母が入院したと父から電話が来たのは、仕事帰りのことでした。病院に駆けつけると、母はベッドで静かに横たわっていて、医者から告げられたのは「大腸がん、ステージ4」という言葉。母は最後にこう言いました。「あんたはいい子に育ったよ。ちゃんと幸せになりなさい」…

母が入院したと父から電話が来たのは、仕事帰りのことでした。病院に駆けつけると、母はベッドで静かに横たわっていて、医者から告げられたのは「大腸がん、ステージ4」という言葉。母は最後にこう言いました。「あんたはいい子に育ったよ。ちゃんと幸せになりなさい」...

母が突然、口を開いた。
「あんた、最近彼女とどうなの?」
その一言で、私は箸を止めた。
母は顔も上げずに味噌汁を啜っている。私は何と言っていいか分からず、ただ「別れたよ」とだけ言った。
母は「そう」と言って、それ以上何も聞いてこなかった。

それから数日後だった。
母が病院で倒れたと連絡が来たのは。

病室に駆けつけると、母はベッドに横たわっていた。思ったより元気そうで、私は少し安心した。しかし、医者から渡された検査結果を見て、言葉を失った。
「大腸がん。ステージ4です」

医者は淡々と告げた。母は私の顔を見て、苦笑いした。
「ごめんね。あんたにこんな心配かけて」
私は何も言えなかった。ただ、母の手を握ることしかできなかった。

母は余命宣告を受けてからも、家で普通に暮らしていた。私は仕事を調整しながら、できる限り実家に通った。
ある夜、母が突然言った。
「あんた、まだあの人のこと、引きずってるの?」
「誰のこと?」
「年明さんよ」
私は黙った。

母は続ける。
「あの時、婚約破棄された時、あんたすごく落ち込んでたけど、私は正直ほっとしてたんだよ。あんな男、結婚しても幸せになれなかったわ」
私は何も言えなかった。

母はさらに話を続けた。
「あんたは私と違って、ちゃんと自分で選べる人になると思ってた。あの時、あんたがあの家から追い出されたことで、私は逆に安心したのよ」
私はようやく口を開いた。
「母さん、謝らなくていいよ」
母は黙り込んだ。

それから一週間後、母は亡くなった。
葬式は静かに行われた。参列者は少なく、母の友人くらいだった。私は淡々と弔問客を迎えていた。

葬式が終わり、私は母の部屋を片付け始めた。すると、母の机の中から一冊のノートが出てきた。
開いてみると、そこには母の日記が綴られていた。
そこには、私が知らない母の思いが書かれていた。

「娘が婚約破棄された時、私は本当に嬉しかった。あの男は娘にふさわしくない。でも、娘は私には何も話してくれない。私のせいだと思っているのかもしれない」

「母さんは私を育てるのに必死で、何も教えられなかった。あんたが話すのが苦手なのも、私のせいかもしれない」

私は日記を読み進めるうちに、涙が止まらなくなった。
母は私が思っている以上に、私のことを考えていた。

最後のページには、こう書かれていた。
「娘には幸せになってもらいたい。あんな男のことは忘れて、ちゃんと自分で選んだ人と結婚してほしい。私はもうすぐ死ぬけど、それが見られなくて残念だ」

私は日記を閉じて、しばらく動けなかった。
母が私にずっと話したがっていたことは、これだったのかもしれない。

その後、私は母が残してくれた日記をずっと持っている。
そして、私は思う。
人に興味を持つことを教えてくれたのは、あの人の父親ではなく、母だったのだと。

母は私に何かを伝えようとしていた。でも、私はそれを理解するのが遅すぎた。
母がくれた言葉は、私はまだ消化できていない。

それでも、私は前に進もうと思う。
母の思いを胸に、私は今日も生きている。

私が母の日記を見つけた翌日、外出先から帰宅すると、郵便受けに一通の手紙が入っていた。差出人は父の弁護士だった。
封を開けると、そこには父からの手紙が入っていた。

「娘へ。母のことは、父に任せなさい。母はお前のことを誰よりも大事に思っていた。お前は母の娘だ。お前が幸せになれることを、父は願っている」

私は手紙を読み終え、しばらくその場に立っていた。
父が私にこんな手紙を送ってくるなんて、思ってもみなかった。

父は母と離婚してから、新しい家族を作っていた。
私は父を恨んでいた。
「母を捨てた人」だと思っていた。

しかし、この手紙を見て、父の気持ちが少しだけ分かった気がした。
父は母のことを想っていた。でも、どうしていいのか分からなかったのだ。

私は手紙を引き出しにしまった。
そして、母の日記を開く。
母の言葉をもう一度読み返す。

「娘には幸せになってもらいたい」

その言葉を胸に、私は少しずつ前に進もうと思う。
それが、母への恩返しになるはずだから。CONTENT:
「母さんが倒れた」と、父から突然電話がかかってきたのは、仕事が終わって家路につく途中だった。
電話の向こうの父は、いつもより声が小さかった。
「今、病院に向かってる。お前も来てくれ」

