「正直、もう用済みなんですよね。お母さんにはもう来ていただかなくて結構です」…

「正直、もう用済みなんですよね。お母さんにはもう来ていただかなくて結構です」...

10年間、雨の日も風の日も、体調が悪い日でさえ、孫たちのために通い続けた。その日々が、まるで契約期間の終了を告げられるかのように、あっけなく終わりを迎えた。

「正直、もう用済みなんですよね。お母さんには、もう来ていただかなくて結構です」

電話の向こうから聞こえてきた嫁の冷たい声に、恵子は耳を疑った。67歳。看護師として40年間働き、夫の介護も最後まで一人でやり遂げた。夫を失った後、息子夫婦から「母さんほど頼りになる人はいない」と言われ、喜んで孫の世話を引き受けてきた。週に3回、電車で30分かけて通い、孫の翔太と朱莉の面倒を見てきたのだ。

全ては10年前の春、夫を亡くして間もない頃のことだった。一人で静かに暮らしていると、息子の正一から電話がかかってきた。

「母さん、元気にしてる? 実はちょっと相談があるんだ」

「ええ、大丈夫よ。何かあったの?」

「実は翔太と朱莉の面倒を見てもらえないかと思って。俺も美咲も仕事が忙しくて。母さんの力が必要なんだよ」

その言葉を聞いた時、恵子の心は踊った。夫を失い、一人きりの生活に慣れ始めていた矢先、家族から頼りにされることが何より嬉しかった。

「もちろん、喜んでお手伝いするわ。孫たちと過ごせるなんて、私にとっても嬉しいことよ」

翌週から始まった孫の世話は、恵子にとって新しい生きがいとなった。当時生後3ヶ月だった朱莉の世話、そして5歳でやんちゃ盛りの翔太の世話。看護師としての経験が赤ちゃんの世話に大いに役立った。息子夫婦も最初の頃は本当に感謝してくれていた。美咲は丁寧な言葉で接してくれた。

「お母さんのおかげで、私たちは安心して仕事に集中できます。本当にありがとうございます」

正一も月末には必ずお礼の言葉をかけてくれた。

「母さん、いつもありがとう。母さんがいてくれるから、俺たち頑張れるよ」

恵子は週に3回、月曜日、水曜日、金曜日に息子の家に通った。朝7時に家を出て、電車で30分。到着すると、まずは朱莉のミルクの準備から始まる。翔太の朝食を作り、保育園に送った後は朱莉の世話に専念した。お昼寝の世話、そして翔太を迎えに行くまでの間は掃除や夕食の準備と、一日中忙しく動き回った。

翔太は保育園から帰るといつも恵子に今日あったことを嬉しそうに話してくれた。

「おばあちゃん、今日ね、逆上がりができたんだよ」

「まあ、すごいじゃない。よく頑張ったわね」

しかし、1年ほど経った頃から、少しずつ変化が現れ始めた。美咲の言葉遣いが徐々に砕けてきたのだ。「ありがとうございます」というお礼の言葉は「お疲れ様です」になっていった。2年が過ぎる頃には、恵子の存在が当たり前のものとして扱われるようになった。正一からの連絡も、感謝の言葉ではなく「お願い」ばかりになっていった。

「母さん、明日急に出張が入ったから、お願いできる?」

恵子は断ったことは一度もなかった。孫たちの世話は何より大切なことだったし、息子夫婦の役に立つことが生きがいだったからだ。朱莉が初めて「ばあば」と呼んでくれた時の感動は今でも忘れられない。

しかし3年目に入ると、さらに状況は変わっていった。美咲は恵子に対して、まるで家政婦に話しかけるような口調になっていた。

「お母さん、明日も来れますよね。確認の連絡はしませんから」

それは質問ではなく、当然のこととしての通告だった。恵子が体調を崩した時でさえ、美咲の態度は冷たかった。

「ええ、でも代わりがいないじゃないですか。朱莉はお母さんじゃないと泣き止まないし、なんとかお願いします」

恵子は熱があっても、孫たちのために息子の家に向かった。家族のためなら、自分の体調など二の次だと思っていた。

4年目に入ると、恵子は食費や光熱費まで自己負担するようになっていた。「お母さんの分と一緒に買ってきてもらえます?」という美咲の言葉がきっかけだった。恵子は何も言わずに自分の財布からお金を出した。それでも恵子は幸せだった。朱莉が膝の上で眠る姿、翔太が「おばあちゃんの卵焼きが一番美味しい」と言ってくれる時間は、何にも変えられない宝物だった。

