ようやく手に入れた。私が憧れ続けた海辺の別荘。訳あり物件だったけれど、格安で購入できた。これから家族でここを楽しむはずだった。だが、別荘の扉を開けた瞬間、一緒についてきた義母が言った。
「よし、これからは私がここで暮らすわ。」
え、と思った。義母は最初からここに住むつもりで私たちについてきたのだ。
「別荘としてたまに使うだけじゃもったいないでしょ。だから私の新居として使わせてもらおうと思ってね。実は家も売ったのよ。」
義母はすでに実家を売り払っていた。私は困惑して夫を見た。
「ねえ、直彦。あなた、この話を知ってたの?」
夫は気まずそうに目をそらした。そして観念したように白状した。
「ごめん。実は知ってた。でも言ったらお前が別荘の購入をやめると思ったんだ。」
なんて夫だ。義母が別荘に移り住むことを知りながら、黙って私に買わせたのだ。私は怒りで震えたが、逆に冷静になった。
「ちょっと、私がここに住むことに文句でもあるっていうの?」
義母が機嫌を損ねる。すると直彦が慌てて言った。
「母さんはな、ここに移り住んで管理してくれるって言うんだぞ。むしろ感謝しろよ。」
夫はあっさり私を裏切った。だが、それに対して私はニヤリと笑った。
「本当にお母さんがこの別荘を管理してくれるんですか?」
「ええ、そうよ。」
「やった。最高です。」
私は二人の予想に反して大喜びした。夫も義母も満足そうに微笑んだ。そう、これが私の計画だったのだ。
私は坂ミク。つい先日、直彦と結婚したばかりの新婚だ。二年間交際して、ようやく結婚した。これから始まる新婚生活に期待を抱いていた。だが、初日からその期待は裏切られた。
結婚初日から義母の信ぶ子が私たちのマンションに押しかけてきたのだ。
「新婚生活はどう?何か不便はない?」
いきなり新婚初日から押しかけてくるとは、常識のない義母だと思った。だが、直彦は異常なほど義母と仲が良く、義母を迎え入れた。
「まあ、入ってよ。せっかく来たんだからゆっくりしていけばいいさ。」
その言葉通り、義母は我が家でゆっくり過ごし、そのまま泊まっていくことになった。新婚初日なのに。
しかも、私が直彦と寝室を共にしようとすると、義母が激怒した。
「ちょっと、私を一人にするつもり?」
義父を亡くして以来、義母と直彦は二人だけの暮らしが当たり前になっていた。
「泊まりに来た時ぐらい、息子と一緒に過ごさせてよ。」
直彦は義母の言いなりで、結局私は寝室を義母に譲ることになった。別室に用意された布団を被りながら、私は思った。新婚なのに、私がこんな目に遭うなんて。
翌日、義母が帰った後、私は直彦に不満を漏らした。
「あなたね、親を大事にするのはいいけど、新婚初日から泊めることはないんじゃないの?うまく理由をつけて帰らせて欲しかったわ。」
だが直彦は「こういう家族なんだし、別にいいだろう」と相手にしてくれなかった。それどころか、直彦は義母に私の文句を告げ口したのだ。
「ミクが母さんが泊まっていったことが気に入らないみたいなんだ。母さんの悪口ばかりでうんざりだよ。」
そのせいで後日、義母から遠回しに嫌味を言われてしまった。
「私が泊まっていったことが気に入らなかったの?それならそうとはっきり言えばいいのに。後からこそこそ直彦に文句を言うだなんて生意気ね。」
私は告げ口されたことにショックを受けた。直彦にはもう義母の文句を言えないと思った。
それからも義母は何かと理由をつけて、三日に一度のペースで私たちのマンションを訪れた。
「近くまで来たから遊びに来ちゃった。」
そう言うと、無職で時間に余裕のある義母は我が家でのんびり過ごし、夜ご飯を食べて帰ることもあった。
私はフリーのウェブデザイナーとして活動している。複数の企業や個人を相手に収入を得ているのだ。ある日、私がリモートでクライアントと打ち合わせをしていると、いきなりWi-Fiが途切れた。
「え、もしかして停電?いきなりどうしたの?」
私は慌てて確認すると、ブレーカーの近くに義母がいた。
「お母さん、Wi-Fiが途切れてしまったんですけど、もしかして何かしました?」
