「給料泥棒の老害は首だ。社員証をシュレッダーにかけろ」
新社長・河田の怒号がフロアに響き渡った。次の瞬間、俺の胸元から社員証が乱暴に引きちぎられ、高性能なシュレッダーが耳障りな音を立ててそれを粉々にした。
「これでもうお前は我が社の社員じゃない。さあ、とっとと出ていけ」
静まり返ったフロアに、シュレッダーの唸りだけが残響していた。誰もが息を呑み、動けずにいる。「わかりました」。俺はその場で退職届を書き上げ、机に叩きつけた。最後に社員証の残骸を見下ろしながら、心の中で静かに告げた。
「これで終わりだと思うなよ」
俺の名は桜井両平。52歳になる。現在は豊島工業という工場で働いている。ここは元々10人にも満たない小さな会社だったが、高い技術を活かして難しいプロペラ整形や航空機のフレーム製作を受注するようになり、今では従業員50人を超えるまでに成長した。
俺がこの仕事を志したのは、飛行機好きだった父の影響だ。家から航空自衛隊の基地が近く、毎年開催される航空祭によく連れて行ってもらった。初めて見た大きな飛行機の感動は今も覚えている。ブルーインパルスの曲技飛行には圧倒され、「いつかパイロットになる」と夢を抱いた。父は自転車店を営み、地元から愛される温かい家庭だった。
しかし、そんな生活も中学に上がるまでだった。父に末期がんが見つかり、2年後に亡くなってしまう。元々病弱だった母はさらに衰弱し、働くことができなくなった。俺は中学を出たら就職すると決め、パイロットの夢を断念した。それでも飛行機への関わりだけは絶ちたくなかった。航空機部品を作る会社を巡り、最終的に豊島工業に就職したのだ。
入社を決めたのは、社長・豊島さんの人柄だった。豊島さんはとても優しく、子供がいないこともあって俺を実の息子のように可愛がってくれた。右も左もわからない中卒の俺に、一から技術を叩き込んでくれた恩人だ。高校に行けなかった俺に通信制高校を勧めてくれたのも豊島さんで、20歳から4年かけて高卒の資格を得た。豊島さんは単なる社長ではなく、第二の父のような存在だった。
そんなおやっさんも今では75歳。それでも現役で現場に立ち続けていた。ある日、作業中に不自然に右手を握ったり開いたりしているのに気づいた。
「おやっさん、どうしたんですか?」
「いや、なんか右手がしびれるんだよな」
「一度病院で見てもらった方がいいですよ」
「何言ってんだ。大げさだな。ちょっと休めば治るさ」
そう言って豪快に笑う豊島さんを見て、俺は安心してしまった。この時、もっと強く病院を進めるべきだった。数日後、豊島さんは脳梗塞で倒れたのだ。命は取り止めたが、右半身が不自由になり、現場復帰は絶望的となった。
「お前のせいじゃないだろ。気にするな」
病床で濁った言葉を紡ぐ豊島さんを見て、俺は彼のために豊島工業を盛り立てることを誓った。
しばらくして、同僚が明るい顔で話しかけてきた。「どうやらこの会社、潰れずに済むらしいぞ。投資会社が買収するんだと」。落ち込む豊島さんの奥さんを説得し、買収が成立したらしい。俺は一安心したが、それは間違いだった。
「買収した河田社長の噂、聞いたか? 結構強引に話を進めたらしいぞ。奥さんを言葉巧みに言いくるめたんだと」
さらに「河田はこれまでいくつもの会社を安く買収してはコストカットで黒字に見せかけ、転売してきた」というのだ。そのせいで潰れた会社は数知れない。俺たちは不安を抱えながらも、仕事を続けるしかなかった。
河田が新社長に就任してから、現場は混乱した。彼は東京の有名大学で経営学を学んだらしいが、現場のことを理解しようとしない。学歴で人事を決めたせいで、ベテラン作業員の経験や技術が無視され、トラブルが多発した。
「このままじゃ仕事にならねえよ」
同僚たちの嘆きが大きくなる中、俺は現場を代表して河田社長に意見しに行った。
「社長、現場に必要なのは経験と技術であって、学歴ではありません。人事を元に戻していただけませんか?」
「なんだお前? 偉そうに」
彼は俺の胸元の社員証を確認すると、手元の資料を調べ、突然吹き出した。
「この俺に大きな口を叩くから、いい大学を出てるのかと思ったら高卒だと。しかも通信制ときたもんだ」
「高卒ごときが経営に口を出すな。俺は大学で経営学を学んでるんだ。お前なんかより経営のことはずっと分かってるんだよ」
全く聞く耳を持たない河田社長に、俺は説得を諦めた。その後も何度か直訴したが、その度に追い払われるだけだった。それでも俺は現場をまとめ上げ、必死に作業を続けた。
