「お前のものならもうないよ。探しても無駄だ」——保管庫にあった俺の試作品が、跡形もなく消えていた。慌てて探す俺に、新しい部長はニヤニヤしながらそう言った。「定年間近のじじいが使えるスペースはもうない。無能の老害はもう首だ。明日から来なくていいよ」。40年近くこの会社で商品開発に打ち込み、ヒット商品も生み出してきた。それなのに、人のものを勝手にゴミ扱いして、嬉しそうに首を切るなんて。でも俺は知…

「お前のものならもうないよ。探しても無駄だ」——保管庫にあった俺の試作品が、跡形もなく消えていた。慌てて探す俺に、新しい部長はニヤニヤしながらそう言った。「定年間近のじじいが使えるスペースはもうない。無能の老害はもう首だ。明日から来なくていいよ」。40年近くこの会社で商品開発に打ち込み、ヒット商品も生み出してきた。それなのに、人のものを勝手にゴミ扱いして、嬉しそうに首を切るなんて。でも俺は知...

「お前のものならもうないよ。探しても無駄だ」

保管庫から作品が消えていた。慌てて探す俺に、上司がニヤニヤしながらそう言ったのだ。

「え…ないってどういうことですか?」

「名門大卒の若手をこの部署に入れることにした。だから定年間近のじじいが使えるスペースはもうないんだよ」

いくらなんでもひどすぎる。普段から俺のことを年寄りだの老害だのと見下していたが、さすがにこれは酷すぎた。人のものを勝手に捨てておいて、嬉しそうに報告してくる。この上司の神経が理解できない。

「無能の老害はもう首だ。明日から来なくていいよ」

その言葉で、俺の中で張っていた糸がプツンと切れた。会社のため、仲間のためだと思って耐えてきたが、もう終わりだ。

「俺のものを邪魔なゴミだと言ったのは、あなたですからね」

散々言いたいことだけ言って立ち去る上司の背中に、俺はぽつりと語りかけた。

俺の名前は渡辺浩司。文具メーカーで四十年近く働いている。入社してすぐに商品開発部に配属されて以来、ずっと商品開発に携わってきた。たくさんの人に使ってもらえる文房具を作るにはどうしたらいいか、いつも考えている。自慢じゃないが、大ヒット商品やロングセラー商品も手掛けたことがある。自分の開発したものが商品になり、店頭で売られていたり、手に取ってもらえたりするのを見ると、すごく幸せな気持ちになる。

長年働き、実績もあるおかげで、管理職への昇格の話を上司から持ちかけられたこともあった。評価されるのは嬉しかったが、俺は断っていた。この部署で商品開発に携わる仕事を続けたいからだ。管理職になれば他の部署に移動する可能性も出てくる。何より、現場でこれからも開発を続けていきたかった。会社も俺の希望を聞き入れてくれている。おかげで今では商品開発部の最年長になってしまった。だいぶ年の離れた社員もいるが、部署内の人間関係は良好で、後輩たちもみんな俺を頼ってくれている。

そんなある日、商品開発部の部長が定年を迎え、新しい部長がやってきた。秀さんという新しい部長は、メガバンクからの転職で、この業界は初めてとのことだった。前の部長からは、分からないことがあれば最年長として教えてあげてほしいと頼まれていた。俺自身、最年長としての責任感はあったので、力になれることがあれば惜しまず力になろうと考えていた。新しい部長と仲良く協力して、良い部署を作っていけたら――そう願っていた。

しかし、それは厳しいのかもしれないと、初めての挨拶で思ってしまった。

「今までどのように君たちがやってきたかは分からないが、これからは私のやり方で仕事を進めていく」

秀部長は仏頂面でそれだけ言って、挨拶を終えた。周りの社員は少しざわついていた。勝手に新しく来た人にそんなことを言われてしまったら、これからどうなるのかと不安になるのも無理はない。

しかも、その不安は的中することになった。秀部長は俺たち部下の仕事に口を出し、「あれは違う、これは違う」と自分の意見を押し付けて、思い通りにしようとした。そして、俺たちの話を全く聞こうとしない。部長とはいえ、どうしてここまで独断的で暴走気味な振る舞いができるのか不思議に思ったほどだが、その答えは一緒に働き出して数日で分かった。

どうやら秀部長は、メガバンク出身ということに高いプライドを持っているようだ。何かと「メガバンクにいた頃は」と自慢話をしてくる。今年に入ってからうちの会社は、秀部長が働いていたメガバンクから多額の融資を受けているのだが、それも自分のおかげだと言って、社長すら威圧していると聞いた時は面食らった。メガバンク出身だということは素直にすごいと思うし、プライドを持っていること自体は悪いことだとは思わない。だが、ここは文房具メーカーであり、ここにはここのやり方があることも理解してほしいのが正直なところだ。他の社員たちも、急に来て好き放題する秀部長に不満を抱えているようだった。しかし、この部署で一番偉い部長に逆らうことは誰にもできない。

