病院のベッドで目が覚めた。全身が痛む。夫に突き飛ばされた記憶が蘇る。そんな時、看護師が知らせてきた。「ご主人様が交通事故に遭い、隣の病室に運ばれました」。仕方なく見舞いに行くと、夫は「来てくれたのか」と手を握ってこようとした。私はその手を払いのけた。「汚い手で触らないで」。すると夫は焦ったように布団を抑えた。その瞬間、何かが視界に入った。私は勢いよく布団をめくった。そして、その中にいた人物を…

病院のベッドで目が覚めた。全身が痛む。夫に突き飛ばされた記憶が蘇る。そんな時、看護師が知らせてきた。「ご主人様が交通事故に遭い、隣の病室に運ばれました」。仕方なく見舞いに行くと、夫は「来てくれたのか」と手を握ってこようとした。私はその手を払いのけた。「汚い手で触らないで」。すると夫は焦ったように布団を抑えた。その瞬間、何かが視界に入った。私は勢いよく布団をめくった。そして、その中にいた人物を...

目を覚ますと、そこは病院のベッドだった。頭が痛い。体中が痛い。何があったのか思い出そうとすると、夫に突き飛ばされた記憶が蘇ってきた。

看護師が部屋にやってきて、信じられない知らせを持ってきた。
「ご主人様が交通事故に遭われて、偶然にも隣の病室に運ばれてきました」
私はすぐに夫に会いたいとは思わなかった。でも、足は自然と夫の病室へ向かっていた。

「まこ、来てくれたのか」
夫はわざとらしく手を差し出してきた。その姿を見た瞬間、寒気がした。
「怪我がした。汚い手で触らないで」
夫の手を払いのけると、夫は大げさに驚き、布団を抑えようとした。その一瞬、何かが見えた気がした。
「なるほどね。そういうことだったのね」
「何のことだ?」
とぼける夫を無視して、私は夫の布団を勢いよくめくった。

あれは、私たちの生活が少しずつ崩れ始める前のことだった。私は一日中、家事と育児に追われていた。息子が生まれ、三人暮らしが始まったが、思い描いていた生活とはほど遠かった。夫が失業したのだ。失業といってもリストラではなく、会社が倒産してしまった。最初は「早く仕事を見つけるよ」と張り切っていた夫だったが、なかなか思うようにいかないうちに、次第に就職活動を諦めるようになった。

幸い、私は結婚前に取得していた資格を活かして仕事を見つけることができた。家族が路頭に迷うことはなかったが、夫はその状況に甘えるようになった。有効病が収束しても、夫は家でごろごろするばかりだ。私の稼ぎだけで生活できないことはない。問題は、夫が家事も育児も一切やらないことだった。
「少しは家のことをやってほしい」
そう言っても、
「だらだらしているように見えるかもしれないけど、今就活サイトを見てるところだから」
と、何かと理由をつけて手伝わない。息子を見ていてほしいとお願いしても、ただ眺めているだけだ。

仕事に慣れるまでの間、母と妹に家のことを手伝ってもらうことにした。母は「赤ちゃんの面倒を一日中見られるなんて嬉しいわ」と張り切ってくれた。妹も「花嫁修行だと思って頑張るね」と言ってくれた。夫に頼むより何倍も頼りになる。そう思いながら、私は久しぶりの仕事に向かった。この時は、これが後に大きな間違いになるなんて知る由もなかった。

仕事にも慣れ、自分で家事も育児も頑張ろうと決心した私は、母と妹にお礼を言った。
「お母さんもレナも本当にありがとう。これからは家族で頑張ってみる」
すると妹が、
「私も結構頑張ったんだよ。大輔さんとも協力してやったんだから」
と夫の方を見る。夫が家事を?一瞬驚いたが、義母がいる手前、いつも通りソファーで寝転がっているわけにはいかなかったのだろう。夜けに親しげに目を合わせて笑い合う夫と妹の姿に、多少の違和感を覚えたが、夫が少しでも成長したのだと思うとありがたかった。

