「お前が仕事もしてないんだから、母さんの世話をするのは当然だろ」――夫がそう言い放った時、義母の骨折がきっかけで入院している間ずっと「そろそろ終わりだ」と感じていた私の限界が、ついに音を立てて崩れた。米屋の嫁として店も家事も全て押し付けられ、ゴールデンウィークには義兄一家の世話まで任されても、それに耐えていたのに、義母は退院後、たった一言も私の話を聞こうとしない。リハビリをしない義母に、それ…

「お前が仕事もしてないんだから、母さんの世話をするのは当然だろ」――夫がそう言い放った時、義母の骨折がきっかけで入院している間ずっと「そろそろ終わりだ」と感じていた私の限界が、ついに音を立てて崩れた。米屋の嫁として店も家事も全て押し付けられ、ゴールデンウィークには義兄一家の世話まで任されても、それに耐えていたのに、義母は退院後、たった一言も私の話を聞こうとしない。リハビリをしない義母に、それ...

「お母さん、大丈夫ですか?」

自営業の母が店の倉庫に荷物を取りに行った時、段差を踏み外した。私が慌てて駆け寄ると、足首がみるみる腫れ上がっていく。なんとか母を車に乗せて、かかりつけの病院まで運んだ。診断結果は骨折。緊急入院が必要になった。

私は33歳。自営業の義実家に同居している。義実家は代々続く米屋を営んでいて、5代目にあたる義父は自分の店に誇りを持ち、お客さんからも好かれている。でも家庭のことは全く顧みない。夫の蒼太も義父とはあまり話さないらしい。でも、私が店番をしていれば指示は的確だし、余計な仕事も押し付けない。私にとってはいい距離感だった。

どちらかと言えば、困っているのは義母の方だった。

もともと私は、蒼太と結婚した時、仕事をやめるつもりはなかった。なのに結婚してしばらく経つと、義母から店を手伝ってほしいと言われた。夫の希望もあり、実家に同居して店を手伝うことになった。義父が取引先を拡大して人手が足りなくなったから、という話だった。

それなのに、私が手伝うことになると、義母はほとんど仕事をせず、どこかへ遊び歩くことが増えていった。たまに店に顔を出しては、私にどうでもいい仕事を押し付けていく。しかもお客さんの前ではいい顔をするから質が悪い。

今回の件もそうだった。

ちょうど義母が出かけようとして私に仕事を言いつけに来た時、昔からの常連さんが買い物に来た。義母はいい顔をして私に言った。

「この在庫、切れちゃいそうね。私、倉庫から取ってくるから。」

常連さんに「ここの家の人はみんな働き者ね」と言われ、義母は笑いながら上機嫌で倉庫へ向かう。

「義母じゃ場所が分からないですよね。私行きますよ。」

「じゃあね。私だっていつも倉庫の整理してるんだから大丈夫よ。」

倉庫の整理はいつも私がやっているくせに。この間、義父と在庫の補充をした時に位置を変えたばかりだった。だから義母には分からないはず。せっかく整理したのに場所を変えられると後々面倒なので、私は義母に待つよう言ったが、もちろんそんな話は聞かない。

常連さんの買い物は決まっていて、すぐに会計を済ませて挨拶をする。常連さんを見送って倉庫に向かうと、義母が倉庫に入ってすぐの段差で足を踏み外して転んでいた。

「お母さん、大丈夫ですか?」

私が駆け寄ると、義母は足に手を当ててうずくまっている。足首が見る見る腫れ上がり、私は慌てて取引先に出ている義父に連絡をした。

「いつもの病院に連れて行ってもらえるか。」

私は義母をなんとか車に乗せ、5分ほどの距離にある病院に駆け込んだ。診断結果は骨折。このまま入院して、リハビリも含めると1ヶ月くらいは入院生活になるだろうと言われた。私は入院の準備のために一度家に帰り、荷物を持って病室に急いだ。

義父と夫に連絡すると、仕事を終えた夫は大慌てで病室に駆けつけた。

「お前が見てなかったから、母さんがこんな目に遭うんだよ。」

「本当よ。あなたがきちんと在庫の管理をしていれば、こんなことにはならなかったのに。」

夫は義母と一緒に私を攻めてくる。

夫の蒼太はちょっと自信過剰だけど優しくて誠実な人だった。同じ会社で私は事務、蒼太は営業。3年間の交際を経て結婚した。実家が自営業だということは、結婚の話が出た時に初めて知った。

