

無理をしていないと分かって安心した。

「お父さんたちは買い物に行ったから、抜け出してきたの。おばあちゃんは家でお仕事できる人だって聞いたし。行けばいると思って」

「もう大丈夫よ。おばあちゃんが守るわ」

私は彼女を守ることを決めた。しかし、これは一人で抱えきれる問題ではない。助けを求めるため、とある人物に電話をかけようとスマホを手にした。その瞬間、画面にマリの名前と共に着信音が鳴った。ミ春の所在を確かめるためだろう。

「マリから電話がかかってきたんだけど、ここにいるって言っていい?」

「どうして?」

「あの二人なら、何をするかわからない。勝手に話を作って、おばあちゃんを悪い人にしちゃうかも」

「そうなっちゃったら、またあの家に戻らないとダメになるの。おばあちゃんが悪い人になるのは嫌だ。だからいいよ」

「ありがとう」

彼女に確認を取った後、私は電話に出た。

「遅いんですけど」

すぐに怒鳴り声が耳に入り、無意識にスマホを少し話した。

「うるさいわね」

「だって、大切なミ春がいなくなったんですよ。そりゃ焦るに決まってるじゃないですか」

まだ真面目な母を演じて、私を騙そうとしているらしい。

「どうせ、お母さんのところにいるんですよね。早くミ春を返してくれませんか?」

「なんでここにいると思ったの?」

「な、なんとなく」

適当さに呆れる。

「美春は私の横にいるわよ」

「やっぱり、どうせお母さんが連れ出したんでしょ。家に来なさって、何でもかんでも私のせいにしなきゃ気が済まないわけ?」

「いい加減にしなさいよ。だって、自分たちのせいでミ春が逃げてきたって考えられないの?」

「あ、ああ……」

彼女の声が震えた。

「私が900万円をあげてから、高いものを買ったり、ミ春を置いて旅行してるらしいわね。しかも、この子の生活費は一泊二日で1000円」

「そ、そんな、子供の言うことをそのまま受け取るんですか?普通に考えて、大人である私たちを信じるべきでしょ」

「あなたたちより何倍も信頼できるわ。何回もマリさんには嘘をつかれてきたしね」

電話の向こうが静まり返った。しかし、すぐにショ太の声が聞こえた。

「ふざけるのも大概にしろよ、母さん。これ以上、マリとミ春を困らせるな」

「誰のせいでこんな状況になっているのか、考えた方がいいわ。ミ春はずっと笑っているのよ。そもそも、この子は自分の意思で私のところにやってきたの。その意味、分かる?」

「う、それは……」

先ほどの勢いはどこへ行ったのか、ショ太は唸り声をあげる。

「とにかく、簡潔に言うわね。ミ春は私の横にいる。その子は家に帰りたくないと言っていて、あなたたちの行いも全部聞いた。しばらく私が保護しますので」

そう言って、私は電話を切った。シ太は何か叫んでいたが、気にする暇はない。

「これで多分大丈夫よ。荷物とか送ってもらいましょう。あと、学校側にも事情を話しておかないとね」

私はするべきことを口に出し確認していく。すると、ミ春が小さな声で言った。

「あのね、おばあちゃん」

「どうしたの?」

「もう一人のおばあちゃんには、会ったことある?」

「ああ、お父さんのお母さんのおばあちゃんだね」

そう、夫の母、ツ木さん。実は車で15分ほどの距離に住んでいる。あまり交流はないが、10年以上前の食事会で連絡先を交換した。私はスマホを操作し、ツ木さんに電話をかけた。

「もしもし、み子さんよね。急にかけてごめんなさい。ちょっと緊急で相談したいことがあってね」

事情を話すと、彼女は驚いたように声を荒げた。

「そんなひどいことになってるの?私もすぐにそっちに行くわ。あなた一人じゃ不安でしょ」

「ええ、お願い。待ってるから」

通話を終わらせ、スマホをテーブルに置く。とりあえず、お部屋を用意しなきゃね、と私はミ春に言った。ツ木さんが来てくれて、私たちはこの先の生活について相談を始めた。ミ春はここに住むこと、学校は転校させることなどが決まった。

