「父さんの金目当ての家政婦はもう必要ない。あんたは今から他人だ」――大学合格を祝うはずの夜、夫の連れ子に言い放たれたその言葉に、夫は笑いながら頷いた。私は何も言い返せず、ただ2人の笑い声を聞いていた。それなのに数週間後、アメリカに着いたはずの彼から電話がかかってきた。「助けてくれ。俺の大学生活が終わる」と。私は静かに受話器を置き、ある決断を心に留めた。彼らが私のことを何だと思っているのか、も…
「父さんの金目当ての居候の家政婦はもう必要ない。あんたは今から他人です。今後一切、俺に関わらないでください。」 夫の連れ子である大輔は、私のことを家族ではなく、本当に家政婦のような存在だと思っていたらしい。 「大好き、やめろよ。そういう話は父さんの前だけにしておけと言ってるだろう。またギャーギャー怒られるのは父さんなんだからな。」 夫の健一は酒が入っていたのか、上機嫌で調子に乗っていた。私を大輔からかばうでもなく、むしろ一緒に面白がって人を馬鹿にするような態度だった。さすがの私も愛想が尽き、2人の態度に呆れながら返事をした。 「分かったわ。大学合格のお祝いに。希望通り、あなたたちとは今後、他人の関係にします。」 それを聞いた2人はゲラゲラと腹を抱えて大笑いした。しかしその後、アメリカに着いた大輔から、すがりつくように電話がかかってきた。 「わけが分からないんだけど、俺の夢の大学生活が…。助けてくれよ。」 つい先日まで私をコケにし、他人だと吐き捨てた大輔が、私に助けを求めてきたのだ。しかし私は他人なのだ。 「あなたがどうなろうと、他人の私が知ったことではありません。お父さんと一緒に自分たちで何とかしてください。」 そう言って電話を切り、希望通り一切関わらないことにした。だが、大輔も夫も私への仕打ちを一生悔むことになるのだった。 私はミキコ。職業はイラストレーターだ。2年前に仕事を通じて知り合った木下健一と結婚した。健一は会社役員で、現在はセキュリティの整ったタワーマンションに住んでいる。会社役員である夫とイラストレーターである私、世間的には少し不釣り合いに見える夫婦かもしれない。 健一は仕事や自分のステータスに高いプライドを持っており、多少お調子者な面もあったが、「俺に任せておけ」と私を引っ張ってくれる男らしさを好きになり、結婚した。そんな健一には、過去に1度結婚に失敗し、大学受験を控える連れ子の大輔がいた。大輔もまた父に似たのかプライドが高く、父の赴任先であるアメリカの名門大学を目指して受験勉強に励んでいた。 そんな大輔は、私自身と私の仕事を軽く見ているところがあった。確かに、夫である健一のような会社役員の仕事と比べると、イラストレーターという仕事は世間的に不安定に感じられるのかもしれない。イラストレーターという仕事柄、時間の融通は利いたので、妻として、母として家族の力になろうと努力した。大輔は学生のため昼食が必要だった。朝は苦手だが、私は少しでも受験勉強を頑張る大輔の力になろうと、毎朝早く起きて大輔に弁当を作って持たせたり、仕事の合間を縫って学校や塾の送り迎えを続けていた。 ところが大輔は、私が作った弁当を一口も食べずに帰宅すると、わざと私の目の前で中身をゴミ箱に捨てたのだ。 「どうしたの? 食べる時間がなかったの? お腹が痛かったの?」 「全体的に茶色で色味が悪くて、食べる気になれなかった。それに俺は魚より肉が好きなんだよね。」 せっかく早起きして作ったお弁当を、食べずに捨てられてしまい、私は悲しかった。 またある日、こんなことがあった。大輔は塾に通っているため帰宅時間が遅くなることがある。そのため早めに仕事を切り上げて指定された時間に迎えに行くのだが、到着しても大輔が見つからなかったため、私は大輔に到着の連絡を入れた。 「迎えに来たわよ。今どこにいるの?」 「遅すぎるんだけど。待つのが嫌だったから、先にバスで帰っちゃった。」 遅くなるから迎えに来てほしいと言ったのは大輔なのに、「待つのが嫌だ」という理由で先にバスで自宅に戻っていたのだ。