その後、夫は私に言われたことに関しては少しだけやるようになった。しかし、忙しい時にいちいち声をかけるのも面倒で、ほとんどワンオペ状態だ。愛する息子のために疲れた体に鞭を打ちながら毎日過ごしていた時、突然夫が再び就職活動を始めた。
「いいところ見つかるといいわね。行ってらっしゃい」
こんな風に見送るのは本当に久しぶりだった。これで夫が再就職し、互いに協力しながら生活できたらいいなと思っていた。しかし、どうも夫の様子がおかしい。スーツで出かけた夫が帰宅するといつも香水の香りが漂ってくるのだ。それも、石鹸の香りで有名な女性用の香水だとすぐに分かった。
「ねえ、これって香水の香り?珍しいわね」
それとなく聞いてみると、夫は焦ったのか、私から表情が見えないように顔を背けながら、
「就活には清潔感が大切だろ。あとカレー集がしないように気を使ってつけてるんだよ」
と答えた。お店の人に勧められて購入したらしい。不審感は拭いきれなかったが、それ以上怪しいことはなかったため、様子を見ることにした。

そんなある日のこと、夫が帰ってくるなり「先に風呂入ってくる」と言ってスーツのジャケットを渡してきた。それを受け取った私は固まってしまった。ジャケットに付いていた長い髪の毛。私はショートヘアだ。絶対に家で付いたものじゃない。就活に行っていたはずの夫の背中になぜか長い髪の毛が付いている。女性の香水に長い髪の毛。頭の中に「不倫」という二文字が浮かび上がった。

「どうしたの?」
不思議そうにする夫に、私は髪の毛を目の前に突き出した。
「あれ?どういうこと?どう見ても私の髪の毛じゃないわよね。どこかで女性と密着する時間が面接に組み込まれてたの?」
「なんだよ急に。外歩いてたらつくかもしれないだろ」
夫は私を馬鹿にしたように見てくる。
「そうかしら。じゃあその香水は?冷静に考えたら、女性物の香水を勧めてくるなんて珍しいわよね。どこの店で買ったの?答えられないの?」
確信をつくことを聞くたびに、夫の表情は曇り、口数が少なくなっていく。
「今日はどこの会社の採用試験を受けてきたの?」
夫は言葉をつまらせた。私は、馬鹿にされたお返しとでも言うように、挑発的な視線を投げかけた。

次の瞬間、私は目の前が真っ暗になった。頭を打った。夫に突き飛ばされたのだ。意識は朦朧としながら、頭だけではなく体中が痛い。

ようやく目が覚めたのは、翌朝の病室のベッドだった。
「息子は大丈夫かしら?どうしてこんなことに?」
看護師からは、階段から落ちて意識を失ったのだと説明を受けた。夫が慌てて救急車を呼んだらしく、息子は実家で見てくれているという。それを聞いて、つくづく思った。都合が悪くなると手を出すなんて最低だ。逆に考えれば、夫は私にバレてはいけないことをしていることを認めたも同然だ。

もう許さない。絶対に復讐してやる。私はそう心に誓い、病室からでもできる準備を進めた。

退院が決まり、担当医に挨拶をしていると、看護師が走ってやってきた。夫が交通事故に遭い、たった今搬送されてきたため、病室へ様子を見に行って欲しいとのこと。同じ病院に搬送されるなんて、偶然すぎる。夫の病室へ行くと、隣のベッドには女性が横たわっていた。

