「本当にそれだけですか?」
その言葉を聞いた瞬間、私の心臓は止まるかと思いました。結婚式の華やかなシャンデリアの光が、急に冷たく感じられました。
私は石田ケイコ。息子・タカユキの結婚式に出席するため、心を込めて準備したご祝儀を渡したばかりでした。300万円です。決して少なくない金額のはずでした。
しかし、純白のドレスに身を包んだユミさんは、ご祝儀袋の中身を確認すると、信じられないような表情で私を見つめました。
「お母さん、うちの実家は500万円包んでくれましたよ。それが普通だと思ってました」
周囲に聞こえるような大きな声で、彼女はそう言い放ったのです。
「正直ケチですよね。ユミさんのお母様なのに」
恥ずかしさと怒りが同時に込み上げてきました。周囲の親族たちのこそこそした声が聞こえます。
そして何より辛かったのは、息子タカユキの反応でした。
「まあ、仕方ないよ。母さんも年金暮らしだし」
息子は妻の肩を抱きながら、まるで私を擁護するような口調で言いました。しかし、その目は明らかに失望の色を浮かべていたのです。
35年間、愛情を注いで育てた息子。その息子が、妻の非常識な発言を諫めることもなく、むしろ同調している。その事実が、私の心を深く傷つけました。
ユミさんの攻撃は止まりません。
「そういえばタカユキさんから聞きました。大学の学費も奨学金を使ったんですよね。でも私立大学の学費なんて、今思えば大した額じゃないですよね」
私は言葉を失いました。学費は全額、私が支払ったのです。4年間で500万円。さらに、一人暮らしの仕送りとして月10万円を4年間。合計すると980万円にもなります。
夫が亡くなった後、私は必死に働きました。朝5時に起きて弁当を作り、正社員として働きながら、夜はパートも掛け持ちしていた日々。土日も休まず、自分の服は10年以上同じものを着回し、美容院にも行かず、全てをタカユキのために捧げてきたのです。
「お母さん、新居の頭金も当然出してくれますよね。私の実家は1000万円援助してくれるって言ってます。お母さんも同じくらいは」
ユミさんの言葉に、私は現実に引き戻されました。私の中で、何かが音を立てて崩れていくのが分かりました。これまでの援助を当然のことと思い、さらに要求してくる。しかも、まるで競争でもしているかのような口ぶりです。
「エミ、それは……タカユキが遠慮がちに口を挟もうとしましたが、ユミさんはそれを遮りました。
「何? タカユキさんのお母さんなんだから当然でしょう。それとも、息子の幸せよりお金の方が大事なの?」
会場にいる他の親族たちも、さすがにユミさんの態度に眉を潜め始めていました。しかし、誰も口を出そうとはしません。
「山田さんのところは、結婚の時に2000万円も援助したって聞きましたよ。それに比べたら300万円のご祝儀なんて、お小遣い程度ですよね」
「お小遣い」。その言葉が、私の心に深く突き刺さりました。私はタカユキが就職するまでの20数年間で、総額どれだけ使ったか計算したことがあります。教育費、生活費、医療費、習い事、部活の遠征費。全て合わせると2500万円を超えていました。それは、私の人生の大半を捧げた証でもあったのです。
「お母さん、ミの実家は会社を経営していて、お金には困ってないんだ」
タカユキが申し訳なさそうに言いました。しかし、その言葉の裏には、明らかに「だから母さんも頑張ってほしい」という期待が込められていました。
「お母さん、黙ってないで何か言ってくださいよ。まさか本当に300万円しか用意してないんですか?」
私はゆっくりと顔を上げました。会場の視線が一斉に私に集まっているのを感じます。親族たち、友人たち、そして何より息子とその妻の期待に満ちた眼差し。
「そうですか……」
私は静かにつぶやきました。そして、テーブルの上に置いたままだったご祝儀袋を、ゆっくりと手に取りました。
「ちょっとお母さん、何してるんですか?」
ユミさんが慌てたような声をあげました。私は無言で、お金をご祝儀袋から取り出し、鞄の中にしまい込みました。
「申し訳ありません。どうやら私の常識は時代遅れのようですね」
私は立ち上がりました。足が少し震えていましたが、背筋をピンと伸ばして二人の前に立ちました。