すると義母は平然と言った。
「ああ、昼間から電気がもったいないからブレーカーを落としたのよ。」
「お母さん、困りますよ。私は今取引先と大事な打ち合わせをしていたのに。」
私が文句を言いながらブレーカーを戻そうとすると、義母はそれを静止した。
「ちょっと、まさかブレーカーを戻すの?高い場所にあるブレーカーをわざわざ踏み台を使って落としたのに、また戻すつもりなの?」
「当たり前じゃないですか?ブレーカーを戻そうと踏み台に上がる私を義母は邪魔してきた。」
「人の努力を無駄にしないで。」
「私は仕事ができなくて困っているんですよ。そこを避けてもらえますか?」
私と義母の攻防戦はしばらく続いた。なんとか義母を言いくるめてブレーカーを元に戻し、やっとリモートも繋がったが、だいぶ相手を待たせてしまった。
「お待たせいたしました。」
私はクライアントに迷惑をかけたと謝った。しかし、相手は「待たされすぎてイライラしてしまい、迅速なやり取りができない」として、契約を取り消されてしまったのだ。
大事な契約を一つ失った私は、さすがに義母に激怒した。
「お母さん、家に遊びに来るのは構いませんが、私の仕事の邪魔をしないでもらえますか?やっとの思いで契約できたクライアントだったのに。」
だが義母は見当違いなことを言った。
「私のせいだっていうの?停電しても固定電話は使えるでしょ。」
時代遅れな発言をして、問題の重大性を認識していなかった。これ以上説明しても無駄か。私は義母への説明を諦めた。
仕事から帰宅した直彦に、私は義母への怒りをぶつけた。
「あなた、聞いてちょうだい。お昼にリモートで仕事をしていたんだけど、お母さんにブレーカーを落とされたせいで契約が一つ台無しになってしまったのよ。昼間から電気代がもったいないと言われたのよ。こっちは仕事をしているというのに。」
だが直彦は私に理解を示すどころか、こう言った。
「でもまあ、お前が仕事をやめた方が消費電力も抑えられるし、家事にも専念できるだろう。母さんの言ってることも一理あるな。」
なんと義母に寄り添う発言をしたのだ。それを聞いた私は直彦に失望してしまった。もうだめだ。この人に義母の話をしても何も分かってもらえない。
ところで、私には一つ夢があった。資金が溜まったら海辺の別荘を買って家族で住みたいと考えている。学生時代に友人と旅行で訪れた海辺の別荘に憧れを抱くようになったからだ。
その憧れの気持ちは大きくなり、夫と将来生まれてくる子供と共に長期連休は海辺の別荘で過ごしたいと本気で考え始めた。そして、別荘の場所は義母が気軽に通えない場所にしようと密かに決意した。
私は直彦に計画を打ち明けた。
「私の夢なんだけどね。将来的に海辺に別荘が欲しいと考えているの。」
夫の理解がなくては実行できない計画だ。別荘なんて贅沢だと反対されるかと思ったが、直彦は意外にも賛成してくれた。
「それ、いいな。ミクにはそんな夢があったのか。」
むしろ乗り気なようである。
「でも、お母さんが心配なのよ。海辺なんて遠い場所に別荘を買ったら、そっちへ遊びに行っている間は私たちの元へ通えないって文句を言われるんじゃないかと思って。」
「いやいや、母さんも子離れが必要だよ。」
直彦は理解を示してくれた。そのおかげで私は本格的に別荘の購入のために動き出すことができた。
ネットで良さそうな物件がないか調べ、情報を追い求めた結果、ちょっと訳ありだが格安の物件を見つけることができた。
「ここ、いいわね。」
その物件を直彦に見せて、景色がいいのに安い理由も伝えてどうかと聞いてみる。
「へえ、いい場所を見つけたじゃないか。」
「でしょ。このロケーションだから若者が集まるみたいで、活気のある海辺みたいよ。」
しかも格安の物件だったこともあり、あまり経済的に無理をせず憧れの別荘を購入することができそうだ。
「決まりね。それじゃ、手続きに入るわ。」
それから半年後、ついに念願だった海辺の別荘が手に入った。
「こんなに早く別荘が手に入るだなんて嬉しい。」
