「みかじめ料を払えないって言うなら、お前ら全員店ごと潰してやるまでだ。2度と営業できないようにしてやる」
私の馴染みの定食屋が繁盛していることを嗅ぎつけたヤクザが、みかじめ料を請求しにやってきたのだ。しかし何度来ても店長は頑なに支払いを拒み、追い返していた。
しびれを切らしたヤクザが仲間を数人引き連れて現れ、店を荒らし始めたという。
店をめちゃくちゃにされ、悲観に暮れる店長を見て、私はヤクザに対する怒りで腹が煮えくり返っていた。
「せめて知り合いに極道がいれば…」
店長の妻の言葉を聞いた私は、母と顔を見合わせ、そのヤクザがどこの組の所属なのかを店長に尋ねた。
その後、店の中に吉尾の泣き喚く声が響くことになるのである。
私の名前は西ゆり子。結婚を機に地元を離れ、今は専業主婦として生活している。
ある日、地元に住んでいる学生時代の友人から結婚式の招待状が届いた。私が今住んでいる場所から地元まで、片道で約2時間ほどの距離がある。
加えて式は10時からなので、準備の時間も考慮すると朝一番に家を出なくてはならない。通勤ラッシュの時間帯ともなれば、満員電車に揺られて過ごすはめになるのは目に見えている。
そこで私は母に連絡を入れ、結婚式の前日に実家へ泊まることにした。
当日、私の母である西ズは帰宅した私を笑顔で出迎えてくれた。
「お帰りなさい。ゆり子、久しぶりね。なんだかもう何年も会っていないみたいに感じるわ」
「もうお母さんったら、今年の正月以来でしょ」
「まあ確かに、私も最近はあっという間に時間が過ぎちゃう感じがするかな。子供の頃は1年が長く感じたんだけどね」
「大人と子供は体感時間が違うって言われているからね。通りで子供があっという間に大きくなるわけだわ」
「本当に年は取りたくないわね」
母との会話に花を咲かせる中、私はあることを思い出した。
「そうだ。駅前の定食屋ってまだ営業しているのかな?」
森入駅のほど近くに、私が小学生の頃によく通っていた定食屋がある。そこのとんかつ定食が大好きで、その店を訪れるたびに私は同じメニューを注文していた。
「ああ、あそこね。のれんが出ていたから、まだやっているみたいよ」
「じゃあ久しぶりに食べに行かない?今日はお父さんの帰りも遅いみたいだし、2人で行こうよ」
そんなわけで、私は母と一緒に馴染みの定食屋へ向かった。
最後に行ったのは小学校高学年の頃だから、今から15年くらい前だろう。私は期待に胸を躍らせていたが、店の扉を開けた瞬間、思わず絶句してしまった。
割れた窓ガラス。ひっくり返ったり、足が折れている椅子。床に散乱した食器。そして厨房の奥には、身を寄せて妻をかばっている店長と、その背後に隠れている従業員たちの姿があった。
「店長、どうしたんですか?何があったんですか?」
私が尋ねると、店長は活気のない声で答えた。
「店にヤクザがやってきて、襲われたんだ」
店長の話によると、3日前に1人の男が店にやってきて、みかじめ料を請求してきたのだ。
「そうだ。いやあ、邪魔するぜ。この店は随分と繁盛しているそうじゃねえか。俺ら田組の島で商売するなら、払うべきもんはきちんと払わねえとな」
田組の野島吉夫と名乗った男は、あった椅子を蹴り倒し威嚇した。
浮き足立つ従業員たちを店長の妻が背後にかばう中、店長は泰然とした態度で言い放った。
「田組だのなんだの知らんが、ヤクザに払う金なんかない。分かったらとっとと帰れ」
「舐めた態度をするなよ。せっかく来てやったっていうのに。こうやって俺が大人しくしている時点で、払った方が身のためだと思うぜ」
「1度でも払ったら、お前らは味を占めて何度も取りに来るだろうが。いいから帰れ。2度とそのツラを見せるんじゃない」
