夫を亡くし、息子家族との同居を始めた私は、孫のために貯金を切り崩し、手作りの布絵本を何週間もかけて作り上げた。誕生日会で渡した瞬間、孫は「ありがとう」とだけ言って、すぐに友達のプレゼントの山へ視線を移した。そして、台所でお茶を入れていた私の耳に、孫の声が届いた。「バーバはもう呼ばないで。ゆう太君のおばあちゃんみたいに“おばあちゃん”って呼ぶから。」その言葉で、私はこの家に自分の居場所がもうな…
「バーバはもう呼ばないで。あとこれからは、ゆう太君のおばあちゃんみたいに“おばあちゃん”って呼ぶから。」 その言葉が、風船が割れるように心を突き刺した。佐苗さんは今でもその瞬間を鮮明に覚えている。孫の健太君の10歳の誕生日会。彼女は70歳を迎えてもなお、元保育士としての経験を活かし、一針一針心を込めて布絵本を仕上げていた。夜遅くまで指先が痛くなるほど縫い続けた日々。「きっと喜んでくれるわ」と期待を膨らませていた。 リビングには色とりどりの風船が飾られ、テーブルには息子夫婦が用意した豪華な料理が並ぶ。健太君の友達も数人集まり、笑い声が響いていた。佐苗さんも朝から手伝い、部屋の飾り付けや軽食の準備に奔走した。 「おばあちゃんからのプレゼントよ。」 そう言って差し出した布絵本を、健太君は一瞬見つめ、「ありがとう」と小さく言うと、すぐに友達との会話に戻った。その時はまだ「忙しいだけだ」と思っていた。だが、部屋の隅で健太君が友達と話している声が聞こえてきたのだ。 「これ、健太君のおばあちゃんが作ったの? なんか幼くない?」 「うん。僕も子供じゃないのに。」 そして続いたあの言葉。佐苗さんは手に持っていたお茶を震える手で置き、誰にも気づかれないよう静かに部屋を出た。廊下に立ち、深呼吸をしながら自分に言い聞かせる。「気にしない。私は精を込めたんだから。」でも、涙は止まらなかった。 佐苗さんは40年間、地元の保育園で保育士として働いてきた。彼女の手のぬくもりと優しさは、数えきれないほどの子どもたちの成長を見守ってきた。「佐苗先生、もう一回!」と子どもたちに囲まれ、手遊び歌を歌う日々。それは彼女の誇りであり、生きがいだった。「子どもたちの笑顔が私の元気のもと」と、彼女はよく周囲に話していた。退職した後も、地域の子育てサークルでボランティアをするなど、子どもたちとの関わりを大切にしていた。 しかし3年前、夫が突然の心筋梗塞で他界したことで、彼女の生活は大きく変わった。 「母さん、うちに来て一緒に住まない? 一人じゃ心配だよ。」 息子の正斗さんからの申し出に、最初は戸惑った。自分の家で40年間の思い出と共に暮らすことを手放すのは不安だった。しかし、息子夫婦と孫の健太君と一緒に暮らせるという期待が、その不安を上回った。「子育ての役に立てるかもしれない」と思い、佐苗さんは決断し、息子家族との同居を始めた。 引っ越して最初の数ヶ月は、まさに彼女が想像していた通りの幸せな日々だった。朝は健太君を起こし、朝食を作り、学校へ送り出す。帰宅後は宿題を見たり本を読んだり、保育士としての経験が存分に生かされる時間だった。 「バーバ、この絵本読んで!」 「バーバ、手遊びの歌教えて!」 健太君の無邪気な顔に、佐苗さんの心は満たされていた。夕食の支度も進んで引き受け、息子夫婦の帰宅を待つ。家族揃って食卓を囲む時間は、彼女にとって何よりの幸せだった。 しかし、同居から半年が過ぎた頃から、少しずつ変化が訪れ始めた。 「小母さん、健太にあまり甘いものをあげないでくれませんか? 今は砂糖の取り過ぎに気をつける時代なんですよ。」 ある日、三香さんがそう言った。佐苗さんが手作りしたおやつを健太君に出そうとした時のことだ。保育士として栄養バランスを考えて作ったおやつだったのに、「時代遅れ」と言われたような気がして、胸がちくりと痛んだ。 「そうだったのね。ごめんなさい。今度から気をつけるわね。」 笑顔で返事をしたが、その後も息子夫婦から似たような発言が増えていった。 「小母さん、今の子育ては昔と違うんですよ。」 「母さん、そういう教え方は今はしないんだよ。」 「義母さん、健太の世話は私たちに任せてくれませんか?」 佐苗さんは少しずつ、自分の居場所が狭まっていくのを感じた。最初は台所も自分の領域だったが、いつしか「小母さん、私がやっておきますから」と三香さんに言われることが増えた。家事を手伝いたくても、遠慮せざるを得なくなっていた。