「お前なんか不要だ。高卒は首だな。まあ、多少目を瞑ってやってせいぜい我慢させてやってもいいが。どっちがいいんだ?」
新しく配属された課長は、国立大卒であることをやたらと自慢していた。俺みたいな高卒のくせに、何が分かるんだと、毎日のように嫌味をぶつけてくる。
「じゃあ、首でお願いします」
俺はそう言って、事前に用意していた辞表を机の上に置いた。課長は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニヤリと笑ってそれを受け取った。もう耐えられなかった。あの日々の嫌がらせに、これ以上合わせる顔なんてなかった。
俺の名前はケ太。38歳。大手ゲーム制作会社で係長を務めている。幼い頃からパソコンゲームに夢中で、いわば生粋のゲーマーだった。毎晩夜更かしして仮想世界で冒険するのが、俺の趣味であり、人生の楽しみでもあった。
しかし幸せな日々は、母の突然の死によって暗転した。俺がまだ幼い頃に母を亡くし、それからは父が俺を育ててくれた。父は強くて優しい人だったけど、母の代わりに俺の面倒を見るのは大変だったはずだ。
「うーん、弁当はこんなもんでいいかな。おかず、少ないかな」
「ありがとう。全然いいよ。行ってきます」
父は毎朝弁当を作ってくれていたが、正直、友達の豪華な弁当を見て羨ましいと思ったこともあった。おかずがたくさん入っていいな、と。でも父には言えなかった。感謝の気持ちは常に持っていたから。
高校卒業後、俺は今の会社に入った。
「本当にいいのか? 大学に入って、より詳しくシステムの勉強をする方法もあるんだぞ」
「大丈夫。早く俺の実力を社会で試してみたいんだ」
父に苦労をかけさせたくないという気持ちもあったが、幼い頃からパソコンに触れていたから、この技術をすぐに仕事で活かせると思った。趣味が高じて、今では非常に高いプログラミング技術を身につけている。
「お父さん、何それ?」
「ああ、これはな、プログラミングと言ってな。将来絶対に役に立つし、世間からも必要とされるぞ」
父もまたパソコンを仕事で使っており、俺は幼い頃から父の仕事を興味深く見ていた。パソコンの魅力に触れ、プログラミングの世界に魅了され、自らその道を進むことを決意した。
現在、俺はシステム開発の仕事に携わっている。
「ケ太さん、これ行けますか? ケ太さんにしか頼めなくて」
ありがたいことに、俺の技術はチーム内でも評価されており、多くのプロジェクトに参加している。無茶ぶりも来るけど、できる限りは対応したいと思っている。今はパソコンゲームの開発にも協力している。プログラミングスキルとゲーマーとしての経験を活かし、魅力的なゲームを生み出そうと日々奮闘していた。
「ケ太さんの技術はすごいですよね。早くて正確で。僕も早くそうなれるよう頑張ります」
部下の山田だ。彼も優秀な人物で、謙虚で、俺のことを慕ってくれている。上司や部下にも恵まれた環境の中で、俺は楽しく仕事に取り組んでいた。チーム全体が活気に満ち、アイデアを出し合いながら協力してプロジェクトを進めていた。
そんな中、異動の時期が訪れ、新しい課長がこの部署にやってきた。高橋課長、45歳くらいか。営業の経験は豊富だったが、この部署のような開発の仕事は初めてだったようだ。課長は国立大学を卒業したことを誇りに思っており、常に自分は優秀だと自負していた。
課長は部下たちの学歴を調べ、高卒の俺に目をつけ、冷やかしの言葉を投げかけてきた。
「おい、ケ太君。君って高卒で入社したんだよな。すごいなあ」
「たまたま求人があったから応募したんですよ」
学歴でしか判断しない人間かと思い、俺は特に気にせず相手にしなかった。そんなことより日々の業務に全力で取り組みたかった。
しかし、他の部下たちにも学歴に対する嫌がらせが行われていた。課長の影響もあって、彼らは学歴を持ち出される度に自信を喪失し、居心地の悪さを感じていた。俺はその日、部下たちを食事に誘った。
「課長のことは気にするな。君たちは優秀な人材だし、それぞれの能力を発揮しているんだから」
これは本心だった。課長のくだらない発言のせいで、彼らに委縮してほしくなかった。しかし部下たちは疲れ果てていた。
「ありがとうございます。でも、あんなことを毎日言われていたら、心も疲れてきます。どうにかならないですかね」
「山田、心配しないで。まずは課長の言動を記録して、上司や人事部に相談してみることも考えてみよう」
俺はそう提案した。山田と他の部下たちは少し元気づけられたようで、顔に自信と明るさが戻った表情が浮かんだ。
