俺は山本。50歳で地方の工場の工場長をしている。高校を卒業してからずっとこの工場で働いてきた。昔はたくさんあった工場も、機械化が進んで次々と潰れていった。うちも倒産の危機に遭ったが、俺たちが長年培ってきた技術を評価してくれる会社に吸収される形で生き残った。だが、最近になって状況が変わった。
新しく社長が来ることになったのだ。前の社長が引退すると聞いた時は、年齢的にも仕方ないと思った。だが、新しい社長が来てからすべてが変わった。
上野という新しい社長は、工場に来るなり「なんだこのボロい工場」と言い放った。出迎えた俺たちを見て、「工場も古けりゃ人材もじじばかりだな。おまけに頭も悪そうだ」と見下してきたのだ。
俺たちは腹が立ったが、相手は社長だ。無駄な意見を言って反感を買うのは得策ではない。俺は必死に怒りを抑えて、「確かに年は重ねていますが、技術力は他に劣りません。培ってきた技術を若い世代にも伝えていきたいと思っています」と丁寧に接した。
しかし上野は社員を集めてこう言ったのだ。
「人件費が一番かかっているんですよね。本社ではすでに機械化やグローバル化が進んでいます。この工場にも手を入れようと思っているんですよ」
ま田が疑問をぶつけた。
「グローバル化ですか?」
上野の態度が変わったのはここからだった。半笑いで「人材もグローバルにしていかないと。何より外国人労働者の方が人件費が削減できるからな」と馬鹿にしたように言う。
俺も聞き返した。
「どういうことですか?」
俺の中では、この技術を持った今の社員たちを切るなんてありえないことだと思っていた。まさか本社もそんなことを考えているとは思わなかったのだ。
上野は笑い出し、とんでもないことを言った。
「田舎者は理解力もないのか。つまり安い海外人材を入れるから、低能じじ軍団は全員首だよ」
俺たちはあまりの理不尽さに声を揃えた。
「首だなんて…」
俺はカチンと来て声を上げた。
「低能じじ軍団というのは私たちのことですか?」
上野は頷いた。
「他に誰がいる? あんたたちほとんど高卒でしょ? うちの会社は今、大卒しか取ってないの知らない? 工場勤務とはいえ、学歴がないのは困るんだよ。しかも年だけ食って頭の硬い連中にはこれから先は任せられないね」
俺はなんとか怒りを抑えながら言い返した。
「俺たちが今までどんな技術でこの会社を支えてきたと思っているんだ。うちは主力商品の修理も任されているんですよ。ここで私たちを首にしたら、誰ができると言うんだ」
上野は笑った。
「最近、本社の近くに新しい工場を建てたんだ。最新のロボットも導入して、技術も効率も完璧だよ。そんなことも分からないあんたらに価値はないね」
俺は自分のことよりも、一緒に頑張ってきた仲間がこんな風に言われることに腹が立った。拳を握りしめる俺を、ま田が落ち着かせる。
すると上野が言った。
「明日、新しい工場を担当しているエリート社員が来るから、あんたらは自主的に仕事があるかどうか確認してくれ」
そう言い残して、上野は笑いながら工場を出ていった。
取り残された俺たちは怒りのやり場がなかった。
「こんなことがありえるのか…」
俺はみんなを守りたくて言った。
「明日、その担当者に話をしてみる。自主的になんかじゃなくて、技術の確かなお前らを今までと同じ条件で雇ってもらえるよう懇願してみるよ」
しかし、ま田を始め、他の社員たちが首を横に振った。
「山本、工場長として責任を感じているのは分かる。でも、あんな風に言う奴らの元で俺たちは働く気にならんよ。それより、俺に一ついい考えがあるんだが」
「いい考え?」と全員が首をかしげた。
翌日、俺たちは上野が来るのを待った。上野は「新しい工場を担当するエリート社員」とやらを連れてきたが、こいつも上野と同じで俺たちを見下し、「古い時代の人材なんていらない」と言い放った。
腹は立ったが、どうせこうなるだろうとは分かっていた。俺たちは全員で上野に退職届を突きつけた。上野はニヤリと笑って「ご苦労様でした」と言った。