「なお子、来てくれて嬉しいよ」
どの口が言っているのか。私は別に夫の姿を見ても全く喜びを感じない。夫は不自由なく会話はできる程度ではあったが、数か所に包帯が巻かれている。
「なるほどね。そういうことだったのね」
私は冷静に言い放った。
「なんだよ。普通は心配するものだろう」
「それ、あなたが言えるセリフかしら?私は頭を打って入院するはめになったのよ」
夫は分かりやすく目をそらす。
「まあいいわ。今日会えてよかった。離婚しましょう」
私は、疑念が確信に変わった。今、離婚を切り出した。
「ああ?なんだよ。急に意味わかんねえよ」
平静を保とうとしている夫だが、動揺しているのが分かる。
「就活だとか言っておいて、不倫してたのよね」
「はあ?そんなわけないだろう」
「じゃあ、これは何?」

私はそう言って、彼の布団をめくった。布団の中には、驚いた顔の上、夫の妹が横たわっていた。

夫と一緒に車に乗り、交通事故に遭ったという女性は、私の妹だったのだ。妹は私を見たまま、わあわあと口を動かす。
「ち、違うの!お姉ちゃん。これはその…」
へらへらと笑いながら必死に弁解しようとする夫と妹の前に、私はスマホの画面を差し出した。思わぬ形で二人の不倫を確信できることになってしまったが、呼び出さなくても目の前にいるのは、私にとって好都合だ。
「何を言っても無駄よ。証拠もこんなに揃っているから」
夫と妹は、私が持っている決定的な証拠写真に目を丸くして驚いている。それに、先日夫に突き飛ばされた時の動画も残っている。実は、夫の香水の件で怪しいと思った時から、探偵事務所に調査を依頼していたのだ。入院中、ちょうどその調査結果が送られてきて、証拠が揃った。そして、夫との会話は何か証拠になるかもしれないと思い、動画も回していたのだ。

「私が家にいないからって、日曜日にお出かけしてたの。全部バレてるから。しかも、相手が妹だなんて最低よ」
決定的な証拠を目の前にして、二人は何を言えばいいのか迷っているようだった。どんな言い訳をされても、許すつもりはないけれど。私が復職した当時、母と妹が手伝いに来てくれていた時に、夫とこんな関係になったのだろう。妹が帰る日、意味あり気に夫とアイコンタクトを取っていることに違和感を覚えていたが、それがこんな形になるなんて思いもしなかった。

「お姉ちゃんの旦那さんを本気で相手にするわけないじゃない」
「大輔さんの方から言い寄ってきたのよ」
「はあ?そんなわけないだろ。自分の方が可愛いとか言って媚を売ってきたんだろう」
自分は悪くないと言い始めた妹に、夫は大声で弁解する。事故に遭った直後だっていうのに、随分仲がいい。私は救いようのない二人に冷めた視線を送った。

夫に離婚を拒否する権利なんてない。私は、まだ話さないといけない相手がいる。
「詳しい話はまた後で弁護士から書面で届くと思うわ。お大事に」
そうだけ伝えて、私は実家に向かった。息子を一刻も早く自分の元へ連れ戻したかった。

突然実家に帰ってきた私を見て、父と母が驚いた顔をしていた。
「あら、なお子。あなた階段から落ちたって」
「ええ、大輔から聞いたの?」
それとも「れ」。私は母の腕の中にいた息子を自分の方に抱き寄せる。いつもと様子の違う私に気がついた母は「お茶でも入れましょうか」と立ち上がったが、私はそれを止めた。
「座って。お父さんにも見て欲しいものがあるの」

私は、病室で夫や妹にも見せた二人の不倫の証拠を机の上に差し出した。
「これ…なんで?」
父は驚きのあまり言葉を失い、母は顔を真っ青にしている。それもそのはず。この写真には、夫と妹だけではなく、母も写っているのだから。
「これを見る限り、お母さん公認の中に見えるんだけど」
夫と妹は二人で会っていただけではなく、日によっては母も交えて旅行に行っていたのだ。探偵事務所から送られてきたものの中には、音声データもある。私はそれを大音量にして流した。

