まどかさん、今どこにいるの?あなたがいないうちに、あなたの車が燃えちゃってるわよ。
ママ友のふみかさんから、そんな電話がかかってきたのは、バーベキュー会の日のことだった。私は、その言葉に頭が真っ白になった。
私は松井まどか。夫と小学校3年生の娘と暮らす、普通の専業主婦だ。毎日に大きな不満はないけれど、ただ一つだけ、どうしても苦手な人がいる。それが、ママ友の大沢ふみかさんだった。
ふみかさんは、いつも私にだけ、きつい仕事を押し付ける。
「まどかさんは専業主婦なんだから、暇でしょ?今度のバーベキューの準備、やっといてね。」
そう言って、私にだけ準備を押し付けて、ふみかさんは何もしない。学校の行事の準備も、地域の掃除も、ほとんど私や他の専業主婦のママたちにやらせている。他のママたちも、ふみかさんの態度には、みんな腹を立てていた。
バーベキューの日、私は車が必要だった。でも、うちの車は夫が出勤に使うし、大量の荷物を運ぶとなると、大きな車がいる。困っていると、夫が言った。
「俺の父ちゃんに頼んでみたら?父ちゃんなら、大きな車を持ってるはずだ。」
夫の勧めで、私は義父に連絡をした。義父は岐阜で暮らしている。
「もしもし、お父さん。お願いしたいことがあるんです。今度、ママ友会でバーベキューをすることになって。でも、その日が平日で、うちの車が使えなくて。よかったら、お父さんの車を貸してもらえませんか?」
「なんだ、そんなことか。いいよ、構わない。大きい車を用意しよう。荷物も運ぶんだろう?他のママさんたちも乗せるかもしれないし、アクシデントもあるといけないからな。自由に使いなさい。」
義父は快く承諾してくれた。これで準備は万全だ。私は前日に岐阜から車を借りて、荷物を詰め込んだ。
そして、当日。岐阜の車でバーベキュー場にやってきた私を見て、ふみかさんは露骨に嫌な顔をした。
「はあ、まどかさんって、すごくいい車に乗ってるのね。専業主婦なのに、ご立派なこと。」
「そんなことないわよ。この車は、義父に借りたの。」
「まあいいわ。ほら、バーベキューを楽しみにしているママたちが大勢いるんだから、さっさと準備しなさいよ。もたもたしないで。」
ふみかさんは、缶ビールを片手に椅子にふんぞり返って、あれをしろ、これをしろと指示を出すばかり。自分は何もせず、お酒を飲み続けている。私はグリルの準備から炭火起こしまで、ありとあらゆる仕事を押し付けられ、目が回りそうなほど忙しく働いた。
「もう、専業主婦のくせに手際が悪いわね。まどかさんは、いつも家事をサボってゴロゴロしてるからでしょ。情けないわね。」
私が少しでも動きを止めると、ふみかさんはわざわざ大声で嫌味を言う。それなのに、本人は椅子から立とうともせず、他のママにビールを持ってこさせては、ご満悦そうに肉とビールを楽しんでいた。
私はへとへとになるまでこき使われたが、バーベキューもようやく終わりに近づいた。汚れた皿を片付け、グリルを洗っていると、ママ友のみち恵さんが話しかけてきた。
「まどかさん、手伝うわよ。まどかさんにばかり面倒な仕事をやらせて、本当にごめんなさいね。」
「みち恵さん、ありがとう。みち恵さんだって、ずっと料理をしていたじゃない。こっちこそ、手伝ってもらって悪かったわ。」
「それにしても、ふみかさんったら、いつもひどい性格だけど、今日は特にひどいわね。まどかさんばかりにきつい仕事を押し付けて、自分は何もやらないで見ているだけじゃない。今日来てる人はみんな何かしら手伝ってくれているわ。ふみかさんみたいにふんぞり返って何もしない人なんて、一人もいないわよ。一体、何様のつもりかしら。」
「そうね。でも、ふみかさんっていつもそうじゃない?」
「確かにそうだけど、今日はいくらなんでもひどすぎよ。特にまどかさんに対するあの態度はひどいわ。私、途中でふみかさんにビールかけて帰ろうかって、何度も思っちゃったもの。」
そう言うと、みち恵さんはこう提案した。
「ねえ、まどかさん、もう帰っちゃわない?」
「え?帰るって?」
「実は私、子供が習い事をしてて、そろそろ送りに行かないといけないの。だから早めに帰る予定だったんだけど、まどかさんも一緒に帰っちゃいましょうよ。今日のまどかさんは十分働いたもの。今帰っても、他のママさんは怒ったりしないわよ。」
