誕生日に夫が差し出したのは、離婚届と1500万円のローン契約書だった。「慰謝料代わりに、この車のローンをお前が払え。感謝しろよ」。スピーカーフォンから若い女の笑い声が響く。「あのおばさん、どんな顔してる?受けるんだけど」。私は42歳。専業主婦として5年間、夫を立てて慎ましく生きてきた。彼はこの家も4000万円の貯金もすべて自分のものだと信じ込んでいた。夕食のハンバーグをゴミ箱に叩きつけられ、…

誕生日に夫が差し出したのは、離婚届と1500万円のローン契約書だった。「慰謝料代わりに、この車のローンをお前が払え。感謝しろよ」。スピーカーフォンから若い女の笑い声が響く。「あのおばさん、どんな顔してる?受けるんだけど」。私は42歳。専業主婦として5年間、夫を立てて慎ましく生きてきた。彼はこの家も4000万円の貯金もすべて自分のものだと信じ込んでいた。夕食のハンバーグをゴミ箱に叩きつけられ、...

「サインして出ていけ」

私、明かりの42歳の誕生日。夫の孝太郎が突きつけてきたのは、離婚届と1500万円のローン契約書だった。

「慰謝料代わりに、この車のローンをお前が払え。感謝しろよ」

スピーカーフォンから、若い女の笑い声が聞こえてくる。

「あのおばさん、どんな顔してる?受けるんだけど」

夫は、この家も4000万円の貯金もすべて自分のものだと思い込んでいた。私を追い出し、全資産を手に入れる完璧な計画のつもりだろう。

だが、彼はたった一つ、致命的な勘違いをしていた。

この家も貯金も、すべてが私のものだったということ。

ええ、楽しんでらっしゃい、孝太郎。その誕生日プレゼントが、あなたの人生を破滅させるスイッチになるのだから。

絶望の縁に突き落とされたあの日から、私の完璧な復讐劇が始まった。

私は37歳で孝太郎と結婚し、もうすぐ丸5年になる。専業主婦として会社員の夫を支えるのが私の役目だと思っていた。両親の教えがそうさせていた。小さい頃から「結婚したら夫を立てる、慎ましい妻でいることが大切」と聞かされて育った。母がまさにそんな妻で、両親はとても円満だった。だから私も、慎ましい妻でいることが夫婦円満の秘訣だと信じていた。

孝太郎はプライドが高い。だから私は、家計のすべてを彼の稼ぎだけで賄っているように振る舞っていた。毎月の給料日、彼は決まってこう言う。

「ほら、今月も俺が稼いできたぞ。お前は家で楽してられていい身分だな」

「いつもありがとう。孝太郎さんのおかげで生活できるわ」

私は深く頭を下げて給料袋を受け取る。その中身だけでは到底やりくりできないことを、彼は知らない。

「明かりは、俺がいないと何もできないからな」

それが口癖だった。私はただ静かに微笑んでいるだけ。だが本当は違う。この家も4000万円の貯金も、数年前に亡くなった両親が残してくれたものだ。足りない生活費は、私が自分の資産からこっそり補填していた。

それでも夫を立てるため、そのことは詳しく話さず、慎ましい妻を演じ続けた。この時は、それが夫婦円満に必要なことだと愚かにも信じていた。

孝太郎は私たちの資産の出所を知らない。結婚して1年ほどは家庭のことにも気を配っていたが、5年も経てば興味を失った。家庭のすべてを私に任せっぱなしで、家も毎日の暮らしも、自分が汗水垂らして築き上げた財産だと完全に勘違いしていた。だからこそ、専業主婦の私を心の底から見下していた。自分がいなければ生きていけない存在だと。