「なお子は仕事人間で完璧主義でしょ。大輔さんはレナと一緒になった方が幸せになれると思うのよ。国さんが亡くなれば保険金も手に入るし、三人で暮らしましょう」

国というのは、私の父の名前。母は私を馬鹿にするだけではなく、父のことも軽蔑していたのだ。
「お前、俺が早くあの世に行けばいいと思っていたのか?」
「私は仕事人間で堅苦しいって?そりゃあ、あの大輔っていう何もしない大きな子供が家にいるんだから苦労するわよ。不倫を推奨するなんて最低ね」
父と私に攻められた母の頭の中は、きっと真っ白なはずだ。
「ち、違うのよ。なお子のことも国さんのことも大切に思ってるわ。ちょっと冗談が過ぎたっていうか…」

夫と妹と一緒になって楽しそうに笑っている母の声は、何度聞いても冗談には聞こえない。こんなことを冗談で言う人が母親だなんて。もう、何を言われても母を信じることはできなかった。
「三人でお出かけは楽しかった?そのお金は誰が稼いだものだと思う?私よ。仕事人間だなんて言ってるけど、働かないと生きていけないのよ。馬鹿にするのもいい加減にして」
「お前もレナも、許されないことをしたんだぞ。自分の娘を苦しめてどういうつもりなんだ」
父は大激怒。私は、母にも妹にも慰謝料を請求させてもらうと伝えた。父は私の判断を尊重してくれるという。
「じゃあ、今日は帰るから」

私は顔を真っ赤にしてうろたえる母とは目を合わせず、息子を連れて帰路に着いた。せっかく退院できたのに、最悪な日だった。私は三人を絶対に許さないと思いながらも、これからは幸せになろうという気持ちで、ぎゅっと息子を抱きしめた。

数日後、退院してきた夫が帰ってくるなり土下座をしてきたが、そんなことをしてももう無駄だった。私には動画も写真も、様々な証拠が揃っている。不倫に加えて、すぐに手を出す男なんてうんざりだ。
「そんなことしても意味ないわよ。そのうち弁護士から連絡が行くと思うから。慰謝料と養育費、お願いね」

私は新たな生活のために、息子と二人で暮らすアパートを借りた。
「その子に父親がいないとかわいそうだと思わないのか。それにレナちゃんとは本気じゃなかったんだよ。仕事がなかなか見つからなくて、ストレスで…」
息子を放って不倫していた奴が、何を言っているのだろうか。
「こんな父親ならいない方がマシよ。それに、ワンオペの私の方がストレスでおかしくなりそうだったわよ。それを見て見ぬふりしてたくせに、いい加減なこと言わないで」
私は最後まで離婚したくないと騒ぐ夫を無視して、新しい家に向かった。

弁護士が間に入ってくれたこともあって、後日無事に離婚が成立。話していた通り、私は元夫と妹、母の三人に多額の慰謝料を請求した。父と母は離婚することに決めたらしい。その後、実家を追い出された母と妹は元夫のところへ助けを求めてきたが、元夫は無職。結婚した時に購入したマンションは売り払うはめになり、三人はボロアパートで身を寄せ合って暮らしていると聞いた。

こんな生活のために、花嫁修行なんてしてたのかしら。私は三人の生活の様子を想像し、妹が「花嫁修行だと思って家事を手伝う」と言っていたことを思い出す。二人が不倫をしていると分かった時はショックで固まってしまった。私が家のことを手伝って欲しいと言わなければ、こんなことにはならなかったのかもしれないと何度も思った。夫の再就職をもっとサポートできたらとも考えた。しかし、どれも不倫をしていい理由にはならない。それに、不倫を母が推奨していたのだから、いつかはこんな結果になっていたかもしれない。

私は自分自身を責めるのをやめ、前を向く。私には宝物がいる。そう思って、息子を見つめた。新しい家は職場が近く、息子を預ける保育園も決まって、以前よりいい暮らしができそうだ。父とは定期的に会っていて、これからは自分が大切だと思う人とだけ付き合っていこうと心に決めた。私は愛する息子のために、仕事も家事も頑張っていこうと気持ちを新たにするのだった。

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