「分かったらとっとと荷物を持って出ていけ」― 夫の唯⼀はそう⾔い放ち、玄関先に投げ捨てられた私と⼥の⼦の荷物を指さした。私はその瞬間、⾃分が結婚⽣活の⾥でどれだけ⾒下されていたかを思い知った。義⺟は連⽇家に来ては家事にケチをつけ、夫は私を⾒捨てた。お腹にいた⾚ちゃんを失い、⼼が折れそうになったあの⽇。⼀⼈の⼥の⼦が私を守ろうと、⾝を挺してくれた。「お⺟さん⾏かないで」―…

「分かったらとっとと荷物を持って出ていけ」― 夫の唯⼀はそう⾔い放ち、玄関先に投げ捨てられた私と⼥の⼦の荷物を指さした。私はその瞬間、⾃分が結婚⽣活の⾥でどれだけ⾒下されていたかを思い知った。義⺟は連⽇家に来ては家事にケチをつけ、夫は私を⾒捨てた。お腹にいた⾚ちゃんを失い、⼼が折れそうになったあの⽇。⼀⼈の⼥の⼦が私を守ろうと、⾝を挺してくれた。「お⺟さん⾏かないで」―...

「今日から母さんと同居する。分かったらとっとと荷物を持って出ていけ。」

夫の唯⼀が勝ち誇った顔でそう⾔い放った。玄関先には私と娘のりの荷物が投げ捨てられていた。私は呆然としながらも、すぐに⾏動に出た。

「そう。分かったわ。離婚届けならもう出してきたから。ただ、りんは私の⼦じゃないから」

私は⾃分の⼦ではないりの引き取りを拒否しようとした。するとその瞬間、りんが私の服を必死に掴んだ。

「お母さん⾏かないで」

震える声に、私は⼼が激しく揺れた。この⼦をここに残していけば、⼆⼈の虐待はさらに酷くなるに違いない。

「分かった。でも、少しの間預かるだけだよ」

そう⾔ってりんを抱き上げると、彼⼥は嬉しそうに笑った。そんな私たちを見て、義⺟が⻑した。

「最初からそうしろよ。たく、鬱陶しいな。出来損ない同⼠仲良くやるのよ」

⼆⼈はゲラゲラと笑い合っている。私は呆れながらりんを連れて、その家を後にした。

私は安藤リカ、29歳。会社員時代に趣味で通っていた陶芸教室で唯⼀と出会った。

彼は元妻の彩佳と離婚したばかりで、幼い⼥の⼦を⼀⼈で育てていると言った。⼯作と⼦育てと家事を⼀⼿に担う中で、⾃分の時間も⼤切にしたいと教室に通い始めたらしい。

「男⼀⼈で⼥の⼦を育てるのは⼤変だよ」

苦労を語りながらも、嬉しそうに娘の話をする唯⼀は、とても優しい⼈に⾒えた。

ある⽇、彼が娘のことで相談に乗ってほしいと言ってきた。⼦育てはおろか結婚もしていない私だったが、困っている彼を放ってはおけず話を聞くことにした。それからというもの、教室終わりに⼀緒に⾷事を⾏くようになり、私たちは交際を始めた。

交際から⼀年が過ぎた頃、唯⼀は「りの新しいお⺟さんになってほしい」と⾔うようになった。

「いきなり⺟親なんて無理よ」

「⼤丈夫だよ。りんはまだ⼩さいし、⼀緒に暮らせばきっと本当の親⼦になれるって。りんには⺟親が必要なんだ。それに俺もリカとずっと⼀緒にいたい」

彼の切実な願いは理解できた。⼥の⼦は三歳から⼥性として歩き始める。男親だけでは⼤変なこともあるだろう。唯⼀は私の⼼情を⼀番に考えてくれて、無理強いはしなかった。その誠実さに⼼を打たれた私は、結婚を決めた。

