「あんたはもう会社にいらないんだよ」――新しく来た年下部長に、そう言い放たれた瞬間の衝撃を今も忘れない。数十年間、寝る間も惜しんで会社に尽くしてきた俺は、得意の最終仕上げ工程を「時代遅れの手作業だ」と鼻で笑われ、その場で退職届を書かされた。「後で困っても知りませんよ」と忠告しても、彼は「老人一人いなくなったところで何が困るんだ」と高笑いするだけだった。そして数ヶ月後、あの傲慢だった部長が、土…
俺の作業を年下の新部長が「時代遅れだ」と鼻で笑った。俺が手作業でしか仕上げられない製品だと言い聞かせても、彼は一切理解しようとしない。 「お前、自分の仕事を機械に奪われたくないだけだろ」 「違います。これは本当に手作業で丁寧に仕上げないといけない工程なんです」 「あんた年寄りだから機械が扱えないだけだろ。他にできる仕事がないからここで非効率なことやってるんだ。これだから年寄りは」 部長は口を開くたびに俺を侮辱した。最後には「この作業も機械化する。あんたは首だ」と宣言した。頭が真っ白になったが、怒りが込み上げてきた。 「後で後悔しますよ」 俺はそう言ったが、彼には負け惜しみにしか聞こえないらしかった。 俺の名前は広田孝介。自動車部品メーカーの工場で長年働いてきたベテラン社員だ。うちの工場は有名ではないが、独自の部品製造で知られ、大手メーカーにも部品を卸していた。俺は入社以来ずっと製造部門で働き続け、年長者として後輩や若手との良好な関係も築いてきた。同僚からも結構頼りにされている自負があった。 ある日、工場に着くと製造部門がざわついていた。「なんか今日、新しい部長が来るらしいんだよ」と同僚が教えてくれた。前の部長が異動になったための後任人事だという。みんな緊張したり、そわそわしたりしている中、その人物が姿を見せた。 「新藤健太です。よろしくお願いします」 本社から来たという新藤さんは、俺よりかなり若い男性だった。「俺らよりだいぶ年下だな。驚いたよ」と同僚とひそひそ話していると、新藤さんが宣言した。 「俺は今までよりも利益を上げたいと思っています。そのためにまず無駄を省いて効率化を進めます」 さらに場がざわめいた。効率化は大事だが、無駄に見えて決して無駄じゃない工程も工場にはある。新藤さんはそこを理解してくれるのか、俺は不安になった。 仕事が始まると、視察をしていた新藤さんが俺の元にやってきた。俺はいつも最終仕上げの工程を1人でやっている。製品の品質を左右する大事な仕事だ。手作業で丁寧に仕上げていると、新藤さんが驚いた顔をした。 「はあ?今のご時世にまだ手作業の工程なんかあるのか?」 「はい。この作業は手作業じゃないと綺麗に仕上がらない繊細な作業なんです」 俺がそう説明しても、納得してくれない。まるで俺の説明がすべて言い訳だとでもいうように、彼は自分の理屈をまくしたてた。そのたびに年齢を引き合いに出され、馬鹿にされた。悔しくてたまらなかったが、上司に食ってかかるわけにもいかず、丁寧に理解を求めた。 「これは機械化できません。本当に重要な工程なんです」 しかし新藤さんは鼻で笑うだけだった。 「機械が使えないから他に仕事がないんだろう。ずっと言い訳してここで非効率なことやってるんだ。これだから年寄りは」 「どうして分かってくれないんですか!」 さすがの俺も我慢できず、強めに言い返したが、新藤さんは人を馬鹿にしたような目で俺を見るばかりだった。それどころか、強い口調で宣言した。 「この非効率な作業はこのままにできない。機械化する」 「新藤さん、この作業の機械化は無理です。俺が必死で訴えても」 「ここの作業を機械化したら、あんたは不要になるだろ。残念だったな。広田さんは退職確定だよ」 「え?それはどういうことですか?」 「はっきり言わないと分からないのか?あんたはもう会社にいらないんだよ」 一瞬、何を言われたのか理解できなかった。そして理解した瞬間、体が固まった。俺は長年、会社のために真面目に働いてきたつもりだ。二度も三度も真剣に訴えたのに、こんなに簡単に切ろうとするとは思わなかった。 