「お前、ジャージって。」
学生時代の友人・颯斗に誘われて飲み会に来た俺は、それが合コンの数合わせだとようやく気づいた。ジャージ姿の俺だけが異様に浮いている。
「そいつ、合コンにジャージで来るようなやつだから、全然気にしなくていいよ。」
颯斗はフォローするでもなく、からかうばかりだ。このままいても場を白けさせるだけだろう。そう考えて立ち去ろうとしたその時、見覚えのある美女が近づいてきた。
俺の名前は上田信司。学生の頃から運動が好きなだけの平凡な30歳の一般人だ。社会人になっても時間があればジムに通うほどで、最近は肌寒くなってきたこともあり、学生時代のジャージをよく着ている。通気性が良くて着心地が好きなのだ。
高校時代、俺はサッカー部と陸上部を掛け持ちしていた。足の速さを買われて陸上部の顧問にスカウトされたのだ。毎日のトレーニングは厳しく、悔しくて涙を流すこともあったが、運動が好きで好きでたまらなかった俺には人生で一番楽しい時期だった。
サッカー部ではチームの皆と助け合い、ぶつかり合いながらボールを追いかけた。陸上部では短距離種目で大会に出場し、仲間がいたからこそ誰にも負けたくないと思えた。3年生の夏、サッカーは準決勝敗退、陸上では決勝まで進んだが優勝は逃した。悔しさ以上に「これで終わりなんだ」という思いが強く、一時期は胸にぽっかり穴が開いたような気分だった。
だが、苦楽を共にした仲間のおかげでなんとか立ち直った。卒業後は体育系の大学に進学し、今に至る。余談だが、スポーツ一筋な性格が災いしてか、未だに彼女ができたことはない。多少の焦りはあるが、婚活やマッチングアプリに興味は持てず、30にして半ば諦めの心境だ。
ある日、家に帰ると一通の着信があった。知らない番号からだ。ランニングに行くために着替えようとしていた手を止めて電話を取る。
「もしもし、信司か?俺だよ、颯斗だよ。」
最初は誰だか分からなかったが、その名前を聞いて驚いた。颯斗はサッカー部時代の友人だ。俺がフォワードを担当していたのに対し、彼はミッドフィールダーで司令塔のような役割だった。彼の出すパスは非常に的確で、学業でも優秀だった。だが高校を卒業してからはあまり連絡を取っていなかった。俺が体育系の大学に進学したのに対し、彼は有名大学に進学したため、連絡を控えていたのだ。
そんな友人からの約10年ぶりの連絡。急ではあったが、それ以上に嬉しかった。
「実は今度、元サッカー部のメンバーで集まって飲み会でもしようと思ってさ。同窓会みたいなものだよ。信司も来ないか?」
確かに嬉しいが、酒の席は得意ではない。断ろうとしたその時、颯斗の口から次々に懐かしい仲間の名前が出てくる。こんな機会も早々ないだろう。俺は参加を決めた。
当日、待ち合わせ場所で俺は目を疑った。確かに颯斗がいたが、彼らは女性たちと楽しそうに話していたのだ。サッカー部のメンバーに女性はいなかったはずだ。驚きながら声をかけると、颯斗は俺の姿を見て盛大に吹き出した。周りの女性たちも馬鹿にしたような声をあげる。
「お前、ジャージって。」
颯斗たちは皆スーツ姿で、女性の中には露出の激しい服を着ている人もいた。俺は状況が飲み込めず立ち尽くしていると、女性の一人が「そろそろ中入りませんか」と言い出し、俺たちはゾロゾロと入店した。
全員が席につき、注文が終わったところで颯斗が自己紹介を始めた。そこまで来て、俺はようやくこれが合コンだと気づいた。おそらく数合わせのために呼ばれたのだろう。俺が恋愛沙汰に無関心だと分かっていて、合コンと誘っても断られると考えたのだ。
「えっと、上田信司です。よろしくお願いします。」
当然自己紹介など考えていなかったため、名前だけ言って次の人に回した。一瞬場が白けたが、颯斗が「そいつ合コンにジャージで来るようなやつだから」と言って空気を戻す。だが、俺をいじる颯斗の顔は明らかに馬鹿にしたようなものだった。
女性たちの自己紹介では、颯斗の指示により好みの男性のタイプを言うことになっていた。そして、筋肉がありすぎる人より細い人の方が好みというのが共通していた。それを聞いて理由が分かった。自慢ではないが、俺は相当にごつい。スポーツだけでなく筋トレも欠かさずやっていたからだ。颯斗は女性たちの好みを事前に聞いておいて、それに合致しない俺を数合わせ兼引き立て役に呼んだのだろう。