しかし、いざ同居を始めると、五歳になるりの反発は激しかった。

私が作る⾷事をひっくり返し、呼びかけても⼀切応じない。保育園の送り迎えの際も、私とは⽬も合わせようとせず、⼝を開けば「嫌い」と叫ぶ。無理もない。いきなり「今日からお前のお⺟さんだ」と⾔われても、受け⼊れられるはずがない。元妻がいなくなった悲しみもまだ消えていないのかもしれない。

私はどんなに冷たくされても笑顔で接し続け、いつか⼼を開いてくれると信じることにした。

しかし、りんは私だけでなく、唯⼀に対しても義⺟に対しても拒絶するような態度を取った。⽣まれてからずっと⼀緒に過ごしてきた実⽗を拒絶する理由が私には分からなかった。

ある⽇、私は唯⼀に問いかけた。

「りんって、ずっとあんな感じなの?」

「うん。そうだけど、どうかしたのか」

「親⼦⼆⼈で暮らしていれば、もっと⼼を開いていてもいいはず。どうしてあなたにも懐いてないの?」

「懐いてるさ。男親と⼥の⼦なんてこんなもんだ」

私は納得できなかった。保育園で⾒る⽗親たちは皆、⼦供と仲がいい。私がそう⾔うと、唯⼀は怒り出した。

「りんが懐かないのはお前の努⼒不⾜なだけだ」

結婚して以来、ずっとりんと向き合ってきた私を、彼は⾮難した。しかし唯⼀は家ではりの世話など全くしない。「⺟親の仕事だ」と⼀切を私に丸投げし、休みの⽇でさえりんを連れて出かけることさえしない。そればかりか、陶芸教室で⾒せていた優しい⾯など⼀切⾒せず、私にもそっけない態度を取るようになった。

結婚前に⾒せていた顔は偽りだったのか。私は疑念を抱くようになった。

結婚から半年が過ぎた頃から、近所で⼀⼈暮らしをしている義⺟が連⽇のように家を訪ねてくるようになった。

「こんな⾊⾷な⾷事しか出さないなんて、妻として失格ね。⼣飯は五品以上作るのが当然でしょ。天ぷらや汁物、焼き物と煮物に合わせてメインディッシュを⽤意するのが当たり前よ」

そんな⾼級旅館のような⾷事は作れない。そう⾔うと、「嫁のくせにそんなこともできないの?」と⾔われた。正直なところ、唯⼀からもらっている⽣活費では毎⽇豪華な⾷事を作ることなどできない。

そればかりか、義⺟は私が掃除した後を追っては「誇りが残っている」とやり直しを命じた。家は常にピカピカにしておけ、と。⼩さな誇り⼀つ許さず、少しでも汚れを⾒つけたら家中の掃除を命じられる。

「嫁ならできて当然。⽂句があるなら出ていけ」

義⺟にとって私をいじめることが⽣きがいになっているようだった。どれだけ完璧に家事をこなしても、何かしら⾒つけては嫌味を⾔ってくる。⼝答えしようものなら「出ていけ」と脅すのだ。

耐えかねた私は、唯⼀に相談を持ちかけた。

「お⺟さんのことだけど、うちに来る頻度を減らしてもらえるように⾔ってくれない?」

「なぜそんなことを⾔うんだ? ⺟さんは⼀⼈暮らしで寂しいんだ」

「だったら、嫌味を⾔うのを少し控えてもらえないかしら」

「それはお前ができていないからだろう。⾃分が⾄らないことを⺟さんのせいにするな」

唯⼀は何を⾔っても義⺟の味⽅だった。俺の⺟さんを⼤事にしろと、私の話をまともに聞こうともしない。義⺟の嫌がらせを訴えても、全て私が悪いと⾔われるだけで何も解決しなかった。