その夜、私はミ春と二人で過ごした。緊張は続くが、ツ木さんという味方がいて安心しているのも事実だった。しかし、突然、玄関のチャイムが鳴り響いた。嫌な予感がする。モニターで見た結果、やはりショ太とマリだった。

私は玄関へ向かい、ドアを開けた。そして、彼らが入ってこようとするのを遮るように外へ出た。

「なんで入れてくれないんだよ」

「あなたたちとミ春は合わせられないわ。何をしでかすか分からないもの」

「俺たちはあいつの親なんだぞ。会う権利がある」

「確かにそうね。じゃあ、早く言って。マリさんには言ったけど、あなたたちはミ春にご飯を食べさせていないわよね」

「そ、それは……」

「どうして、可愛い我が子を放置できるの?旅行だって、連れて行けばよかったのに」

「あいつの学校の日程的に無理だったんだよ」

「なら、あの子の予定が合う日にしなさい。小学生でしょ?そんなに子供だけで動く用事があるとは考えられない。具体的に理由を言ってみてよ」

先ほどまでうるさかった二人は黙り込んだ。

「やっぱり嘘なのね。そういうしょうもないこと言うのはやめなさい。とにかく、ミ春は私が預かります。何回も言ってるでしょ、あの子は帰りたくないって言ってるのよ」

「お母さんが言わせてるんじゃないですか」

話の決着がつかず、とっとと家の中に入ってしまおうと考える。しかし、すぐにとある疑問が浮かんだ。

「二人して、なんで急に私への態度を変えたの?あんなに私と一緒に遊んでくれたでしょ。絶対に明確な理由があるはずよ。教えてよ」

彼らは黙ったままだった。

「無言を貫けば許してもらえると思ってるの?私はあなたたちが答えるまで、何時間でも待つわよ」

「え、えっと……」

「ほら、話して」

口を開いたのはマリだった。

「お母さんにお金を貸して欲しかったので……」

「うん。最後まで自分の言葉で言いなさい」

「シ太と相談した結果、お母さんは素直で疑うことを知らないから、擦り寄れば何も聞かずにお金を貸してくれると思ったんです。お父さんの遺産もあるだろうと思ってるはずだって」