「そうかしら。」
「そうよ。他のママさんも、ふみかさんがまどかさんばかりに仕事を押し付けてひどいって話をしていたもの。絶対に許してくれるわよ。」
私はみち恵さんの勧めに従い、今日はもう帰ることにした。実際、疲れ果てて、これ以上動ける自信もなかった。私は信頼できる他のママに後片付けと車のことを任せ、鍵を渡すと、みち恵さんの車に乗り込んだ。
そうして車に乗って30分ほど経った頃だろうか。私のスマホに、ふみかさんから電話がかかってきた。
「ヤッホー、まどかさん。もう今どこにいるの?あなたに報告があります。なんと、今あなたの車が燃えちゃってます!」
「何言ってるの、ふみかさん。車が燃えてるって、一体どういうこと?」
「だから、まどかさんの車が燃えちゃってるのよ。キャンプファイヤーみたいに燃えてるわよ。すごいわね。」
「ちょ、ちょっと待ってよ、ふみかさん。その車、私の車じゃないのよ。岐阜から借りた車なの!」
「え、これまどかさんの車じゃないの?私、てっきり。」
「それで、怪我人はいないの?もう消化したの?火は消えそう?消防署の手配は?」
「えっと、それは……そのうーん、どうだろう?」
ふみかさんは、車が私のものでなかったことに焦ったのか、私の質問に曖昧なことしか言わない。これでは話にならないと思った私は、みち恵さんに頼んでバーベキュー会場へ戻ることにした。
バーベキュー場に戻ると、車は燃えている。消防車が来て、火は何とか消し止められたが、車はすっかり焼けてしまい、もう乗れる状態ではなかった。
「どういうこと?ふみかさん、どうして岐阜の車が燃えることになったの?」
「違うのよ、まどかさん。私、てっきりまどかさんの車だと思って。あ、それに悪気があったわけじゃ……」
ふみかさんは真っ青になって、何を聞いてもまともな返事すら戻ってこない。仕方なく、私は鍵を渡しておいたかおりさんに何があったのか聞くことにした。かおりさんの話によると、ふみかさんは私の車のそばに薪を集めると、「キャンプファイヤーだ」と言いながら火をつけたのだという。そして、焚き火の場所と車の場所があまりに近すぎたため、私の車に火が燃え移ったのだそうだ。
「かおりさんから話は聞いたわ。車のすぐそばで焚き火をしたのは本当なの?」
「ふみかさん、違うのよ。悪気があったわけじゃないわ。私、あの車はまどかさんのものだと思っていたし。」
「私の車だから、わざとそばで焚き火をしたんでしょ。ふみかさん、火が燃え移っても笑っていたって、他のママさんが言っていたわよ。それに、ふみかさん、私に電話した時も笑っていたわよね。ふみかさん、わざと車を燃やしたんじゃないの?」
「もう怒らないでよ。わざとじゃないわ。本当に事故だったのよ。」
「どちらにしても、車の持ち主である岐阜には話をさせてもらうわね。一応言っておくけど、岐阜はヤクザの親分をしているの。車が好きな岐阜だから、弁償の修理代を支払ってもらうと思うわ。覚悟をしておいてね。」
「え、まどかさん、ヤクザと親戚だったの?そ、そんなの聞いてないわよ。」
私の言葉に、周囲のママたちも驚いた。ヤクザの親族だと知られたくはなかったが、岐阜から車を借りているのだから、真実を話さないわけにはいかないだろう。
真っ青になって呆然と立ち尽くすふみかさんを横目に、私は警察と消防を呼ぶ。やってきた消防車により火は無事に消し止められたが、車はすっかり焼けて、もう乗れないのは明らかだった。警察は私たちの話を聞き、事故として処理をした。そうしてみんなが慌ただしく働いている中で、ふみかさんだけは事故の処理がまだ終わっていないうちから姿を消していた。きっと、自分が思っていた以上に大事になってしまい、恐れて逃げ出したのだろう。
後始末を終え、家に帰った私は、すぐに岐阜へ連絡した。
「ごめんなさい、お父さん。」
そう言って、私はバーベキュー会場での出来事を岐阜へ伝えた。岐阜はひどく驚いた様子だったが、車が燃えてしまったこと以上に、ふみかさんの態度に腹を立てている様子だった。
「そうか。それは大変だったなあ。まどかさん、他のママさんたちに怪我人はいなかったのかい?」