「タカユキさん、ユミさん。お二人の結婚を心からお祝いしたいと思っていました。でも、どうやら私は、たった300万円しか出せないケチな年寄りのようですから」
「お母さん、まさか帰るつもりじゃないですよね。主賓のお母さんが帰ったら、式が台無しになっちゃいます」
「ご心配なく。私はもう、居場所はありませんから」
私は静かに、しかしはっきりと言いました。そして、会場にいる皆様に向かって軽く頭を下げました。
「皆様、お騒がせして申し訳ございません。気分が優れませんので、これで失礼させていただきます」
「気分が悪いって……母さん!」
タカユキが私の腕を掴もうとしましたが、私はそっとその手を振り払いました。
「タカユキ、お幸せに」
それだけを言って、私は踵を返しました。会場の出口に向かって歩きながら、私の目から涙がこぼれそうになりました。でも、ここで泣いてはいけない。最後の誇りだけは守らなければ。私は扉を押し開けて、外に出ました。
春の柔らかな日差しが、私を優しく包み込みました。さようなら、タカユキ。今日、私は息子を失いました。いえ、もしかしたら、もっと前から失っていたのかもしれません。
翌朝、私は普段通り5時に目を覚ましました。昨日の出来事が夢だったのではないかと一瞬思いましたが、枕元に置いたままのご祝儀袋を見て、現実だったことを思い知らされました。
朝食を済ませ、新聞を読んでいるとインターホンが鳴りました。時計を見ると朝の8時。こんな時間に誰でしょうか。モニターを見ると、配達員が立っていました。
「内容証明郵便です。サインをお願いします」
内容証明郵便。その言葉に私は少し緊張しました。差出人を見ると、見覚えのない法律事務所の名前が記されています。封筒はずっしりと重みがありました。
リビングに戻って慎重に封を切ります。中から出てきたのは数枚の書類でした。最初のページを読んで、私は息を飲みました。
「相続財産の確認及び今後の取り扱いについて」
送り主は、私の亡くなった姉の代理人弁護士でした。姉は3年前に亡くなりましたが、実は彼女は生前、ある会社の経営に携わっていたのです。私は急いで書類を読み進めました。そこには、驚くべき内容が記されていました。
私、石田ケイコは、株式会社エーテックの株式40%を所有する筆頭株主である――。
エーテック。その社名に、私は聞き覚えがありました。確か、タカユキが務めている会社の主要取引先ではなかったでしょうか。書類をさらに読み進めると、もっと驚くべき事実が判明しました。エーテックは複数の子会社を持つ持ち株会社で、その傘下にはタカユキの務める会社も含まれていたのです。
つまり、私は知らないうちに、息子の勤務先の実質的なオーナーの一人になっていたということです。
電話が鳴りました。見知らぬ番号です。
「もしもし。石田ケイコ様でしょうか? 先ほどお送りした書類の件でご連絡させていただきました、弁護士の田中と申します」
落ち着いた男性の声でした。姉は、私が68歳になった時点でこのことを知らせるように、と遺言を残していたそうです。ちょうど今年、私は68歳になりました。
「姉から何か伝言はありますか?」
「はい。『この財産はあなたが自由に使ってください。でも、本当に大切な人のためだけに使うこと。お金の価値を理解できない人間には、1円も渡してはいけません』とのことでした」
姉の言葉が、昨日の出来事と重なって、胸に突き刺さりました。姉の遺産は株式だけではありませんでした。都心の一等地にある不動産、複数の投資信託、そして現金。全てを合わせると、その資産価値は10億円を超えていました。
昨日まで、私は「たった300万円しか出せないケチな年寄り」でした。でも今は違います。知らないうちに、私は莫大な資産を持つ資産家になっていたのです。そして何より重要なのは、息子の運命が今や私の手の中にあるということでした。
スマートフォンが鳴りました。タカユキからのメッセージです。
「母さん、昨日はごめん。エミも反省してる。一度あって話せないかな」
私はメッセージを見つめながら、静かに微笑みました。「反省」ですか。何も返信することなく、私はスマートフォンを置きました。
その日の午後、タカユキ夫婦が私の家を訪れました。二人とも、昨日とは打って変わって神妙な表情をしています。
「母さん、開けてください。お願いします」
リビングに通すと、タカユキが口を開きました。