私は大喜びで直彦と共に別荘へ向かうことにした。だが、その別荘へ向かう私たちに、なぜか義母も一緒についてくるではないか。
「あら、なぜお母さんが?水臭いわねえ。私も連れて行きなさいよ。」
結局義母も一緒に私たちの別荘へ向かう。そしてついに別荘に到着した。
「まあ、素敵な場所じゃない。」
これが私の憧れ続けた別荘。しかしその瞬間、義母はこう言った。
「よし、これからは私がここで暮らすわ。」
え、何だと。実は義母は最初からここで暮らすつもりで私たちについてきたのだ。
「だって新しく人が住める家を買ったんでしょ。別荘としてたまに使うだけだともったいないじゃない。だから私の新居として使わせてもらおうと思ってね。家も売ったのよ。」
義母からすでに実家も売り払ったと言われ、私は困惑した。なんでそんな話になっているのよ。私は夫に疑いの目を向ける。
「ねえ、直彦。あなたもこの話に関わっているでしょ?実は知ってたんじゃないの?お母さんが別荘に住もうと考えていたことを。」
そう聞くと直彦は気まずそうに私から目をそらす。だが観念したのか白状した。
「ごめん。実は知っていた。」
直彦は義母が別荘に引っ越そうとしていたことを事前に知っていた。
「でも、それを言ったらお前は嫌がって別荘の購入をやめてしまうと思ったんだ。」
義母の移住のことを私に言ってしまうと、別荘の購入自体が中止になると考え、あえて伏せていたことを認めた。
「ちょっと、私がここに住むことに文句でもあるっていうの?」
義母が機嫌を損ね始める。そんな義母を見て慌てて直彦は私にこう言う。
「母さんはな、この別荘に移り住んでここを管理してくれるって言うんだぞ。」
急に義母の肩を持ち始めた。義母もそこに参戦する。
「そうよ。誰かが手入れをしないと、こういう場所は荒れてしまうからね。」
「母さんの言う通りだ。むしろ管理してくれる母さんに感謝しろ。」
夫はあっさり私を裏切った。だが、夫の裏切りに私はニヤリと笑う。
「本当にお母さんがこの別荘を管理してくれるんですか?」
「ええ、そうよ。」
「やった。最高です。」
私は二人の予想に反して大喜びした。
「そ、そうか。それならよかった。え、いきなりだからびっくりしちゃったけど、そういうことならオッケーです。」
喜ぶ私を見て、夫も義母も満足に微笑む。
そして義母が別荘に移り住んでから一ヶ月が経過した。その間、義母は一度も我が家へ訪れてこない。
「お母さんが住んでいるから別荘へは気楽に行けなくなっちゃったけど、別荘からこの家までは結構遠いから。お母さんは簡単に我が家へ来れなくなったみたいね。」
最初は義母から別荘に住むと言われた時は、また直彦とグルになって勝手なことを言っているなと思った。だが、それを許可したことにより、義母はこちらへ来れなくなってしまった。おかげで義母の自宅突撃から解放され、逆に良かったのかもしれない。
義母から在宅の仕事の邪魔をされることもなく、私は紅茶を飲みながら平和に過ごす。おかげで仕事も捗った。
「でも、そろそろ別荘へ遊びに行きたいな。せっかく買った別荘なんだから。」
ある日、別荘で一人暮らし中の義母から電話がかかってきた。それも繰り返し家に電話がかかってくるのだ。直彦がその電話に出て、義母と何やら話しているようである。話を終えた直彦に私は聞いた。
「お母さん、何の用事だったの?」
電話を受けた直彦の話によると、その電話の内容はこうだった。
「別荘で一人は寂しいの。遊びに来て。たまには顔を見せに来なさいよ。」
義母からの電話を受けた夫は、別荘へ様子を見に行くことにする。
「おい、母さんから別荘に来いって電話があったんだ。一緒に行くぞ。」
「え?私も一緒なの?」
「当たり前だ。お前が買った別荘だろ。」
直彦に促され、私も早めに仕事を切り上げ、一緒について行くことになった。別荘に遊びに行きたかったし、様子も見ておきたかったので、いいタイミングなのかもしれない。
そして私たちは別荘に到着する。玄関前に立った私は異変に気づいた。
「うん。なんだか変な匂いがしない?」
「ああ、そうだな。なんか妙に臭いな。それに虫が飛んでいるような。」