5年目に入ると、状況は一層厳しくなっていった。ある日、美咲から突然の電話があった。

「お母さん、来週末から3泊4日で沖縄旅行に行くことになったんです。お母さんがいれば安心なので、翔太と朱莉をお願いします」

それは相談ではなく一方的な通告だった。恵子は泊まり込みで孫たちの世話をすることになった。その間の食費や光熱費は全て自己負担。旅行から帰ってきた息子夫婦からは、お土産の小さなキーホルダー一つだけが渡された。

「はい、これお土産です。ありがとうございました」

美咲の言葉は事務的で、感謝の気持ちなど微塵も感じられなかった。

6年目になると、恵子の体調不良すら軽視されるようになった。ある冬の日、39度の熱がありながらも、恵子は息子の家に向かった。この頃から押し付けられる家事の量も格段に増えていた。

「お母さん、ついでに掃除もお願いします。それから洗濯物も溜まってるので。冷蔵庫の中も整理してもらえます? 賞味期限切れのものとか捨ててください」

さらに屈辱的だったのは、美咲の友人たちが遊びに来た時のことだった。リビングで楽しそうに談笑している美咲と友人たちの前で、恵子は紹介された。

「こちら、うちの義母の恵子さん。本当に便利なのよ。何でもやってくれて、まるで家政婦さんみたい」

友人たちは笑いながら言った。

「いいわね、そんなお母さんがいて。うちなんて全然手伝ってくれないのよ」

恵子はその場にいるのが恥ずかしくて台所に避難した。しかし美咲からはさらに追い打ちをかけるような言葉が飛んできた。

「お母さん、お客様がいらっしゃってるので、別の部屋で待機していてもらえます?」

恵子は自分の部屋に追いやられ、まるで邪魔物扱いされた。家族の一員として迎えられたはずなのに、いつの間にか家政婦以下の扱いを受けていた。

7年目に入ると、息子の正一までもが恵子に対して心ない言葉を吐くようになった。

「母さんは年金もらってるんだから、これくらい当然だろ。俺たちだって働いて大変なんだから」

恵子が少しでも疲れた素振りを見せると、正一は冷たく言い放った。

「母さんは家にいるだけで楽でいいよな。俺たちは毎日神経すり減らしてるのに」

8年目になると、孫たちの態度にも変化が現れた。中学生になった翔太は反抗期に入っていた。

「おばあちゃん、うざい。もう子供じゃないんだから、いちいち世話しないでよ」

朱莉も小学生になり、友達との時間を優先するようになった。恵子が話しかけても、スマートフォンのゲームに夢中で返事もしない。それでも恵子は耐え続けた。これまで築いてきた関係を壊したくなかったし、何より孫たちのことを心から愛していたからだ。

9年目のある日、恵子は美咲の友人たちの前でさらなる屈辱を味わうことになった。

「うちの義母、今日もただ働きしてくれてるのよ。本当にありがたいわ」

友人の一人が言った。

「でも、ちゃんとお給料払ってるの?」

美咲は笑いながら答えた。

「まさか。家族なんだから当然でしょう。それに年金もらってるし、お金には困ってないはずよ」

恵子は台所で皿洗いをしながらその会話を聞いていた。涙がこぼれそうになったが、必死に堪えた。

そして、決定的な出来事が起こったのは10年目の春のことだった。翔太の中学卒業式の日、恵子は他の祖父母たちと一緒に会場に向かった。しかし、入り口で美咲に呼び止められた。

「お母さん、申し訳ないんですが、座席に限りがあるので、廊下で荷物番をお願いできますか?」

恵子は愕然とした。10年間、翔太の成長を誰よりも近くで見守ってきたのに、その晴れ姿を会場で見ることすら許されなかったのだ。廊下で一人、他の家族の荷物を見守りながら、恵子は自分の立場を改めて思い知らされた。家族ではなく、ただの便利な道具として扱われていることを。卒業式が終わった後、家族写真を撮る時も、恵子は写真の外に立たされた。