この家に私の居場所はない。そう感じながら、義⺟の嫌味に耐える⽇々を送っていた。

そんな中、ある⽇の⼣飯時に、唯⼀がりんに保育園はどうだと尋ねた。

「別にパパには関係ない」

「なんだその態度は?」

りの反抗的な態度に、義⺟の怒号が響いた。

「⽣意気⾔わないの? 育ててくれるパパに感謝しなさい」

義⺟は今にも殴りかかりそうな勢いでりんを睨みつけている。

「⼦供相手にそんなに怒鳴らないでください」

私が思わず⾝を守ると、義⺟は私に向き直った。

「部外者は黙ってなさい。お前の本当の⺟親はお前を捨てて男と逃げたんだ。そのことを忘れるな」

唯⼀と義⺟は元妻のことを⾮難し、りんが何も⾔えないように抑圧していた。私が「そんなことりんに関係ないでしょ」と⽌めると、「他⼈は⼝出ししないでって⾔ったでしょ」と⾔われた。

私はその時、やっと理解した。りんが⼆⼈に⼼を開かない理由を。りんはずっと、⼆⼈に⾒下され、抑圧されてきたのだ。

親の都合で⺟親を奪われ、⼀番そばにいてほしい時期に寂しい思いをしてきたりんを、これ以上傷つけさせるわけにはいかない。私は必死に彼⼥を守り続けた。

⼀ヶ⽉後、私は体調不良を感じた。夜に向けて体が重く、貧⾎のような症状もある。⾷事を食べようとすると吐き気に襲われ、体も熱っぽい。産婦⼈科を訪れると、私は妊娠していた。⼗週⽬に⼊っているという。

家に帰る私の⾜取りは重かった。⾃分の置かれている状況とりの様⼦を⾒ていると、出産に希望を持てなかった。それでも、私の中に宿った⼩さな命を⾃らの⼿で消すことは選べなかった。

その⽇、⼯作から帰ってきた唯⼀に妊娠のことを告げると、彼は「また⾦がかかる」と嫌な顔をした。

「どういう意味?」

「どいつもこいつも簡単に妊娠しやがって」

⾃分が妊娠させたというのに、彼は「⾯倒くさい」と⾔い放った。

その翌⽉、お腹の⼦が⼥の⼦だと分かると、義⺟は激怒した。

「⼥埋めないなんて、どこまで無能なのかしら」

「⼥の⼦のどこが悪いんですか? もしかして彩佳さんのこともそうやって⾮難したんですか?」

「まあ、無能な上に私に意⾒しようって、本当に読めない⼥ね」

⼦供の性別が⼥というだけで、必要以上に私を攻め⽴てる。その⽇を境に、義⺟の嫌がらせは⼀層激しさを増していった。

数⽇後、義⺟が財布の現⾦が盗まれたと騒ぎ出した。

「あんたが盗んだのでしょ」

「私は何も知りません」

「嘘⾔うんじゃないわよ。あんた以外に誰がこんなことするのよ」

義⺟は⼀⽅的に私を疑い、決めつけた。唯⼀も私の⾔うことを信じようともせず、今度は⼣飯を⾷べることを禁⽌すると⾔い放った。

「お腹の⾚ちゃんに栄養が回らなくなったらどうするの?」

「⺟さんの⾦に⼿を出したお前が悪いんだろう」

それからというもの、義⺟は私に毎⽇重労働を命じるようになった。体調が優れない時でも容赦はない。義実家の掃除や洗濯、家の前の溝掃除まで。少しでも⽋ければ倍以上の⼯作を⾔いつけられ、私はいつしか⾔い返すことも諦めていた。

ある⽇、坐りがひどく私は寝込んでしまった。無理をすればお腹の⾚ちゃんにも影響が出るかもしれない。そう思った私はその⽇はゆっくり休むことにした。

すると寝室にりんが⼊ってきた。

「⼤丈夫?」

りんは⼼配そうな顔で私に近づくと、そっと背中を撫でてくれた。

「ありがとう。優しいね」

「ママがね、私が熱を出した時こうやってしてくれたの」

「そっか。りんのママは優しいママだったのね」

彩佳はりのことを⼤切に思っていたのだろう。もしかしたら、唯⼀と離婚したのも彼⼥に原因があったわけではなかったのかもしれない。りの背中に撫でられながら、私は彩佳に同情していた。

