「母さんの年金だけじゃ、この家には置いておけないよ。」
夕食の支度をしていた私の手が、その言葉でピタリと止まった。
振り返ると、和室で息子の真一が冷たい目で私を見ていた。隣には嫁の美佐が腕を組んで座っている。
「何を言っているの、真一?」
75歳になる私は、三年前に夫を亡くしてから息子夫婦の家で暮らしている。毎日朝五時に起きて家事をこなし、二人の生活を支えてきたつもりだった。
「聞こえなかった? 母さんの年金、月六万円でしょ。正直、家計の足しにもならないんだよ」
お母様は現役で働いているし、年金も十五万円以上ある。それに比べて母さんは——。
真一の言葉が胸に突き刺さる。三十八年間、この子のために全てを捧げてきた。大学の学費八百万円も、マイホームの頭金五百万円も、全て私たち夫婦が工面した。
「お母さん、私たちも生活が苦しいんです。申し訳ないですが、今月末までに出て行ってください」
美佐の冷たい声が追い打ちをかけた。
私は言葉を失ったまま、二人の顔を見つめた。信じられない。これが本当に私の息子なのだろうか。
思い返せば、真一が生まれてから今日まで、私は全てを息子のために生きてきた。夫の収入が少なかった頃は、内職をしながら家計を支えた。真一が大学受験に失敗した時は、浪人費用のために自分の道具を全て売った。
「母さん、覚えてる? 僕が結婚する時、母さんは絶対に大切にするからって約束したこと」
真一の言葉に、私の目から涙がこぼれた。あの時の笑顔は、嘘だったのか。
夫が病に倒れた時も、私は一人で看病を続けた。真一は仕事が忙しいと言って、ほとんど見舞いにも来なかった。それでも私は息子を恨まなかった。きっといつか分かってくれると信じていたから。
「お母さん、誤解しないでください。私たちは冷たいわけじゃありません。ただ現実を見なければいけないんです」
美佐はそう言いながらスマートフォンを見ていた。画面には彼女の実家への送金履歴が映っていた。月十万円。私の年金よりも多い金額が毎月送られている。
「年金は月六万円だけ。でも私、あなたたちに迷惑はかけていないはずよ」
私の声は震えていた。この家で、私は朝から晩まで家事をこなしている。それなのに、なぜ。
—
翌朝、私がいつものように朝食の準備をしていると、美佐が台所に入ってきた。
「お母さん、もう朝食の準備はいいです。私がやりますから」
そう言って、私が作りかけていた味噌汁の鍋を取り上げた。
「でも、いつも私が作ってるのに——」
「貧乏人の作る料理なんて、もう食べたくないんです」
美佐の言葉に、私は凍りついた。貧乏人。その言葉が頭の中で響き続ける。
真一が起きてきて、新聞を広げながら言った。
「お母さん、昨日の話、真剣に考えてくれた? お荷物をいつまでも抱えているわけにはいかないんだ」
お荷物。息子の口から出た言葉とは思えなかった。
「真一、私はお荷物なの? 三十八年間、あなたを育ててきた母親が?」
「感情論はやめてよ。現実を見て。母さんは何も生み出さない。ただ食べて寝るだけ。それに比べて美佐の母親はまだ現役でバリバリ働いている。社会に貢献している」
私は台所のテーブルに座り込んだ。足に力が入らない。
その日の午後、美佐の母親が家に遊びに来た。真一と美佐は、まるで別人のような笑顔で彼女を迎えた。
「お母様、お元気そうで何よりです。今月もし送金振り込んでおきましたから」
美佐が甘えた声で言った。私は隣の部屋からその様子を見ていた。
「あら、ありがとう。でも無理しないでね」
「大丈夫です。お母様は私たちの誇りですから。まだまだ現役で頑張っていらっしゃるし」
真一も愛想を振りまいた。
「そうですよ。お母さんのように、資格を取って社会で活躍されている方は素晴らしいです」
その時、美佐の母親が私に気づいた。
「あら、照子さん、お久しぶりです」
私が挨拶をしようとすると、美佐がさえぎった。