自己紹介も終わり、乾杯しようというタイミングで遅れてきた参加者が現れた。
「あれ?もしかしてもう少し遅い方が良かったか?」
そう言って現れたのは、親友の小泉生吾だった。サッカー部の頃、俺と同じくフォワードだった彼は、ボールさばきがうまく、相手ディフェンダーをスイスイ交わしてゴールを決める分かりやすいエースだった。勉強もできてメンバーへの気遣いもできる。まさにセンスの塊で、俺よりもはるかにモテるタイプだ。にも関わらず性格はサッパリしていて、細かいことを気にしない。
そんな生吾と俺は高校3年間、なぜかクラスがずっと同じだった。同じクラス、同じサッカー部、同じフォワード。そんな偶然もあって、いつしか親友と言えるほどの仲になった。唯一、今でも連絡を取り合っているのは生吾だけだ。俺が今日の飲み会に参加しようと思ったのも、しばらく会えていなかった生吾に会おうと思ったからだ。
生吾は颯斗に促されて空いていた席に着き、注文をしてから自己紹介した。
「小泉生吾です。昔はサッカー部でしたが、今はジュエリーデザイナーをやっています。よろしくお願いします。」
そう言ってお辞儀する姿に、女性たちは釘付けになっていた。生吾はスーツをスマートに着こなし、手首には素人目でも高級と分かる腕時計をしている。顔が良くスタイルもいい上に服装もあって、注目をかっさらうのはあっという間だった。女性たちが生吾を見ながらヒソヒソと小声で話し合っているほどだ。
しかし颯斗にはそれが面白くなかったのだろう。
「そいつ、今はデザイナーとかやってておしゃれだけど、学生の頃なんかいっつも同じ服ばっかり着てたよな。」
生吾は困ったような笑みを浮かべる。確かに学生の頃の生吾はよくジャージ姿だった。だがそれは外に出てもランニングをすることがほとんどだったからだ。むしろ彼が選ぶ私服は何かとおしゃれで、一目でセンスの良さが分かるほどだった。
俺は親友が言われのないことで悪く言われるのが我慢できず、つい声を上げてしまった。
「何言ってるんだよ。全然面白くない。誰も笑っていないだろう。」
しかし颯斗は悪びれたそぶり一つ見せない。
「なんだよ、実際そうだっただろ?」
颯斗は隣のメンバーに同意を求めるが、彼は「どうだったかな」と濁している。颯斗はすぐに俺の方に視線を戻した。
「そもそも、お前こそ何だよ。合コンにジャージで来るなんて失礼だと思わないか?もう帰ったらどうだ?」
俺は呆れてため息をついた。どうせここにい続けても楽しめないだろう。言われた通り帰ることにして席を立ち上がった。生吾と話せなかったのは残念だが、また機会はあるだろう。空気を悪くしたことに罪悪感を抱きつつテーブルから離れようとしたその時、見覚えのある女性が近づいてきた。
「あれ?社長も来てたんですか?」
俺のことを知っているようだ。颯斗が驚くのが視界の端に見えた。
「ああ。けどちょっと気分が良くなくて、今から帰ろうと思ってたところだよ。」
「そうなんですか。皆さん驚かれてますけど、何かあったんですか?」
俺は颯斗たちの顔を見た。皆一様に驚きを隠せないようだ。だが生吾だけは違った。
「ああ、彼女、彼の秘書なんだよね。」
颯斗が食いつく。参加者全員がどよめき始めた。男性からは「あいつマジか」という驚愕が聞こえ、女性たちからは「秘書ってことは、あの人、社長?確かにさっき社長って呼ばれてた気が」という疑問が上がる。
女性は状況を察したようで、俺が頷くのを見てすぐに説明を始めた。
「えっと、とりあえず自己紹介からしますね。私は日田彩佳です。彼が経営しているジムで秘書として働いています。」
日田さんはそのまま俺の経歴について話し始めた。実は俺は好きだった筋トレを生かしてジムを立ち上げていたのだ。お客様第一主義を売りにし、丁寧なマンツーマン指導が有名になり、今では全国に展開するほどになっている。目立つことは好きではないから雑誌やテレビのインタビューは全て断っているが、利用者の口コミで人気を得た。特に女性から高い人気を得ている。そしてそのジムの経営を秘書として支えてくれているのが日田さんなのだ。
