「その子、もういらないから、あんたにあげるわ」…
リカ子です。36歳、在宅で仕事をしています。夫の裕介とは3年前に結婚しました。当時すでに33歳で、子供が欲しかった私たちは不妊治療も視野に入れて病院に行きました。検査結果に問題はなく安心したものの、いくら待っても子供はできません。 そろそろ諦めないといけないかなと思い、夫に相談すると、夫の口から出た言葉はこうでした。 「でも母さんが、絶対に後継ぎは産むようにって」 戸惑いながら言う夫に、私は言葉を失いました。 裕介は基本的にいい夫ですが、マザコン気質で、母親の言うことは絶対という節があります。私はこのお母さんが苦手でした。 裕介は長男で、下に妹がいますが、お母さんは裕介を過剰に可愛がっていました。義理の妹はそれが気に入らないらしく、早くに実家を出たそうです。 夫は転勤が多い仕事ですが、結婚した時は義実家の近くで働いていました。結婚する時に転勤があるかもしれないと言われましたが、この人と一緒ならどこでもいいと思って結婚しました。 ところが、義実家の近くに家を借りたら、夫が休みの日にはお母さんがよく家に遊びに来るようになりました。私が在宅で仕事をしている時も、なんだかんだと理由をつけて家に上がり込み、仕事の邪魔をするし、洗、洗濯物の畳み方や掃除の仕方が下手だとケチをつけてきます。はっきり言って迷惑でした。 おまけに、顔を合わせるたびに「孫はまだか」と言ってきます。 「もちろん生むのは男の子よ。女の子はいらないから」 この人の存在が私にはストレスで仕方ありませんでした。 夫に事情を説明して話をしてもらおうと思いましたが、何度言っても、 「母さんはリカと仲良くしたいだけだよ」 と楽観的なことしか言いません。仲良くしたい相手にストレスを与えてどうするのでしょう。 元々考え込むタイプの私と楽観主義の夫。私にない部分に惹かれたし、色々なところでバランスが取れていると思っていましたが、この溝だけは埋まりませんでした。 しかし、半年前に夫の転勤が決まり、義実家から離れることができました。今度は私の実家の方が近い場所です。私の実家の周りには畑ばかりですが、夫の移動先は比較的電車も通っている地方都市といったところ。実家までは車で1時間もかかりません。 引っ越しをすると、私のストレスはほとんどなくなり、仕事もはかどり快適な生活になりました。すると、なんとつい先日、妊娠していることが判明したのです。私と夫は抱き合って喜びました。高齢出産に不安はありますが、念願の妊娠です。 義実家にも報告すると、お母さんの第一声はこうでした。 「当然男の子よね」 夫がまだ性別が分かっていないと言っても、「男の子じゃないとダメだ」と言い張っています。 しかし、その後分かった性別は女の子。それを知ったお母さんは、夫がいない間に私に電話をかけてきて、 「あなた本当に役立たずね。何のために嫁に来たのかしら」 と言いました。ホルモンバランスのせいか情緒不安定だった私は、一人で泣いてしまいました。 その姿を帰ってきた夫に見られ、事情を話したのに、 「母さんが悪いって言うのか」 と怒鳴られ、余計に泣いてしまいました。とはいえ、夫は私の体を気遣ってくれたし、家事もしてくれました。母さんが絡まなければいい夫だと思います。 だから私は無事に出産することができました。退院して家に帰ってきたのは、出産から1ヶ月後のことです。迎えに来てくれた夫の車に乗り、久しぶりに我が家に帰ってきました。 すると、そこにはお母さんがいました。娘の顔なんて見に来ないだろうと思っていたのに、わざわざ来たのか。私は嫌な予感しかしませんでした。だけど、夫は上機嫌で「母さんが手伝いに来てくれたよ」と言っています。 夫が別室で娘をあやしている時、お母さんが冷蔵庫からケーキの箱を取り出しました。 「出産祝いよ。里帰り出産で美味しいものなんて食べてないでしょ」 その言い方にカチンと来ましたが、なんとか聞き流します。 「このケーキ、5万円もするのよ」 そう言って、私にケーキの箱を渡してきました。5万円。そんなケーキは聞いたことがありません。私は思わず声に出してしまいました。 お母さんは頷いて、私に開けるように促します。5万円のケーキってどんなのだろう?ワクワクしてテーブルに置き、箱を開けました。でも、その時のお母さんのニヤニヤとした顔が気になりました。 箱を開けると、5万円とはとても思えないケーキが出てきました。生クリームはボソボソ。フルーツは乗っているけど、どう見ても缶詰みかんです。どこのケーキ屋がこんな粗末なものを5万円で売るんだろう。 私は甘いものが大好きだし、大抵のケーキは値段に関わらず美味しく食べられます。それなのに、開けた瞬間にこんなに残念な気持ちになったのはこれが初めてです。しかし、お母さんのケーキはこれだけではありません。私は目を疑いました。 ケーキから視線をあげると、やっぱりお母さんがニヤニヤと笑っています。 「どう?5万円のケーキは?」 そう言われ、私は一気に頭に血が上り、ケーキを箱ごとゴミ箱に捨てました。 「帰ってください」 声をあげると、それに驚いたのか、夫がリビングにやってきました。私が口を開くより先に、お母さんが夫に泣きつきます。 「リカ子さん、ひどいのよ」 そしてゴミ箱を指さしました。 夫はそれを見て激怒します。 「お前、何てことしてくれたんだよ。あれは母さんがせっかく作ってきてくれたんだぞ」 え、5万円のケーキって?と私が言う機会を失っていると、お母さんが言いました。 「そうよ。この私があなたのために作ってきたんだから、5万円相当の高級ケーキなのよ」 ああ、そういうことか。そりゃあんなケーキが5万円もするはずはない。例え5千円でも、いや、5百円でも買わないと思います。これで謎が溶けました。あんな失礼なプレートをケーキ屋さんが許すはずないでしょう。 私が一人で納得していると、夫は言いました。 「リカ、母さんに謝れよ」 夫はやはり無条件でお母さんの味方のようです。 私が呆然としていると、先ほど夫が寝かしつけたはずの娘の声が聞こえてきたので、私は娘の元に飛んでいきました。何やら扉の向こうでバタバタと音がしましたが、今は娘の方が大事です。 ようやく娘が落ち着いて寝てくれたので、リビングに戻ると、「外で食事をしてくるから、反省しておけ」という書き置きがあり、私は愕然としました。このままここで夫と一緒に暮らしていけるのか。でも、実家に泣きついてもいいものか。行く当ては他にありません。 そんなことを考えながら、私はふと気になって、さっきケーキを捨てたゴミ箱を見ました。開けた跡もなく、そのままです。私は思い立って、その様子を写真に収めました。 そして実家に電話をして一部始終を話すと、父がすぐに迎えに来てくれるというのです。生まれたばかりの娘には申し訳ないが、また移動しなくてはいけません。でも、私にとっても娘にとっても、ここにいるよりはいいでしょう。 … Read more