「お母様、あちらは気にしないでください。もうすぐいなくなる人ですから」
美佐の母親は困惑した表情を見せたが、美佐は続けた。
「年金も少ないし、何の役にも立たない。正直、目障りなんです」
私は部屋に戻り、ドアを閉めた。涙が止まらなかった。
—
夕方、私が自分の部屋で荷物の整理をしていると、真一が入ってきた。
「母さん、まだ分からないの? 今の時代、お金がない人間に勝ちはないんだよ。お金が全てなの」
「私があなたに注いだ愛情は? 愛情じゃ生活できないでしょ。母さんの年金六万円で何ができるの? 役立たずもいいところだ」
役立たず。その言葉が私の心を深くえぐった。
「あなたが赤ちゃんの時、熱を出すたびに私は一晩中看病したのよ」
「昔の話はもういい。今は今だ」
真一は冷たく言い放った。
翌日、美佐は私の部屋のものを勝手に片付け始めた。
「これ全部処分していいですよね。どうせ大したものじゃないでしょうし」
私の大切なアルバムや、夫の遺影までゴミ袋に入れようとした。
「やめて。それは大切なものなの」
「大切? 価値のない人間が持つものに、価値なんてあるんですか?」
美佐は鼻で笑った。
その夜、真一と美佐は私の前で今後の計画を話し合っていた。
「母さんが出ていったら、あの部屋は書斎にしよう」
「いいわね。やっと快適に暮らせるわ」
まるで私が透明人間であるかのように、二人は話を続けた。
「ねえ、お母さんの荷物、全部処分業者に頼もうか」
「そうだね。どうせゴミみたいなものばかりだし」
私は黙って聞いていた。心の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。
—
次の日から、私の食事は別にされ始めた。
「お母さんの分はこれで十分でしょう」
質素な食事が私の前に置かれた。真一と美佐の食卓には、豪華な料理が並んでいる。
「あなたたち、私をどうしたいの?」
「簡単なことです。出て行ってもらいたいだけ」
美佐があっさりと答えた。
「でも私には行く場所が——」
「それは私たちの知ったことじゃありません。年金がない人間の面倒を見る義理はないんです」
真一も頷いた。
「母さん、僕たちだって生活があるんだ。美佐の母親みたいに資産がある人なら話は別だけど」
「私だって——」
言いかけて、私は口を閉じた。今はまだ、話すべき時ではない。
その週の終わり、ついに真一は最後通告を突きつけてきた。
「母さん、もう決めたから。今月末で出て行ってもらう。荷物もまとめておいて」
「本気なの? 本当に母親を追い出すの?」
「追い出すんじゃない。自立してもらうだけだ。七十五歳でも働いている人はいる。母さんも何か仕事を見つければいい」
私は呆れて言葉も出なかった。この年齢で、どんな仕事があるというのか。
美佐が追い打ちをかけた。
「そうそう。出ていく時は、今まで使った光熱費くらいは置いていってくださいね。ただじゃないんですから」
私の心はもう限界だった。でもまだ我慢した。あと少し。あと少しだけ。
—
月末まであと一週間となった朝。真一は私の部屋にダンボール箱を運んできた。
「母さん、荷造り用の箱を用意したから。早めに片付けて」
私はダンボール箱を見つめながら、震える声で聞いた。
「本当に追い出すのね」
「追い出すって言い方はやめてよ。自立してもらうだけだって言ってるでしょう」
真一の顔には、何の感情も浮かんでいなかった。
その日の夕方、私は思い出のアルバムを開いていた。真一が生まれた日の写真、初めて歩いた日、幼稚園の入園式。どの写真にも、幸せそうに微笑む私たち家族の姿があった。
「懐かしいわね」
独り言のように呟いた時、美佐が部屋に入ってきた。
「まだそんな古い写真見てるんですか? 過去にしがみついても仕方ないでしょう。これは私の家のもの」
そう言って、美佐はアルバムを取り上げ、パラパラとめくった。
「あら、これ、真一さんの大学の卒業式の写真ね。学費、いくらかかったんでしたっけ?」