ある日のことだ。秀部長が社員に高級思考を押し付ける指示を出しているところに出くわした。

「こんな安い価格で売る商品なんて作らなくていい。利益が出ないじゃないか」

「いや、しかしたくさんの人に手に取ってもらうには、この価格が適正だと思いますが…」

「安いものしか買えないターゲットなんて無視すればいいんだよ。もっと高級なものを作って、質のいい消費者を狙え」

その社員は学生向けの文具を担当しており、明らかに秀部長の思っているターゲット層と違っていた。確かに、高級思考の人へ向けた文房具を制作することもある。しかし、この社員は安くていいものを作り、たくさんの学生に使ってもらえるようにと商品開発をしているのだ。そんなことも分かっていないのに、秀部長はめちゃくちゃな意見を言って困らせている。

「しかし、僕の担当は学生向けの文具です」

「うるさいなあ。バカ社員のくせに。俺の言った通りに作ってれば売上も伸びるんだよ。これだからバカは困るなあ」

反対意見を出して説得しようとしたが、秀部長は全く耳を貸さず、しまいにはバカだと悪口を言い出した。

「俺の言うことを聞いてればいいんだよ。それができないなら、お前はこの部署にはいらないな。そっか、バカな。お前でも役に立てる暇な部署に移動させるぞ」

秀部長は脅迫に追い込むと言わんばかりに声を荒げる。さすがに俺もその状況を黙って見ていることはできなかった。

「お言葉ですが、部長。彼が言った通り、彼の担当は学生です。高級思考の人たちだけではなく、幅広い客層に受け入れられる商品を開発するため、担当が分かれています。しっかりターゲットのことも考えていただきたい」

「なんだお前?誰に口を聞いているんだ?」

秀部長は突然やってきた俺を睨みつけ、怒鳴りつけてきた。しかし、このまま引くわけにもいかない。いつかはっきり言わないと、このまま秀部長の好き放題にさせてはいい仕事ができない。上司に意見するとなれば、最年長である俺の役目だ。

「秀部長は利益を出すことしか考えていないのかもしれませんが、多くの人に支持される文房具を作るためには、ターゲットに向けた商品を作ることが一番大事なことだと思います」

「会社しか知らない奴に何が分かるんだ」

「確かに、経営のことや利益のこと、お金のことは部長より分かっていないのかもしれません。しかし、ずっとこの考え方でうちの会社は商品開発をしてきて、お客様に受け入れられてきました」

秀部長の目をまっすぐ見て言う。すると、秀部長は「あっそ。まあいいよ」と短く言葉を漏らして、その場を立ち去ろうとした。納得してくれたわけではなさそうだが、今回は諦めてくれたようだ。安堵したのも束の間、俺の横を通りすぎた瞬間――

「その年で平社員の無能のくせに」

最後に一言、吐き捨てるように言われた。驚いて振り返るが、秀部長はそのまま立ち去ってしまった。悪く言われるのはいい気はしないが、これで社員がやりやすく仕事ができるなら、このくらい言われることは何てことない。今回話したことで、少しでも秀部長の考え方が変わってくれるきっかけになればいいなと思った。

しかし、そんな願いも虚しく、その後も商品開発部は秀部長の無茶ぶりに振り回される日々が続いた。俺は他の社員たちが困って動けなくなる前に、年長者としてひたすらフォローして回るしかなかった。今までより気を使うこともやることも増えて大変な毎日だったが、その傍らで俺にも商品開発の仕事がある。俺は今、熱を入れている商品があり、帰宅後も開発に没頭していた。その部分に関しては充実した日々だと感じていた。

そんなある日、俺が試作品を保管庫へ取りに行くと、俺のスペースが空になっていた。まるごとなくなっていることに驚き、違う場所に誰かが移したのかと他の場所も探すが、見当たらない。どうしてだと考えていると、そこに秀部長がニヤリとした顔をしてやってきた。