せっかく迎えのために急いで仕事を切り上げたのに、連絡もせずに勝手なものである。 「それなら、そう言ってほしかったわ。こっちも仕事の都合があるのよ。」 「はいはい。でも母さんは仕事と言っても、家で好きな時間に絵を描いているだけじゃん。そんな怒らなくてもいいんじゃないの?」 どうも大輔は分かっていながらも、面白半分で私にこのような小さな嫌がらせを繰り返しているようだった。さらに大輔の行動はエスカレートしていった。私の財布から勝手に現金を抜き取って、遊びに出かけるようになったのだ。なぜか私のお金が減るのが早い気がすると思っていたが、ある日、大輔が私の財布をこっそり開けているところを目撃した。 「人のお財布を開けて、一体何をしているの? 最近妙にお金が減ると思っていたけど、大輔が取っていたの。」 「しまった。見られた。」 「お父さんからお小遣いはもらっているんでしょ? お金が足りないとか欲しいものがあるなら、そう言えばいいじゃない。」 すると大輔はこう言った。 「ケチだなあ。いいじゃん。受験勉強の息抜きに外へ行きたいから、お金が必要なんだよ。息抜きぐらいさせてくれよ。」 「身内とはいえ、人のお金を取るのは泥棒と一緒だよ。お金が必要であれば、財布からこっそり抜かずに行ってちょうだい。」 私の言葉を聞いた大輔は、こう言い返してきた。 「そうは言うけどさ、その財布の中身、随分入っていたけど、どうせ父さんが稼いだ金だろう。それ、俺が受験の息抜きに使うだけの話じゃん。」 私だって働いて稼いでいるし、そういう問題ではないのだが、大輔は聞く耳を持たない。このようなことが続き、困った私は仕事から帰宅した夫の健一に、大輔を注意してほしいと頼んだ。私の話を聞いた健一はこう言った。 「あいつの態度には困ったものだなあ。分かった。話をするから俺に任せておけ。」 そう言って健一は大輔の部屋へ向かった。 「おい、大輔。入るぞ。」 大輔の部屋に入った健一だが、私に任せろと言っておきながら、実際の部屋の様子はこうであった。 「妻がこんなことを言ってるんだけどさ、お前何をしているんだよ。おかげでキーキーうるさくて大変じゃないか。」 「なんだよ、父さん。俺はあのおばさんをちょっと冷やかしてやろうと思っただけだよ。」 「いや、お前、人の妻を『おばさん』とか言うなよ。」 注意するどころか、息子の大輔と一緒になって私を笑いものにしていたのである。 「全く、もっと若い美女と再婚しろよな。父さんの仕事や収入なら、もっといい女に行けたのに。」 「そう言うなよ。妻も家事や俺たちの世話をよくやってくれてるじゃないか。家政婦だと思えばいいんだよ。」 「確かにそこは便利だけどさ、あの人、金目当てで父さんと結婚したのバレバレなんだよ。仕事も不安定そうだし、完全に売れ残りの40代じゃん。」 健一が何を言っているかは分からないが、大輔の声は大きく私にも聞こえていた。薄々感づいてはいたが、やはり私のことをそんな風に思っていたらしい。健一は私に何とかすると言った手前、さすがに話し声が聞こえないよう声のトーンは落としているが、聞こえてくる会話の雰囲気で、どんな話をしているのか察しはついていた。結婚当初は男らしいと思っていた夫も、頼りにならず口先だけだということが分かり、期待を裏切られた気分である。 大輔はこのように時々健一と一緒に私をネタに面白おかしく盛り上がっているようで、ある日、こんなものを見せつけてきた。 「ちょっとこれ見てよ。面白いものが出てきたんだけど。」 それは記入済みの離婚届だった。驚いた顔の私を見て、大輔は満足そうだ。その離婚届を大輔が持っている経緯はこうだった。 「父さん、いつでもあのおばさんとさよならできるように、これ書いておいたらいいんじゃない?」 「これは離婚届じゃないか。全く、お前は変なものを持ってくるなよ。」 「いいからいいから。はい、ここに父さんの名前を書いて。これを見せたら、あのおばさんびっくりしそうで面白くない?」 … Read more