頭の中が真っ白になり、いろいろな感情がぐるぐる回った。結局、俺はこう言うのが精一杯だった。 「……わかりました。すぐに退職届を出します。 後で困っても知りませんから」 「はは、老人一人いなくなったところで何が困るんだよ。人件費が減って会社に利益しか出ないだろう」 俺は退職届を書いて手渡すと、新藤さんは「無駄が省けたわ。これも効率化だな」と喜んでいた。数十年間、会社に尽くしてきた自分は何だったのか。育ててくれた先輩たちにも申し訳ない気持ちでいっぱいだった。 同僚や若手たちは「そんな急にやめろだなんて理不尽だ。俺たちが新藤さんに掛け合うから」と心配してくれた。その言葉だけで救われた気がした。 「いいんだよ。俺はもう新藤さんにはついていけないと思ったんだ。それに、そんなことをしたらお前たちも目をつけられる」 俺はそう言って会社を去った。定年までここで働くと思っていたが、まさかこんな形で突然仕事を失うとは思わなかった。 仕事人間だった俺は、しばらく寂しさを感じたが、妻に言われて久々のゆっくりした時間を満喫することにした。しかし、そんなある日、突然新藤さんから電話がかかってきた。 出た途端、彼はまくしたてるように言った。 「大事な機械が壊れた。あんたしか直せないらしいから、俺の権限で会社に戻してやるよ」 「はあ?いきなり何なんですか?」 あまりにも身勝手な言い様に俺は戸惑った。どうやら彼は、俺がいつでも呼べば戻ってくると思っているらしい。電話の向こうの新藤さんから、俺を下に見ている態度がひしひしと伝わってきた。 「いいから早く戻ってきて直せばいいんだよ」 「何を言ってるんですか?俺は会社には戻りませんよ」 俺ははっきりと断った。新藤さんが困った状況になることくらい最初から分かっていた。俺は工場で長年培った知識と経験で、ライン設計や新しい機械の開発まで一人で担っていた。だから、俺にしかできない仕事もかなりあった。今回壊れた機械も俺が開発したものだ。しかし、新藤さんはそんなこと全く気にしていなかった。若手への技術継承も、俺が急にやめさせられたせいでできていなかった。 「いいから機械の修理係として雇ってやるんだぞ。今すぐ出社してこい」 「今更そんなこと言われても知ったこっちゃないですよ。やめろと言ったのは新藤さんでしょう。俺はやめる時にちゃんと忠告しましたよ。後で困っても知りませんよって」 俺の言葉に新藤さんは激昂したが、もう俺には関係ない。自分の言いたいことを言って、今度は彼の言葉を最後まで聞かずに電話を切った。少し気持ちが楽になった。 その後も何度も着信があったが、同じ話を繰り返すだけだろう。しつこいので、俺は新藤さんの電話番号を着信拒否にしてしまった。もう関わることはないだろう。 十分に体を休めた後、俺は同業他社の工場長として働き出すことができた。前の工場を辞めたことを聞きつけて、工場長として迎えたいと声をかけてくれた会社があったのだ。年齢的に転職も難しいだろうと思っていた矢先の話で、俺の経験を評価してくれたことが素直に嬉しかった。 新しい工場の従業員たちも、突然来た俺に良くしてくれた。新藤さんが来る前の会社と同じくらい心地よく働けていた。 工場長として働き始めて1ヶ月ほどが過ぎた頃、工場に見覚えのある人物が現れた。新藤さんだ。電話も繋がらないから会いに来たのだろう。俺はしぶしぶ面会することにした。 目の前に現れた新藤さんは、以前とは別人のように痩せこけ、顔色も悪かった。 「広田さん、頼むよ。会社に戻ってきてくれ」 プライドの高かった彼が、必死に頭を下げて頼み込んでくる。俺が機械の修理を断ったことで、壊れた機械は使えなくなった。代わりに市販の機械を購入したが、それは俺が開発した機械と能力が違い、今までと同じ品質の製品が作れなくなったのだという。さらに俺の最終工程をこなせる者がおらず、品質が安定しない。取引先からは不良品の苦情が増え、業績は悪化していた。 「もう一刻の猶予もないんだ。このままだと全ての機械を入れ替える必要がある。そうなれば数百億円の費用がかかり、他社と同じ製品しか作れなくなってしまう」 … Read more