「八百万円よ。私たち夫婦で必死に工面したの」
「へえ。そんなにかかったんだ。でもそれは親の義務でしょう。恩着せがましいですよ」
私は言葉を失った。義務だけで、あの苦労を乗り越えられたわけではない。愛情があったからこそ、どんな犠牲も惜しまなかった。
—
夜、真一が仕事から帰ってきた。疲れた顔をしていたので、私は心配になった。
「真一、大丈夫? 顔色が悪いわよ」
「母さんには関係ない」
そっけない返事だった。でも、母親の勘は何かを感じ取っていた。
「会社で何かあったの?」
「うるさいな。もう母さんは家族じゃないんだから、首を突っ込まないで」
家族じゃない。その言葉が私の心臓を締め付けた。
「真一、覚えてる? あなたが結婚する時、なんて言った?」
私は立ち上がり、真一の目を見つめた。
「母さんは絶対に大切にするから。美佐も良い子だし、きっと仲良くやっていけるよって言ったのよ」
真一は一瞬目をそらした。でも、すぐに開き直った。
「昔の話を持ち出すなよ。状況は変わったんだ」
「何が変わったの? 私が年を取ったこと? 年金が少ないこと?」
「全部だよ。母さんは何も分かってない。今の時代、金のない老人は社会のお荷物なんだ」
私は涙をこらえながら、最後の望みを託した。
「せめてもう少し時間くれない。住む場所を探すにも——」
「もう決定事項だから。同情するなら買えって言ってる。同情なんていらない。出て行ってくれればいい」
その瞬間、三十八年間大切に育ててきた息子は、もう私の知る真一ではなくなったと悟った。
—
翌日、私は区役所に行き、高齢者向けの住宅について相談した。しかし、年金六万円ではどこも入居は難しいと言われた。
家に戻ると、美佐が私の部屋のものを勝手に外に出していた。
「何をしているの?」
「片付けを手伝ってあげてるんです。どうせ持っていけないでしょうし」
「勝手に触らないで」
「怒ることないでしょう。もうこの家の人間じゃないんだから」
私は自分の荷物を必死で守ろうとした。その中に、亡き夫が残した書類の入った箱があった。美佐はそれにも手を伸ばそうとした。
「それだけは触らないで」
「何か隠してるんですか?」
美佐が疑いの目を向けた時、真一が帰ってきた。
「どうしたの?」
「お母さんが変な箱を隠してるみたい」
「母さん、まさか僕たちに隠し事?」
「違うわ。これはお父さんの——」
「もういいよ。どうせ大したものじゃないんでしょう。とにかく月末には出ていってもらうから」
二人は部屋を出ていった。私は箱を抱きしめながら、決意を固めた。もう我慢する必要はない。今に見ていなさい。
—
いよいよ月末まで三日となった朝、冷たい雨が降っていた。真一と美佐は、私の退去について最終確認をしていた。
「お母さん、荷物はまとめた? 明後日の朝には出て行ってもらうから」
「ええ、準備はできているわ」
私は静かに答えた。確かに準備はできている。ただし、彼らが思っているのとは違う準備だが。
その日の午後、私は最後の掃除をしていた。三年前に磨いてきた床、真一のために作り続けた食事。全てが終わろうとしている。
「お母さん、掃除なんてもういいですよ。どうせ私がやり直しますから」
美佐の言葉にも、もう心は動かなかった。
夜、私は自分の部屋で、夫が残した書類を改めて確認した。土地の権利書、そして銀行の通帳。真一も美佐も知らない、私たち夫婦の本当の財産。
「あなた、やっと使う時が来たようね」
亡き夫の写真に向かって、私はそう呟いた。
夜、最後の夕食を作った。真一の好物の唐揚げ。二人は何も言わずに食べていた。
「明日は外食にしよう。もう母さんの料理も食べたくないし」
真一が言った。まるで私が死ぬみたいな言い方だった。
「そうね。やっと解放されるわ」
美佐も同調した。
食事が終わり、私が片付けをしていると、真一が近づいてきた。
「母さん、一応聞くけど、本当に行く場所はあるの?」