この歪んだ平穏が、私の誕生日を境に音を立てて崩れ去ることになる。

平穏が崩れ去ったのは、私の42歳の誕生日。ささやかなお祝いを期待していた私に、仕事から帰ってきた孝太郎が一つ箱を突きつけた。

「明かり、誕生日おめでとう。最高のプレゼントだ」

胸を膨らませて箱を開けた私の目の前に飛び込んできたのは、信じられないものだった。

一枚の離婚届と、1500万円のローン契約書。真っ赤な高級車のパンフレットが添えられていた。

「孝太郎さん、これ、どういうこと?」

私の震える声を聞いて、孝太郎は満足そうに口元を吊り上げた。その時、彼のポケットからスマホの着信音が鳴り響く。彼はニヤつきながらスピーカーモードで通話に出た。

「こうちゃん、まだプレゼント渡した?」

「あのばばあ、どんな顔してる?受けるんだけど」

電話の向こうから、高い若い女の笑い声が聞こえてくる。

「おう、エリカ。今、渡したとこだよ。見てみろよ、この顔。ハートが豆を食ったみてえな顔だぜ」

頭が真っ白になった。言葉がうまく入ってこない。

「まあ、今までご苦労だったな。慰謝料代わりに、この車の1500万円のローンをお前が払え」

彼はにやりと笑い続けた。

「お前、運転できないだろう?ちょうどいい練習になるじゃないか。感謝しろよ」

私に1500万円もの負債を押し付ける。これが長年連れ添った夫のすることか。

「何を言っているのよ。それに、この家は…」

「ああ、この家は俺のものだ。俺が稼いだ金で維持してきたんだからな。サインしたらとっとと出ていけ」

高圧的に見下す夫の目は氷のように冷たい。両親から相続したこの家を、どういうわけか彼は自分のものだと本気で信じ込んでいる。

その日から、私の地獄が始まった。孝太郎の悪行は日に日にエスカレートしていった。

ある日の夕食、私はハンバーグを作った。だが食卓についた孝太郎は、料理を一瞥しただけで鼻で笑った。

「まだこんな貧乏臭いもん食ってんのか」

そう言うと、私の作ったハンバーグを皿ごと掴み、キッチンのゴミ箱に叩きつけた。ガシャンと食器の割れる音が響く。

「こんなまずい飯はもういらない。エリちゃんの料理は最高なんだ。お前とはレベルが違う」

彼はスマホを取り出すと、ゴミ箱に捨てられたハンバーグの写真を撮り始めた。

「これ、エリに送っとこ。『おばさんの最後の晩餐』だってよ。傑作だろ」

床に散らばった料理の残骸を、私はただ黙って見つめることしかできなかった。涙をこらえ、唇を噛みしめる。大丈夫。これも証拠の一つだ。

彼は毎晩のようにエリと高級レストランで食事をし、その様子をこれみよがしにSNSへ投稿した。華やかな夜景をバックに、若いエリとワイングラスを傾ける夫の写真。煽るようなタグがつけられていた。

「#本物の愛 #未来の花嫁 #おばさんお疲れ」

共通の知人も見ている投稿に、私の心はズタズタに引き裂かれた。だが私はすべての投稿をスクリーンショットで保存し、日付と共にフォルダーへ記録していく。

震える指でスマホを操作しながら、自分に言い聞かせた。笑っていられるのも、今のうちよ。

そして、あの真っ赤な高級車が我が家の駐車場に納車された。私の心をえぐる裏切りの象徴。孝太郎はエリを助手席に乗せたまま、私を呼びつけた。

「おい、お前の車なんだから洗車しとけよ。汚れてるだろう」

助手席の窓が開き、エリがサングラスをずらしながら私をあざ笑う。

「そうよ。1500万もするんだから、ピカピカにしてよね、おば様。私たちがデートで乗るんだからさ」

私はか細い声で答えた。「私、運転できないの、知ってるでしょ?」

「だからなんだ。所有者はお前だろ?責任持てよ。俺たちの愛の巣を掃除すると思えば、光栄なことじゃないか」

逆らうことは許されない。私は冷たい風が吹く中、バケツとスポンジを手に、その憎い車を洗い始めた。隣の家から嘲笑するような視線が注がれるのを感じる。惨めで悔しくて涙が溢れた。

だが、この惨めさも計算のうち。私はただのかわいそうな妻を演じているに過ぎない。そうよ、もっと私を哀れんで。もっと孝太郎を非難して。すべては、あなたの社会的信用を失墜させるための布なのだから。