そして別荘の扉を開けると、一気にむわっと悪臭が漂ってくる。
「これはひどい。どうしたの?何かが腐ったような匂いだわ。」
私は思わず半泣きで鼻を抑えた。その横でたまらず直彦が吐き気をもよおす。
「おえ、なんだこの匂いは。」
それは義母が溜め込んだゴミの匂いであった。
「ちょっと、なんでこんなにゴミが溜まっているのよ。」
私は溜め込まれたゴミの量に驚く。すると家の奥から義母が出てきた。義母は鼻が麻痺してしまっているのか、この匂いを何とも思っていないようである。
「だめだ。ちょっと外の空気を吸ってくる。」
直彦はたまらず家の外に飛び出していった。私は挨拶もそこそこに義母に聞いた。
「お母さん、この大量のゴミはどうしたんですか?なぜこんなにゴミを溜め込んでいるんですか?」
「だって、この辺の人がうるさいからゴミが出せなくなったのよ。」
そう言うと義母は口を尖らせる。
話を聞くと、義母は当初自治体のルールを守らずにゴミを出していたらしい。それはこう考えていたからだ。
「この辺りは街外れで民家も少ないから、そこまでゴミ出しのルールにうるさくないでしょう。」
しかし当然だが、マイペースにゴミを出す義母に近所からクレームが入ってしまう。ゴミ出しの日を守らないと、カラスや野生動物がゴミを漁りに来ると怒られたのだ。
「もうちょっとぐらいいいじゃないの。うるさい人たちね。」
そして義母は定められた日にゴミを出すのが面倒になり、家に溜め込むようになった。最初は軽く考えていた。
「少しぐらいならゴミが溜まっても大丈夫でしょう。」
しかしゴミは一袋、二袋と溜まり、その数は徐々に増えていき、悪臭を放ち始める。
「さすがに溜めすぎちゃったかしらね。でも、この量のゴミを一人で出しに行くのは大変だわ。」
暮らすうちにゴミが山のように溜まってしまったのだ。おまけに窓は終日締め切られているため、悪臭の逃げ場がない。密閉された空間には、私と直彦が家に入った途端強烈な吐き気に襲われるレベルで悪臭がこもっていた。
私は窓の方へ近づき言った。
「お母さん、なぜ窓を締め切っているんですか?匂いがすごいから開けますよ。」
だが義母は窓を開けようとする私を止める。
「やめてちょうだい。」
「なぜですか?たまには空気を入れ替えないと、体にも悪いですよ。」
「この辺りは窓を開けると外の音がうるさいのよ。」
義母が窓を閉めっぱなしにしている理由は、隣の空地が騒がしいからだった。
「毎日のように昼も夜も若者が隣の広場に集団で押し寄せて盛り上がって、うるさくて仕方ないのよ。」
義母は怒りをにじませる。
「集団でバーベキューをしたり、よくわからない若者に人気の歌手のコンサートやらで毎日うるさくて気が狂いそうよ。こんなのとても生活できないわ。」
それというのも、隣の空地では毎日特設ステージが作られ、地元のインディーズバンドを中心としたライブが行われていたからだ。それを目当てに訪れる若い観光客で賑いを見せていた。現に今もライブが行われており、激しいドラムやギターなど楽器演奏の音が聞こえていた。
「もう、窓を締め切っていてもこんな風に音が響いてくるのよ。」
そんな義母に私は持っていた別荘のパンフレットを見せて説明する。
「だって、それがここの売りですから。」
そう言うと笑った。
「ここに書いてありますよ。町の取り組みで若者を集めようと、この広場で日々イベントを行っているって。」
その広い空地は、海が近い景観や街中から離れた立地を生かし、音楽イベントが開かれたり、キッチンカーが集まったりと、若者が好む催しが多く開催されている。そのため泊まりがけでキャンプや花火を楽しむ人も多く、若者はお酒を手にワイワイと盛り上がり、昼夜を問わず賑やかだったのだ。
確かに少し騒がしいが、普通の人なら気にならないレベルである。だが、なぜ義母がここまで怒っているのかと言うと、義母は聴覚過敏だった。以前、そのように直彦から聞かされていた。そのため、このように常に人がいて音楽が流れたり声や物音が聞こえる環境に耐えられず、義母は苦しんでいるらしい。