何ともふざけた理由だった。

「提案したのは、どっち?」

「俺だ」

私は悲しくなった。

「ショ太は、そんな子じゃなかったでしょ。どんな気持ちの変化があったのよ。女で一つで育ててきたシ太の性格が変わったのは悲しいわ。理由を直接話してほしい」

すると、彼は耳を疑うような発言をした。

「なんとなく、人を騙すのってかっこいいと思って」

「本当に言ってるの?」

「本音だよ」

あまりにも馬鹿げた理由で、私は言葉を失った。

「昔はそんなこと考えてなかったんでしょ。何かされたの?ドラマとかアニメとかの影響?」

「そうかもな」

被害は私だけにとどまってよかったと考えるべきだろう。しかし、絶対に許されることではない。

「本当は、あなたたちの行いは警察沙汰にするべきなのよ。そのくらい大人なんだし、分かってるでしょ。ダメなことなの。いい年でしょ?ちゃんとしなさいよ」

「わ、分かった。はい」

二人は各々返事をし、俯いた。

「じゃあ、早急に900万円を返してね」

その瞬間、彼らは一斉に顔を上げた。

「は、無理だよ。900万円ですよ。本気で言ってます」

「もしかして、もう全部使っちゃったの?」

「いや、さすがにそれはない」

マリの言葉に安心するものの、次の発言で呆れた。

「でも、半分以上は使った」

「何に?」

「旅行と買い物」

予想通りで、一周回って安心してしまった。

「私はミ春の教育費だと聞かされて渡したんだけど、あの子にはちゃんと使ったの?」

「いや、1円も……」

さすがに少しは当てていると考えていたので、愕然とした。

「旅行と言っていたけど、具体的にはどこへ行ったのかしら。まさか、子供を置いて海外はないわよね」

二人は黙り込んだ。国内であれば、すぐに否定してくるはずだ。

「正直に言いなさい。どこへ行ったの?」

「ヨーロッパの方だ。あとアメリカとか。せっかく金が入ったし、って海外旅行をメインにしてた。国内では北海道と群馬」

「仕事はどうしてたの?」

「有給がたくさん余ってたから、それを使った。さすがに無断欠勤はしない」

「なるほどね。まあ、外面はいいだろうから、会社には迷惑はかけてないか。だけど、もしあなたたちの旅行中にミ春に何かあったら、どうしてたのよ」

「大げさですよ。病気もないし、セキュリティもしっかりしてます」

「楽観的すぎるわ。通学途中で事故とか、突然体調が悪くなることだってあるのよ。病院とかから電話がかかってきたら、どうするつもりだったの?『今旅行中なので行けません』って、どう答えられるの?」

彼らはようやく事態の深刻さに気づいたのか、何も言わずにうつむいた。

「そろそろ話を終えられるはずだわ。やっぱり、あの子をあなたたちに任せるのは無理よ」

しかし、マリはまだ諦めきれないらしい。

「親は私たちなのに」

この発言に、私は疑問を抱かざるを得なかった。

「なぜ執着してるの?本当にあの子を大切に思ってるのなら、ご飯を与えるのは当たり前。旅行にも連れて行くし、欲しいものは買ってあげるはずよ。もちろん、常識の範囲内でね。確かに自分を甘やかしてあげるのも大事だけど、あなたたちは親になったの。子供を作ったんだから、責任はしっかり持ってちょうだい」

二人は何も言わない。私はしびれを切らし、たまたま後ろにいたある人物に声をかけた。

「ツ木さんも、そう思いますよね。ツ木さん」

彼女は慌てて自らの後ろを振り返った。

「本当にその通りよ」

「お母さん、なんでここに?」

ツ木さんは家の中から出てきたのだ。彼女は母の登場に今にも腰が抜けそうになっている。

「ちょっと前から影で話を聞いてたんだけど、あなたたち、全くみ子さんの言葉が胸に届いてないわね。だって、急に親がどうのって言われても、10年以上もあの子を育ててきといて、今更すぎるわ。どういう気持ちでミ春と接してたの?あなたたちは親失格よ」

「その通り」

ツ木さんの言葉に、マリは唇を噛みしめ、ショ太は落ち着かないのか手遊びを始めた。

「私は中に入ってるわね。ミ春が怖がってると思うし、そばにいてあげたいの。お願い。こっちは私に任せて」

ツ木さんは家の中に入っていった。ショ太とマリが隙間をこじ開けようとするが、私とツ木さんに阻止される。

「俺たちも入れてくれよ」

「絶対に無理。ツ木さんは信頼できるの。だけど、今のあなたたちがミ春に会ったら、何をしでかすか検討がつかない。とにかく、あなたたちは早く900万円を返して」

「それも無理だ。俺の仕事はそんなに稼げないって分かってるはずだぞ」

「じゃあ、マリさんも働けばいいでしょ。あと、シ太が仕事を増やすのもありよね。副業できるって教えてくれたのは、あなたよ」

シ太は眉間にしわを寄せた。二人が素直に頷いてくれれば、私だってミ春にショ太とマリに会うかくらい聞けるのに、自分たちが可愛くて仕方がないのか、彼らは謝罪の一つもしなかった。