しかしその時、義⺟が寝室に現れ、庭の草むしりをしろと命じた。

「今⽇は無理です。体調が悪くてとても動けそうにありません」

「何を⾹えたことを⾔ってるのよ。たかが妊娠で⼤げさにするんじゃないよ」

「今⽇は本当に無理です」

「ふん。役⽴たず」

義⺟はふてくされたように部屋を出ていった。

しかしその⽇の夜、唯⼀は⿁のように私を怒鳴りつけた。

「お⺟さんの命令を断ったそうだな」

「今⽇は本当に体調が悪かったのよ」

「⾔い訳なんか聞きたくない。家の⼯作をサボったやつは当然⾸だ。今すぐ出ていけ」

唯⼀は離婚届を突きつけてきた。

「体調が悪い時は仕⽅ないでしょ」

「専業主婦のくせに家事をしない嫁などいらん」

離婚することに異論はなかったが、妊娠している状態で就職するのは難しい。お腹の⼦供との⽣活を考えると、安易に「分かった」と出ていくこともできない。結局私は、唯⼀と義⺟の⽆理難題に従い続けることにした。

しかし、私の体は限界だった。

ある⽇、りんを迎えに⾏った帰り道。急にお腹に激しい痛みを感じ、私はその場にうずくまってしまった。

「どうしたの? ⼤丈夫?」

りの声が遠くに聞こえ、次第に私は意識を失った。

⽬を覚ますと、病院のベッドの横で泣きそうな顔をしているりんが、私の⼿を握ってくれていた。そこへ医者がやってきた。

「だいぶご負担されたようですね。お腹の⼦は……残念ですが」

医者の⾔葉に、⽬の前が真っ暗になった。私は流産してしまったのだ。

「ごめんなさい。りんがひどいこと⾔ったから」

りんは⼤粒の涙を流して泣き始めた。

「りんのせいじゃないわ。あなたのおかげで私は助かったの」

私はりんを抱きしめながら、守れなかった我が⼦を思い、涙が溢れた。

その⽇から、私は何も⼿につかなくなってしまった。⼼⾝共に疲れ切ってしまったのだ。何のために唯⼀と結婚したのか。⼆⼈の⽆理難題に答え続け、⾷事も満⾜に⾷べられず、寝る時間も減っている中で体が限界を迎えた結果、守るべき命を守ってやれなかった。その事実が、私に重くのしかかった。

その翌⽇、家にやってきた義⺟はまっすぐ寝室に⼊ってきて、「いつまで寝てるの」と私の布団をはぎ取ろうとした。

「やめて」

私をそばで⾒守ってくれていたりんが、とっさに私の上に覆いかぶさってくれた。

「⽣意気な⼦ねえ。そこをどきなさい」

義⺟はりんを蹴⾶ばそうと⾜を上げた。

「危ない!」

私は必死にりんを抱きしめ、義⺟の攻撃から守った。

「嫁のくせに私に逆らおうっていうの」

「りんに⼿を出すことは許さない」

「全部あんたが悪いのよ、この役⽴たず」

義⺟は容赦なく私を殴りつけた。どれくらい時間が経っただろうか。気が済んだのか、義⺟は部屋から出ていった。

「もう⼤丈夫よ」

私の腕の中で、りんは涙を流し震えていた。

「ごめんなさい。ごめんなさい」

ひたすら謝り続けるりんに、私は胸が締めつけられた。

「悪いのはパパとおばあちゃんよ。これまでりん⼀⼈で耐えてきたのね。偉かったわ。でも、もう我慢しなくていいの」

唯⼀と義⺟は、⾃分たちの思い通りにするため、彩佳のこともりのことも⾒下してきたのだろう。私はりんに問いかけた。

「りのママも、暴⼒を振るわれていたの?」

「うん。それにね、パパね、キラキラした服を着た⼈とお外で⾖してたの」

りんは唯⼀が不倫をしている現場を⾒たという。

「それはいつ?」

「ずっと前も、この前も、何回も⾒たよ。保育園のお散歩の時もパパがお姉さんと⼀緒にいたの」

りんは彩佳がいる頃から、唯⼀の浮気を⽬撃していたらしい。唯⼀と彩佳はそのことで喧嘩が絶えず、やがて彩佳はりんを置いて出ていったのだという。私と結婚した後も、唯後も、唯⼀が⼥性と⼀緒にいるところを⽬撃したというりの話に、私は怒りが込み上げた。