「お前のものならもうないよ。探しても無駄だ」

「ないってどういうことですか?」

「名門大卒の若手をこの部署に入れることにしたんだ。だから定年間近なじじいが使えるスペースはもうないんだよ」

「そんな急にそんなことを言われましても…」

「お前は目障りなんだよ。じじいの感性なんてもう世間に通用しないしな。無能な社員のものなんて邪魔なゴミでしかない。俺が全部捨てておいたよ」

俺には秀部長の言っていることが全く理解できず、呆として何も言えなくなってしまった。

「無能の老害はもう首だ。明日から来なくていいよ」

秀部長は最後にそう言うと、その場から立ち去ってしまった。

俺は一人になり、頭の中が整理されるにつれて、だんだんと怒りが込み上げてくる。今までたくさんの時間をかけて作り上げてきたものを、簡単にゴミだと言って勝手に捨てる部長の神経が理解できない。俺はずっと、これからもこの会社で、そしてこの部署で商品開発を続けていきたかった。しかし、もう秀部長の下で働くのは不可能だと感じてしまった。

「首だって言うなら、結構。受け入れてやろうじゃないか」

こうして俺は秀部長の言った通りに退職した。

ところが、その一週間後、秀部長から俺の元に連絡が入った。俺は出る気にならず、話すこともないと無視をしていたが、一向に鳴りやまない。

「あなた、電話が鳴ってますよ。早く出てくださいよ」

妻に軽蔑そうな視線を向けられ、仕方なく出ることにした。すると、開口一番、耳が痛くなるほどの大きな怒鳴り声が聞こえてきた。

「いい加減にしろ!なんですぐに出ないんだ?」

「俺はもう首になった身ですし、話すことも特にないかと思いまして」

「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと出ればいいんだよ」

「はあ…それで、一体何のようですか?」

反抗しても時間の無駄だと感じた俺は、要件だけ聞いてすぐに電話を切ろうと考えて尋ねた。

「実はお前の試作品について、取引先から問い合わせが殺到している。一億円出すと言っているから、すぐに対応しろ」

「はあ、そうですか」

「なんだその気のない返事は。一億だぞ」

「それはすごいですね。でも残念ですが、それは無理です」

「何言ってんだよ。今からさっさと対応しろ。部長命令だ」

鼻息荒くすぐに対応しろと言って張り上げる秀部長。そんな彼に俺は冷静に説明した。

「本当に無理なんですよ。秀部長が邪魔なゴミだというので、もう他社に十億で譲ったんです」

俺は言語翻訳ペンという、書いたテキストを自動的に他の言語に翻訳し、他言語コミュニケーションをサポートするペンを開発していた。ソフトウェアを入れ替えれば翻訳以外にも活用でき、汎用性が高いことから、大手IT企業が高額で買い取ってくれたのだ。俺は長年の商品開発部での仕事で、さまざまなターゲットへ向けた商品開発を行ってきた。学生向けの担当だったこともあれば、秀部長が大好きな高級文房具の商品開発を担当していたこともある。たくさんの経験を経て、俺はもっとたくさんの人に支持され、これから先の未来でも使われるものを作ろうと考え、この商品開発をしていた。俺はこれを開発者人生の集大成だと力を入れて取り組んだ。そして、試作品の段階から取引先へ送り、反応を伺っていたのだ。一億円出すと言っている会社も、その試作品を見て問い合わせをしてくれたのだろう。いいと思ってくれたことは嬉しいが、もう遅かった。

「嘘つけ!何を言っているんだ?バカは変な嘘をつくんだな」

秀部長は俺の言うことを全く信じていないようで、鼻で笑った。

「ですから、本当にもう他社に譲ったんです。何を言われても無理なものは無理です」

「お前、俺に首にされたからって、そんなことを言ってるんだろ。仕方ないから戻してやってもいいぞ。だから早く対応するんだ」

こんな状況でも上から目線で命令してくる秀部長に、嫌気が差す。

「何を言われても、譲ったものはどうしようもないです。対応はできませんので」

もうこの人と話すことはない。最後にもう一度、きっぱり告げて、俺は電話を切った。

会社から呼び出しを受けて出社することになったのは、それから数日後のことだった。そして、社長も参加する役員会議に出席することになった。今回のことを聞かれた俺は、全てを正直に話し、秀部長の言動も洗いざらい全て打ち明けた。俺の話を真剣に聞く役員たちの横で、秀部長は罰が悪そうにしている。

