義姉が「5万程度しか入れてないくせに」と笑った瞬間、私は背筋が凍った。その言葉は、私の財布の中身を毎日のように確認していた証拠だったから。義実家で同居して2年、離婚して出戻ってきた義姉と義母の態度は日増しにエスカレートし、家事も生活費も私一人に押し付けられていた。それでも我慢できたのは、優しい義父の存在があったから。だが、財布からお金が消えるようになり、ついに現場を押さえた私に、義母は「やっ…
「みちこ、離婚してくれ。頼む」 その言葉を聞いた瞬間、夫という存在が一瞬で遠いものになった。インターホン越しに現れた若い女は、夫の浮気相手だと名乗り、妊娠していると言い放った。何も言えない夫の代わりに、私は彼女を家へ上げた。外で騒がれるよりはましだと思ったからだ。 「奥さんとは別れるからって言ったじゃない」 彼女は勢いよくまくし立てた。夫は青ざめた顔で黙り込む。私は防寒していたつもりだったが、その言葉に思わず声が出た。子供が欲しいと言っていたのは私との子供ではなかったのか。なかなか子供ができないと悩んでいた私を他所に、他の女を妊娠させていたのか。 「こんなおばさんより私の方がいいってずっと言ってたの。だから早くこれ書いて、離婚して」 差し出された離婚届けを私は受け取った。悔しさで頭が真っ白になりながらも、私は冷静さを取り戻した。絶対に離婚はしない。少なくとも、この女が子供を産むまでは。 「絶対嫌よ。1年後、覚悟しててね」 そう言って、私は夫と愛人をまとめて玄関から追い出した。 その夜、私は一人で考えた。夫に捨てられて可哀想な女になるくらいなら、私から捨ててやる。そのためには、今は離婚を引き延ばすしかない。夫に依存されていると思わせて、私のことを大事に思わせる。1年あれば、夫の気持ちを私に戻せる自信があった。 翌日、私は夫にメールを送った。 「話したいこともあるし、顔も見たいから一度帰ってきてほしい。今日はあなたの好きなハンバーグを作って待ってるね」 その日の夜、夫は帰ってきた。私は笑顔で迎え、夫の好きな料理とワインを用意した。食事を終えた夫がほろ酔いになった頃、私は言った。 「私、健一に捨てられたら生きていけないよ」 夫は少し複雑そうな顔をして考え込んだ。 「確かにみちこの料理はうまいし、比べると先輩は料理もできない。でも、俺の子を妊娠してるって言うしな」 「それは産んでくれても構わないから。とにかく今は離婚したくないの」 そう言うと夫は「分かった」と言ってワインを飲み始めた。 それから私の生活は変わった。今まで以上に夫に尽くした。風呂掃除もゴミ出しも、全部自分でやった。考えるのは夫がどれだけ快適に過ごせるかだけ。夫は私に優しくなり、家にいる時間も増えた。それでも夫のスマホには愛人からの連絡が絶えなかったが、私は知らないふりを続けた。 そんな生活が9ヶ月続き、ついに愛人の子供が生まれたらしい。あれ以来会っていなかった彼女がどう思って出産したのかは知らない。夫もそのことについては何も言わなかった。問題は何も解決していなかった。 そしてちょうど1年後、私は夫に愛人を呼んで話し合いの場を設けさせた。ただし、今回は家の中ではなく、マンションのロビーにあるコミュニティスペースだ。 「どうして家の中の方がいいんじゃないのか」 夫が耳打ちしてきたが、私はきっぱり断った。 「私は他人を家にあげるのは好きじゃないの。話をするだけならここで何の不都合もないでしょう」 愛人が席につくなり、声を荒げた。 「いつ離婚してくれるの?」 夫はか細い声で答えた。 「だから、別れるのはお前の方だ。子供だって勝手に産んだんじゃないか」 その言葉に私は呆れた。夫は続ける。 「それは気持ちが変わったんだ。やっぱりみちこの方が料理もうまいし、尽くしてくれる」 愛人がますます怒り始めた。 「じゃあ、嘘だったって言うの?パパに言うんだから。そうしたらあなたなんて首だからね」 どうやら彼女の父親は夫の上司か会社の偉い人らしい。それで夫も逆らえなかったというわけか。しかし夫は得意げに言った。 「俺を首に?別にそんなの痛くも痒くもない。俺ほどの男が再就職できないと思うか?それに俺の妻は働いてるんだ。俺には劣るけど、2人で暮らしていくには十分な収入もある」 私は言いたい衝動をぐっとこらえて涼しげな顔をしていた。愛人がテーブルを叩きながら言う。 「だったら今すぐ首にしてもらうから。もうあなたなんか知らない。でも養育費は払ってもらうからね。認知だってしてもらう」 「冗談だろう。勝手に産んだ子供だ。俺は認知なんてしないよ」 またしても得意げに言う夫。そこで私はようやく口を挟んだ。 「健一、知らないの?あなたが認知しなくても、強制認知と言って裁判所に認知を求める申し立てができるのよ。親子関係が立証できれば、ほぼ確実に認知することになって、もちろん養育費の支払い義務も発生するのよ」 夫は顔色を変え、愛人は私の顔を見て笑った。 「奥さん、詳しいんですね。じゃあ、私は健一から養育費をもらえるってことですよね」 なぜか私を味方のように見てくる愛人を私は一瞥した。 「勘違いしないで。私は別にあなたの味方じゃないの。それに、人の話聞いてた?『親子関係が立証できれば』って、この意味分かる?」 そう言うと、2人が私の顔を見たので私は続けた。 「私はあなたのことを調べるよう探偵事務所に頼んだの。そうしたら、あなた、他の人とも付き合ってるそうね」 愛人は一瞬で顔色を変えた。 「相手は健一の同僚だって。しかも彼も既婚者。あなたは人のものを取らないと気が済まないのかしら。既婚者2人を手玉に取っている気分はどうだった?おまけに妊娠までして、一体どっちの子かしら?まあ、あなたは分かってるんだろうけど、2人を天秤にかけて、役職も高く収入も多い健一の方を選んだそうよね」 愛人はもう顔面蒼白で、今にも椅子から転がり落ちそうだ。それを見た夫は勝ち誇ったように言った。 「はあ、お前、俺だけじゃなかったのかよ。しかも同僚ってあいつかよ。まさか同じ会社内で浮気されるとはな。それにお前、分かってるって俺の子じゃないってことだろ。まあ、俺の子じゃないって分かってよかったよ。これで俺は離婚を迫られることも養育費を請求されることもないんだもんな。ほら、もう俺は関係ないんだから、さっさと帰れよ」 そう言われても愛人は動けないようだ。私は持っていた荷物の中から一枚の紙を夫に差し出した。 「今すぐ書いてくれる?」 笑顔で言う私を、夫は目を丸くして見てくる。 「どうして?どうしてって?浮気して妊娠までさせるような男と結婚生活なんて続けていくわけないでしょ」 「でも、俺の子じゃなかったんだし」 「はあ?それは結果論。浮気したことには変わりないんだから。そんなの関係ないわよ」 「だって、俺のために尽くしてくれただろう」 … Read more