実は、私は数ヶ月も前から夫の不倫に気づいていた。ただ泣き寝入りするつもりなど万に一つもない。孝太郎に隠れて弁護士に相談し、水面下で不倫の証拠を集めつつ、不動産の買取専門業者とも連絡を取っていた。この家を最も早く、最も高く売却するための準備は、すでに万端だった。

孝太郎が実の父を騙して、1500万円の高級車のローンの連帯保証人にさせた手口も掴んでいた。彼は実家に立ち寄り、「明かりへのサプライズなんだ」と嘘八百を並べ、騙された義父にサインさせたのである。自分の父親さえも利用するその卑劣さに、吐き気すら覚えた。

私は慎ましい妻を演じながら、孝太郎の暴言をすべて小型の録音機に記録し続けた。彼は私がただ怯えているだけの哀れな女だと信じて疑わない。私が彼の足元に巨大な落とし穴を掘り続けていることなど、知るよしもないだろう。

そして運命の日は近づく。孝太郎が勝ち誇った顔で私に告げた。

「来週からエリと2週間ほど、ハワイ旅行に行くことになった。お前は家の荷物をまとめて、出ていく準備でもしとけよ。じゃあな、元嫁」

最高のチャンスが向こうからやってきた。私は涙目のまま俯き、か細い声で「分かったわ」とだけ答えた。心の中では、燃え盛る炎のような決意が渦巻いていた。

ええ、楽しんでらっしゃい、孝太郎。あなたが楽園で浮かれている間に、私はあなたのすべてを奪い尽くす。

私は空港へ向かう孝太郎の後ろ姿を静かに見送った。これが傲慢な夫との最後の別れになるだろう。復讐の幕は、今静かに上がったのだ。

背中が見えなくなった瞬間、私は大きく深く息を吸い込んだ。家の中は驚くほど静かだった。それは、私の手に自由が戻ってきた音だ。

すぐに電話を手に取る。

「もしもし。明かり様。ご主人様は?」

「ええ、たった今ハワイへ。先生、お願いします」

「承知いたしました。すべての手続きを予定通り開始します」

電話を切ると、すぐに次の番号をタップする。水面下で相談を続けてきた不動産の買取専門業者だ。

「はい、お待ちしておりました。本日、契約ということでよろしいですね」

「はい、すぐに向かいます」

クローゼットの奥から準備していた書類一式を取り出す。この家と土地の権利書。すべてがこの日のためにあった。

家を出る時、私はリビングをゆっくりと見渡した。孝太郎が「俺の城」だと豪語していた空間。だが、もう彼のものは何ひとつない。これから私の手で、彼の幻想をすべて消し去る。

不動産業者での契約は、あっけないほどスムーズに進んだ。事前に弁護士がすべて調整してくれていたからだ。分厚い契約書に、私は迷いなく自分の名前を書き、実印を押す。担当者が深く頭を下げた。

「明かり様、ありがとうございました。買取代金はご指定の口座へ、本日中に送金いたします」

その足で、私はメインバンクへ向かった。窓口で通帳を差し出すと、担当者が驚いた顔をする。無理もない。そこには家の売却益と私の貯金を合わせた4000万円の金額が記されていたのだから。

「この口座から現金、すべて引き出したいんです。それと、この口座は本日付けで解約をお願いします」

「よ、4000万円をすべて現金ですか?」

「もちろん」

不動産会社との契約も、弁護士を通じて事前に連絡済みだ。奥の部屋から、分厚い紙束の入ったジュラルミンケースがいくつも運ばれてくる。孝太郎が「俺が管理している」と信じて疑わなかった資産が、私の手で消えていく。通帳に解約のハンコが押された時、私の心にまとわりついていた最後の楔が外れた気がした。

その後の2週間、私は淡々と作業を進めた。引っ越し業者を呼び、家にある私の私物、私が購入した家具や家電をすべて運び出す。両親の思い出が詰まった品々。私が自分の稼ぎで買ったお気に入りのソファ。孝太郎が知らないうちに買い換えていた最新の大型テレビ。それらが運び出されていくにつれ、家は見る見るうちに空の箱になっていった。