よし、これで一旦大丈夫かと思っていた矢先、課長が来て3ヶ月ほどして、部下の一人が辞めた。部下の退職を受けて、心が痛んだ。辞めた部下は学歴こそ高くなかったが、その能力と仕事への情熱は素晴らしかった。彼は部署の中でも頼れる存在で、みんなからの信頼も厚かった。
俺は怒りを抱えながらも、再び課長と向き合う覚悟を決めた。
「課長、辞めた部下のことを真剣に考えてください。学歴だけでなく、彼の実績と貢献を見てください。彼は素晴らしい人材でした。学歴よりも、現在やっている仕事をちゃんと評価してください」
しかし課長は俺の言葉を無視し、冷たい笑みを浮かべて答えた。
「俺は学歴にこだわるんだ。君たち高卒の奴らには限界がある。どんなに頑張っても俺のレベルには届かないさ」
だめだ。伝わらない。俺はモヤモヤしたまま、松本部長のオフィスに向かった。部署の状況や課長との葛藤について正直に語り、このままでは部署が崩壊してしまうことを訴えた。部長は重く俺の言葉を受け止め、じっと考え込んだ後、深いため息をついた。
「少し時間がかかるかもしれないが、俺に任せろ。君たちの力を信じているし、私も責任を持って対処するよ」
「ありがとうございます。お願いします」
俺はこの先の明るい未来を信じていた。
ある日、俺は課長から呼び出された。
「お前、部長に何と言ったんだ?」
課長が眉間に皺を寄せて詰め寄ってきた。
「課長、私は部下たちの意見を部長に伝えただけです。現場で起こっている問題や課題を共有し、解決策を模索しているだけです。部長もどうにかすると言ってくれました」
しかし課長の怒りは収まるどころか、ますます激しくなり、大声で俺を攻め立てた。
「そんなことは関係ない。お前は高卒のくせに何が分かるんだ? 高卒のくせに俺に意見するつもりか? くだらない」
課長の大声が響き渡る中、俺は冷静な表情を崩さずに答えた。
「意見を述べたわけではありません。ただ部署内の状況を正直に伝えただけです」
しかし、その俺の冷静な態度が課長をなおさら怒らせたようだ。課長は声をさらに強めて俺に向かって罵倒してきた。
「お前なんか不要だ。高卒は首だな。まあ、多少目を瞑ってやってせいぜい我慢させてやってもいいが。どっちがいいんだ?」
怒りが胸に込み上げる。その言葉は俺の心をえぐるような痛みを与えた。俺だけではなく、部下たちのこれまでの努力や実績が一瞬にして否定されるのかと思うと、胸が締めつけられる。
俺は極めて冷静に辞表を渡しながら答えた。
「じゃあ、首でお願いします」
辞表は、何かあった時に備えて少し前に書いたものだった。課長は一瞬驚いたような表情をしたが、すぐにニヤリと笑いながらそれを受け取った。
「後で戻りたいなんて言っても無理だからな」
俺は静かに頷き、部屋を後にした。荷物をまとめていると、一部始終を知った部下たちが俺を引き止めようと必死になった。
「係長、待ってください。まだなんとかなるかもしれません」
部下たちの声が響く中、俺は苦悩の表情を浮かべながら固く頷いた。
「ありがとう。でも、これは俺の決断なんだ。最後まで守ってやれなくてごめん」
俺は部下たちに感謝と謝罪の言葉を告げながら、部屋を後にした。
翌日、見知った番号から電話がかかってきた。会社からだ。電話に出てみると、相手は課長だった。
「おい、今すぐ出社してこい」
俺は課長の要求に対し、固く断りの言葉を返した。
「私は辞表を出している以上、もう出社はできません」
課長は激怒し、怒鳴り声をあげながら暴言を浴びせてきた。しかし俺はその言葉には一切耳を貸さず、電話を切った。
しばらくすると、また電話がかかってきた。何度もかかってきて、あまりにもしつこいので電話に出てみると、今度の相手は部長だった。
「会社へ戻ってくれないか」
部長まで。まあ、それもそうか。実は現在携わっているゲームの字幕を様々な言語に翻訳できるツールは、俺にしか作れないのだ。そのツールも部下への引き継ぎをしている途中だったが、課長のせいでその部下は辞めてしまった。
「部長、私が作っている字幕翻訳ツールは、他の誰にも作れない独自のものです。それを引き継いでいた部下もいましたが、課長の対応が原因で彼が辞めてしまいました。私は学歴に関係なく、才能や能力を見て人材を評価するべきだと思います。学歴だけで人を判断するやり方はおかしいと思います。課長の存在が、私にとっては重荷でした。部長にはお世話になったのに、本当に申し訳ないです」
俺は自身の考えを改めて部長に伝え、課長のやり方に疑問を抱いていることを明確にした。学歴だけで能力を判断することは、チームの成果を制限し、優秀な人材を逃してしまう結果につながるのだと主張した。
部長は俺の言葉を真剣に受け止め、考え込んだ表情で頷いた。