今更、心配しているふりか。私は心の中で冷笑した。
「心配しないで。ちゃんと考えてあるから」
「そうならいいけど」
真一はそれ以上何も聞かなかった。本当に心配していたら、もっと詳しく聞くはずだ。
—
深夜、私は一人で荷物の最終整理をした。アルバム、夫の遺影、そして例の書類。本当に必要なものは、意外と少ない。
ふと、真一の部屋から話し声が聞こえてきた。
「やっと厄介払いができるねえ」
「お母さんがいなくなれば、もっと自由にお金が使えるわ」
「母さんの部屋、本当に書斎にする?」
「もちろん。あなたの仕事部屋が必要でしょう。会社も大変みたいだし」
会社が大変? 真一の会社に何かあったのだろうか。私は耳を済ませた。
「実は会社の業績が良くないんだ。土地の賃貸契約も更新時期が近いし」
「大丈夫よ。お母さんさえいなくなれば、もっと節約できるから」
土地の賃貸契約。その言葉を聞いて、私は小さく笑った。真一は知らないのだ。自分の会社が立っている土地の本当の所有者を。
—
翌朝、退去の前日、私は銀行に行った。二千万円。夫が私のために残してくれた財産だ。
銀行からの帰り道、不動産屋に立ち寄った。
「大野様、お待ちしておりました。ご主人の土地の件ですね」
「ええ。息子の会社が借りている土地です。契約更新について相談したいのですが」
不動産屋の社長は私を奥の応接室に案内した。
「現在の賃料は月額五十万円ですが、周辺の地価が上がっていますので、更新時には値上げも可能です」
「いえ、更新はしません。他の会社に貸すことにしました。もっと良い条件を提示してくれる会社があるので」
社長は驚いた顔をしたが、すぐに理解した。
「承知いたしました。では契約満了と同時に、新しい借主を探させていただきます」
帰宅すると、真一と美佐は外出していた。私は静かに夕食の準備をした。最後の夕食。
夜、二人が帰ってきた。
「母さん、明日の朝は八時に出て行ってもらうから」
「分かったわ」
私は穏やかに答えた。真一は私の落ち着いた様子に、少し戸惑ったようだった。
「本当に大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ。年金がない貧乏人でも、なんとかなるものよ」
私がそう言うと、美佐が鼻で笑った。
「強がらなくてもいいのに」
その夜、私は亡き夫の写真を見つめながら、明日からの計画を最終確認した。三日後、真一の会社に土地の明け渡し通知が届く。その時の彼の顔を想像すると、不謹慎だが少し楽しみだった。
「あなた、見ていてね。私、ちゃんとやり返すから」
写真の中の夫が、優しく微笑んでいるように見えた。
—
退去の朝、私は静かに荷物を玄関に運んだ。真一と美佐は、まるで厄介者を追い出すかのようにそわそわしていた。
「じゃあ、お世話になりました」
私が頭を下げると、美佐が言った。
「やっと普通の生活に戻れるわね」
真一も冷たく言い放った。
「母さん、もう二度とここには来ないでね。僕たちは新しい生活を始めるから」
「ええ、分かっているわ。さようなら」
私は振り返らずに家を出た。雨上がりの朝の空気が、不思議と清々しかった。
三日後の午後、私は高級ホテルのラウンジでお茶を飲んでいた。銀行の担当者から、手続きが全て完了したという連絡を受けたばかりだった。
その時、携帯電話が鳴った。番号を見ると、真一からだった。三日ぶりの連絡。きっと通知が届いたのだろう。
「もしもし」
「母さん、今どこにいるの?」
真一の声は震えていた。
「どうしたの? 急に」
「どうしたもこうしたもないよ。会社に土地の明け渡し通知が来たんだ。母さん、知ってた?」
「何の話?」
私はわざととぼけた。
「とぼけないでよ。うちの会社が立ってる土地、父さんの所有だったんでしょう。それを相続したのは母さんだって」
「ああ、その話ね。知っていたわよ」
「知ってたって! なんで黙ってたんだよ!」