店長はものすごい気迫と勢いで吉夫を外へ押し出し、その日はこぎを得た。
しかし店長に追い出されて腹を立てたのだろう。その日から彼は連日店へ訪れるようになった。
「おい、いい加減にしろよ。みかじめ料が払えないって言うなら、お前ら全員店ごと潰してやるまでだ。それが分かったら、分割でもいいから金を出しやがれ」
「何が金を払えだ。お前が営業妨害をするから、店の客はガタ落ちだ。立派な営業妨害じゃないか。次来たら警察に通報してやる」
警察と聞いてまずいと思ったのか、吉夫は店長に腕を掴まれて店を追い出されると、あっさり引き上げていった。
それが昨日の出来事であり、その翌日である今日。今度はヤクザの仲間を数人引き連れてやってきたのだ。
「そうだ。やあ、元気だったか。今日は仲間を連れてきてやったぜ。お前がみかじめ料を払わないって話をしたら、俺に協力したいって言い出してな。仲間思いのいい奴らだろ」
「ふざけるな。何人で来ようが、1円だって払うもんか。こっちは毎日のように来られて迷惑しているんだ」
「どうせそう言うと思ったぜ。この吉夫様を怒らしたらどうなるか、身を持って理解してもらおうじゃねえか。お前ら、やっちまえ」
吉夫の言葉を受けて、仲間のヤクザたちは店内で暴れ出した。テーブル席や椅子をひっくり返し、自前の鉄パイプで窓ガラスを割っていく。
あまりの恐ろしさに従業員たちが動けなくなっている傍らで、吉夫はレジをこじ開けていた。
「ちっ、しけてんな。これっぽっちしかないのかよ。まあいいや。今回はこれで勘弁してやるが、また近いうちに請求しに来てやるからな」
その日の売上を奪った吉夫は、仲間を連れて店から出ていった。
それがついさっきの出来事なんだ。
「せめて知り合いに極道でもいれば、彼らに対抗できるのに」
ほとんどつぶやきに近い奥さんの言葉を、私は聞き逃さなかった。母に視線を向けると、私と同じ考えであるらしく、私の目を見つめたまま無言で頷いている。
「店長、そのヤクザの名前は分かりますか?どこの組織に所属しているって言ってましたか?」
「えっと、田組って言ってたかな?名前は野島吉夫だ」
田組と聞いて、私は内心驚きの声をあげていた。
それなら話が早いわ。
「今すぐ探し出して、こらしめてやるんだから」
「ちょ、ちょっと待ってくれ、一体何をするつもりなんだ?バカなことを考えるのはやめてくれ。私らみたいな一般人には、とても立ち打ちできない相手なんだぞ」
「店長、心配しないでください。私たちに考えがあるんです」
母が店長をなだめていると、不意に店の扉が開いた。
「やあ、残りの金はもう準備できたか?」
従業員たちが悲鳴をあげたところを見るに、どうやら彼が例のヤクザであるようだ。
「なんだ、また来たのか。あれから1時間も経っていないんだ。金なんかあるわけないだろう」
「俺は気が短いんだ。何日も待つ余裕なんかねえんだよ。店にないって言うなら、家の方を探すまでだ。どうせタンスの中にでも隠してあるんだろ」
「それでわざわざ引き返してきたっていうのか。どこまでがめついやつなんだ、この疫病神め」
すると吉夫は手近にあった椅子に座り、これ見よがしに足を組んだ。
「おいおい、俺は客だぜ。店っていうのは客が来てこそ成り立つ商売だろ。だったら来るもの拒まずで接客するべきだなあ。あんたもそう思うよな」
そう言って、吉夫は私に同意を求めてきた。しかし私の意見は1つである。
「いえ、そうは思わないわ。店に迷惑をかけた人間は、さっさと出ていくべきよ」
「なんだこいつ。なめたこと言いやがって」
予想外の返答に激怒した吉夫は、勢いよく椅子から立ち上がると私の胸ぐらを掴んで殴りかかってきた。