最後に残ったのは、孝太郎のゴルフバッグと彼の衣類だけ。それらはすべてゴミ袋に詰めて、玄関の隅に置いておいた。

すべての作業を終え、私は空っぽになった家を見渡す。エコーが響くほど静まり返った空間。ここにはもう、私の居場所も彼の居場所もない。私は静かに玄関の鍵を閉め、二度と振り返ることなくその場を去った。

そして運命の日。孝太郎とエリがハワイから帰国する日だ。私は弁護士と、家の新しい所有者である田中さんと共に、家の前で彼らを待っていた。

しばらくして、一台のタクシーが近づいてくる。中から現れたのは、こんがり日焼けし、ブランドの紙袋をいくつも抱えた孝太郎とエリ。二人は実に幸せそうに笑い合っている。

だが、その楽園気分の笑顔は、次の瞬間凍りつくことになる。自分たちの家の門に、見慣れない大きな看板が掲げられているのを見つけたからだ。

「売却済み。田中様」

「なに?あれ?」

「田中様って…売却済みってどういうことよ」

「はあ、何かの間違いだろ。明かりのやつがやった嫌がらせか。悪質ないたずらだなあ」

孝太郎は余裕たっぷりにそう言うと、門を開けて敷地に入ってきた。エリも不安そうに後ろをついてくる。そして玄関のドアに鍵を差し込もうとして、鍵穴が変わっていることに気づいた。

「なんだよこれ。鍵まで変えやがって。明かりのやつ、余計なことしやがって」

彼がドアを乱暴に蹴飛ばそうとした、まさにその時だった。物陰から、私たち三人が姿を表す。

「そこまでです。あなた方は、一体何者ですかな?」

突然現れた私たちを見て、孝太郎は一瞬ひるんだが、すぐに怒りの表情になった。

「てめえらこそ誰だ?ここは俺の家だぞ。明かりはどこだ?あの女を呼んでこい」

怒鳴り散らす孝太郎を前に、弁護士は冷静に一枚の書類を突きつけた。孝太郎は嫌な顔でその書類をひったくるように受け取る。そこに書かれた文字を、彼の目がゆっくりと追っていく。怒りで真っ赤だった彼の顔から、さーっと血の気が引いていくのがはっきりと見えた。その顔は見る見るうちに青ざめていく。

「な、なんだこれ?所有者、明かり…だと?」

「土地・建物ともに、所有者は当初より奥様である明かり様お一人です。あなたがご結婚される前から、明かり様がご両親から相続された彼女の特有財産ですよ」

孝太郎は信じられないというように、書類と私の顔を何度も見比べた。彼の隣で、エリは顔面蒼白になり、わなわなと震えている。

「ちょっと、孝太郎さん、どういうことよこれ?あなたの家じゃなかったの?」

「うるさい!俺がずっと稼いで住んでいた家なんだ。全部俺の家だろ!あいつが何かしたんだろう!」

「売却されてるじゃない!じゃあ、私たちはどうなるのよ!」

「嘘だ、嘘だ…!俺が稼いだ金で暮らしていた家だ!俺の家だろ!明かりのやつが勝手に…!」

「所有権は明かり様にありますので、売却も彼女の自由です。そしてここはすでに、新しい所有者である田中様の住居です。あなた方の行為は完全な不法侵入に当たります。即刻、お引き取りください」

弁護士は冷たく、しかし言い逃れを許さない口調で告げた。エリが震える声で孝太郎に問い詰める。

「孝太郎さん、どういうことなの?この家、あなたのじゃなかったの?」

その声には、明らかな疑念の色が混じっていた。見栄とプライドの塊である孝太郎にとって、愛人の前で自分の無力さと嘘を暴かれることこそ、一番の屈辱だろう。彼は何も言い返せず、ただ唇を震わせている。