「聞かれなかったからよ。それに、私は価値のない人間なんでしょう? 価値のない人間の財産なんて、興味ないと思って」
電話の向こうで、真一が息を飲む音が聞こえた。
「母さん、話があるんだ。今すぐ会えない?」
「あら、私はもう家族じゃないのでしょう? 外の人と会う必要があるの?」
「母さん——」
「悪いけど、今忙しいの。じゃあね」
私は電話を切った。すぐにまた着信があったが、無視した。
—
翌日、真一と美佐が、私の滞在しているホテルを突き止めて、ロビーで待ち伏せしていた。
「母さん!」
真一が駆け寄ってきた。顔面蒼白だった。
「あら、どうしたの? 顔色が悪いわよ」
「母さん、お願いだ。土地の契約更新してくれない?」
「どうして?」
「どうしてって、会社が潰れちゃうよ!」
美佐も必死の形相で頭を下げた。
「お母さん、お願いします。私たちが悪かったです」
「悪かった? 何が?」
「全部です。あんなひどいことを言って、本当にごめんなさい」
私は二人を冷たく見下ろした。
「ごめんなさいで済むなら、警察はいらないわね」
「母さん、僕が間違ってた。母さんは大切な家族だ」
「家族? つい一週間前に、私は家族じゃないって言ったのは誰?」
真一は言葉に詰まった。
「年金がないから出ていけって言ったわよね。お荷物だって、役立たずだって」
「あれは一時的な感情で——」
「一時的? 三週間もずっと言い続けて」
私は立ち上がった。
「お母さん、どうすれば許してもらえますか?」
美佐が泣きそうな顔で聞いた。
「許す? どうして私が許さなければいけないの? 年金のない貧乏人に、そんな権利があると思う?」
「母さん、土地の賃料、今までの倍払うから!」
「あら、お金で解決しようとするの? でも、貧乏人扱いした人からお金をもらうなんて、プライドが許さないわ」
真一はがっくりと肩を落とした。
「それに、もう他の会社と契約することが決まっているの。大手企業が賃料も三倍提示してくれたわ」
「三倍?」
真一の顔から完全に血の気が引いた。
—
その夜、真一から何度も電話があった。留守番電話には、こんなメッセージが残されていた。
「母さん、本当にごめん。僕が全部悪かった。美佐とも話したんだ。母さんに戻ってきてもらいたい。家族として、ちゃんと大切にするから」
私は苦笑した。土地がなければ会社が潰れる。掌を返したのだ。
翌日、私は弁護士事務所を訪れた。
「大野様、土地の新しい賃貸契約書ができました。これで来月から新しい会社が入ります」
「ありがとうございます。それと、息子さんの会社からかなりの額の買い取りオファーが来ていますが、断ってください」
「よろしいのですか?」
「ええ。あの土地は夫が私のために残してくれたものです。息子には渡しません」
弁護士は理解したように頷いた。
数日後、真一の会社は土地を明け渡さざるを得なくなった。移転費用だけでも膨大な額になる。しかも、広い土地はなかなか見つからない。
真一からまた電話があった。
「母さん、会社が大変なことになってる。従業員の生活もかかってるんだ」
「あら、大変ね。でも私には関係ないわ」
「母さんだって——」
「私だって? 私は価値のない人間なんでしょう? 価値のない人間に頼るなんて、恥ずかしくない?」
「もうそんなこと思ってない!」
「今更遅いわよ。因果応報って言葉、知ってる?」
私は静かに電話を切った。
—
一週間後、真一と美佐が再びホテルに現れた。二人ともやつれた顔をしていた。
「母さん、最後のお願いだ。せめて土地を売ってくれ。そうしないと本当に会社が潰れる」
「売ってもいいわよ」
真一の顔に一瞬、希望の光が宿った。
「ただし、他の会社にね。もう契約も決まっているの」
「母さん、どうしてそこまで?」
「どうしてって? あなたたちが教えてくれたじゃない。お金がない人間に勝ちはないって。だから私も、価値のある人間になることにしたの」