だが、彼はあまり力が強くないようで、私を掴む手はゆるゆるだった。それに反射神経の良さは私の方が上である。私は素早く吉夫の手から抜け出し、彼の攻撃をかわした。
「は、何なんだよお前。逃げるんじゃねえや」
私の動きに困惑した吉夫は、2人目の方にいた従業員を捕まえた。
「へっ、最初からこうしてりゃよかったんだ。店長、あり金を全部よせ。これだけ繁盛しているんだ。どこかに隠してあるんだろ」
店長を脅す吉夫に向かって、母が静かな声で言った。
「自分が不利だと分かった途端に人質を取るなんて、関心しないわね」
見事な母の鋭い右フックが決まり、吉夫は悶絶した。従業員はその隙を見て逃げ出そうとするも、すぐに吉夫に腕を掴まれてしまった。
「ああ、もう最悪だな。何なんだよ。なんでこうなるんだよ」
吉夫は従業員の胸ぐらを掴み上げ、八當たりするかのように揺さぶっている。
私はその腕に手をかけ、自慢の腕力で2人を引き離した。拘束を解かれた従業員は慌てて逃げ出し、店長の妻の背後に身を隠した。
「な、何しやがれ」
激怒する吉夫を無視して、今度は私が彼の胸ぐらを掴み上げてやった。
「あんたのせいでとんかつ定食が食べられなくなったんだけど、この埋め合わせはどう取ってくれるの?楽しみにしていた私の時間を返しなさいよ」
私が問いかけると、吉夫は悪びれもせずヘラヘラと笑って答えた。
「そんなにとんかつが食いたきゃ、他の店へ行けばいいじゃねえか。食い物なんていくらでもあるだろ」
「私はこの店のとんかつ定食が食べたかったのよ。あんたが原因だって言うのに、よそへ行けだなんて冗談じゃないわ」
忍耐袋の緒が切れた私は、これまで隠していた事実を吉夫に聞かせてやることにした。
「あんた、田組の組員なんでしょ?私、あそこの組長をよく知っているのよ。向こうだって私の顔を覚えているはずよ。何せ世話をしてあげた時期があったんだからね」
じたばたともがいていた吉夫は、私の言葉を聞いた途端、大人しくなった。
「うちの組長ということは、お前もヤクザなのか?」
「だったら何、『組長に言わないでください』とでも言うつもり?謝っても無駄よ。私の楽しみを台無しにしたんだから、その分のバツは受けてもらうわ」
「あ、待ってくれ。同業者なら分かるだろう。俺は自分の仕事をしただけさ。素直にみかじめ料を払わなかった店長が悪いんだよ」
謝っても許さないつもりでいたが、彼が少しでも誠意を見せていたなら、多少は手心を加えてやろうと思っていた。しかし吉夫が一向に謝罪の言葉を口にしないので、私は怒りの感情を抑えきれずに言った。
「自分の行為を正当化しようっていうの。私はね、あんたみたいに卑怯な人間が一番嫌いなのよ」
吉夫の腹部目がけて渾身の一撃を入れる。そのまま手を離してやると、吉夫は床に倒れ込んで痛みに顔を歪めていた。
その時、店の扉が開き、体格のいい男たちがなだれ込んできた。
「なんだよこいつら」
起き上がった吉夫は、自身を取り巻く男たちを見て慌てた。その光景を前にして、店長や彼の妻、そして従業員たちも怯えてしまっている。
「私のお母さん、西組ってヤクザで、親分をしているの。まあ、あんたみたいな下っ端じゃ、組長クラスの人の顔なんて分からないだろうけど。この人たちは全員、私の部下よ。異変を察して駆けつけてくれたみたいね」
私は身を乗り出し、吉夫を睨みつけていった。
「この店にはね、子供の頃から世話になっているのよ。立派な大人になった姿を店に見せに来たのに、あんたのせいで台無しになったわ」
目を泳がせていた吉夫だったが、ふと思い出したかのように言った。
「そういえばあんた、西組の人間なんだよな。見たことがない顔なのに。なんでうちの組長を知っているんだ?」