「家族写真なので」

美咲のその一言が、恵子の心に深く突き刺さった。10年間家族のために尽くしてきたのに、最後まで家族として認められることはなかった。

卒業式の屈辱から1週間後、恵子にとって決定的な瞬間が訪れた。美咲からの電話だった。

「お母さん、お疲れ様です。ちょっとお話があるんですが」

美咲の声はいつもより少し上ずっているように聞こえた。恵子は嫌な予感を抱いた。

「実は翔太も中学を卒業して、朱莉ももう5年生で、だいぶ手がかからなくなったんです。それに私も在宅勤務が増えて、家にいる時間が長くなったので」

「正直、もう用済みなんですよね。お母さんにはもう来ていただかなくて結構です」

その瞬間、恵子の頭の中が真っ白になった。10年間の日々が全て、一瞬で否定されたような気持ちだった。

「あの、私、何か悪いことをしたかしら?」

恵子の震える声に、美咲は軽い調子で答えた。

「いえいえ、そういうことじゃないんです。ただ、もう必要ないということです。長い間、本当にお疲れ様でした」

電話の向こうから正一の声も聞こえてきた。

「そうだな、母さん。もう大きいし、俺たちだけで大丈夫だよ。長い間ありがとう」

息子までもが、まるで契約終了を告げるかのような事務的な口調だった。恵子は言葉を失い、ただ黙って電話を握りしめていた。

「それじゃあ、お母さんもこれからは自分の時間を大切にしてくださいね。何かあったらまた連絡します」

それでは、と電話が切れた。恵子は受話器を握ったまま、しばらく動くことができなかった。

「私の10年間は、何だったの?」

朱莉の初めての笑顔、翔太の初めての運動会、風邪を引いた時の看病、毎日作り続けた手作りの夕食。全ての思い出が、まるで無意味だったかのように思えた。その夜、恵子は一睡もできなかった。

朝になると、恵子は鏡の前に立った。そこに映る自分の顔は疲れ切って見えた。しかし、その目の奥には、これまで感じたことのない静かな炎が宿っていた。

「もう二度と、誰にも馬鹿にはされない」

翌日、恵子は押入れの奥から古い箱を取り出した。その中にはこの10年間の記録が詰まっていた。毎日つけていた日記、孫たちとの写真、そして何より食費や交通費のレシートが大切に保管されていた。恵子は机の上に全てを広げ、電卓を取り出した。

看護師として培った几帳面さで、10年間の全ての支出を計算し始めた。交通費だけでも月1万2000円、10年間で144万円。光熱費、食費、孫たちへのプレゼント代。全てを合わせると500万円を超えていた。さらに労働時間も計算した。週3回、1日10時間、10年間で合計1万5600時間。時給を1000円で計算すると、1560万円相当の労働をしていたことになる。

「私は、これだけのことをしてきたのね」

恵子の目にはもう迷いはなかった。その日の夕方、恵子は久しぶりに息子の家に電話をかけた。

「もしもし、正一? 明日そちらに伺います。取りに行きたいものがあるの」

「え? 母さん、でも昨日話したよな。もう来なくて」

「私の荷物を取りに行くだけです。それと、大切な話があります」

恵子の声にはこれまでにない毅然さがあった。正一は何か言いかけましたが、結局何も言えずに電話を切った。

翌日の午後、恵子は10年ぶりに招かれざる客として息子の家の玄関に立っていた。手には整理されたファイルと古いボストンバッグ。インターホンを押すと、美咲が困惑した表情で出てきた。

「お母さん、昨日お話ししたと思うんですが」

「私の荷物を取りに来ました。そして、お話があります」

恵子の毅然とした態度に、美咲は戸惑いながらも家の中に案内した。リビングには正一も座っており、二人とも明らかに居心地悪そうにしていた。

「母さん、話って何?」

正一が遠慮がちに尋ねた。恵子は静かにファイルをテーブルの上に置いた。

「10年間の精算をしに来ました」

「精算って、何のことですか?」

美咲は眉を潜めた。恵子は冷静にファイルを開き、最初のページを見せた。

「これは10年間私がつけていた日記です。そしてこれらは全て、私が自腹で支払った領収書とレシートです」

テーブルの上に、きちんと整理された大量の領収書が並べられた。正一と美咲はその量の多さに目を見開いた。

「交通費、食費、光熱費、孫たちへのプレゼント代。10年間で私が支払った金額は512万円です」

恵子は電卓を取り出し、計算して見せた。カタカタという電卓の音だけが、静まり返ったリビングに響いた。

「さらに私の労働時間です。週3回、1日平均10時間、10年間で合計1万5600時間。時給を1000円で計算すると、1560万円相当になります」

正一の顔が青ざめていった。

「母さん、そんな……」

「私は看護師として40年間働いてきました。労働の対価というものを理解しています」

恵子は次のページをめくった。そこには息子夫婦の収入と支出の試算が書かれていた。

「あなたたちが私に支払うべきだった保育料、家政婦代、ベビーシッター代を計算すると、月最低でも20万円は必要だったはずです。10年間で2400万円。私はあなたたちに、これだけの経済的恩恵を与えていました」