毎日の騒音に参ってしまい、弱りきった義母を見た直彦は私にこう言った。
「おい、お前それを知ってて黙ってたのか。ひどいやつだな。」
もちろん私は知っていたわよ。
「ならば、そういうことは最初に言えよ。」
直彦は激怒する。しかし私は言い返した。
「あなたにも話したじゃない。こういう理由だから安い物件だって。」
だが直彦は反論する。
「でも、母さんは知らなかったじゃないか。」
そんな直彦に私は呆れていった。
「お母さんが別荘に住む計画を当日まで黙っていたのは、あなたじゃない。」
そもそも義母が別荘に住むという話を当日まで私に話さず隠していたのは直彦の方だった。そのため私には義母にその事実を伝える理由がなかったのだ。
「そ、それは……」
直彦は口ごもる。しかも義母は張り切って実家まで売却済みだったので、当日に判明したところでとても対処はできなかったであろう。
「私は知らなかったんだから、仕方ないわよ。」
さらに私は義母と直彦にこう告げた。
「話は変わるけど、私は今お母さんを訴える準備を進めていますので。」
突然の私の激白に義母は驚く。
「はあ?なんであんたに訴えられなきゃいけないのよ。」
「それは、今お母さんがここに住んでいるからです。ここは私名義の別荘なんですよ。なのに勝手にお母さんが住みついているからです。しかも、こんなゴミだらけにして悪臭を漂わせているだなんて、余計に許せません。」
そのため弁護士を頼んで訴訟を検討中であると告げた。
「人が憧れて、一生懸命物件を探して、やっとの思いで買った別荘なんですよ。そこに我が者顔で住みつくだなんて。」
そんな私に直彦は反論する。
「おい、俺はそんなこと聞いてないぞ。」
「当たり前でしょ。あなたに話したら、お母さんに言ってしまうじゃない。」
度重なる裏切りにより、私は直彦を信用していなかった。そのため一人でこっそり準備を進めていたのだ。
そんな私に直彦はこう言う。
「確かにこの別荘の名義はミクだけど、母さんは家族なんだぞ。だから訴えは認められないだろう。」
しかし直彦の「家族」という言葉に対して、私は冷静に言った。
「え、家族ですって?ここで私はとある真実を告げた。」
「あなたとはもう家族じゃありません。すでに他人です。だから当然お母さんとも他人なのよ。」
そして離婚届受理証明書を見せる。
「私と直彦は離婚済みなの。」
私から離婚の話を聞いた直彦は驚く。
「お、おい、なんで俺とミクの離婚が成立しているんだよ。いつ離婚届を出したんだ。」
「そんなの、あなたが私に自分の名前を記入した離婚届けを渡してきたからに決まっているじゃないの。」
どうやら直彦は忘れているようだが、結婚当初私が義母に対する不満を口にするたびに、彼はこう言った。
「母さんのことが気に入らないのか。だったら離婚するしかないな。俺は母さんの味方だ。」
そう言うと、脅しのつもりで記入済みの離婚届けを私に突きつけてくる。
「俺たちのことが気に入らないなら、いつでもこの離婚届けを使って出ていけばいい。」
最初は私も驚いて、そういうことをしないでよと言った。私は勝ち誇ったように笑う直彦から離婚届けをひったくるように奪い取り、それをビリビリに破いた。こんな書類を見せられるのは不愉快だったので、やめて欲しいと伝えた。
だがその後も何度か直彦は面白がって離婚届けを突きつけてくる。
「離婚届けだなんて、冗談でもないものを出すのはやめてと言ってるじゃない。」
「俺のことが気に入らないんだろ。ほらほら、ならばこれを使って出ていけばいいさ。」
毎回私は離婚届けを破っていたのだが、たまたま破らずにしまい込まれていた離婚届けがあった。離婚について悩んでいたところ、直彦が以前脅しで渡してきた離婚届けが目に入ったのだ。
まさか私が本気で離婚を考えた際に、それが役に立つとは思わなかった。
「あ、直彦に渡されたこれがあったわ。ラッキー、使っちゃおう。」
やめてと言っても喧嘩の度に離婚届けを書くことをやめなかった直彦の自業自得だ。だって、あの人は何回も離婚届けを書いて渡してきたんだからね。こういうものは脅しで書くものじゃないのよ。
