式の準備は順調に進み、あとは当日を待つだけとなっていた。そんなある日、息子の婚約者であるり子から「話があるので会いたい」と連絡が入った。指定された喫茶店へ向かうと、彼女は私が座るなり、結婚式に来ないで欲しいと言い放った。
。信じられない言葉に、私は耳を疑った。
「どうしてですか?」と聞く私に、彼女は鼻で笑いながら言った。「どうしてって、自分では分からないんですか?私の家はみんな一流企業勤めで、親戚はセレブばかりなんです。そんな中で、旦那さんのお母さんが高卒で中小企業に勤める、そんな小汚い貧乏臭い人だって知られたら、みんなに笑い物にされます。」」
「旦那さんに恥をかかせたいんですか?」という言葉に、私は何も言えなかった。息子の幸せを考えるなら、応じるべきなのだろう。」分かりました」と小さく答えると、彼女は満足げに笑って「やっと分かってくれたのね、これで心置きなく結婚式を上げられるわ」と席を立った
その後、私は涙を飲んで息子のけ太に結婚式を欠席したいと伝えた。当然、彼は納得しない。「急にどうしてそんなことを言うんだよ」と詰め寄る彼に、私は仕事の都合だと誤魔化したが、それではだまされなかった。職場の人間がそんなことを言うはずがないと、彼は食い下がる」母さんは、あんなに楽しみにしてくれてたのに」という彼の言葉に折れ、私は喫茶店での出来事をありのまま話した。
話を聞き終えたけ太は、みるみるうちに顔を赤くして、悔しそうに唇を噛んだ。が、深いため息を一つつくと、冷静な目で私を見て言った。」俺に考えがあるから、この件は任せてほしい。少しくらい騒ぎにはなるかもしれないが、危険なことはしない」」俺のことを信じて任せてくれ」
その言葉に、私は驚いた。いつまでも子供だと思っていたけ太が、自分の力でどうにかしようとしていることが、頼もしくもあり、少し寂しくもあると感じた」目頭が熱くなる私を見て、彼は付け加えた。」あと、俺は母さんのこと、女手一つで俺を育ててくれた自慢の母親だと思ってるから、恥をかかせるとか、そんな勝手なことは思わないでくれ」
その言葉に、今度こそ抑えきれず涙が溢れた。やっぱりけ太は、私にとって何よりも大切な自慢の息子だ。
結婚式当日、式場には、け太の親族は一人も来なかった。新婦のり子の親族だけが座る会場を見て、り子はけ太に詰め寄った。」ちょっと、これは一体どういうことなの?どうしてけ太の親戚が誰も来ていないのよ」」来て欲しくないって言ったのは、り子の方だろう」「そんなこと言ってないわ」と彼女は否定するが、け太は」全部聞いているから」と冷たく言い放った」言い訳はいい、そろそろ行こうか」
そのまま式が始まるかと思われたが、会場の扉が開いた瞬間、り子が悲鳴をあげた。」ちょ、ちょっと嘘。」震える彼女の視線の先には、新婦の席に座る見知らぬ女性の姿があった。本来なら怒ってもいい状況なのに、り子は口をパクパクと開け閉めするだけで、何も言えない」女性はゆっくりと立ち上がり、会場に響き渡る声で言った。」り子さん、こんにちは。今日はおめでとう」うちの家庭を壊しておいて、自分は幸せに結婚しようだなんて、いい度胸ね。」
そう言って微笑んだのは、り子の直属の上司の妻であるみ子だった。続けて、け太が壁側のスクリーンを指す。そこに映し出されたのは、り子が夫となるけ太ではない別の男性、それも直属の上司と親しげに寄り添い、唇を重ねる映像だった」会場は騒然となり、式は続行不可能となった。」
後で分かったことだが、み子は夫の不倫に気づいており、け太に相談を持ちかけていたらしい。どうしたものかと迷っているうちに、私へのあの態度を聞いて、け太は一番ダメージの大きい形で暴露することを選んだのだった」
結局、り子と上司は会社を辞め、周囲からの非難に晒されながら、互いに責任を押し付け合う醜い争いを繰り広げたという。り子の親戚からは一族の恥と蔑まれ、実家からも勘当されて縁を切られたそうだ。度だけ、り子が私の家に押しかけてきて「お前が余計なことを言ったからだ」と玄関先で大騒ぎしたことがあったが、け太が弁護士を立てて接近禁止令を出したため、それ以来姿を見せることはなくなった。
その後は、け太はみ子と交流を持つようになった」どこでそんな話になったのか、いつの間にかみ子の目利きでお見合いを紹介されるほどになっていた。彼女は不動産会社の経営者で、柔らかくて穏やかな、落ち着いた女性だという」け太も前向きに考えているようなので、今度こそいい相手に巡り合えたのかなと、私は少しだけ期待しながら見守っている。
ちなみに、あの日以来、り子は結婚式の費用を請求され、昼も夜も関係なく仕事を掛け持ちする日々を送っているらしい」