美咲が震え声で言った。

「でも、家族なんだから」

「家族?」

恵子の声に初めて感情が込められた。

「家族なら、なぜ翔太の卒業式で私は廊下に立たされたのですか? 家族なら、なぜ写真から除外されたのですか? 家族なら、なぜ『用済み』なんて言葉を使われるのですか?」

二人は何も答えることができなかった。恵子は立ち上がり、最後のページを見せた。

「これが私からあなたたちへの最後通告です」

そのページには、恵子の美しい字で丁寧な文章が書かれていた。

「佐藤恵子は、本日を持って佐藤正一夫婦との一切の関係を断つことを宣言いたします。今後、連絡、訪問、その他一切の接触を拒否いたします。10年間の無償労働に対する正当な評価の欠如、及び人格の尊厳を踏みにじる行為の数々……」

「母さん、そんな!」

正一は立ち上がろうとしたが、恵子の鋭い視線に押し戻された。

「私はあなたたちの無償労働者ではありません。家政婦でもありません。一人の人間として、尊厳を持って生きる権利があります」

美咲が慌てて言った。

「お母さん、話し合いましょう。きっと誤解が……」

「『用済み』『便利』『家政婦みたい』。これらの言葉のどこが誤解なのでしょうか?」

正一は必死に言った。

「母さん、俺たちはそんなつもりじゃ……感謝してるよ。本当に感謝」

「それなら、なぜ一度も『ありがとう』と言ってくれなかったのですか? 最後の電話でさえ、『お疲れ様でした』でした」

恵子は玄関に向かった。振り返ることなく、最後の言葉を告げた。

「翔太と朱莉には、おばあちゃんは自分の人生を大切にすることを選んだと伝えてください。そして、人は誰でも尊厳を持って生きる権利があることも教えてあげてください」

「ばあさん!」

正一の声が背中に聞こえたが、恵子は振り返らなかった。

「もう二度と連絡しないでください。私にも、新しい人生があります」

玄関のドアが静かに閉まった。外に出た恵子は、深く息を吸った。10年ぶりに感じる、本当の自由な空気だった。その足取りは、これまでになく軽やかだった。

恵子が去った翌月から、正一夫婦の生活は一変した。最初の問題は朱莉だった。学童保育に通うことになったが、美咲の迎えが間に合わず、延長保育料が毎月3万円もかかるようになった。翔太も部活動に専念したいのに、途中で切り上げて朱莉を迎えに行き、両親のいない家でコンビニで買ってきた夕食を取る日々が続いた。

「お母さん、今日もカップラーメンだったんだけど。俺はともかく、朱莉が可哀想だよ」

翔太の寂しそうな声に、美咲は胸を痛めた。さらに深刻だったのは習い事の問題だった。翔太の塾、朱莉のピアノとバレエ。これまで恵子が送迎を担当していたが、息子夫婦では対応しきれない。

「今月で塾も習い事も全部やめさせるしかないね」

美咲は諦めたように言った。

「なんで急にやめなきゃいけないの? おばあちゃんがいた時は、大丈夫だったのに」

翔太の不満が爆発した。朱莉も同様だった。

「私のピアノとバレエはどうなるの? 発表会があるのに」

子供たちの夢や目標が、一つずつ奪われていった。家事の負担も深刻だった。恵子が丁寧に管理していた家の中は次第に荒れていき、夕食の支度もままならず、コンビニ弁当や外食が増え、食費が月に5万円も膨らんだ。正一と美咲の間でも頻繁に言い争いが起こるようになった。

「俺だって疲れてるんだ。なんで俺ばっかり家事をやらなきゃいけないんだよ」

「私だって働いてるのよ。お母さんがいた時は、こんなことなかったのに」

「それなら、なぜ母さんを追い出したんだよ。お前だって同意してたじゃないか」

夫婦喧嘩の声は子供たちにも聞こえていた。そんな中、朱莉が風邪をこじらせて高熱を出した。美咲は仕事を休んで看病しなければならず、職場の上司から「最近お休みが多いですね」と厳しい言葉を言われた。結果として美咲の査定は大幅に下がり、昇進の話は白紙に戻り、年収も50万円減額されることになった。正一も同様だった。家庭の事情で出張を断るようになり、重要なプロジェクトから外されてしまった。