「母さん、昨日は本当にごめん。エミも反省してるから」
「お母さん、昨日は失礼なことを言ってしまって……」
ユミさんが頭を下げましたが、その目は明らかに不本意そうでした。そして、タカユキが話し出しました。
「実は、会社に行ったら大変なことになっていて。エーテックから通達があったらしくて、今後の取引条件の見直しをするって。うちの会社、売上の7割がエーテックとの取引なんだ。それで、なぜか僕の名前が出てきて、上司から『お前の母親と何か関係があるのか』って聞かれて……」
私は静かに、テーブルの上に置いていた書類を取り出しました。
「実は今朝、こんなものが届いたの」
内容証明郵便の封筒を見せると、二人の顔色が変わりました。
「これは、あなたたちの祖母……つまり私の姉が3年前に亡くなったのは知ってるわね。実は姉はエーテックの創業者の一人だったの。そして、その株式を私に残してくれていたのよ」
書類を広げて見せました。二人の目が、信じられないという表情で数字を追っています。
「40%……。筆頭株主ということは……」
「そうね。私があなたの会社の実質的なオーナーということになるわね」
ユミさんが口をパクパクさせていました。言葉が出てこないようです。
「それにしても、タイミングが良すぎるわね。昨日、私は『たった300万円しか出せないケチな年寄り』と言われたばかりなのに」
背後でユミさんが息を飲む音が聞こえました。
「ええ、教えてあげましょう。私は姉の遺産リストを取り出しました。株式の時価総額は約6億円、都心の不動産、その他の金融資産で2億円。合計で10億円を超えます」
二人は、固まっていました。
「それから、これまであなたたちに援助した金額を計算してみました。教育費、生活費、その他諸々で総額2500万円です。昨日、ユミさんは言いましたね。『たった300万円、お小遣い程度』だと。では、お聞きしますが、あなたは今まで私にいくら返してくれましたか?」
沈黙が流れました。
「ゼロですよね。それどころか、さらに要求してきた。タカユキ、あなたも同罪よ。妻の非常識な発言を止めもせず、むしろ期待していた」
私は、内容証明郵便とは別の書類を取り出しました。
「これは、今までの援助金額の明細と、返還請求の通知書です」
「返還請求……」
二人が同時に声をあげました。
「あら、おかしいですか? 他人への援助は、本来返してもらうものでしょう。昨日、あなたたちは私を家族ではなく金づるとして扱いました。なら、ビジネスライクに行きましょう」
「お母さん、お願いします……」
ユミさんが泣きそうな顔で訴えました。
「ああ、それからタカユキ。エーテックの筆頭株主として、傘下企業の人事についても意見を言える立場になりました。あなたの今後のキャリアは、私の判断一つで決まるということです」
タカユキの顔から、完全に血の気が引いていました。
「心配しないで。私はケチだから、無駄なことはしません。ただし――私は二人を交互に見ました。今後、私との関係をどうしたいのか、よく考えなさい。お金だけが目的なら、もう会う必要はありません。本当の家族として接したいなら、まず昨日の言動について心からの反省と謝罪が必要でしょうね」
ユミさんが突然、土下座をしました。
「お母さん、本当に申し訳ありませんでした! 私が間違っていました!」
しかし、私にはその謝罪が本心からのものではないことが分かっていました。彼女が恐れているのは、金銭的な損失だけです。
「ユミさん、顔をあげなさい。あなたは昨日、『たった300万円』と言いました。では、その300万円があなたにとってどれほどの価値か、これから実感することになるでしょう」
「どういう意味ですか?」
「簡単なことです。私からの援助は、今後一切ありません。新居の頭金も、家具代も、ハネムーン代も、全て自分たちで工面しなさい。あら、あなたの実家は裕福なんでしょう? きっと助けてくれますよ」
ユミさんは何も言い返せませんでした。実際、彼女の実家にそれほどの財力がないことは調べがついていました。見栄を張っていただけだったのです。
タカユキも、ついに膝をついて頭を下げました。
「母さん、本当にごめんなさい。僕が間違っていました」
しかし、私の心は動きませんでした。35年間の愛情を、金銭でしか測れない人間に育ててしまった。その事実が、何より悲しかったのです。