私はそんな彼に、最後の一撃を加えた。

「ああ、それと。あなたが管理していたつもりの口座、すべて解約させてもらったわ。きっちり、全額ね。あれも私の両親が残してくれた、私の資産だから」

私は静かに、しかしはっきりと告げた。

彼は言葉を失い、その場に崩れ落ちそうになった。手元に残ったのは、愛人のエリと1500万円の車のローンだけ。家も金も、そしておそらく愛人の信頼も。彼はその瞬間、すべてを失ったのだ。

新しい所有者である田中さんが、迷惑そうに言った。

「警察を呼びますよ」

その言葉に、二人は弾かれたように動き出す。孝太郎は私を鬼の形相で睨みつけると、エリの腕を掴んで、その場から逃げるように去っていった。

その日の夜から、彼らの地獄が始まったのだろう。住む家を失い、大金もない二人は、都心の安いビジネスホテルを転々とする生活に陥った。華やかなハワイでのバカンスから一転、狭くて薄汚い部屋での生活。互いを責め合い、責任をなすりつけ合う声が、夜な夜なホテルの廊下に響いていたという。

私は新しい住まいから、静かに夜景を眺めていた。手元のスマホには、4000万円の数字が輝く口座残高が表示されている。

復讐の第一幕は、完璧な形で今、終わったのだ。だが、私は孝太郎という人間の傲慢さと愚かさを、まだ見くびっていたのかもしれない。物理的な拠点を失った彼が次に取った行動は、私の想像を絶するものだった。

家を失ってから数週間後、私の弁護士から一本の電話が入った。

「明かり様、落ち着いてお聞きください。孝太郎さんの代理人から連絡がありまして」

「何でしょう?まさか、謝罪でも?」

弁護士は呆れたように言った。

「いえ、全く逆です。財産分与を正式に要求すると。夫婦で築いた資産の半分を渡せ、とのことです」

一瞬、言葉を失った。どの口がそんなことを言うのだろう。自分から離婚を突きつけ、私に1500万円の負債を押し付け、挙句の果てにすべてが私の資産だったと知るや、今度は法律を盾に金銭を要求してくる。彼のどこまでも自分本位な思考回路に、怒りを通り越して、ある種の関心すら覚えた。

「そうですか。分かりました。先生、予定通り次の手を打ってください」

「はい。すべて準備は整っております」

私の返答は、もちろん当然だ。弁護士は孝太郎の代理人に対して、即座に書面で回答した。

「殿の要求は、法的に一切認められません。対象の資産はすべて婚姻前から妻・明かりが所有していた特有財産であり、財産分与の対象外です」

さらに書面には、彼を地獄へと突き落とす文言も記載されていた。

「また、貴殿の長年にわたる不貞行為は明白な離婚原因となります。つきましては、こちらから慰謝料として300万円を請求いたします。本書面到着後、1ヶ月以内にお支払いください」

この書面を受け取った孝太郎は、電話口で「ありえない」と激しくののしったらしい。だが、法律という絶対的な事実の前では、彼の怒りなど無力だった。

そして、彼が最も触れられたくなかった領域にも、ついに破滅の足音が忍び寄ることになる。原因は、あの真っ赤な高級車だ。ビジネスホテル暮らしで金もなく、当然ローンの支払いなどできるはずもない。支払いはすぐに滞り、ローンの督促状が連帯保証人である義父の元へ届いたのだ。

ある日の午後、私のスマホが鳴る。表示されたのは、義父の名前だった。

「明かりさんか。…一体どういうことなんだ。孝太郎の車のローン督促状が、私のところに届いてな。それに…孝太郎のやつ、何かあったのか?」

電話の向こうの義父の声は、困惑と不安に満ちていた。私は申し訳ない気持ちでいっぱいになりながらも、真実を伝えるしかなかった。

「お父さん、本当に申し訳ありません。実は…孝太郎さんとは離婚することになりまして。孝太郎さんは、若い愛人のエリさんと再婚するために、私に離婚を突きつけました。そして、その車は彼がエリさんのために購入したものです。…それから、お父さんを騙して、連帯保証人にさせたようです」