美佐が泣き崩れた。
「お母さん、本当にごめんなさい。私たちが間違ってました」
「間違い? あなたたちは間違ってなんかいないわよ。本心を言っただけでしょう」
私は二人を見下ろしながら、最後の言葉をつけた。
「もう二度と私の前に現れないで。私たちはもう、家族じゃないんだから」
そう言って、私は二人に背を向けた。
「母さん!」
真一の叫び声が背中に聞こえたが、振り返らなかった。あの日、冷たい雨の中を追い出された時の気持ちを、今彼らも味わっているだろう。でも、私はもう同情しない。彼らが私にそうしたように。
—
土地の売却が完了してから三ヶ月が経った。私は都心の高級賃貸マンションで新しい生活を始めていた。夫が残してくれた財産と土地の売却益で、もう誰にも頼る必要のない自由な暮らしを手に入れた。
朝は趣味の水彩画教室。午後は友人たちとのお茶会。夜は好きな本を読みながら、ゆっくりと時間を過ごす。年金が月六万円しかなくても、十分すぎるほど豊かな生活だった。
ある日、マンションの管理人から伝言があった。
「大野様、息子さんという方が何度もいらっしゃってますが」
「会いません。そう伝えてください」
「承知いたしました」
私にはもう、真一と会う理由がない。
その頃、真一の会社は予想通り倒産していた。新しい土地での営業は軌道に乗らず、移転費用の借金だけが残った。風の噂では、美佐は実家に帰ったという。
「因果応報とは、よく言ったものね」
私は窓から見える東京の景色を眺めながら、そう呟いた。
友人の一人が言った。
「照子さん、息子さんとは本当にもう会わないの?」
「ええ。私を家族じゃないと言った人と、どうして会う必要があるの?」
「でも、親子じゃない」
「親子? 親子って何かしら? お金がなければ価値がないと言われる関係?」
友人は黙った。
私は続けた。
「私は三十八年間、息子のために全てを捧げてきた。でもそれは全部、当たり前だったらしいわ。年金が少ないというだけで、お荷物扱いされて追い出された。ひどい話ね。でもおかげで目が覚めたの。本当の幸せは、誰かに依存することじゃない。自分の力で自分の人生を生きることなのよ」
—
その時、携帯電話にメッセージが届いた。真一だった。
「母さん、お願いです。一度だけでも会ってください。謝りたいことがあります」
私はメッセージを削除した。なんの、もう必要ない。
数日後、美佐の母親から連絡があった。
「照子さん、お久しぶりです。実は娘のことで——」
「申し訳ありませんが、私には関係のないことです」
「でも、美佐が毎日泣いていて——」
「どうしてあなたにしたことを後悔しているみたいで」
私は冷たく答えた。
「後悔するのは自由ですが、私はもう関わりません。美佐さんのお母様は現役で働いていて、年金も十五万円以上あるんでしょう? きっと助けてあげられるはずよ」
そう言って、電話を切った。
ある日の午後、私は銀座でショッピングを楽しんでいた。好きな服を選び、美味しいランチを食べる。こんな当たり前の幸せを、私は長い間忘れていた。
デパートのカフェで休憩していると、偶然真一を見かけた。くたびれたスーツを着て、疲れきった顔をしていた。
一瞬目があった。真一は立ち上がろうとしたが、私は先に席を立った。
「母さん!」
振り返らずに歩いた。もう、あの声に心を動かされることはない。
—
マンションに戻ると、同じフロアに住む女性が声をかけてきた。
「大野さん、今日も素敵ね。生き生きしてる」
「ありがとう。自由って良いものよ」
「私も息子夫婦と同居していたけど、出てきて正解だったわ」
似たような経験をした人は、意外と多い。私たちは時々集まってお茶を飲みながら話をする。誰も過去を恨んではいない。ただ、今の自由を楽しんでいる。
夜、私は日記を書いた。
「今日も充実した一日だった。年金が六万円しかなくても、私には十分な財産がある。それは夫が残してくれた愛情と、自分を大切にする勇気。息子に追い出されたあの日、私は本当の自分を取り戻した」