「兄貴がいるから俺が継ぐことはないよ。」

その言葉を信じていたのに、蓋を開けてみたら想像とは全く違う結婚生活だった。結婚から半年ほどで義実家の店を手伝う話が出て、あれよあれよと同居することになってしまった。蒼太が店に入って経営を勉強するのかと思っていたけど、今の営業の仕事が後々役に立つからと、自分はサラリーマンを継続。外の人を雇うくらいなら身内に手伝ってほしいという義母の希望もあり、私は仕事をやめて店を手伝うようになった。

「どうせ店を手伝うなら、同居の方が何かと楽だよな。」

蒼太がそんなことを言い出し、私はそれに流されて義実家に引っ越した。そこから義母の攻撃が始まった。店の仕事は押し付けられ、義母は遊び歩くようになる。さらに「どうせ家は店の隣だ」という理由で、家事も押し付けられるようになった。

義母の入院中は、いつもよりも快適な生活だった。病院には通っていたけど、家でも店でも余計な雑用を押し付けてくる人はいないし、自分のペースで動くことができた。

しかし快適な生活は、そろそろ終わりを告げようとしている。

「リハビリには通ってもらいますが、あと1週間で退院できますよ。」

医者の言葉で私は憂鬱な気分になった。義母が帰ってきたら、毎日のリハビリに付き合わないといけないし、病院の送迎もしないといけない。ため息をつくと、家の電話が鳴った。私は嫌な予感しかしなかった。無視をしようと思ったけど、お客さんや病院からの電話だと困るので、仕方なく電話を取る。

「もしもし、古見さん?沙織です。」

相手は義兄の嫁だった。嫌な予感は的中する。

「今年のゴールデンウィークも子供たちをお願いします。」

長期休暇には義兄の子供たちを預かるのが恒例になっている。県外に住んでいてあまり会う機会がないのもあり、義母は孫たちを可愛がっていた。私たちに子供がいないから、それは仕方ないとも思う。しかし今年は状況が違う。ゴールデンウィークはもう来週だ。義母が退院してすぐに子供たちを預かっている余裕なんてない。

「今回は自粛してもらおう」と状況を話した。

「義母が入院してるの知ってます?」

「知ってるけど、ゴールデンウィークには退院してるって聞いたかな?」

「退院しても、自宅でリハビリしないといけないんですよ。」

「え、そうなの?大変ね。」

「だから、今回は来られるとちょっと困るんですよね。」

「嘘?そんなことないでしょ。こういう時こそ孫たちの顔を見て元気出してもらわないと。」

「日帰りならともかく、泊まっていくんですよね。」

義兄一家は長期休暇に入るといつも泊まりに来て、我が者顔で過ごす。義兄は地元の友達と飲み歩くし、沙織さんは観光地が近いのをいいことに遊び歩く。小学生の子供たちは家でわがまま放題だ。もちろん、家事全般は私に押し付けられる。