電話の向こうで、長い沈黙があった。やがて静寂を破ったのは、今まで聞いたこともないような義父の怒号だった。

「あのバカ息子が…私まで騙しおって!明かりさん、あなただけには、本当にすまないことをした」

義父は何度も何度も私に謝罪した。そして、こう続けた。

「孝太郎のことは、もう私の息子だとは思わん。勘当だ。二度と実家の敷居はまたがせん」

その数日後、弁護士から連絡があった。義父は自分の信用を守るためにローンを全額肩代わりし、その上で孝太郎との縁を切った。親族にもすべてを公表し、今後一切孝太郎を援助しないように通達したらしい。孝太郎の最後の砦は、彼自身の嘘によって完全に断ち切られたのだ。

だが、私の復讐はまだ終わらない。彼からすべてを奪い去った共犯者、愛人のエリにも、当然その責任を取ってもらう必要があった。弁護士はエリの住むアパートを突き止め、一通の内容証明郵便を送付した。不貞行為の共同不法行為者として、慰謝料の一部である150万円を請求するという内容だ。

その手紙を受け取ったエリはパニックに陥り、すぐに孝太郎に泣きついたという。ビジネスホテルの狭い部屋で、二人の見苦しい争いが始まった。

「慰謝料150万なんて払えるわけないじゃない!」

「うるさい!俺だって金がないんだ!お前がもっとうまくやれば!」

「私のせい?ふざけないで!金持ちだって言ったじゃない!家も車もあなたのものだって!」

「お前だって金目当てで近づいてきただけだろうが!俺がこうなったのも、お前のせいだ!」

その言葉に、エリは鼻で笑った。

「当たり前でしょ。無一文で、親にも勘当された自己破産寸前なんて、誰が好きになるのよ」

その後の顛末は、弁護士がエリ本人から聞いた話として私に報告された。泣き喚くエリに対し、私の弁護士は電話でこう告げたらしい。

「お気の毒ですが、孝太郎さんに支払い能力は一切ありません。おそらく自己破産することになるでしょう。そうなればエリさん、あなたへの請求額が増える可能性もありますが」

金目当てだったエリにとって、その言葉は死刑宣告と同じだった。

家を失い、金を失い、親に勘当され、そして今、愛人にも見放された孝太郎。彼は本当の意味で、ひとりになった。

絶望の縁に立たされた孝太郎は、最後の悪あがきに出た。私の弁護士に泣きつき、「明かりさんに直接謝罪したい」とビデオ通話を要求してきたのだ。

「どうされますか、明かり様?」

「ええ、受けましょう。彼らの惨めな姿、この目に焼きつけておきたいので」

画面が繋がると、そこには信じられない光景が広がっている。私の部屋にはハワイの青い海が広がるのに対し、画面の向こうには薄暗いビジネスホテルの一室。顔面蒼白になった孝太郎と、なぜかエリまでが並んで座っていた。

「あ、明かり。すまなかった。俺が、俺がすべて悪かったんだ。どうか、どうか許してくれ」

孝太郎はカメラに向かって何度も何度も頭を下げ、その隣でエリも泣きじゃくっている。

「明かりさん、本当にごめんなさい。私、この男に騙されて…。慰謝料だけは、どうか…」

「そうだ!こいつが俺をそそのかしたんだ!俺は本当は明かりだけを愛していたんだ!もう一度、やり直そう!」

孝太郎はあっさりと、エリに責任をなすりつけた。

「なんですって?あなたが毎日毎日、奥さんの悪口を言ってたんじゃない!」

画面の向こうで、また見苦しい言い争いが始まる。私はその醜い茶番を冷たい目で見つめ、静かに口を開いた。

「見苦しいわね、二人とも」

私の声に、二人はぴたりと動きを止める。

「許す?なぜ私が、あなたたちを許す必要があるの?孝太郎、あなたは私の誕生日に、私に何をプレゼントしてくれたか覚えている?離婚届と1500万円の借金よ。私をゴミのように捨てておいて、今更どの口がそんなことを言うの?」