「そういえば私は友達に異業種交流だからって誘われたんですけど、社長はどうしてここに?」
一通り説明が終わると日田さんはそう疑問を投げかけてきた。俺は答えに詰まる。騙されてここに来たのだが、それを説明するのは正直だるい。ただでさえ注目を浴びているのに、これ以上注目されるのも嫌だ。
「普通に友人に誘われただけだよ。」
颯斗の顔を横目にそう答えて、俺はその場を立ち去ろうとした。しかし話はそれで終わらなかった。
「なんだよ。それなら早くそう言ってくれよ。」
立ち去ろうとする俺の肩を颯斗が掴む。振り向くと、颯斗は全員に聞こえるように声を張り上げていた。
「お前、昔からやる時はやるやつだと思ってたよ。学生の頃も勉強は微妙だったけど、部活はすごかったもんな。」
わざとらしい態度で若干の誹謗を交えながら言う颯斗に、俺はため息をついた。社長である俺をいじりの対象にして空気を悪くしたのを帳消しにしようというのだろう。それとも俺との関係から日田さんと繋がりを得ようとしているのか。どちらにせよ無理がある。女性たちからの視線は冷ややかだが、彼はそれに気づいていないようだ。
「昔から無口で目立つの嫌いだったもんな。」
肩を組んでそう話す颯斗は正直に言って鬱陶しかった。だがそこに助け舟を出してくれたのは他ならぬ親友の生吾だった。
「昔のことばかり言ってるけど、お前はどうなんだよ。お前こそ昔はよく他人に口出ししてチームの雰囲気悪くしてたよな。」
颯斗の動きが止まる。確かに颯斗はミッドフィールダーで司令塔的な役割だったが、それゆえにメンバーに文句を言うことも多かった。要するにわがままを言うことが多かったのだ。時には身勝手とも言えるような言動もあり、度々衝突が起こっていた。
颯斗は焦ったような顔で反論しようとしたが、それより早く生吾が追撃する。
「腕時計もそんなに安そうなものつけて、浮いてるぞ。」
颯斗は俺の肩に回していた腕を隠すように引っ込め、生吾を睨みつけた。だが生吾は涼しい顔で受け流す。そのうち颯斗は顔を真っ赤にさせたまま、無言で店を出て行ってしまった。
その後、結局俺はその飲み会にそのまま参加した。元サッカー部の友人たちから一緒に飲もうと誘われたからだ。俺としては合コンの雰囲気自体も肌に合わなかったが、生吾に頭を下げてまで引き止められてしまっては参加せざるを得なかった。颯斗に変わって生吾が進行役を務めた合コンは、俺に気を使ってかほとんどただの飲み会のようになっていた。
飲み会も2時間ほどで終わり、お開きにしようという時、生吾から「まだ時間平気か」と聞かれた。俺と生吾は解散後、個室の居酒屋に入って二人で飲み直すことにした。
「さっきは無理に引き止めて悪かったな。」
「別にいいよ。頭を下げられたのには驚いたけどな。」
俺がそう答えると、生吾はいつもとは違う真剣な表情を浮かべた。
「実は……来週からアメリカに行くことになったんだ。」
生吾の顔にはどこか寂しさのようなものを感じた。世界的に有名なジュエリーブランドにヘッドハンティングされたそうで、日本を離れる前に俺と会いたいと思ったそうだ。俺は最初こそ驚いたが、同時に納得した。生吾が合コンに参加するような性格ではないため、ずっと疑問に思っていたのだ。
俺は自分のグラスを持ち上げる。
「別に永遠の別れってわけじゃないだろう。これからも定期的に会って、一緒に飯でも食おうぜ。」
俺の言葉に生吾は笑って「そうだな」と答え、乾杯した。
生吾がアメリカに立つ日、俺は空港まで見送りに向かった。普段は余裕のある態度を崩さない生吾にしては珍しく緊張しているようだったが、俺の姿を見るとどこか安心したような表情になった。
「じゃあ、またいつかな。」
「ああ、またいつか。」
硬い握手を交わし、生吾は搭乗口に向かっていく。俺はその後ろ姿を見ながら、いつかアメリカにうちのジムを設立しようと思った。そのためには今までよりもはるかに苦労するかもしれない。それでも目標に向かって進むことはきっと楽しいことだと思う。
いつかアメリカで生吾を驚かせてやろう。



