「無責任すぎるだろ。家庭を放り出したりして。やっぱりお前は母親失格だな」と、夫は私の実家の玄関で怒鳴った。七年間、帰らない夫と口も聞かない娘の間で、家庭を守ろうと必死だったのに。彼は「他人のお前は黙ってろ」といつも言い、娘を盾に離婚を拒否してきた。そんな夫が、今度は「娘を連れて来い」と叫んだ。娘の腕を掴み、無理やり玄関に引きずり込む。その時、私の背後から父の重い声が響いた。私は、もう決めてい…
「もうこの家には母さんは必要ない」 その言葉が鋭い刃物となって、私の心を真っ二つに切り裂いた。 年末の夜。私は台所で、家族が集まる宴の準備に追われていた。四十数年間、毎年欠かさず続けてきた行事だ。今年で最後かもしれませんね。そう言った時、胸の奥に言いようのない不安が広がっていた。 隣の部屋から、息子の幸介と嫁の七海の声が聞こえてきた。 「今日こそはっきりさせようよ」 「親戚の前で言えば、母さんも諦めがつくだろう」 私の手が止まった。耳を澄ませたが、それ以上の会話は聞こえてこなかった。 やがて親戚たちが到着し始めた。不思議なことに、誰も私と目を合わせようとしない。挨拶もそこそこに席につく。何か良くないことが起きようとしている。 宴が始まり、私はいつものように料理を運んだ。席に着こうとすると、七海が言った。 「お母さんは、そちらの端の席でお願いします」 指さされた先は、一番隅の席だった。四十二年間、この家の主婦として中心に座ってきた私が、なぜ端に追いやられなければならないのか。しかし私は黙って移動した。 「お母さん、この煮物、味が薄いですよ」 「お箸も、今時こんな作り方する人いませんよ」 七海の言葉が胸に突き刺さる。幸介も同調するように頷いている。 「母さんも年だから、味覚が鈍ってきたのかな」 親戚たちの視線が私に集まった。同情なのか、哀れみなのか。どちらにしても、私にとっては屈辱だった。長年積み重ねてきた献身が、まるでなかったかのように扱われる。この理不尽な状況に、私の心は少しずつ、しかし確実に怒りで満たされていくのだった。 宴が進むにつれ、七海の私への批判はエスカレートした。 「そういえばお母さん。この間のPTAの集まりで、お母さんの服装のことが話題になっていましたよ。あの古臭い着物の姿で現れた時、みんな驚いていました。正直、恥ずかしかったです」 私が大切にしている着物は、亡き夫との思い出の品だった。それをこんな風に言われるなんて。 「おい、それは言いすぎじゃないか?」 親戚の一人が口を開きかけたが、幸介が遮った。 「いや、僕も同感です。母さんの価値観はもう時代遅れなんですよ。料理の味付けも、家事のやり方も、全部古い」 私の手がかすかに震え始めた。三十八年間、教師として子供たちを育て、退職後は家族のために尽くしてきた私の人生が、全否定されているような気がした。 「そうそう。この間も近所の奥様方と話していたんですけど、お母さんが作る料理って、本当に時代遅れで恥ずかしいんです。お客様をお招きする時は、必ず私が作り直さないといけなくて、本当に困っているんです」 嘘だった。先週も、七海の友人たちが私の手料理を絶賛していたばかりだ。なぜこんな嘘をつくのだろう。 「母さんもそろそろ自覚した方がいいですよ。もう年なんですから、無理しないで。家事も料理も、若い七海に任せて、母さんは休んでいればいいんです」 「でも私はまだ……」 「最近、物忘れも激しくなっているじゃないですか。この間も、ガスの火を消し忘れて、危うく火事になるところでした」 それも嘘だった。私は一度もそんなミスをしたことはない。 「認知症の検査を受けた方がいいんじゃないですか」 その言葉が発せられた瞬間、部屋の空気が凍りついた。まだ六十八歳。頭もはっきりしているのに、なぜそんなことを言われなければならないのか。 「そうだね。母さん、一度病院で見てもらった方が安心かもしれない」 息子までもが七海の言葉に同調する。親戚たちは誰も私をかばってくれない。ただ気まずそうに視線をそらすばかりだ。 その時、幸介の従兄弟が口を開いた。 「でも、おばさんはまだまだしっかりしているように見えますけど」 かすかな希望の光だった。しかし、その光もすぐに消されてしまう。 「見た目だけじゃ分からないんですよ。一緒に生活している私たちだから分かるんです。日に日に症状が進んでいるんです。同じことを何度も聞いたり、約束を忘れたり」 全て出たらめだった。私の記憶力は、むしろ人一倍優れているくらいだ。 「本当に心配なんです。お母さんのことを思えばこそ」 七海の白々しい演技に、私の怒りは頂点に達そうとしていた。しかし、ここで感情を爆発させれば、それこそ認知症の症状として扱われかねない。私は必死に怒りを抑え込んだ。 宴は重苦しい雰囲気の中で続いた。親族たちは次第に私を避けるようになった。まるで何かが感染するとでも思っているかのように。私は完全に孤立していた。 長い夜が続いた。重苦しい空気の中、幸介が突然立ち上がった。その表情は、何か重大な決意を秘めているように見えた。 「母さん、みんなの前で言うけど」 私の心臓が大きく鼓動を打った。 「ずっと言おうと思っていたんだ。母さんには感謝している。今まで本当によくやってくれた。でも」 幸介の言葉が一瞬間を置いた。 「もうこの家には、母さんは必要ない」 その言葉は、鋭い刃物のように私の心を切り裂いた。必要ない。長年この家のために生きてきた私が、必要ないと言われたのだ。 「母さん、これは僕たち夫婦で決めたことです。母さんも年だし、これからは自分の人生を楽しんで欲しい。だから」 幸介は一呼吸を置いて、決定的な言葉を放った。 「早く出てってください」 時が止まったような気がした。親戚たちの間にどよめきが起こる。しかし、誰も幸介を止めようとはしなかった。 「何を言っているの、幸介」 私の声は震えていた。 「母さん、分からないんですか? … Read more