ありがたくそれを使わせてもらい、無事に離婚が成立する。
「そんなわけで、私たちはもう他人だから容赦しないわ。」
「な、んだと?人の書いた離婚届けを勝手に使うなよ。」
脅しのつもりで離婚届けを書いた直彦は、まさか本当にそれを使用して提出されると思っていなかったようで、青ざめた顔をしていた。
「俺のことが気に入らないなら、いつでも使えと言って渡してくれたじゃない。しかも何度も。だからお言葉通り使わせてもらっただけよ。」
そして直彦に言った。
「まあ、報告が遅れたことは謝るわ。ごめんなさいね。」
とあっさり伝える。それに加えて、私はこれまでの恨みもあり、義母相手に慰謝料を請求できる立場にあること。さらには刑事告訴も辞さないと決意を見せた。
だが、最初は青い顔して震えていた直彦だったが、私の言葉に徐々に怒り始めた。
「生意気な女のくせに。」
そう言うと直彦が私に襲いかかる。
「お前は何様のつもりだ?」
「きゃあ。」
私は悲鳴をあげた。そこへ、私たちとは反対隣にある別荘の家族が異変に気づき、私を助けに駆けつけてくれる。その隣人家族の中でも最年長の男性が暴れる直彦の前に立ちはだかり、一瞬で合気道の技で倒した。
わけが分からないうちに直彦は倒され、地面に叩きつけられた。尻餅をついた直彦は、その男性を怒鳴りつける。
「おい、何をするんだ。じじいには関係ないだろ。引っ込んでろ。」
だが、その男性は直彦にこう言った。
「じじいだと失礼なやつだな。私の顔を忘れたのか。」
なんと私を助けてくれた男性の正体は、直彦が勤務している会社の会長だったのだ。
「か、会長。」
直彦の顔は真っ青になる。そして会長の孫娘が私にかけ寄ると、こう言った。
「先生、大丈夫?」
私は学生時代、会長の孫娘である優の家庭教師をしていた時期があり、その縁で今も家族ぐるみの付き合いが続いている。私が海辺の別荘に憧れを抱くきっかけになったのも、優との旅行がきっかけだった。私と優は年齢が六歳離れていたが、しっかりした優と私はとても気が合ったのだ。
「優ちゃん、久しぶりね。おかげで助かったわ。」
そんな私と優を見て、会長は直彦を一喝した。
「女性に手をあげるとは何事だ。しかも優の恩人である女性に、なんてことをする。」
隣人の正体が会長だと知り、しかも私の味方だと悟った直彦は、ショックで気絶する。
「終わった……」
その後、私が義母を刑事告訴することはなかったが、直彦は会長を怒らせたことで職を失った。
「この私をじじいと呼んだな。しかも会長が女性を怒鳴り散らし、手を上げる人間だったとはな。そんな奴はこの職場に必要ない。」
職を追われ、私と離婚した直彦は、今の家の家賃を払うことができなくなった。おまけに、私の別荘に移り住むため義母が実家を売り払ってしまい、住む家もない。仕方なく直彦は義母と共に狭い安アパートへ引っ越し、困窮した生活を送ることになる。
その後、義母からは何度も私に金銭的援助を求める電話がかかってきた。
「ねえ、ミクさん。あなた、実はがっぱり稼いでいるんでしょ?私たち元は家族だった仲じゃない。助け合いましょうよ。」
うるさいなあ。だが私は「電話がもったいない」との理由で固定回線の契約を解約した。それにより義母は私と連絡が取れなくなってしまう。
その後、直彦と義母がどうなったのかは分からないし、興味もなかった。私は義母が退散した後の別荘を綺麗に片付け、そこを拠点にウェブデザイナーとして活動を続けることにする。
仕事の合間に窓を開けて外を眺めると、若者たちのワイワイと盛り上がる声が聞こえた。その声を聞きながら、私は思う。
「今日も若者たちは楽しそうね。景色もいいし、本当にいい場所だわ。」
仕事が一段落着いた頃、優が我が家を訪れた。
「先生、遊びに来たよ。」
そして、たまに長期休みを利用して遊びに来る優とコンサートを見たり、バーベキューを楽しんで過ごす。最初は別荘として購入した家だったが、今は私一人で誰にも邪魔されずに仕事をし、たまに年の離れた親友と遊びながら充実した生活を送っているのであった。