その時、マリが何かを思いついたように声をあげた。

「分かった。じゃあ、ミ春をあげるから、900万円はこのままでいいですか?」

あまりにも非人道的な提案で、私は言葉を失った。まるでミ春を物としてしか見ていないようだ。

「ああ、それいい案だな」

ショ太も彼女の案に賛成し、二人揃って私を見る。

「正気なの?」

「どうだ?これなら母さんはミ春を育てられるし、俺たちも金を返さなくていい。900万円なんて用意するのは、普通に考えて難しいし」

「あの子の前で、そんなことが言えると思ってるの?ミ春の前で言えるか、聞いてるのよ」

「落ち着いてください」

「無理に決まってるでしょ。孫がけなされて、黙ってられるおばあちゃんはいないわよ」

話している途中で、とある疑問が脳内に浮かんだ。私は気持ちを落ち着けて尋ねた。

「そもそも、なんであなたたちは子供が欲しいと思ったの?」

「俺の結婚してる友達とか、みんな子供いるしさ。どうせなら、ってマリと相談してたんだよ」

「本当は私、子供なんていらなかったんですけど、ショ太の話とか、私の友達の写真を見て、やっぱり欲しいってなったんです」

「子供を育てる覚悟はあった?」

「覚悟?別に、生まれたらなんとかなるかなと考えてましたね」

悪びれもせず話す彼らに、さらに怒りが沸き上がった。

「ふざけるのも大概にしなさい」

ショ太とマリは目を見開いた。

「あなたたちには、まだ子育ては早かったようね。私が望むのは、ただミ春を一旦こちらに預けて、900万円も返してもらうことだけ」

「金は無理だって」

「じゃあ、ミ春はいいのね。まあ、さっきの話や今までの扱いを聞いている限り、分かってたけど」

彼らは悔しそうな表情を浮かべる。だが、すぐにショ太が怒り出した。

「分かったよ。やればいいんだな。そっちに900万円を返せばいいんだな。そのくらい、すぐにやってやるよ。あいつの教科書やら服も送るから、母さんの思い通りに育てろ。何かあっても文句は言うなよ」

「もちろん」

「マリ、行くぞ」

「え、ええ……」

長時間言い合いをしていたものの、最後はショ太の逆切れで結末を迎えた。二人は車に乗り込み、そのまま帰っていった。私は深呼吸をし、家の中に入った。

リビングにはツ木さんとミ春がおり、不安げにこちらを見ていた。

「帰ってくれたのね。なんとか……」

その後、私はミ春に視線を合わせて聞いた。

「ねえ、これからは、おばあちゃんと一緒に住まない?」

彼女は少し考えた後、飛び切りの笑顔で「うん」と答えた。

「よろしくね。おばあちゃんと一緒に住めるの、楽しみ」

先ほどまでの萎縮しているミ春はいない。私は彼女を優しく抱きしめた。ツ木さんは二泊して帰っていった。三人で一緒にご飯を作ったり買い物をしたり、とても有意義な時間を過ごせて嬉しかった。

一週間後、ミ春の荷物を全部家に送ってもらい、落ち着いた頃、玄関のチャイムが鳴った。モニターにはショトとマリの姿が映っている。私はため息をつき、彼らの元へ向かった。