「幸い、誰も怪我はしませんでした。でも、お父さんの車は、もう走れる状態じゃなくなってしまって。」
「それは気にしなくても大丈夫だ。他のママさんたちが乗った時にうっかり傷つけても心配がないように、もうすぐ廃車にする予定の車を貸したんだよ。」
「それに、そのふみかとかいう女は、少し礼儀がなってないな。弁償の話もせずに逃げ帰ったのは筋が違うだろう。本来なら真っ先に俺へ詫びを入れるのが筋じゃないか。ふみかってやつは、いつもそうなのか?」
「そうですね。ふみかさんは、いつも人に仕事を押し付けておいて、責任を取る必要がある時は、いつも先に逃げ出すような性格なんです。」
「うん。なるほどな。よし、決めたぞ。まどかさん、この件、俺に預からせてもらえないか?」
「お父さんにですか?」
「ああ、俺からしたら、大事な車を燃やした女だ。その件で、きっちりと弁償をさせたいところだからな。」
「わかりました。車の弁償の件もありますし、お父さんにお任せしますね。」
こうして、私はふみかさんの件を岐阜へ任せることにした。
それから1週間後、私がみち恵さんたちと話しているところに、急にふみかさんが割り込んできた。
「ちょっと、いい加減にしてよ。全部、まどかさんの仕業なんでしょ?」
「え、急に何の話?何かあったの、ふみかさん?」
「白々しいのもいい加減にしてよ。うちに何度もいたずら電話をしているのは、あなたなんじゃないかって言ってるの。」
「本当に、全然心当たりがないんだけど。一体、何のことを言ってるの?」
「知らばくれするつもりなら、もういいわ。でも、これ以上うちにちょっかいを出したら、ただじゃ置かないから覚悟しなさい。」
ふみかさんは一方的にそう告げ、私の前から去っていく。理由も分からずぽかんとしている私に、みち恵さんがこっそりと教えてくれた。
「私はふみかさんの近所に住んでるから、噂で聞いているんだけど、ふみかさんの家、最近ワン切り電話がよくかかってくるんだって。」
「え、そうだったの?全然知らなかったわ。」
「その電話なんだけど、ふみかさんが出るとすぐに切れるんだけど、ふみかさんの旦那さんが出たり、かけ直した時は、ふみかさんの色々な悪事を吹き込んでくるらしいの。」
「悪事?ふみかさんのしてきたことを、旦那さんに誰かが告げ口しているってこと?」
「ええ、そうみたい。ふみかさんは根も葉もない悪口だって言い張ってるけど、旦那さんの話を聞く限り、今までふみかさんのやってきた悪事そのものを教えているみたいなのよ。ふみかさんが他のママにしてきた嫌がらせとか、仲間にしたためとか、そういう話が多いんだって。しかも、日に日にその悪口……あ、違うわ。事実だから、垂れ込みの方が正しいのかしら。とにかく、その電話の内容が詳細で、ひどい内容になっていくみたいよ。」
「そんなことがあったのね。全然知らなかったわ。」
「もう、うちの近所では結構有名よ。旦那さんもふみかさんの行動は怪しく思っていたから、その電話をいたずらだと切り捨てることができずに、ついつい話を聞いちゃうんだって。」
みち恵さんからそんな話を聞いてから、さらに1週間ほど経った後、買い物から帰ってきた私を、ふみかさんが呼び止めた。
「まどかさん、いい加減にしてって言ったでしょ。こそこそと裏で私の周囲を嗅ぎ回るなんて、卑怯よ。」
ふみかさんはそう言いながら、封筒を投げつけてきた。封筒の中からは、担任教師と共にホテルへ入っていくふみかさんの写真が何枚も撮られていた。
「な、何この写真?全然知らないわよ。それより、ふみかさん、この写真どういうこと?これ、うちの学校の先生よね。」
「知らばくれしないでよ。私を付け回して変な写真を撮ったのは、まどかさんなんでしょ?こんな写真をポストに入れておくなんて。」
「待って、落ち着いて、ふみかさん。こんなところで大きな声を出したら、ご近所さんがびっくりするわよ。」
ふみかさんの声を聞きつけたみち恵さんが、すぐに私たちの間に割って入る。そして、ふみかさんの投げつけた写真を手に取ると、驚いたように目を見開いた。
「ちょっと、ふみかさん、この写真、あなた、教師と不倫なんかしてたの?」
