九年間行方不明だった息子の三回忌の法要。遺体も見つからないまま、私は息子を弔うために骨壺を前に手を合わせていた。すると、参列者の一人だった見知らぬ老婆が、私の耳元でささやいた。「この子、生きてるわよ。骨壺の中、見たことある?」私は唖然とした。息子は法的に死亡扱いになっているのに、なぜ彼女がそんなことを知っているのか。言われるがままに骨壺を開けると、そこには息子が失踪した日に持って出かけたはず…
三回忌の法要が始まり、僧侶の案内で私や親族が順番に焼香を済ませていった。最後に遺骨を納めた骨壺の前で手を合わせる順番が、見知らぬ老婆に回ってきた。 彼女が焼香を終えて席に戻ろうと私の横を通り過ぎる瞬間、小さくささやいた。 「この子、生きてるわよ。骨壺の中、見たことある?」 予想外の言葉に私は固まった。彼女は今、行方不明になって九年になる息子が生きていると言ったのだ。 「息子が生きているって、本当ですか?」 縋る思いで問いかけると、老婆は考え込むようにしてから口を開いた。 「ひとまず骨壺を確認してみて。そうすれば、私の言葉を信じてもらえると思うの」 彼女が何か知っていることは確かだった。私はお寺のスタッフに骨壺の中身を確認したいと伝え、恐る恐る蓋を開けた。次の瞬間、恐怖で顔が一気に蒼白になった。 骨壺の中には、私が入れたはずの遺品のネクタイではなく、見覚えのあるスマートフォンが入っていたのだ。それは、息子が失踪したあの日、持って出かけたはずのものだった。 私は岡村桜子、五十二歳。スーパーでパート勤務をしている。一つ上の夫とは二十八年前、当時働いていた保険会社で出会った。 初出社の日に緊張する私に、彼は優しく笑いかけてくれた。「分からないことがあったら何でも聞いて。俺なりに力になるから」 正は直属の先輩で、私の教育係だった。成績優秀で周囲から慕われる彼に迷惑をかけまいと、私は必死に努力した。右も左も分からない私を、彼は温かく見守り、どんな質問にも真剣に答えてくれた。 初めて一人で契約を取れた日、彼は祝いだと私を飲みに誘ってくれた。「桜子さんってすごく頑張り屋だね。俺、びっくりしたよ」 「私は先輩みたいになりたいんです。入社した時からずっと憧れていて」 そう伝えると、彼は顔を赤くしてお礼を言ってくれた。この日を境に私たちは急速に距離を縮め、やがて交際に発展。結婚後、息子の誠也が生まれた。 「可愛いな。俺、この子と桜子のためにもっと頑張るから」 「私こそ、正のこと支えるわね」 大切な家族に囲まれ、私は幸せの絶頂にいた。誠也の妊娠を機に保険会社を退職し、現在のパートを始めたのは十五年前ほどだ。誠也は二十五歳になり、食品メーカーに就職。正は同じ保険会社で営業部長を務めていた。家族仲は良好で、夕食時には三人で食卓を囲み、穏やかな時間を過ごしていた。 だが徐々に、日常に変化が訪れる。ある時から誠也の様子に違和感を覚え始めたのだ。 「誠也、疲れているの? もしかして体調が悪いとか?」 以前は夕食後もリビングでテレビを見て過ごしていたのに、いつしか彼は食べ終わるとすぐに自室へ閉じこもるようになった。声をかけると「大丈夫」と力なく答え、時折スマホを見つめては深くため息をつくようになった。 心配になった私は正に相談した。 「誠也の様子がおかしいんだけど、何か知らない?」 「心当たりはないな。でも俺もあいつが気になっていた。改めて尋ねてみようか」 だが正は、無理に悩みを聞き出すのは良くないと言った。「誠也から話すのを待った方がいいと思う」 言う通りだと思い、私たちはしばらく見守ることにした。 すると一週間後の夜、お風呂から上がった誠也が改まって話しかけてきた。 「母さん、ちょっと相談があるんだけど、聞いてもらってもいい? お父さんには聞かれたくないことなんだ。できれば先に母さんに話したい」 「それで、どうしたの?」 「実は今お金に困っていてさ。少しだけでいいから貸して欲しくて」 意外な言葉に驚いた。誠也は食品メーカーから給料をもらっており、実家暮らしで生活費を一切入れていなかった。就職後、少しでも負担して欲しいと伝えたが、彼は給料が増えてからでいいと断ったのだ。だから貯金しているものだと思っていた。 「貯金していたよ。でもそれを全部使ってしまったんだ。このままだと昼飯も食えない。ただ付き合いが重なって、今月出費が多かったんだ」 「いくらなんでも、それだけで貯金がなくなるなんて」 迷ったが、息子が困っているのを見捨てられず、私は「今回限り」の約束で五万円を渡した。 「今後は私たちに無心しないで。あと、できるだけ貯金もしなさい」 「分かった。母さん、ごめん。ありがとう。これからは気をつけるよ」 満面の笑みで謝る姿を見て、私は反省してくれたのだと安心した。だが、その期待はすぐに裏切られる。 「母さん、ごめん。ちょっと今月も厳しくてさ、また借りられないかな?」 翌月、誠也が悪びれる様子もなく、当然のように金をせびってきたのだ。私は呆れて断った。 「今回も貸したら、誠也はずっと甘え続けるわ。自分でどうにかしなさい」 「ケチケチしないでよ。母さん、五万くらい稼いでるでしょ」 「うちは裕福なわけじゃないの。毎月五万円ポンと渡せないわ」 丁寧に説明しても、誠也はますます不機嫌になった。 「母親のくせに冷たいな。たった数万貸して欲しいだけなのに」 「約束を守られなかったんだから、あなたを信用できないの。諦めて」 そう言うと、彼は表情を一変させて怒鳴った。 「なんだよそれ。親ならごちゃごちゃ言わずに助けろよ」 いつも穏やかな彼が声を荒らげる姿に驚き、使用目的を尋ねても、彼は「なんだっていいだろ」と吐き捨てて自室へこもってしまった。翌日から誠也は不機嫌になり、私が話しかけても無視するようになった。 心配になった私は正に相談したが、正は「俺から一度話してみる」と言う。その矢先、誠也は正にも同じように金を無心していた。 「父さん、今月仕事の付き合いで手持ちが厳しいんだ。少しでいいからお金借りれないかな?」 予想に反して、正は五千円をポンと渡したのだ。 「仕方ないやつだな。来月は重々しくな。約束守れよ」 誠也は勝ち誇った顔で私を見て言った。「やっぱり母さんより父さんの方が優しいな」 … Read more