「あなた、明日から自宅待機な。場合によっては懲戒処分もありうる」――部長のその一言で、10年働いてきた会社での立場は一瞬で消えた。誰かに嵌められた仕事上のミス。信じてくれる人は誰もいなかった。失意のどん底で、親に押し切られるようにして出席した代理お見合い。そこで出会った美香さんに、仕事の話まで正直に打ち明けた。そして謹慎が明けた日、会社に呼ばれた第三者調査委員会の席に、なんと――彼女がいた。…
オフィスの会議室で、俺は呆然と立ち尽くしていた。 目の前には人事部長と総務課長、そして直属の上司である営業課長の石井さんが腕を組んで座っている。 「逆下。お前、正直に言ってくれ。あの見積もりデータ、誰が手を加えた?」 「それは俺じゃないって、前も言いましたよね。」 「でも最終提出ファイルにお前のログが残ってるんだよ。USB使ってたろ。」 「そりゃそうですけど、俺が上書きしたのは、あの金額が書き変わる前のデータです。あれが改ざんされてたっていつからなんですか?」 「社外システムのアクセス履歴を見る限り、改ざんが行われたのは月曜日の午後9時過ぎ。まさに君がそのファイルを開いていた時間だ。」 「いや、俺は開いただけで、内容なんていじってないっすよ。その日は提出の締め切りだったから、確認しただけで…」 「証拠があるもんでな。申し訳ないが、これ以上は弁明のしようがない。」 石井課長が重い声で言い放った。 「逆下。お前は今日付けでしばらく自宅待機だ。場合によっては懲戒処分もありうる。分かってるな。」 懲戒処分。つまり、首ってことだよな。 俺は深く息を吸って、言葉を押し殺すように言うしかなかった。 「…わかりました。」 俺の名前は逆下涼介。32歳。中堅商社で営業職として働いている。 実を言うと、俺の実家は業界では知られた企業の創業家で、父は会長、兄はその後を継いで、現在40代にして社長。 だが俺はと言うと、そんな家柄に反発し、まるで別の道を選んだ。 就職活動を始めたのは大学3年の時だ。 両親は兄と同じ道を歩くようにと、俺を系列にねじ込もうとした。 「兄貴を見習って、うちで働けばいいじゃないか。涼介。わざわざ苦労を選ばんでも、うちにいれば安泰だぞ。」 父も母もそう言って俺を説得するが、俺は頑なに首を振った。 「兄貴のコピーになんかなれるか。そんなの嫌だ。俺は俺でやるんだ。」 そう言って俺は家を飛び出した。 元々学業成績はパッとしなかった。講義はサボりがちで、単位はギリギリ。就活を始めても、面接で話せるような経験は皆無だった。 親の言う通りにしていれば、系列やその関係会社に入ることもできた。だが、それだけは嫌だった。 親に敷かれたレールに乗るのはごめんだ。クソ野郎だよ、そんな人生は。そう思っていた。 きっと他人から見れば、バカみたいに青臭くて現実知らずの理想主義者に映ってたと思う。けど、俺にはそれしか選べなかったんだ。 自分の足で立たなきゃ、生きてる意味がないような気がしてた。 でも、そんな中での就職活動は、やっぱりなかなかハードな道だった。 バイトで食いつなぎながらハローワークにも通い、ブラックっぽい会社に面接で落とされ、散々な目にあった。 「面白い経歴ですね。親が有名だからって甘えないとこは評価しますが、正直あなたに何ができるのか。」 そんなことを何度言われたかわからない。 でも、とある採用担当者にこう言った時、相手は苦笑しながらも認めてくれた。 「変わってるなあ、君。でも根性はあるみたいだな。来なさい。」 その一言で決まったのが、今働く会社だった。 給料は安く、仕事はハード。でも俺はガムシャラに働いた。最初の3年は数字も全然上がらなかった。何度もミスして、上司にも怒られた。でも、逃げなかった。 7年目くらいからようやく自分の顧客がつき始めて、会社でもちょっとだけ評価されるようになった。 「逆下、お前最近よくやってるな。もう少し営業成績上げたら、主任に昇進させてやれるかも。」 そんなことを言われ、浮き足立っていた。それがちょうど先月のことなのに。 「どういうことすか、それ…」 オフィスを出ると、朝から降っていた雨は昼を過ぎても止む気配はなく、強い風と共に吹きつける冷たい粒がネクタイを濡らした。 駅までの道すら俯き加減に歩きながら、俺は呟いた。 「…首も覚悟しろってことか。なんで、こんなことに。」 帰宅後、スーツを脱ぎ、リビングに寝転んで天井を見つめた。 スマホには会社からの通知。自宅待機中の外部連絡は禁止。まるで犯罪者扱いだ。 俺の10年って、一体何だったんだろうな。 風呂に入っても酒を煽っても、あの瞬間の部長の無表情な顔と課長の冷たい目が頭から離れなかった。 部屋の明かりもつけず、ソファーに沈み込んでいた俺。 そんな時、スマホが震えた。母からの着信だ。 「はい。」 「涼介、今大丈夫?」 「ああ、まあ大丈夫だけど。」 「ちょっと大事な話があるの。あのね、実はね…」 母の声は妙に明るかった。けど、どこか芝居じみていて、なんだか嫌な予感がする。 「お父さんと相談してね、代理でお見合いの段取りをつけたの。来週の日曜、午後から空いてるでしょ。」 … Read more