ペンを置いて、夫の写真を見つめた。
「あなた、見ていてくれた? 私、ちゃんとやり返したわよ。でも、復讐なんかよりも、今の生活の方がずっと幸せ」
写真の中の夫が、誇らしげに微笑んでいるように見えた。
最近、区の広報誌から取材の依頼があった。「自立したシニア」という特集だという。
「是非お話を聞かせてください。年金が少なくても豊かに暮らす秘訣を」
私は快く引き受けた。同じような境遇の人たちに、勇気を与えられるかもしれない。
—
取材の日、若い記者が真剣な顔で聞いた。
「息子さんとの関係は、修復できないのですか?」
「修復? どうして?」
「だって、親子じゃないですか?」
私は静かに答えた。
「親子だからと言って、理不尽を受け入れる必要はないのよ。年金が少ないから価値がない。お荷物だと言われて、それでも笑顔でいなければいけないの?」
記者は考え込んだ。
「私が学んだのは、自分の尊厳は自分で守るということ。誰であっても、私の価値を否定する権利はない。例えそれが、実の息子であっても」
記事は大きな反響を呼んだ。多くの高齢者から「勇気をもらった」「私も自立した生活を始めたい」というメッセージが届いた。
真一からも手紙が来た。封を開けずに、そのまま処分した。もう過去は振り返らない。
今、私は本当に幸せだ。誰にも依存せず、誰からも否定されず、自分らしく生きている。年金が六万円でも、心は億万長者のように豊かだ。
夕暮れ、マンションのバルコニーから東京の町を眺める。どこかで真一も生きているだろう。でも、それはもう私の人生とは関係ない。
「人を年金の額で判断した報いね」
そう呟いて、私は温かいお茶を飲んだ。これが私の選んだ人生。後悔は一つもない。
—
数週間後、思いがけない知らせが届いた。真一の会社の元従業員から、感謝の手紙だった。
「大野様のおかげで、新しい会社に就職できました。前の会社はブラックでしたが、社長の息子さんでは仕方ありませんでした。会社が潰れて、かえってよかったです」
なるほど。真一は従業員にも疎まれていたのか。私は知らなかった。いや、知ろうともしなかった。息子をもう疑っていた自分が、恥ずかしい。
ある日、マンションのロビーでまた真一を見かけた。今度は一人だった。痩せこけて、昔の面影はない。
「母さん」
か細い声で呼ばれたが、私は立ち止まらなかった。エレベーターに乗り込むと、真一の姿が見えなくなるまでドアを見つめていた。心が痛まないと言えば嘘になる。でも、もう戻れない。戻る必要もない。
私の新しい友人の一人が言った。
「照子さんは強いわね。私なら、後ろ髪を引かれてしまいそう」
「強いんじゃないの。ただ、自分を大切にすることを学んだだけ」
「でも、それが一番難しいことよね」
「そう。それが一番難しい。特に日本の母親は、自己犠牲を美徳とされてきた。でも、それは本当に美徳なのだろうか」
夜、ベッドに入る前に、私は鏡の前に立つ。七十五歳の顔に刻まれた皺。でも、その目は生き生きと輝いている。
「よく頑張ったわね、照子」
自分で自分を褒める。これも、最近覚えた習慣だ。
朝が来れば、また新しい一日が始まる。絵を描いたり、友人と会ったり、美味しいものを食べたり。それだけで、十分幸せだ。
時々、真一のことを思い出す。小さかった頃の無邪気な笑顔。でも、それはもう過去のこと。今の真一は、私の知らない人だ。
人の価値は、年金の額や経済力では決まらない。本当の財産は、自分を大切にする勇気と、理不尽に立ち向かう強さ。年を重ねても——いや、年を重ねたからこそ——自分の人生を自分で決める権利がある。誰かのお荷物ではなく、一人の尊厳ある人間として。
もしあなたも、理不尽な扱いを受けているなら、決して我慢し続ける必要はありません。自分の尊厳を守る権利は、誰にでもあるのですから。