「ち、違うわよ。その写真は、まどかさんが合成でもしたんでしょ。私をはめようとして作った偽物よ。」
「でも、この写真の撮影時間が、昨日のお昼頃になってるわよね。この時間、私やまどかさんはPTAの打ち合わせがあったの。他のママたちも参加してるから、まどかさんにこの写真を撮ることなんてできないわよ。」
「嘘よ!絶対、まどかさんが私に嫌がらせをしてるのよ!」
「ふみかさん、やけにまどかさんにこだわるけど、あなた、まどかさんに復讐されるような心当たりでもあるの?」
「そ、それは……それに、この写真も合成には見えないわ。まさか、本当に教師と不倫してるんじゃないでしょうね。」
「そ、そんなわけないでしょ!もういいわよ!」
ふみかさんは私たちの手から封筒を奪うと、不機嫌そうに足音を立てて去っていった。
「みち恵さん、ありがとう。おかげで、変な疑いをかけられずに済んだわ。」
「PTAに出ていたのは本当のことじゃない。それにしても、あんなに怒るなんて、ふみかさん、本当に教師と不倫していたのかしら。そうだとしたら、一大事ね。一体、どうなっちゃうのかしら。」
ふみかさんは不倫はしていない、写真は偽物だと言い張っていたようだが、不倫していたという噂は、あっという間に近所に広まっていた。証拠の写真はふみかさんの夫にも届き、激しい追求を受け、ふみかさんは不倫を認めたのだ。それから、ふみかさんの家では夫婦仲が悪化し、ふみかさんはすっかり弱り切っていた。
だが、それからさらに1週間後、私が家にいると、ふみかさんが突然訪ねてきた。
「やっぱり、今までの嫌がらせ電話は、まどかさんの差し金だったのね。」
「ちょっと、いきなり何のこと?落ち着いてよ。ふみかさんの家に届いている悪口の話なら、私は本当に覚えがないのよ。」
「嘘ばっかり。この録音を聞いても、そう言える?」
ふみかさんはそう言うと、スマホで録音した音声を聞かせた。録音されていたのは、私の義父の声だった。
「『おい、ふみかとかやら。いい加減、まどかさんに迷惑をかけるのはやめるんだな。不倫だって良くない。きちんと夫に謝罪するんだ。それと、俺の車を燃やした弁償代、早く支払うように言ったな。』」
「この声は、お父さんの声だわ。」
「ほら、やっぱり!まどかさんがヤクザの身内に頼んで、私を脅すために嫌がらせの電話をしてたんでしょ!この卑怯者!」
「ちょっと待って、ふみかさん。確かに、岐阜はふみかさんの周囲を探っていたのかもしれないわ。車が燃やされた時、岐阜が『ふみかさんのことは任せて欲しい』と言ったから、私は岐阜に託すことにしたの。だから、岐阜はふみかさんの周辺を探ったんだと思うわ。」
「だからなんだって言うのよ!」
「岐阜が調べた上で証拠が出たら、ふみかさんが不倫をしていたのは本当のことなのよね。それなら、岐阜の言う通り、ちゃんと旦那さんと話し合った方がいいと思うわよ。それに、ふみかさんが岐阜の車を壊したのも本当のことなんだから、弁償するのも当然だと思う。」
「私に迷惑をかけないようにと岐阜は言ってるけど、私は普通に接してくれるだけで十分なの。全部、当たり前のことしか岐阜は言ってないはずよ。それなのに、ふみかさんは何ひつできてないじゃない。ヘリクツを抜かさないで。」
「まどかさんがヤクザの身内を動かして、私の家族にあることないことを吹き込んだんでしょ!これ以上、我が家にちょっかいを出すなら、私も弁護士に相談して、まどかさんを訴えてやるから!」
ふみかさんが玄関でわめき散らしている。その時、ふみかさんの背後から、大きな人影が現れた。
「おいおい、随分と騒がしいな。一体、何事だ?」
「ああ、お父さん!」
「え、まどかさんのお父さんって、ヤクザの親分をしているっていう……」
ふみかさんは、義父の姿を見ると、すぐに小さくなった。義父は大柄な上に、見るからに恐ろしい風貌をしているから、怯えるのも無理はないだろう。義父は、小さくなるふみかさんをじろりと睨みつけた。
「おやおや、あなたは確か、ふみかさんですな。この前は、私の車をボロボロにして、未だに弁償金も支払ってくれてないようですか?いつになったら、弁償してくれるんでしょうか?」
