母さん、年金の通帳、今すぐ出してよ。同居するなら俺たちの当然の権利でしょ。そう言ったのは、引っ越ししてきてまだ朝食も終わらないうちの、実の息子の口だった。43年間働いてきた年金を、同居初日に差し出せと言うのか。「認知症になる前に、ちゃんと管理しないと」と、嫁がスマホの記事を見せてくる。通帳だけでなく、印鑑、キャッシュカード、生命保険の受取人まで….「お母さんには何もないでしょ」と彼女は言った…
朝の光が窓から差し込む中、昨日引っ越してきたばかりの息子・秋人が、私が手に持っていた味噌汁の器をじっと見つめながら言った。 「母さん、年金の通帳、今すぐ出してよ。同居するなら俺たちの当然の権利でしょ」 私は思わず味噌汁の器を落としそうになった。高温の液体が手にかかり、現実に引き戻される。 「何言ってるの?秋人」 震える私の声を無視して、嫁の美穂が冷たい笑みを浮かべた。 「お母さん、これからは私たちが全部管理しますから。通帳と印鑑、それからキャッシュカードも全部出してください」 43年間市役所で真面目に働き続けてきた私の年金。それを同居初日に奪おうとする息子夫婦の姿に、私の中で何かが音を立てて崩れていった。 私は川原とし子。夫を病気で亡くしてから、女手一つで秋人を育ててきた。朝5時に起きて弁当を作り、市役所での仕事を終えると深夜まで内職。それでも息子の笑顔が見たくて必死に働き続けたのだ。 「大学の学費、全部で800万円かかったわよね」 私がそう言うと、秋人は不機嫌そうに前を俯けた。 「それがどうした?親なら当然だろ」 結婚する時には貯金から300万円を渡し、マイホームを建てる時にも退職金から500万円を頭金として援助した。全ては息子の幸せを願ってのことだった。 「お母さん、過去の話はもういいじゃないですか? 」 美穂が苛立たしげに言う。実は1週間前、秋人から電話があった。「母さん、1人暮らしは心配だから一緒に住もう。美穂もそう言ってるんだ」って。あの時の優しい声は何だったのだろうか。 「通帳を出してください。認知症になる前にちゃんと管理しないと」 美穂の言葉に、私は43年間の勤続表彰状が飾られた壁を見つめた。真面目に生きてきた人生が、こんな形で踏みにじられるなんて。 震える手で湯飲みを握りしめながら、私は息子夫婦の冷たい視線を感じていた。 「母さん、聞いてるの? 通帳を出せって言ってるんだよ」 秋人がテーブルを叩く音が部屋に響いた。私は震える声で抵抗を試みる。 「でも、これは私が43年間働いてきた年金よ。生活費は別に渡すから」 「何言ってるの? 俺たちが面倒見てやるんだから、全部管理するのが当然だろ」 秋人の怒鳴り声に、私は思わず息を呑んだ。こんなに威圧的な息子を見るのは初めてだった。 美穂が計算機を取り出し、冷たく数字を読み上げ始めr。 「お母さんの年金は月25万円でしょ。それに貯金もまだ残ってるはず。全部把握しないと家計の計画が立てられないんです」 「でも私にも必要なお金が…」 「何が必要なの? もう年なんだから贅沢する必要ないでしょ。月3万円もあれば十分」 「下着は今あるので間に合うし、友達との付き合いだって控えればいい」 月3万円。それじゃあ病院代は? 「病院代は別で出しますよ。でも無駄な検査とかは認めません」 秋人が諭すように言う。 「それに母さん、最近もの忘れも増えてるだろ。認知症で判断能力がなくなる前に、ちゃんと俺たちが管理しないと、下手したら詐欺に遭うかもしれないし」 「認知症? 私はまだしっかりしてるわ」 「いや、この前も同じ話を繰り返してたじゃないか。危険信号だよ」 美穂がスマートフォンを取り出し、画面を見せてきた。 「ほら、これ見てください。高齢者の財産管理は家族がするのが一番安全って書いてあります」 「それにこの家の権利書も俺の名義に変更する。相続税も抑えられるし、合理的だろ」 秋人の言葉に私は言葉を失った。この家は亡き夫と二人で必死に建てた思い出の家なのだ。 「お母さん、感情的にならないでください。これは家族全体のためなんです」 美穂が書類を突きつけてくる。 「ここにサインして実印も押してください。司法書士の先生にも相談済みですから」 司法書士? いつの間に? 「昨日のうちに準備しておいたんです. 同居初日から手続きを始めないと面倒ですから」 私は愕然とした。つまり最初から計画していたということか。私を心配して同居したのではなく、財産目当てだったのだ。 「それから美穂が続けるわ。私の実家にも毎月10万円は送金してもらいます。両親も年金暮らしで大変なんです」 「お母さんの年金なら余裕でしょ」 「あなたの実家にどうして私が? 」 「家族でしょ? … Read more