「さすがに無理です」と言っても、沙織さんは聞く耳を持たない。

「だってお母さんも子供たちの顔見るの楽しみだって言ってたし。私、長男の嫁よ。次男の嫁の古見さんが私の言うこと聞かないの?」

もうこの人には何を言ってもだめだ。なんで私ばかりこんな思いをしないといけないんだろう。この時、私の中で何かが切れてしまった。

「わかりました。ゴールデンウィークですね。待ってます。」

1週間後、義母が退院した。なんとか歩くことはできるけど補助が必要な状態で、ちゃんとリハビリをしないと、この先歩けなくなるかもしれないと言われている。

「お母さん、リハビリする時は手伝いますので、声かけてくださいね。」

一応嫁の勤めだと思いそう言ったけど、リハビリをする気配がない。それから3日間、義母はリハビリをすることなく過ぎていった。

そしてついに、義兄一家がやってきた。大きな荷物をリビングに置いて、我が者顔で過ごし始める。義兄は義母の様子を伺っていた。

「母さん、どうなんだよ。もう歩けるのか?」

「まだちゃんと歩けないけど、時期に良くなるでしょ。」

その言い方に私はカチンと来た。

「お母さん、リハビリをちゃんとしないと、歩けなくなるかもって言われましたよね。」

「そんな大げさね。」

すると夫も同調した。

「そうだよ。医者の言うことなんて大抵大げさなんだから。歩けるようになるまで古見がサポートしてやればいいだろう。」

この言葉で全てが終わった。

「これ、離婚届け。あとはよろしく。」

私は用意していた離婚届けを蒼太に突きつけた。

「え?」

蒼太と義母が私の顔を見る。

「何って、離婚届け。今すぐ書いて。」

私は今までの鬱憤を晴らすように夫に言い放った。

「お母さんの足、リハビリしないと本当に歩けなくなるからね。まあ、本人にリハビリする気がないんだから、私も何も言わなかったけど。」

「どういうことだよ。」

「もしこのまま同居を続ける気なら、説得してでもリハビリさせてたけど、もうそんな気ないから言わなかっただけ。大変なのはあんたたちだからね。」

あれだけ賑やかだったリビングが静まり返っている。

「蒼太も連休でしょ。お兄さんもいるし、沙織さんもいる。それだけ人数がいるんだから、お母さんのお世話も簡単よね。」

「簡単って、そんなわけないだろ。大変に決まってるだろ。」

「その大変なのを、私1人に押し付けようとしてたのよね。」

「そりゃお前は仕事もしてないんだから、当然だろ。」

その言葉に私は蒼太に詰め寄った。

「仕事はしてない?私はお店のこともやってるし、家事もやってる。何もしてないのはお母さんでしょ。それに専業主婦の沙織さんがいるじゃない。」

突然矛先が向いた沙織さんが慌て出す。

「ちょ、ちょっと待ってよ。私、お母さんの世話なんて無理よ。」

「私だって好きで同居してたわけでもないし、お母さんの世話なんてしたくない。可愛い子供たちの面倒も今まで押し付けてきたでしょ。それくらいやってもいいんじゃないの?」

「いや、お母さんは子供たちにお小遣いをくれるだけの人なんだから、先どうなったって知らないわ。」

沙織さんは口を滑らせたのか、とんでもないことを言い出し、周りから総攻撃を浴びた。その隙に、私は蒼太に離婚届けを書かせる。

「もうあなたとはやっていけない。今すぐ書いてくれないなら、弁護士を入れてでも離婚してやるから。」

「ちょっと落ち着けって。離婚なんてそんな。」

蒼太はただ都合のいい存在をそばに置いておきたいだけだ。私に愛がないのはもう知っている。

「わかった。じゃあ弁護士に頼んで、あんたの不倫の慰謝料も取ってやるから。」

私はまとめておいた荷物を持って家を出た。

不倫に気づいたのは2ヶ月前。それでもすぐに離婚しなかったのは、蒼太の迷いですぐに戻ってくるんじゃないかと思ったことと、義父のことが心配だったからだ。私がいなくなったら、お店のことは義父1人でやっていくんだと思ったら、なかなか踏み切れなかった。でも蒼太は不倫にのめり込んでいったし、婚姻関係の継続は無理だと悟った。

蒼太の不倫相手は会社の同僚で、しかもダブル不倫だった。私が不倫相手にも内容証明を送ったことで相手の夫にもバレて、蒼太は相手の夫からも慰謝料を請求されているらしい。

家を出てから、仕事に出ていた義父に連絡した。

「今まで申し訳なかった。古見さんには本当に世話になったよ。」

その後すぐに弁護士を挟んで慰謝料を請求、無事に離婚をすることができた。義父の監視のおかげで、夫からの慰謝料の支払いが滞ったことはない。

私がいなくなった今、蒼太は会社と実家の店の手伝いをしているらしい。義兄は義父に言われ、店を継ぐために同居を開始。義母は真面目にリハビリをしなかったせいで足があまり回復せず、沙織さんがいやいやながら世話をしているらしいが、離婚も秒読みだろう。

私はと言うと、店の手伝いをしている時にお義父さんの勧めで経理の資格を取っていたので、それを活用して無事に再就職することができた。

私はこの結果に満足だ。最高のタイミングで復讐することができたと自負している。

ああ、すっきりした。

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