「君の言葉には共感できる部分がある。学歴に偏った評価は時代遅れだと感じているし、部下が辞めたことも心苦しい。もう一度チャンスをくれないか。とりあえず一度、会社に来てくれないか。課長への処分は後で話す」
俺はとりあえず会社へ向かった。会議室に入ると、部長と課長が向かい合って座っていた。俺は少し緊張しながらも、とりあえず挨拶をした。部長は重い表情で俺を見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「実は昨日の会話を受けて、我々としても状況を変える必要があると考えたんだ。課長のやり方に問題があり、それがチームの士気や成果に影響を与えていることを、やっと認識した。そのため、課長には降格処分を下すことにした」
課長は無表情で部長の言葉を受け止めていた。彼の傲慢な態度や嫌味な発言が、ついに反映される結果となったのだ。
「さらに、課長にはこの部署から移動してもらう」
課長は静かに頷いた。俺はさらに進言した。
「このまま課長の考えが変わらない限り、またどこかで同じようなことが起こってしまうと思いますよ」
課長は黙って俯いたまま、何も話さない。課長の顔からは悔しさや苛立ちが滲み出ていたが、自分のプライドからなかなか言葉に出すことができなかったのだろう。
その時、部長がついに怒りをあらわにし、課長に向かって厳しい言葉を投げかけた。
「しっかり反省するんだな。さもないと、次は首だぞ」
その一言で課長の背筋がピンと伸び、課長は部長にまっすぐに向き合った。この状況を通じて、課長も自身の行いに少しは反省の念を抱いていることだろう。課長は小さな声で謝罪の言葉を口にした。
「すみませんでした」
部長は俺の辞表を取り上げ、翌日からもう一度会社に来てくれるように頼んできた。部長は俺の才能を高く評価し、俺を重要なポジションに抜擢する意向を示していたようだ。課長が異動した後は、俺を新しい課長に推薦すると言った。部長は俺のリーダーシップと能力を信頼しており、組織を引っ張っていくのにふさわしい人材として見てくれたようだ。
しかし俺は、その前に部長にお願いをした。
「昇進の話はとても光栄ですが、もう一つお願いがあります。引き継ぎの途中で退職した部下を、再び戻していただけないでしょうか? 彼は貴重な人材であり、チームの一員として必要な存在です」
「今すぐに連絡する」
部長の口調からは、真剣さと決意が感じられた。幸いなことに、その部下はまだ最終的な就職先が決まっていなかったため、会社へ戻ることを了承してくれた。彼は経験やスキルを活かしつつ、再びチームの一員として働いてくれることとなった。
実は、俺の父も以前この会社で働いており、部長の上司だった。俺の父は優れたエンジニアであり、組織で高い評価を得ていた。父が退職した後も、家族ぐるみの交流は続いていた。俺の高いプログラミング技術も、父からの教えだ。父からの教えと励ましは、俺がプログラミングの道に進む際に大きな支えとなった。
部長は父に可愛がられていたこともあり、とても感謝していたようだ。そのため今回の一件においても、部長は直ちに対応してくれたのだ。
課長と部長と俺の三人で話した後、部長は課長にぶち切れたらしい。
「課長、君の言動には失望している。なぜ君に対してあんな失礼な言葉を浴びせたんだ?」
「部長、学歴のない高卒が作ったシステムを信じるわけにはいかないと思ったんです」
「愚か者め。ケ太君はこの会社の中でも最も優秀なエンジニアであり、彼の実力は見逃せないほどだ。彼の父親には非常にお世話になったんだ。とはいえ、息子だからと言って採用したわけではない。彼の実力を買って、この会社に来てもらったんだ」
「え、そ、そうなんですか……」
課長はがっくりと項垂れていたとのことだ。これ以上、課長に傷つけられる人がいなくなってくれればいいと願う。
部長は俺の父に対する感謝の気持ちを持ちながら、息子である俺に対しても特別な期待とサポートを与えてくれた。
「山田、よく戻ってきてくれた。ありがとう」
そう、一度辞めて戻ってきた部下は、俺のことを慕ってくれていた山田だった。山田が辞めた時は、内心とても焦っていた。しかしこうして戻ってきてくれて、俺はとても嬉しいし心強い。
「もう課長いないんですね。それなら頑張れます。ケ太さん、またよろしくお願いします」
それにしても、よく次の就職先を決めずに辞めたな。普通は決めてから辞めるのだが。まあでも、それが幸いしたからよかった。
俺は心に決意を秘めながら、これからの道は再スタートだと思った。俺は部下たちと共に困難な状況に立ち向かいながら、新たな一歩を踏み出していく覚悟を決めた。