唯⼀はりの⾯倒を押し付けるために私と結婚し、⾃分は愛⼈と楽しんでいたのだ。

もう限界だった。堪忍袋の緒が切れた私は、実家の⽗に連絡し、これまでの結婚⽣活を全て報告した。⽗は「許さない」と怒り狂い、探偵と弁護⼠費⽤の全てを⽀援してくれると約束してくれた。

翌⽇、私は探偵に唯偵に唯⼀の⾏動調査を依頼した後、⽗に紹介してもらった弁護⼠事務所を訪れた。弁護⼠によると、私が唯⼀と義⺟から受けた仕打ちを書き留めた⽇記も強⼒な武器になるという。そして探偵の調査結果が出れば、慰謝料を請求した上で離婚することができると⾔う。

私が離婚を決意したことも知らずに、⼆⼈は相変わらず私やりんを⾒下してくる。私はその全てを記録に残しながら、探偵の調査結果を待った。

そして三週間後、調査報告書が送られてきた。

報告書を読み終えた私の中には、⾏き場のない怒りだけが⽣まれた。唯⼀には、りんが⽣まれた直後から付き合っている愛⼈がいた。そればかりか、⼆⼈の間には隠し⼦までおり、唯⼀は愛⼈に⾒繕うために多額の借⾦まで抱えていたのだ。

証拠を⼿に⼊れた私は、それを弁護⼠事務所に持ち込み、唯⼀と義⺟に対して慰謝料請求の裁判を起こす準備に⼊った。

数⽇後、りんを保育園に迎えに⾏くと、⾨を出たところで⾒知らぬ⼥性が声をかけてきた。聞けば、その⼥性は唯⼀の元妻、彩佳だという。

私は近くのファミレスに⼊り、彩佳の話を聞くことにした。

彩佳は唯⼀と別れた後もりのことが気になり、時々保育園まで様⼦を⾒に来ていたという。

「どうしてりんを置いて⾏ったんですか?」

「私だって本当はりんを連れて⾏きたかった。でも……」

彩佳によれば、唯⼀の不倫に気づき彼に抗議したところ、義⺟と共謀され、⼀⽅的に不倫⼥の濡れ⾐を着せられ、強引に離婚させられたそうだ。そしてりの親権も、経済⼒を理由に認められず、やむなく⾝⼀つで出ていくことになったのだという。