ある日、俺が汗を拭いながら現場を回していると、前触れもなく河田社長が現れた。
「高卒にうちの会社の仕事は無理だ。今後、研究開発に関わることを禁じる」
突然の宣告に、俺だけでなく周りの同僚も驚きで固まった。
「お言葉ですが、現場に学歴は関係ありません。これまでの功績や技術で判断してください」
冷静に抗議したのが、逆に気に食わなかったようだ。河田社長は激怒し、「涼しい顔しやがって」と吐き捨てた。
「俺のやり方に文句があるなら出ていけ。給料泥棒の老害は首だ」
そう叫ぶと、俺の胸元から社員証を奪い取り、そのままシュレッダーにかけてしまった。勝ち誇った顔で見下す河田社長を見て、もう何もかもが馬鹿らしくなった。もうここは、俺の愛した豊島工業ではない。
俺は退職届をその場で書き上げ、河田社長に叩きつけるようにして、長年勤めた会社を後にした。
会社を追われた俺だったが、腐ってはいなかった。新規に「Rエンジニアリング」という金属加工会社を立ち上げたのだ。最初は小さなガレージからだったが、航空機だけでなく自動車や鉄道業界からも受注を得るようになり、会社は急成長。俺の腕を信じて元同僚たちも集まり、会社は100人規模にまで拡大した。
「豊島工業が最近、業績が低迷してるらしいぞ」
元同僚の言葉に、俺は鼻で笑った。俺が辞めたことで現場が回らなくなり、納期の遅れが続いたのだ。取引先からの信用を失い、契約の打ち切りも出ているらしい。俺は豊島さんから受け継いだ熟練の技と数々の溶接資格を持っていた。それらの難しい仕事を請け負える技術者が、豊島工業から消えてしまったのだ。今では多くの取引先が、俺の技術を求めてRエンジニアリングへ乗り換えている。
しばらくして、俺のスマホに河田社長からしつこく電話がかかってくるようになった。俺は無視を決め込んだが、1週間後、今度は本人が直接乗り込んできた。
「うちと組まないか」
「お前が作った会社なんて、どうせ今にも潰れそうなんだろ。昔のよしみで助けてやる。悪い話じゃないだろ?」
謝罪もなしに業務提携を申し出るとは、どれだけ図々しいのか。俺は丁寧に断った。
「申し訳ありませんが、それはできません。うちは赤字でもなければ取引先にも困っていません。業績が傾いているそちらの会社と手を組むメリットは一切ありません」
逆上した河田社長は「後で見てろよ」と捨て台詞を残して去っていった。
数日後、取引先から驚くべき連絡が入った。「最近、業界内でRエンジニアリングの悪評を耳にするのですが、あれは本当ですか?」
身に覚えのない悪評ばかりだった。調査すると、噂の出所が河田社長であることが判明。俺に断られた腹いせに、虚偽の噂を流していたのだ。売上は一時落ち込んだが、俺は従業員たちを集めて言った。
「技術と信頼があれば、根拠のない噂に負けることはない。これからも自分たちの仕事に誇りを持って、誠実に仕事をしてほしい」
従業員たちは自信を取り戻し、売上はすぐに右肩上がりとなった。一方、河田社長は噂流しに夢中で自社の問題を放置し続け、豊島工業の業績は急激に悪化。さらに、彼の脱税が発覚して逮捕。社長も解任となった。
俺は彼が流した虚偽の噂に対して名誉毀損で訴訟を起こし、業務妨害や不正競争防止法違反でも法的手続きを進めた。そして、買収を表明し、豊島工業を買い取ることにした。
「完全に潰れる前に買い取れて良かった」
おやっさんが大事に育てた会社だ。感謝を込めて、社名をR&Tエンジニアリングと変え、再出発を果たした。
数年後、大手重工業会社と協力し、新型の小型訓練機の設計に携わることになった。そして、その機体が完成し、自衛隊に納入されることが決まった。今日は地元の航空祭で初披露される日だ。俺はどうしてもおやっさんに見て欲しくて、彼を航空祭に誘ったのだ。
「おやっさん、これです」
杖をついて歩くおやっさんを案内し、目の前の小型訓練機を示すと、彼は食い入るようにしてそれを見つめた。そして、その目にじわりと涙が浮かぶ。
おやっさんが泣くところなど、初めて見た。彼は俺の視線に気づくと、乱暴に涙を拭い、大きな口を開けてニカッと笑った。
「さすが俺の一番弟子だ。よくやった」
その言葉に照れていると、俺たちの目の前で訓練機がゆっくりと動き出す。デモフライトが始まるのだ。俺が手掛けた訓練機は、滑るように滑走路を走ると、勢いよく大空へ飛び立った。同時に周囲から大きな歓声が上がる。
俺とおやっさんは一緒に空を見上げ、自由に飛び回る訓練機の飛行を、いつまでも眺めていた。