「開けたけど、もっと大きく開けろよ」

「家の中に入れるのは絶対に嫌よ。どれだけお願いされようとも、無理」

「前にたくさん話したでしょ。まだ何か私に文句があるわけ?」

「文句じゃないんだ。900万円なんですけど、やっぱり、あのままもらうことってできないですか?」

耳を疑った。

「ふざけてるの?」

「私たちはいつだって真剣です」

「ショ太ねえ。どうせこうなると思って、わざわざ家に来てやったんだよ。それが、人に物を頼む態度なのかしら」

「ミ春をあげたのに、そこまで言う必要ないだろう。もっと俺たちに感謝しろよ」

自分たちの子供だったミ春を物のように扱うショ太に、私は怒りが湧き上がった。

「いい加減にしなさいよ。あなたたちの親は何なの?私だって、我慢の限界があるって分かるわよね。前にも散々、態度を改めろって話をしたのに」

「そ、それは……」

彼らは揃って視線を泳がせた。

「はっきり言ってあげるわ。私は一生、あなたたちの顔を見たくないの。お金を返してもらう時以外、同じ空間にいるのも嫌よ。とにかく、ミ春が帰ってくる前に帰って。あの子があなたたちを見たら、どんな感情を抱くのか。それに、『いらない』って言ったのは、あなたたちの方でしょ。とにかく、あなたたちとは縁を切るわ。私たちの前に姿を現すのはやめてちょうだい。また家に来たら、警察を呼ぶからね」

「でも、これって家族内の話じゃないですか?警察が取り合ってくれると思いませんけど」

「確かにそうかもしれないけど、もし対応してくれたら、マリさんはどうでもいいかもしれないけど、ショ太が困るかもね。仕事を失うかも」

私の発言で、彼らは固まった。

「分かったなら、とっとと帰りなさい」

手で追い払えば、二人は恐る恐る退散していった。その数分後、ミ春が帰ってきた。ショ太たちと待ち合わせしなくてよかったと、胸を撫で下ろした。

「おばあちゃん、何か顔が怖いよ。どうしたの?」

「あなたのお父さんたちが来てたのよ」

隠すのは逆に危ないと感じ、本当のことを話す。すると、彼女は微笑んだ。

「本当はね、もっと早く帰ってくる予定だったの。でも友達が自転車の鍵を落としちゃってさ、探してたの」

「そうだったのね」

「うん。あの二人に会わなくてよかった」

「そうだ。アイスあるよ。食べる?」

「食べたい」

先ほどまでは修羅場の舞台となっていた玄関で、今度はミ春の眩しい笑顔が見られて、私は胸がいっぱいになった。この生活がずっと続けばいいなと思いつつ、私は彼女と共にキッチンへ向かった。

その後、私とミ春は手続きを済ませて、晴れて本当の家族となった。また、驚くことにショ太たちは二ヶ月もしないうちに900万円を返してくれた。半年以上はかかると覚悟していたので、衝撃を受けた。どうやって稼いだのか疑問に思ったが、お金を返してもらいに行った際、借金をしたと言われて納得できた。また見捨てないでくれと懇願されると身構えていたが、さすがにもう諦めたらしい。

その半年後、ショ太がメッセージを送ってきた。どうやらマリと離婚したらしい。借金のことやマリのこれからについてなど、聞きたいことは多くあったが、私にはもう無関係なため、承諾の返信した。すると、すぐに「もっと心配してくれ」と送られてきたが、そんな義理はない。私はそのまま無視し、彼の連絡先を全てブロックした。

翌日、ツ木さんが電話をかけてきた。内容はマリの動向について。どうやら彼女は実家に戻ったらしい。しかし、ツ木さんが家に入れるわけない。玄関前で喧嘩をしていると、最終的に彼女はどこかへ行ったそうだ。

私たち家族は、今、穏やかな日々を過ごしている。私はミ春と共に、慣れ親しんだ家で平穏な生活を送っている。彼女は中学生になり、毎日勉強や部活を頑張っており、眩しく感じる。ツ木さんとも連絡は取っていて、ミ春が学校へ行っている間は、家に集まってお茶会などを楽しんでいる。会社も順調で、そろそろ社員を増やそうか考え中だ。

ショ太たちに突然裏切られて心が傷ついたのは事実である。しかし、ミ春との暮らしで、心は回復を感じられる。あまりいい経緯ではないものの、この生活を手に入れられたのは嬉しい。私は一人、仏壇に向かって手を合わせる。その先には、夫・三夫の遺影がある。

「あのね、三夫さん。私は今、こうして孫のミ春と一緒に暮らしているの。あなたに、この話が届いていて欲しいな」

私は願いを込めて、今日も三夫に語りかけた。

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