「いいわよ、教えてあげるわ。私は昔、西組で若頭をやっていたのよ。西組のゆり子……田組の人間なら、名前くらい聞いたことくらいあるでしょう。地元の男性と結婚したのを機に足を洗った私だが、喧嘩の腕は今でも健在である」
私の話を聞いた吉夫は、目を大きく見開いて震え出した。
「ゆり子だって…。それに、西入組って国内でも最大勢力の組織じゃねえか」
状況を理解したのだろう。吉夫は膝を笑わせ、目線を私に向けたまま店長に声をかけた。
「ああ、店長、もう店には来ねえし、みかじめ料も請求もしねえから、許してくれねえか。頼むから。お前が許すって言えば、こいつらも手出ししねえだろ」
しかし店長の意見は1つだった。
「許すだと?バカなことを言うんじゃない。お前のせいで店はめちゃくちゃだ。こんな状況じゃ営業なんてできっこない。そんな相手を許すと思うのか?」
私は店長の気持ちを代弁するかのように、吉夫の顔を思い切り殴った。
「この後に及んで、まだそんな態度を取るつもり?」
私は吉夫に馬乗りになると、気が済むまで彼をぶちのめした。
「さて、私の分はいいとして、まだ店長の分が残っているわね。店に対する迷惑料と慰謝料として、店長に5000万を払いなさい。じゃないと承知しないからね」
「5000万だって…。そんな大金、俺が払えるわけねえだろ」
「あんたのせいで売上が落ちたんだから、当然の金額でしょ。払える払えないの問題じゃないの。あんたに残された選択肢は、払う一択なんだから」
私は母の方を向いて同意を求めた。
「ええ、そうね。きっちり払ってもらうわ。それと、田組の組長に掛け合って、あんたを破門にしてもらうわよ。せいぜい反省することね」
「ちょっと待って。なんでこんなことで破門にされなきゃならねんだよ」
「ついでに、2度と西組に戻れないようにしてあげるわ。どうせあんたのことだから、組織の権力を傘に着て威張っていたんでしょ。そんな人間、真っ平ごめんなのよ」
すると吉夫は突然笑い出し、母を指差していった。
「だったら俺とタイマンで勝負しろ。西組の親分だかなんだか知らねえが、所詮は染みったれたババアだ。1人じゃ何もできないだろうさ」
突然無謀な発言をする吉夫に、私は呆れて口出しした。
「あんたね、さっきお母さんにやられたことを忘れたの?」
「さっきのはマグレだ。マグレに決まってる。俺がこんなババアに負けるわけがねえんだ。お返しに打ちのめしてやるぜ」
どうやら恐怖で思考がおかしくなっているらしく、吉夫は自分に言い聞かせているかのように強がりを口にしていた。
こんな状況では、私がいくら説明しても理解できないだろう。
「ああ、知らないわよ。お母さんを怒らせて無事だった人はいないんだから。あんた、本当にかわいそうなやつね」
「私も随分と舐められたものね。相当よ。その喧嘩、買ってあげるわよ。あんたたちは手を出さないでちょうだい。いいわね」
一喝する部下たちを背に、母が一歩前に身を乗り出す。
「そう来なくっちゃ。ババアは大人しく縁側で茶でもすすってりゃいいんだ」
変なテンションで母に殴りかかる吉夫だったが、案の定、返り討ちにされた。母の動きは吉夫の何倍も素早く、店長や従業員たちが状況を理解するより先に次の行動に移っていた。攻撃をかわしながら彼の顔面や腹部を何発も殴り、たまに蹴り技をお見舞いする。
しばらくすると、吉夫は大の字になって床へ倒れ込んでしまった。
「だから言ったじゃない。無事だった人はいないって。お母さんは現役の親分なんだから。あんたが敵うわけないでしょ」
彼の腹部を足元にした母が、不気味なほどの笑顔で言う。
「あんたが散らかしたんだから、ちゃんと自分で綺麗にしなさい。30分以内に終わらなかったら、あんたの指を切り落としてやるからね」
「返事は?」「は、はい、分かりました…」
