上司の斎藤課長に呼び出された時、まさか首を宣告されるとは思っていなかった。大口の取引先を潰した責任を、すべて私に押し付けてきたのだ。呆気にとられて言葉も出なかった。
私は田中大地。33歳、化粧品メーカーの商品開発室から営業企画部に異動してきた研究者上がりのサラリーマンだ。同期の松本拓也とは入社以来の付き合いで、お互い独身同士、仕事の愚痴を言い合える数少ない戦友だった。
斎藤課長が異動してきてから、部署の空気は一変した。具体性のない指示ばかりで、「フィーリングが違う」「画期的じゃない」と繰り返すだけ。部下の意見には聞く耳を持たず、成果はすべて自分の手柄として上層部に報告するような男だった。私は目をつけられ、じわじわと精神的に追い詰められていった。
松本が耳打ちしてきたのは、そんな時だった。「お前、まさか濡れ衣のまま辞める気じゃないだろうな」と。彼は経理時代に築いた人脈を駆使して、斎藤課長の不正を調べ上げていた。横領の証拠を掴んだらしい。だが、私が会社にいるうちに動くと、課長が罪を私に着せる可能性がある。だから私は自職することを選んだ。
「会社をやめてくれてありがとう」と言い残して去っていく松本の背中を見ながら、私は心の中で呟いた。後はお前に任せた、と。
数日後、会社に警察官が押し寄せた。斎藤課長は不正な取引と横領の容疑で、その場で連行された。松本が証拠を揃えて通報していたのだ。私は離れた場所から、課長が喚きながら連れて行かれる姿を静かに見つめていた。
その後、松本も会社を辞めた。私たちは以前から話し合っていた計画を実行に移すことにした。それぞれの専門分野を活かした、まったく新しいコスメブランドの立ち上げだ。私は商品開発を、松本は経営全般を担当する。ユニセックスで自由なブランディングを掲げたメンズコスメを全面に押し出していく。
驚いたことに、私を慕っていた部下たちが次々とついてきてくれた。長年のお得意様だったクライアントも、新会社の話を聞きつけて「ぜひ商品を置かせてほしい」と名乗り出てきた。私はこうして、横領事件に巻き込まれた過去を乗り越え、新たな人生を歩み始めたのだった。