実を言うと、私は長年、農家を営んでいる」夫の大輔と二人で、この農場を守り続けて三十余年になる」野菜を作り、それを出荷し、消費者の元へ届くまでの全てに関わってきたという自負がある」取引先の一つに、三つ星がつく一流レストランがあった。」先代の頃から付き合いがあり、うちの野菜を評価してくれている、大切な取引先だった。
それが代替わりをした途端、状況は一変した」新しいオーナーは、みつ子という女で、レストランに乗り込んでくるなり、こう言い放った。」何このボロい農場?」ゴミダメの間違いでしょうが。」三十年間、誠実に野菜を作り続けてきた私にとって、それは我が子を泥のように貶されるのと同じで、涙が出るほど悔しかった。
」このゴミをウチで扱って欲しいなら、卸値を今の半額にしなさい」できないなら、即刻取引中止だから。」私たちの野菜は、品質も味も間違いなく一級品です」肥料にもこだわり、農薬も使わない安心安全の野菜です」そう訴えても、彼女は鼻で笑うだけだった」真心なんて何の価値もないのよ」大事なのは数字よ」と。
私は言い返した。」他の取引先の手前もありますし、何よりそんなやり方では、これまで通りの美味しい野菜は作れません」」だったら、お望み通り取引中止しなさいよ」そう言い捨てて、彼女は去っていった。”
夫と相談し、私は腹を括った。」値下げは絶対にしない」それは、自分たちが作ってきた野菜への、絶対の自信があったからだ」夫も同じ意見だった」が、この農場を先代から守ってきた義父に、無断で話を進めるわけにはいかない」義父に話を通すと、彼は寂しそうに呟いた。」そうか、あそこのレストランも、おしまいか」」時代は変わる、だが、よりによって飛んだ新オが継いだものだな」彼は、昔の苦労を思い出しているようだった。
それでも、「お前たちは、お前たちのやりたいようにやってくれていい」と言ってくれた」
私たちは正式に値下げはしないと返答を送ったが、相手から返事はなかった」代わりに、翌月から新たな納品の依頼は一切来なくなった」だが、私たちには他の取引先が山のようにあった」今まで数を制限して断ってきたホテルやレストランが、たくさんあるのだ」私たちの野菜は、どの店に持っていっても喜ばれ、むしろ標準よりも高い値段で仕入れたいと、相手の方から切り出してくれた」
私たちは新たに得た利益で、いよいよ農場の修繕に着手した」ビニールハウスを張り替え、古くなった器具を買い替え、手つかずだった荒れ地を耕して、新たに農地として加えた」一通りやり終えると、農場は見違えるようになった」作る野菜は変わらなくても、景色が変わればやる気も出てくる」私は夫と二人で、もっともっと美味しい野菜を作るのだと、決意を新たにした」そんな矢先のことだった。」
深夜二時、農場に高い悲鳴が響き渡った」駆けつけると、そこには世にもおかしな光景が広がっていた」レストランのオーナーであるみつ子が、土まみれで農場の隅で倒れ込んでいるのだ」足には獣対策で設置していた罠が絡みつき、顔面に大根が直撃したのか、真っ赤で涙目だった」どうやら夜中に農場へ忍び込み、足を取られたらしい」彼女は図々しくも「早くこの罠を外しなさいよ」と喚くが、私たちは怯まなかった」」それを言うなら、こんな夜中に農場にやってきたあなたの方こそ、迷惑もいいところです」まさか、私たちの野菜を無断で持ち帰ろうとでも?」」誰があんたたちの野菜なんて」と彼女は言い張るが、時既に遅し。夫が通報済みだった」」
警察の調べで、事の次第が明らかになった」取引を中止した後、みつ子のレストランは大混乱に陥った」料理の質が落ち、客足が一気に遠のいた」そうなると厨房の料理人たちも黙っておらず、どうして仕入れ先を変えたんだとオーナーを避難するようになり、ついには従業員が次々と辞めていった」最終的には、仙台から引導を渡される形で、みつ子はオーナーの座を追われてしまったらしい」彼女は、どうやら私たちの農場を恨み、ペンキや灯油を持ち込んで荒らそうとしていたのだ」だが、結果的に罠にかかって、目的を果たせなかったというわけだ」私たちは遠慮なく被害届を出した」
それから一ヶ月後、レストランの新オーナーだという青年が、農場に挨拶に来た」みつ子の甥だという彼は、前オーナーの非礼を平謝りに謝罪し、取引の再開を願い出た」」卸値は、以前の倍以上でも構いませんので」と涙ながらに訴えるその姿に、私たちは歩み寄ることにした」これまで通り、以前の値段のまま」納品の量自体は少なくなってしまうが、評判の落ちてしまったレストランを、私たちの手で助けられたらと思っている」ちなみに、みつ子は旦那からも離婚を切り出され、今は漫画喫茶を泊まり歩く日々だという」
私たちの農場は、新たな品種作りにも挑戦している」だが、心志しは以前と変わらない」安心安全な野菜を、丁寧に熱意を持って、これからも夫と義両親という人で、野菜作りを続けていくつもりだ」