「りのことを思うと、毎⽇が⾟くて」

唯⼀と義⺟はりんに「⺟親に捨てられた」と吹き込んでいたが、事実は全く真逆だった。

「彩佳さんの気持ちは分かります。あの⼆⼈ならやりかねないわ」

「私は今でもりんのことを愛してます。りんの幸せを⼼から祈っているの」

彩佳は⼤粒の涙を流しながら訴えた。

「それじゃ、りんの親権を取り戻しましょう。りん⼀だってママと⼀緒がいいに決まってるわ」

りんの⽅を⾒ると、分からないと⾔いたげに私を⾒つめている。彩佳と別れた時、まだ⼆歳だったりんは、⺟親の顔をしっかりと覚えていなかったのだろう。

私は彩佳に、唯⼀と離婚を考えていることや弁護⼠を通して慰謝料請求をすることを打ち明けた。そして、りに対する⼆⼈の暴⾔や暴⼒の記録があることも告げた。

「あの⼆⼈はりんにも虐待を⾏っているわ。それを追求すればきっと……」

彩佳は娘とまた⼀緒に暮らせるかもしれないと、期待に胸を膨らませた。お互いに連絡を取り合えるように連絡先を交換し、その⽇は別れた。

家に帰ると、玄関先には私とりの荷物が投げ捨てられていた。

「今⽇から⺟さんと同居する。分かったらとっとと荷物を持って出ていけ」

そこに現れた唯⼀が、勝ち誇った顔で⾔い放った。

「どういうこと?」

「勘の悪い⼥だな。お前もこのガキも邪魔なんだよ」

「そう。分かったわ。離婚届けならもう出してきたから。ただ、りんは私の⼦じゃないから」

りの引き取りを拒否しようとした直後、りんは私の服を掴んだ。

「お⺟さん⾏かないで」

りんは震える声で私を⾒つめている。この⼦を⼀⼈残していけば、⼆⼈の虐待がさらに酷くなるかもしれない。私は⼤粒の涙をうるませるりんを⾒つめ、激しく⼼が揺れた。

「分かった。でも、少しの間預かるだけだよ」

りんを抱き上げ、⼀緒に連れて⾏くことを伝えると、彼⼥は嬉しそうに笑った。

「最初からそうしろよ」

「鬱陶しいな。出来損ない同⼠仲良くやるのよ」

⼆⼈はゲラゲラと笑い合っている。私は呆れながらりんを連れて、家を後にした。

数⽇後、私は弁護⼠と共に、唯⼀と義⺟を喫茶店に呼び出した。

不機嫌そうな顔で現れた⼆⼈を前に、私は唯⼀と不倫相手の密会の写真をテーブルに広げた。

「浮気されるあんたが悪い。彼⼥は私が望む男の⼦を産んだのよ」

義⺟は唯⼀の不倫を知っていたようだ。⼀切驚くことなく、むしろ勝ち誇ったような顔をしている。

「これを⾒ても同じことが⾔えますか?」

私は監視カメラの映像を⾒せつけた。実は、義⺟の財布からお⾦を盗んだと疑われた後、私は部屋の⾄るところに隠しカメラを設置していたのだ。

映像には、唯⼀が義⺟の昼寝中にバックから現⾦を盗み出す姿が映し出されている。慣れた⼿つきでお⾦を抜き取る唯⼀は、同じことを何度も繰り返しているのだろう。

「何よこれ」

どうやら義⺟は、唯⼀が不倫して隠し⼦がいることは知っていても、⾃分の財布から現⾦を盗まれていたことは知らなかったようだ。

「唯⼀さんは多額の借⾦を抱えています。その返済のため、お⺟さんの財布からお⾦を抜き取ってたのでは?」

「借⾦?」

義⺟は借⾦のことも知らなかったらしい。激しく動揺しながら、声を震わせている。

「唯⼀さんがお⺟さんと同居することにしたのは、借⾦の返済と愛⼈への送⾦のために、お⺟さんの⽼後資資⾦を⾷いつぶすつもりだったからじゃないんですか」

「そ、そんなこと……」

うろたえている義⺟の横で、唯⼀は下を向いて唇を噛みしめていた。

「お⾦は私が唯⼀にあげたものよ。そうよ。だから何も問題ないわ。実の息⼦が困ってるんですもの。ちょっとくらいお⾦を出したって別にいいわ」

義⺟は唯⼀を庇おうとしている。そして、私に向き直って⾔い放った。

「⼥埋めない⼥が偉そうに唯⼀を⾮難するんじゃないわよ」

「そうですか。では、これはどうですか?」

私は唯⼀の愛⼈が他の男性とホテルに⼊っていく写真や、愛⼈のSNSアカウントの書き込みを提⽰した。愛⼈のSNSには、「唯⼀って本当バカ男。騙しやすくて最⾼」と書かれていた。さらには、「この⼦のパパは別にいるけど、あいつ全く気づいてないの」と記されていた。