「タカユキ、ユミさん、頭をあげなさい。私からの最後の言葉として聞いてください」
私は、昨日用意していた300万円のご祝儀袋を取り出しました。
「これは、あなたたちへの最後の贈り物です。ただし、条件があります。今後、一切金銭的な援助を求めないこと。そして、本当の意味で自立した大人として生きていくこと」
「で、でも、新居の頭金が……」
「それはあなたたちの問題です。『たった300万円』と言ったあなたなら、きっと自力で何とかできるでしょう」
私は封筒を差し出しました。タカユキが震える手でそれを受け取りました。
「それから、エーテックの件ですが、私は個人的な感情で会社を動かすつもりはありません。ただし、タカユキの今後の評価は、純粋に実力で判断されることになるでしょう。今まであなたは、私の息子ということで、多少なりとも優遇されていた部分があったようです。でも、これからは違います。完全に実力主義で評価されます。頑張りなさい。本当の実力を示すチャンスよ」
タカユキの顔が青ざめました。彼も薄々、自分が特別扱いされていたことに気づいていたのでしょう。
「母さん、僕は本当に愚かでした。35年間、母さんがどれだけ苦労して僕を育ててくれたか。朝5時に起きて弁当を作ってくれたこと、パートを掛け持ちしてまで学費を工面してくれたこと。全部、当たり前だと思っていました」
タカユキの目から、初めて本物の涙がこぼれました。ユミさんも、ようやく本当の意味で自分の過ちに気づいたようでした。
「お母さん、私、とんでもないことを言ってしまいました。お金の価値しか見えていなくて、本当に大切なものが何か分かっていませんでした」
二人は重い足取りで帰って行きました。玄関でユミさんが振り返りました。
「お母さん、本当にもう会ってくれないんですか?」
「それはあなたたち次第です。お金目的ではなく、本当の家族として会いたいと思った時、連絡しなさい」
ドアが閉まり、静寂が戻ってきました。
その後の日々は、驚くほど平穏でした。姉の遺産の手続きを進めながら、私は新しい人生について考えました。10億円という資産。それは確かに大きな力でした。でも、私はそれを自分のためだけに使うつもりはありませんでした。
まず始めたのは、シングルマザーを支援する基金の設立でした。経済的に困窮している母子家庭に教育資金を提供するものです。最初の支援者との面談で、一人の若い母親が涙を流しながら言いました。
「石田様、本当にありがとうございます。この恩は一生忘れません」
「いいえ、これは投資です。あなたのお子さんが将来、社会に貢献してくれることを期待しています」
その母親の目には、ユミさんとは違う、真の感謝が宿っていました。さらに、私は地域の高齢者サロンも開設しました。同世代の女性たちが集まり、お茶を飲みながら人生を語り合う場所です。
ある日、タカユキから手紙が届きました。
「母さん、お元気ですか? あれから3ヶ月が経ちました。正直、最初は苦しかったです。でも、今は自分たちの力で頑張っています。エミも働き始めました。初めて自分で稼いだお金の重みを知りました。まだまだ大変ですが、初めて自立の意味が分かった気がします。いつか、お金のためではなく、本当の親子として会える日が来ることを願っています」
手紙を読みながら、私は少し希望を感じました。
日本海の見えるホテルのバルコニーで、私はつぶやきました。これが本当の自由というものね。68歳。人生はまだまだこれからです。息子のためだけに生きていた日々は終わり、自分のための人生が始まったのです。
姉が残してくれたのは、単なる財産ではありませんでした。それは、人生を自分の意思で生きる勇気と、真の価値を見極める知恵だったのです。
お姉ちゃん、ありがとう。私は空に向かってつぶやきました。春の風が優しく、私の頬を撫でていきました。今、私は本当に幸せです。お金があるからではありません。自分の人生を、自分の意思で生きているからです。
そして、いつかタカユキとユミさんが本当の意味で成長した時、また家族として会える日が来ることを、心のどこかで願っています。でも、それを待つ必要はありません。私には、私の人生があるのですから。
68歳の春。私の第二の人生は、今始まったばかりです。