「渡辺君の話は本当なのかね?秀君、どうして勝手に首になどしたんだ」

「俺は…まさか、こんなすごいものを作っていたとは」

「君は部長であるのにも関わらず、渡辺君が今までどれだけのものを作ったか知らないのか?」

俺はこの長年の間で数々のヒット商品を生み出しており、そのことは社長や他の役員たちも評価してくれていた。

「でも、彼はこの年でずっと…」

秀部長は苦笑いをしながら、役員たちの前でも馬鹿にするようにそんなことを言った。それを聞いた役員たちはため息をついて呆れた顔をしていた。

「はあ…君は本当に何も知らないんだな。彼は昇格の話を断って、ずっと商品開発に携わってくれているんだ」

それを聞いた秀部長は驚いた顔をして、何も言えなくなってしまったのか黙り込んでしまった。

それから話は、今回の俺の作った商品についての件に移る。秀部長は俺を首にしたことで、数億円の売上を他社に取られた責任を問われていた。

「しかしですね…」

このままでは全責任を取らされてしまうと考えたのだろう。声が小さくなって言い訳をしていた秀部長が顔を上げ、厳しい顔で俺を見て口を開いた。

「会社のお金を使って開発したものを、勝手に他社へ譲ったのは問題だと思います。いくら私が首にしたからと言っても、やって良いことと悪いことがあります。彼のしていることは、犯罪者のすることです」

秀部長はその後も口を止めずに、自分が必要な存在だとアピールした。

「私はメガバンクから多額の融資を引き出せます。犯罪者の彼か、私かで考えたら、どちらが会社に必要か一目瞭然ですよね。責任を問われるべきなのは彼です」

秀部長はそう言い切り、勝ち誇った顔で俺を見ていた。役員たちは考えるように黙り込んでしまっている。

秀部長の話が終わったことを確認すると、俺は鞄からあるものを取り出した。

「この商品の開発に、会社のお金は使っていません。帰宅後のプライベートな時間での独自開発です」

俺の言葉に、みんなが驚いた表情で顔を上げて俺の方を見る。

「そ、そんなはずあるわけない。嘘ですよ。だって試作品が会社にあった…」

「あれは興味を持ってくれた取引先に見せるため、持ってきていただけです。独自開発である証拠もあります」

証拠として持ってきていた開発記録を提示して説明する。会社では会社での商品開発を行っており、その開発記録も残っている。また、同僚からの証言だってある。今回のペン開発が会社で行われていないのは確かだ。それを証明すると、社長や役員たちも分かってくれ、秀部長には冷たい視線が集まった。秀部長の顔は真っ青である。

そこで社長が一つ咳払いをして口を開いた。

「秀君は何か勘違いしているようだね。メガバンクからの融資は、君のおかげではない」

「いや、え…でも…」

「全て渡辺君のおかげなんだ」

「え…そんなはず…こんな年寄りに…」

「その年寄りが今回の商品を生み出したんじゃないのか」

「それは…その…はい」

「彼はこれまでも多くのヒット商品を生み出している。その才能に融資してくれたんだ」

秀部長は何も言えなくなったようで、俯いて小刻みに震えている。

「君を部長としてうちの会社に迎えたのは間違いだったよ」

社長は秀部長に厳しい顔をして言い放った。秀部長は完全に立場を失ってしまい、その場に崩れ落ちた。

後日、改めて行われた役員会議で、秀部長の処分が決定した。秀部長は役職を解かれた上で、地方の小さな派出先への出向となった。しかし、プライドの高い秀部長はその現実が受け入れられず、自ら退職したとの噂を社内で耳にした。

その際、一緒に流れてきた話によると、うちの会社にメガバンクから転勤してきたのは、実は色々と問題を起こして左遷されそうになったからだったそうだ。メガバンクに知り合いがいるという社員が入手してきた情報では、秀部長はメガバンクでも高圧的な態度を取ったり、取引先から多数のクレームが寄せられたりしていたらしい。俺たちには「メガバンクでやり手だったが、自らのスキルアップのためにこの会社に転勤した」と話していたが、全て嘘だったというわけだ。

その話を聞いた時は少し呆れてしまった。自分の非を認め、もっと周りの意見に耳を傾けていれば、この会社でやっていけたのにとも思う。今回の一件で秀部長の考え方が変わったらいいなとも思ったが、「まあ、無理でしょうね」という後輩の返答を聞いて、思わず苦笑してしまった。左遷先から逃げ出しているというのが答えだと。

一方、俺はと言うと、会社に戻り、また商品開発部で働いている。みんなも俺が戻ってきたことをすごく喜び、歓迎してくれた。そして今回の件で、俺は社長から再度昇格の話をされた。商品開発部の部長にならないかという話だ。今まで通り開発も続けていいと社長は言ってくれる。俺にとってはこの部署で部長になれることは嬉しい話だったが、部長になる気にはならなかった。部長になれば他の業務も増えてくる。やはり、俺は開発に時間を費やしたいと思った。社長は少し困った顔をしていたが、「そう言うと思った」と笑った。

俺は今、新たなヒット作を生み出すべく、開発に乗り出している。まだまだ若い者には負けられない。これからも今まで以上に周りの社員たちと高め合い、協力しながら、たくさんの人に愛されるものを作り続けようと思う。

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