週末には健太君の習い事のために家族で出かけることが多くなり、「母さん、留守番お願いね」と言われる回数が増え、家族の輪から少しずつ外されていくような感覚に襲われた。 「うちのバーバは古い考えなんだ。」 ある日、健太君が友達に電話で話しているのを偶然耳にしてしまった。佐苗さんの心は凍りついた。自分が「古い存在」なのだと認識した瞬間だった。 それでも佐苗さんは、自分にできることを見つけようと努力した。息子夫婦が忙しい時は静かに家事をこなし、健太君の様子を見守り、家族の団らんを大切にしようとした。しかし、家族の会話に入る機会は徐々に減り、食事の時間さえも疎外感を感じることが増えていった。 「母さん、お風呂は俺たちが住んでからにしてもらえる? 部検が眠くなっちゃうから。」 こうして佐苗さんの生活リズムは家族に合わせて変わっていった。自分の時間、自分の空間、自分の存在価値すら、少しずつ削られていくように感じた。それでも、息子家族への愛情から文句を言うことはなかった。自分の好きなの年金から健太君のお小遣いや洋服を買ってあげる日々。「孫のためなら」と思って貯金を少しずつ崩していった。彼女の生活はすっかり健太君を中心に回るようになっていた。それが彼女の喜びであり、同時に彼女を縛る鎖にもなっていた。 そして、健太君の10歳の誕生日が近づいてきた時、佐苗さんは特別な贈り物を準備しようと決めた。保育士として培った技術を全て注ぎ込んだ布絵本。それは健太君の成長と共に読み方が変わる、趣向を凝らした特別なものだった。「きっと喜んでくれるわよね。」そう信じて、佐苗さんは何週間もかけて布絵本を完成させた。健太君の笑顔を思い浮かべながら、一針一針心を込めて。色鮮やかな表紙には「健太 10歳の誕生日おめでとう」と刺繍が施されていた。時間がある時は保育士に覚えた手遊び歌も練習し、健太君と友達を楽しませようと準備していた。 「子どもたちを笑顔にする方法なら知っているわ。」 そう自信を持っていた佐苗さんだったが、健太君の態度はここ数ヶ月で明らかに変わってきていた。以前なら「遊ぼう!」と帰宅してすぐに彼女の部屋に飛び込んできたのに、最近では「ただいま」とだけ言って、そのまま自分の部屋に直行することが増えた。 「健太、おやつかしら?」と声をかけても、「いらない」とそっけない返事が返ってくるだけ。佐苗さんの胸は痛んだが、「成長の過程なのね」と自分に言い聞かせていた。 ある日の夕方、佐苗さんが廊下を歩いていると、三香さんが電話で話している声が聞こえてきた。 「小母さんのことなんだけど、本当疲れちゃって。毎日何かと家のことに口出してくるし、古い価値観を押し付けるから。」 その言葉に佐苗さんの足は止まった。洗濯物が入ったかごを抱えたまま、壁に寄りかかるようにして息を潜めた。 「自分の部屋にいてくれればいいのに、リビングにいる時間が長くて。」 電話の相手が誰なのかは分からないが、おそらく友人か誰かだったのだろう。三香さんの愚痴は続く。佐苗さんは胸が締め付けられるような痛みを感じた。自分が家族の迷惑になっているという事実を、この瞬間はっきりと認識したのだ。 その夜から、佐苗さんは自室で過ごす時間を増やすようになった。テレビを見たくても我慢して、古い雑誌を読み返したり、窓の外を眺めたりして時間を潰す。それでも、家族と一緒にいたいという気持ちは消えなかった。 「私、何か悪いことしてるのかしら?」 鏡に映る自分の姿を見つめながら、何度もそう自問した。 経済的な負担も少しずつ増えていった。息子夫婦は共働きで忙しく、健太君の学用品や習い事の細かい出費は佐苗さんが立て替えることが多くなっていた。「後で返すよ」と言われても、「いいのよ。孫のためだもの」と笑顔で返していた。しかし、彼女の年金は限られており、自分の小遣いを削って健太君のために使うことが増えていった。 「母さん、健太の塾代が上がって、少し足りないんだけど。」 息子にそう言われれば、佐苗さんは迷わず財布を開いた。貯金は少しずつ減っていったが、それでも孫の将来のためと思えば惜しくはなかった。 しかし、ある日の出来事が、佐苗さんの心に決定的な傷を残した。健太君の部屋の前を通りかかった時、中から話し声が聞こえてきた。佐苗さんと健太君の会話だった。 「健太、おばあちゃんの部屋がどうしたの?」 「広くていいよね。僕の部屋にしたい。」 「そうね。おばあちゃんの部屋は日当たりもいいし、もったいないわよね。」 「バーバはずっとうちにいるの?」 … Read more