「⼦供は本当にあなたの⼦なのかしら?」

「そんなこと決まってるじゃない」

義ない」

義⺟は⼀⽅的に肯定した。しかし、唯⼀⾃⾝はそうではないらしい。

「実は俺も、正直全然似てないって思ってたんだ」

「なんですって。それじゃ、⼦供は唯は唯⼀の⼦じゃないって⾔うの」

「探偵が⼿に⼊れた⼦供の写真を⾒ても、唯⼀と似ているところなど⼀つもない」

「やっぱり⼥を後継ぎにするわ。今すぐあの⼦を返しなさい」

義⺟は⼿のひらを返したように、⼥を返せと喚き散らした。

「虐待している⼈たちに⼦供を返すことなどできません」

私は、唯⼀がりんをクローゼットに閉じ込めたり、ベランダに放置している証拠動画を突きつけた。

「これを裁判所に提出すれば、間違いなく親権は彩佳さんのものになるわ。それに養育費や慰謝料の⽀払いも命じられるでしょうね」

「なんだってそんな⾦……」

「嫌なら、⼤きく親権を彩佳さんに渡すことね」

私の⾔葉に合わせて、彩佳が⾯を出した。実はこの⽇の話し合いの場に、彩佳も呼んでいたのだ。

「⼆度とりんを、あなたたちのような⻤物に触れさせないわ」

「誰が渡すもんですか。裁判にしたいならすればいいわ」

義⺟は怒り狂ったように吐き捨て、唯⼀を連れて出て⾏ってしまった。

義⺟との話し合いが難しいと判断した私は、⼆⼈に対して慰謝料請求の裁判を起こすことにし、彩佳は裁判所にりの親権者変更を申し⽴てた。

彩佳の親権は争点だけにとどまらず、裁判所の⼼証が始まった。しかし、そもそも離婚の原因となった彩佳の不倫の証拠は何⼀つなく、加えてりに対する虐待の証拠が決定的となった。多額の借⾦を抱えた唯⼀よりも、安定した収⼊がある彩佳の⽅が経済的にも養育していくにふさわしいと判断された結果、りの親権は彩佳に変更されることになった。

同じ頃、私の慰謝料請求も正式に認められ、唯⼀と義⺟それぞれに⽀払いが命じられた。

その後、唯⼀は義⺟から親⼦の縁を切られ、さらには⾦を返せと訴えられたらしい。勤めていた会社には不倫と借⾦が露⾒し、周囲の⽩い⽬に耐えきれなくなった唯きれなくなった唯⼀は⾃ら会社を辞めた。その結果、家のローンの⽀払いもできなくなり、数ヶ⽉後には家を追い出された。

⼯作も失い、⾏き場もない唯⼀は愛⼈を頼り、彼⼥のマンションに押しかけた。しかしマンションから出てきたのは愛⼈の夫で、その後その夫からも慰謝料を請求されることになった。借⾦と慰謝料の⽀払いに追われた唯た唯⼀は、⼯事現場の住み込み作業員として⼤晦⽇も問わず働き詰めらしい。

義⺟は、信じていた⾃分の息⼦に裏切られた喪失感と近所の噂話に耐えられず、義実家を引き払い古いアパートへ引っ越した。家に引きこもるようになった義⺟は、次第に認知機能が低下し、孤独な⽼後を送っているようだ。

私の⾝に⾜りを起こった。私はその後、実家の⽗の援助を受け、陶芸の個展を開くことになった。⾃分の⼈⽣を⾒つめ直すかのように、⼀つ⼀つの作品に⼼を込めた。経営の芸として注⽬を集めた私は専⽤の⼯房を開き、週に⼀度陶芸教室を⾏いながら、作品に専念している。

りんは彩佳の元で暮らすようになってから、明るい笑顔を⾒せてくれるようになった。⼤切にされて、愛されていることが分かるのだろう。私⼤も、⻑期休みになるたび彩佳やりんと⼀緒にキャンプや旅⾏に出かけ、充実した⽇々を送っている。

私⼤はあの⽇、⾃分の⼈⽣を⾒つめ直し、新しい⼀歩を踏み出した。りんの笑顔が、私⼤の⼼の⽀えになっている。あの⼆⼈から⾃由になった今、私⼤はようやく⾃分の⼈⽣を⼼から⼤切にできるようになったのだ。

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