「い、いえ、その……あ、あの……お、お金が今ないので、もう少しお待ちいただければ……」
「ああ、そうですか。それと、ふみかさんに伝えたいことがあったんですよ。」
「え、ええ、私にですか?一体、何でしょう?」
「実は、大事な息子の嫁であるまどかさんを散々こき使った挙げ句に、私の車をぶち壊したという話を、うちの組員にしたところ、組の連中もすっかり激怒いたしましてね。『ふみかさんの周辺を調べるのを徹底的にやりたい』と言うから、任せたんです。そしたら、出るわ出るわ、悪事の数々。」
「今、まどかさんと話しているのが聞こえてしまったんですが、あなた、まどかさんや私たちを訴えるとか言ってましたよね。」
「そ、それは、その……私、生活があります。ヤクザに脅されたら、市民として通報の義務もありますから。」
「なるほど。それはごもっともです。これなら、私としても、悪事をする犯罪者は、通報しなければいけませんな。」
「な、何を言ってるんでしょうか?私は別に、悪いことなんて何も……」
「ふみかさん、あなた、旦那さんの会社に侵入して、会社のお金を横領してますよね。」
義父の言葉で、ふみかさんの表情が凍りついた。
「な、何を言っているのかしら?全然、身に覚えはありませんけど。」
「そうですか。こちらとしては、しっかり証拠は押さえてあるんですけどね。さて、もしあなたが警察に通報するというのなら、私も善意の一市民として、会社の金を横領している犯人を通報しなければいけませんな。」
「そ、それは、脅しのつもりですか?」
「ははは、まさか。ただ、事実を申し上げただけです。さて、それでもあなたはまどかさんを訴えますか?」
義父の言葉に、ふみかさんは黙り込んだ。その様子から、横領しているというのは本当のことのようだ。
「通報されたくなければ、この町から出ていくことです。それなら、我々はこの件を多言しませんが、どうしますか?」
「分かったわよ。出ていくわよ。出ていけばいいんでしょう!」
ふみかさんはそう告げると、私たちの前から逃げるように去っていった。
「お父さん、わざわざ来てくれたんですね。本当にありがとうございます。でも、まさかふみかさんが、そんなに悪いことをしているなんて……」
「ああ、周辺を調べていた組員も驚いたよ。『やけに羽振りがいいと思ったら、不倫に盗みまでするなんて、ヤクザもびっくりの相手だったな。』」
私たちは、逃げていくふみかさんの背中を眺め、そんなことをつぶやくのだった。
その後、ふみかさんは夫から離婚を突きつけられたようだ。ふみかさんの子供は旦那さんが育てるということで、ふみかさんは家から追い出された。不倫相手に散々貢いできたふみかさんは無一文になり、文字通り路頭に迷うことになったのだという。その上、ふみかさんの夫が務める会社側が横領に気づき、ふみかさんは逮捕されることとなる。会社の金庫にある金額と帳簿の金額が合わず調査した結果、ふみかさんがお金を盗んでいるところが監視カメラに映っていたのが決め手となったようだ。
不倫相手の教師も、不倫が明るみに出て懲戒免職となり、無一文になった。ふみかさんは不倫相手に頼ることもできず、刑務所に入ることになる。そして1年後、ふみかさんは釈放されたが、慰謝料も支払えない状態だった。当然、義父の車の弁償として請求された8000万円も払う当てがなく、義父の組員に捕まり、無理やり仕事を押し付けられることになる。それは、稼ぎこそいいが、海外で働かされるというきつい仕事だった。ヤクザたちに捕まったふみかさんは、すぐに海外に飛ばされる。義父の話だと、一生戻ってくることはないだろうということだった。
ふみかさんがいなくなって、この地域も以前よりずっと暮らしやすくなった気がする。
「そうね。でも、小学校の校長先生が辞任したのは驚いちゃったわね。」
「教師が生徒の親と不倫していたら、仕方ないわよ。やっぱり、不倫ってダメね。自分だけじゃなく、家庭も壊すもの。」
「私たちみたいな庶民は、真面目に暮らしていくのが一番ってことよね。ええ、派手さがなくても、平和な毎日を過ごせるって、本当に幸せなことなのね。」
私はみち恵さんと話をしながら、平和に過ごせる日々に、改めて幸せを噛みしめるのだった。