病院に着くと、母はベッドに横たわっていた。意識はあるが、顔色がひどく悪い。
医者の話では、大腸がんが見つかったらしい。
「ステージ4です」

その言葉を聞いた瞬間、私は何も言えなくなった。
母は私の手を握って、こう言った。
「ごめんね。あんたにこんな心配をかけて」

私は首を振った。
「何言ってるの。母さんが謝ることじゃない」

しかし、医者の説明を聞くと、余命は長くないことが分かった。
「もって半年程度でしょう」

私はその日の夜、病院の廊下で一人になった。
半年。母があと半年でいなくなる。
その事実が、どうしても現実として受け入れられなかった。

病院から帰ると、私は母の部屋に入った。
母がいつも使っていた机の引き出しを開けると、一冊のノートが目に入った。
表紙には何も書かれていない。開いてみると、母の手書きの文字が並んでいた。

最初のページには、こう書かれていた。
「今日、娘が生まれた。女の子だ。私はこの子を絶対に幸せにする」

私はさらにページをめくる。
「娘が生まれてから、私は毎日が忙しくて、ゆっくり話す時間もなかった。もっと話してあげればよかった」
「娘が婚約を破棄された時、私はほっとした。あんな男と結婚しても幸せになれないと分かっていたから。でも、娘は私に何も話してくれなかった。これは私のせいだ」

私は涙が止まらなかった。
母は私のことをこんなに考えてくれていたのか。
私は母にいろんなことを話さなかった。話すのが苦手だと思っていたから、母もそう思っていたのだ。

最後のページには、こう書かれていた。
「娘が私に何も話してくれないのは、私が娘に何も話してこなかったからだろう。私は娘に、ちゃんと話を聞いてほしかった。でも、自分から話すことができなかった。娘には、私みたいに自分の気持ちを押し殺して生きてほしくない。娘には幸せになってほしい」

私はノートを閉じた。
母は私に何かを伝えたかった。でも、それができなかった。
母との距離を縮めることができなかったのは、私も同じだった。

母が亡くなったのは、それから三か月後のことだった。
私は病院で母の最期を看取った。
母は私の手を握りながら、こう言った。
「あんたはいい子に育ったよ。ちゃんと幸せになりなさい」

そして、母は静かに息を引き取った。
私は母の顔をしばらく見つめていた。
母は、最後まで私のことを心配していた。

葬式の後、私は母の部屋をもう一度片付けた。
机の引き出しには、あのノートがあった。
私はそれを手に取り、家に持ち帰った。

あれから数年が経ち、私は今、こうして母の日記を読み返しながら、自分の人生を振り返っている。
母が残してくれた日記には、私の知らない母の気持ちがたくさん書かれていた。
私はあの時、母に何も話さなかった。それは、私が悪かったのかもしれない。

でも、母は怒ることなく、ただ私を見守っていてくれた。
母の日記を読んで、私はやっと母の気持ちを知ることができた。
「娘には幸せになってほしい」

その言葉を胸に、私はこれからも生きていく。

今、私は母の日記を読んでいる。母が書いた最後のページには、こうあった。
「娘は、私と同じように、自分の気持ちを言えない子だ。だから、私は娘に手紙を残すことにした。これを読んでくれたら、私はそれでいい」

私は日記の最後のページをめくると、一枚の手紙が挟まれていた。
そこには、母の字でこう書かれていた。

「娘へ。
あんたが生まれてから、私はあんたにいろんなことを教えられなかった。話すことも、感情を伝えることも。そんな私のせいで、あんたはずっと苦しんでいたかもしれない。
でも、私はあんたのことを誰よりも愛している。
あんたが幸せになることを、私は心から願っている。
母より」

私はその手紙を読んで、涙が止まらなかった。
母はずっと私のことを想っていた。私が思っている以上に。
私はその手紙を大事にしまった。
そして、母が残してくれた言葉を胸に、今日を生きていく。

「母さん、ありがとう。私、ちゃんと幸せになるから」

私は母の日記を閉じて、窓の外を見た。
空は晴れている。
母がくれた言葉を、私はこれからも忘れない。

母が亡くなった後、私は母の日記をずっと持ち歩いていた。
しかし、それだけではなかった。
母の日記には、もう一つ、後日談が書かれていた。

母は、私がまだ幼い頃、父に暴力を振るわれていたことがあったらしい。
母はそれを誰にも言えず、ずっと耐えてきた。
しかし、私が小学生になった頃、父は急に優しくなった。
それは、母が父に「離婚する」と言ったからだという。

私はその事実を知って、言葉を失った。
母は私のために、父から離れずにいたのかもしれない。
それとも、私のことを考えて、離婚しなかったのか。

母は日記の中でこう書いていた。
「娘が生まれてから、私はあんたを守るために生きてきた。あんたが大きくなるまでは、どんなことがあっても家を守ろうと思った」

私は母の日記を読んで、母の決意を知った。
母は私のために、自分の幸せを犠牲にしてきたのだ。
私は母に「ありがとう」を言えなかった。
でも、今なら言える。
母がしてくれたすべてのことに対して。

私は日記を閉じた。
そして、母の部屋を借りて、一人で暮らしている。
母が残してくれたこの家で、私は母の日記を読み返す。
それが私の日常になっている。

母の日記には、まだ読んでいないページがある。
私はそれを読み進めるのが怖い。
母の本当の想いを読んでしまったら、私はまた泣いてしまうかもしれない。

でも、母が私に残してくれたものは、その日記だけではない。
母が私に教えてくれたこと、母が私に与えてくれたもの。
それがすべて、私の財産になっている。
母さん、ありがとう。

私はこれからも、母の日記を読み続ける。
母が私に残してくれた言葉を、忘れないために。

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