叩きのめされたことで状況を理解できる程度には落ち着いたらしい。抵抗しても無駄だと悟った吉夫は、慌てて掃除用具を手に取り、散乱した窓ガラスの片付けを始めた。
その異様な光景を横目に、店長が私たちに声をかけてきた。
「いや、まさかお2人がヤクザだとは思わなかったよ。私らの代わりにこらしめてくれて、ありがとう」
私の手を取り、店長は何度も頭を下げていた。
「今の私はヤクザじゃありませんよ。それに感謝するのはこっちの方です。あの頃は本当にお世話になりました」
私が話をしている傍ら、しびれを切らした母が吉夫に近づいた。
「ああ、もう見ていられない。あんた、手際が悪いのよ」
そう言って、吉夫から没収したナイフを手に取り、彼の手首を掴む。
「掃除も満足にできないのなら、指なんかいらないわよね」
「ああ、待ってくれ。いや、待ってください。お金ならいくらでも払います。お願いですから。それだけはご勘弁を」
吉夫が命乞いをすると、母は満面の笑みを浮かべてナイフを離した。
「あら、そう。それじゃあ、早速払ってもらおうかしらね。あなたたち、この人をうちの事務所へお連れして」
母が命じると、2人の部下が吉夫の両腕を掴んで拘束し、彼を引きずるようにしていった。
その姿が見えなくなると、母は店内にいる全員に声をかけた。
「それじゃあ、みんなで掃除しましょう。全員で協力すれば、すぐに終わるわよ」
母の提案で、私や残った部下たち、店長や従業員たちを含めた全員で店内の清掃を行った。一通りの片付けが済むと、母は部下たちを引き上げさせた。
「それじゃあ店長、私たちはこれで失礼します。お金はちゃんと用意させますので、安心してください。大変だとは思いますが、頑張って店を再開してください。楽しみにしていますよ」
「本当にありがとう。この恩は一生忘れないよ」
深々と頭を下げる店長と従業員たちに見送られて、私と母は店を後にした。
家には帰らず、西組の事務所に直行する。私と母にボコボコにされて気力が衰沈したのか、吉夫はぼんやりと床に座り込んでいた。逃さないように部下たちに見張りをつけていたが、この様子なら逃げ出すこともないだろう。
「手始めに、あんたの家や資産を全部没収するわ。まあ、全部売ったとしても5000万には到底足りないでしょうね。足りない分は、私の部下がやっている闇金融を紹介するわ」
悲観に暮れた吉夫は、頭を抑えてわめき出した。
「闇金って…。そんなことされたら、俺はどうやって生活すればいいんだよ。家もない、頼れる相手もいない。そんな状況で借金なんかしたら…」
「そこまで言うなら、選択肢を用意してあげるわ。あんたを売り飛ばすか、西組の監視下で一生奴隷として働くか、どっちか選びなさい」
「売りになんか出されたら、どんな目に合うか分かったもんじゃねえ。それなら、西入組の犬になります。どんな仕事でも引き受けます」
吉夫がそう答えると、母は手を叩いて喜んだ。
「そう言ってくれて嬉しいわ。ちょうど、汚い仕事が人手不足なのよ。どんなに雇っても、みんなすぐ逃げ出しちゃうんですもの。でもよかった。今すぐ働いてもらうわ」
母の言葉を聞いて、吉夫は青ざめた。
「どうせ生きる覚悟で答えたんでしょ。残りの人生、苦労していればいいわ。それがあんたの選んだ道なんだもの」
己の処遇に絶望し、顔をくしゃくしゃにして泣き崩れる吉夫を尻目に、私と母はその場を後にするのだった。
それから3ヶ月後、母からの電話で例の定食屋が全面改装したことを知った。5000万を受け取った店長が、老朽化していた設備を一新し、店内をリニューアルしたのだという。改装を待ちわびた客で、店は連日繁盛しているらしい。
次に帰省した時は、夫を連れて行こうと考えている。



