山品が新社長として初めて工場に視察に来たのは、ちょうど朝礼が終わったばかりの時間だった。俺たちの名前を呼んだ時、背筋が凍るような視線が突き刺さった。2年前のあの会議で、俺と青木は山品の提案をデータと現場の実感をもって否定した。それ以来、山品は場所を選ばず俺たちを睨みつけてくるようになった。
「まさか私に恥をかかせたお前たちが特許システムの開発者とはな。会長から聞いた時は笑ったよ。」
車椅子に座る青木の手が小さく震えた。俺は奥歯を噛みしめながら、それでも冷静さを保とうとした。
中卒の高橋。車椅子の青木。俺たちは15年前からコンビを組んで働いてきた。中学卒業後、家庭の事情で学業を諦めた俺は、現場で技術を叩き込まれてきた。青木は設計を得意とし、俺はその図面を形にする。二人で開発した生産管理システムは、会社の売上の75%を生み出すまでになっていた。10年前に青木が交通事故に遭った時、彼は「会社を辞める」と言った。俺は必死で引き留めた。そんな俺たちの功績に対して、前社長の会長は300万の特別ボーナスを決めた。
「中卒と車椅子のお荷物にボーナス300万を払う価値はない。今日は辞退してもらいに来たんだ。」
山品の声は工場内に響き渡った。周りで作業していた同僚たちの動きが止まる。部長が抗議しようとしたが、山品は一蹴した。
「君たちがいるだけで会社の印象が悪い。辞めてくれるなら、願ってもない。」
青木が小さく息を飲むのが分かった。俺は一歩前に踏み出した。殴りかかりたい衝動に駆られたが、青木の「やめろ、高橋」という声が張り裂けそうな心を押し留めた。暴力でも何も変わらない。それなら、自分の言葉で証明しよう。
「分かりました。辞めます。私は青木と共に辞めることを選びます。中卒と車椅子が、何をどこまでできるか見せてやりますよ。」
「僕も同意見です。ここに居場所はないと理解しました。」
俺たちは背を向けた。後ろから引き止める部長の声が聞こえたが、振り返らなかった。悔しさと同時に、ここで終わるわけにはいかないという強い想いが込み上げてきた。
数日後、俺たちが荷物をまとめに会社へ行くと、会長が直々に待っていた。隣に土下座する山品の姿があった。部長がすぐに動いてくれたらしい。会長は深く頭を下げて、山品の暴走を詫びた。
「私の見る目のなさが招いた結果だ。本当に申し訳ない。」
「会長、頭を上げてください。お気持ちは受け取りました。ですが、私たちは山社長を許すつもりはありません。戻る気もありません。」
俺はそう言って、引き継ぎを申し出た。これは山品のためではなく、会長や部長、同僚たちのためだ。青木も静かに頷いた。
「引き継ぎはきちんとやらせてください。システムへの誇りは変わりませんから。」
山品は屈辱に歪む顔で謝罪の言葉を絞り出したが、もう遅い。会長は解任を言い渡した。
その後、俺たちは引き継ぎを完遂し、会長の紹介で新しい職場の面接を受けることになった。300万のボーナスと退職金は、会長の強い要望で受け取ることになった。10年分の仕事が封筒一枚に収まっていると思うと、複雑な気持ちだった。
山品は臨時取締役会で社長を解任された。その後は会社に姿を見せなくなったそうだ。
俺と青木は現在も二人で次の仕事を探している。男女問わず、二人セットで雇いたいと言ってくれる会社は多い。新しい職場で何が待っているかは分からないが、俺たちのコンビが壊れることはない。そう確信している。