「そ、それはただの冗談じゃないか…」

哀れな言い訳を続ける孝太郎をよそに、私は一呼吸を置いて続けた。

「エリさん。あなたも同じよ。人の家庭を壊しておいて、被害者ぶらないで。自分の行動には、自分で責任を取りなさい」

「そんな、私はそんなつもりじゃ…」

必死に言葉を並べるエリを無視し、私は孝太郎の目をまっすぐに見据えた。

「孝太郎、あなたは勘違いしていたようね。あなたは王様なんかじゃなかった。私の家で、私の金で、私の心に絵を描いて、王様気分を味わっているだけの寄生虫よ。その居場所がなくなって、今やただの惨めな男。それがあなた」

「寄生虫…!」

「お前のせいで、俺は…!」

見苦しい言い訳を遮り、私は冷たく告げた。

「もう二度と、私の前に顔を見せないで」

私は返事も聞かずに、一方的に通話を終了した。画面が真っ暗になり、二人の絶望に満ちた顔が消える。

その頃、私はハワイにいた。両親の遺産をもとに、こちらで新しいビジネスを始める準備を進めていたのだ。私は新しい生活の始まりを告げるため、一枚の写真をSNSに投稿した。ホテルの窓から見える、真っ青な海と空の写真。添えた言葉は、ただ一言。

「新しい人生の始まり」

その投稿は、すぐに共通の知人たちの間で広まった。孝太郎の傲慢なSNS投稿を覚えていた友人たちは、すぐにその真相を察したのだろう。私の投稿には「おめでとう」「応援してる」「辛かったね」という温かいコメントが溢れた。逆に、孝太郎の元には誰からも連絡が来なくなった。たまに電話をかけても、金の無心や愚痴ばかり。誰もそんな彼に関わりたいとは思わなかった。

彼は友人たちからも見放され、社会的に完全に孤立した。プライドだけが取り柄の男が最も嫌がること。それは自分の無力さと罪を、自分を支えていたすべての人間に知られ、見捨てられること。

私はハワイの穏やかな風に吹かれながら、遠い日本の空を見上げた。孝太郎が大切にしていた価値観、金、地位、見栄、そして人間関係。そのすべてが、今、彼の足元から崩れ去っていく。

復讐の第二幕は、静かに、だが残酷なまでに完璧に、幕を下ろしたのだった。

あれから半年が過ぎた。風の噂で、孝太郎のその後の話を聞いた。

彼は会社での信用を完全に失い、結局、自主退職に追い込まれたらしい。エリは孝太郎の将来性のなさを悟ると、その日の夜のうちに荷物をまとめ、孝太郎の前から姿を消した。置き手紙には、ただ一言「さよなら」とだけ書かれていたそうだ。

完全に孤独になった彼は、今、都心の安いアパートでひとり寂しく暮らしているという。多額の車のローンと、私への慰謝料の支払い。それらに追われ、日雇いの仕事を転々とする毎日。かつてのプライドは見る影もなく、毎晩コンビニのカップ麺をすすっているそうだ。

彼を支える家族も、友人も、そして愛人も、もうどこにもいない。彼が自分の手で、すべてを切り捨てたのだから。「自業自得」という言葉が、これほど似合う男もいないだろう。

一方、私は今、ハワイの青い空の下にいる。こちらの美しい景色の中で、新しいビジネスを立ち上げた。ありがたいことに、事業は順調に軌道に乗っている。

先日、私はSNSに一枚の写真を投稿した。真っ青な海を背景に、心の底から笑っている自分の写真。そして、こう書き添えた。

「最高の誕生日プレゼントは、お金でも物でもなく、自由でした」

その投稿には、たくさんの「いいね」と応援のコメントが寄せられた。もう誰かのために自分を偽る必要はない。誰かの顔色を伺って心をすり減らすこともない。私は私の力で、最高の人生を掴んだのだ。

孝太郎が選んだ道がどんなものだろうと、もう私には関係のないこと。私は過去に縛られず、自分の未来だけを見つめて生きていく。このどこまでも続く青い海のように、私の人生は今、始まったばかりなのだ。

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