最も辛かったのは、子供たちからの厳しい言葉だった。

「お父さんとお母さんのせいで、おばあちゃんがいなくなったんでしょう」

翔太が食卓で爆発した。

「確かに僕も冷たくしちゃったことはあったけど、おばあちゃんは僕たちのことすごく大切にしてくれてたのに。なんで追い出したの?」

朱莉も涙を流しながら言った。

「私だって、おばあちゃんが嫌いだったわけじゃない。おばあちゃんに謝って、お願いだから戻ってきてもらって」

子供たちの言葉は、息子夫婦の心に深く突き刺さった。自分たちがどれほど恵子を傷つけたか、ようやく理解し始めたのだ。近所の人たちからも冷たい視線を浴びるようになった。

「あの家、お母さんを追い出したらしいわよ」

「長い間お世話になっていたのに、ひどい話ね」

息子夫婦の評判は地に落ちた。ついに正一はプライドを捨てて、恵子に電話をかけた。

「母さん、お願いだ。戻ってきてくれ。俺たちが間違ってた」

しかし、電話の向こうから聞こえてきたのは、これまでとは全く違う恵子の声だった。

「申し訳ありませんが、私にはもう新しい生活があります。あなたたちで頑張ってください」

そして、電話は切れた。正一夫婦はようやく気づいた。恵子がどれほど大切な存在だったか、そして自分たちがどれほど恩知らずだったかを。しかし、もう遅かった。失ったものは、二度と戻ってこない。

恵子が息子の家を出てから半年が経った。彼女の新しい一日は、誰にも気を使うことのない静かな朝から始まる。

「おはようございます。今日も良い一日になりそうですね」

窓を開けて、朝の爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込んだ。時計を見ると午前7時。これまでならもう息子の家に向かう支度をしている時間だった。しかし今は、誰のスケジュールに合わせる必要もない。ゆっくりとコーヒーを入れ、お気に入りのカップで味わう。BGMには若い頃に好きだったジャズを流した。

「こんなにも贅沢な朝があったなんて」

午前中は近所のスポーツジムに通うようになった。週2〜3回、水中ウォーキングとヨガのクラスに参加している。ジムで知り合った同世代の友人たちとの会話は心を軽やかにしてくれる。誰も恵子に何かを要求したりしない。ただお互いの健康を気遣い、日常の小さな喜びを分かち合うだけだ。

「恵子さん、今度みんなで温泉旅行に行きませんか?」

「是非参加させてください。楽しそうですね」

これまで息子夫婦の都合を最優先にしていた恵子にとって、自分の予定を自由に決められることが何よりの喜びだった。午後は読書の時間。30年ぶりに手にした小説に夢中になった。週末にはこれまで我慢していた小さな贅沢を楽しむようになった。お気に入りのカフェでケーキセットを注文したり、デパートで少し高級な食材を買ったり。

「一人分だと、こんなに良いものが買えるのね」

恵子は自分の年金を初めて自分のためだけに使う喜びを知った。月に一度の温泉旅行も、新しい楽しみとなった。ある日、恵子の自宅に正一から久しぶりの電話がかかってきた。

「母さん、元気にしてる? 実は……翔太の成績が下がってしまって、朱莉も情緒不安定で。やっぱり、母さんに戻ってきてもらえないかと思って」

恵子は静かに答えた。

「私にはもう新しい生活があるって、前に伝えたよね。来週は友人たちと北海道旅行の予定があり、それ以降も予定が詰まってるの。時間が取れません」

「母さん、お願いだよ。俺たちが悪かった。謝るから」

「謝罪は受け入れます。でも、関係を元に戻すつもりはありません。あなたたちは、ご自分の家族として頑張ってください」

恵子は穏やかに、しかしはっきりと答えた。

「それでは、失礼します。お疲れ様でした」

電話を切った後、恵子は窓際の椅子に座り、夕日を眺めながらお茶を飲んだ。

「人生で一番自由で、一番幸せかもしれません」

恵子は気づいていた。他人のために自分を犠牲にすることが愛情だと思い込んでいた過去の自分がいかに間違っていたかを。本当の愛情とは、お互いを尊重し合い、感謝し合うことなのだ。

「私の人生は私のもの。もう誰にも、私の時間を奪わせはしない」

67歳にして、初めて本当の意味で自分の人生を生きることを決めたのだ。あの日失ったように思えたものは、実は新しい形で帰ってきていたのだ。

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