「離婚届、もう書いてあるから。これにサインして出て行ってくれない?」
そう言って夫の年明が突きつけてきた書類には、すでに彼の署名が入っていた。隣には、彼が毎晩通いつめていたスナックのママ、ユナが立っている。そして、義母はそれを当然のことのように見守っていた。
「どういうこと?あなた、ずっとこの人と浮気してたの?」
「察しが悪いな。見て分かるだろ?」
そう言って、ユナの肩を抱き寄せる年明。私より若くて綺麗だから、口うるさくないから、仕事しろと責めないから——そう並べ立てる。
呆れて言葉も出なかった。3年間、彼のために在宅でフリーランスの仕事をして家計を支えてきたのに、彼はそれを「ただの遊び」と鼻で笑っていたのだ。
「おばさん、早く出て行ってくれない?私が住むんだから」
ユナが勝ち誇ったように言う。義母も「可愛い嫁の方がいいわね」と笑っている。親子揃って、私を騙し続けていたのだ。
でも、その時私は思った。——好きにすればいい。痛い目を見るのは、あなたたちの方よ。
私は何も言わずに離婚届を受け取り、荷物をまとめて家を出た。
3ヶ月後、予想通り年明から鬼電がかかってきた。
「どういうことだ!家に家賃不払いの通知が来たぞ!お前、俺の貯金を持っていったな!」
「家賃を払っていたのは私よ。毎月、あなたの口座に振り込んでいたんだから」
「な、なんだって…」
年明は自分の通帳すら確認したことがなかったらしい。彼が毎日スナックで飲み食いして散財していたから、貯金はとっくに底をついていたのだ。
「そういえば、あなたの元同僚に偶然会ったんだけど。あなた、自主退職じゃなくて、クビになったんですってね」
「ど、どうしてそれを…」
年明が上司に首にされたことは、後から知った事実だった。彼はそれを隠すために田舎への移住を強引に押し進めたのだ。何が「管理職になれる実力があった」だ。
「お前、俺の貯金で生活してたんじゃなかったのか?」
「残念ながら違うわね。フリーランスから始めて、2年前に法人化したの。今は10人の社員を抱える会社よ」
「はっ、たった10人かよ。小さな会社じゃないか」
笑っているが、うちの会社は少数精鋭で、わずか1年で10億の収益を上げている。年明には一生分からないだろう。
結局、家賃を払えなくなった年明たちは家を追い出され、私の新居に乗り込んできた。
「この家の名義を俺に変えろ。それで俺の口座に入金してくれ」
「私たち、もう離婚してるのよ?」
「元夫婦のよしみでさ、頼むよ」
恥も外聞もない。ここまでしてプライドを守りたいのか。私は笑顔で提案を受け入れた。そして、名義を変更した後、新居へ移り住み、彼らの連絡をすべて断った。
さらに3ヶ月後、今度はユナから電話がかかってきた。
「あの…ユナですけど…父の会社を見捨てないでください。謝るから…」
ユナの父親の会社は、私の会社のグループ傘下にあったらしい。業績が悪化して、見限ろうかと考えていたところだった。
「あなたの件とお父さんの件は別物よ」
そう言って電話を切ったが、ユナは諦めなかった。年明と義母を連れて、私の会社まで押しかけてきたのだ。
「父の会社を助けてください!」
「家賃を払ってくれ!」
「私も家政婦として働くから!」
3人とも、自分勝手なことばかり言っている。今さら助けを求めても、遅いのだ。私は彼らを無視して、自家用ジェットで海外へと飛び立った。
その後、聞いた話では——年明と義母は家賃が払えずに家を追い出され、年明は闇金に手を出して、ユナのスナックに転がり込んだらしい。しかし闇金の取り立てが酷くて店は閉店。二人は橋の下で暮らしているそうだ。
全く、地道に働けばいいものを。楽して稼げることばかり考えて、結局は自業自得だ。
私は今、シンガポールを拠点に、世界中の大企業と取引しながら順調に事業を拡大している。
あの人たちにとって、私は「薬病神」だったのかもしれない。でも、実際は——私がいなければ、彼らは何もできなかっただけのこと。