俺たちに未練はない。こんなところ、やめてやる。全員が同じ思いで工場を立ち去った。
とはいえ、俺たちはこれで終わりではない。すぐに俺たちは作戦会議のために別の場所に集まった。ま田が昨日言ったアイデアを膨らませるためだ。
ま田は新しく俺たちで工場を立ち上げることを提案してくれた。誰もがこのままではいられないと思っていたし、あんな言葉を浴びせた上野たちを見返してやりたいと思った。
「だったら、晴れて堂々と上野たちと戦おうじゃないか」
一致団結した。今さら俺たちが別の業種に転職するなんてできると思えなかったし、何よりもったいない。俺たちにはこの技術がある。この武器を最大限に生かすことにしたのだ。
まずは工場の確保だ。ま田が隣の廃業した工場を使えないかと言い出した。地元に顔の広い従業員が所有者を調べてくれて、あの工場を借りられそうだという。資金繰りは難航するかと思ったが、ま田の銀行員時代の同僚が相談に乗ってくれ、俺たちは隣の廃業した工場を復活させ、起業することになった。
初めは地元の小さな仕事を受け負った。利益も必要だが、それよりも長年培ったこの技術を人のために役立てたいと思い、少ない利益で始めたのだ。
依頼は日に日に増えていく。俺たちはどんなに小さな仕事でも手を抜かず丁寧に行っていたので、その点も周りから評価されることになったのだ。
ある日、出勤途中で前の工場に外国人たちが入っていく姿を見かけた。海外人材を入れると言っていたのは本当だったのだ。それは日を追うごとに増えていくように感じた。新しい工場を建てたと言っていたし、あの工場は潰すのかと思っていたが、どういうわけかずっと稼働している。俺たちは疑問に思っていたが、上野の会社のことなどどうでもいいというのが本音だった。
しかし、ある時ま田が情報を持ってきた。
「前の会社、こんな商品出してきたらしいぞ」
見ると、今までの価格よりもかなり安い新商品が掲載されている。「機械化によって低価格を実現」という記事が、上野の得意げな顔写真と共に載っている。
上野はおそらく機械化という部分を押し出したいのだろう。どのような機械を使っているのかまで俺たちには分からなかったが、製品を見る限り、まだ機械では難しいだろうというものもある。だから隣の工場の海外人材はそういったところに使われているのだろうというのが俺たちの見解だった。
今までよりも大幅に安い値段なので、上野のところの新商品はかなり売れたらしい。すると、俺たちが隣の工場で新しい事業を始めたとどこからか聞きつけた上野が、突然やってきたのだ。
「低能じじ軍団はこんなところにいたのか。まあ、あんたら他にできる仕事もないだろうしな。なんならうちの下請けとして修理を受けてやってもいいんだぞ。ただし、俺にきっちり頭を下げたらだけどな」
上野はニヤニヤしながら俺たちにそう言ってくる。しかし、俺は言い返した。
「お言葉ですが、我々の事業も順調ですので」
上野は「強がっていられるのも今だけだろう」と鼻で笑ったが、俺は言ってやった。
「それはこっちのセリフだ。仕事の邪魔なんで、出て行ってもらえませんか」
上野を相手にせず、追い返した。
俺の宣言通り、その後も俺たちの工場は順調に売り上げを伸ばし、知名度も上がっていく。高い技術がないとできない作業が全国から依頼されるようになったのだ。俺たちは変わらず丁寧な仕事で依頼人を満足させた。
俺はま田に言った。
「あの時、ま田がいてくれなかったらこうはならなかったよ。ありがとう」
ま田は照れながら返す。
「何言ってんだよ。俺だって山本がいたからここまで来れたんだ」
そんな時、従業員の一人が新聞記事を持ってきた。なんと、上野の会社で問題が起こっているという。
どうやら、修理に出したものが修理できず、壊れたものなのに「修理完了品」として手元に送られてきたとか、以前の商品を修理してもらおうと問い合わせをしたら、開会を進められて修理してくれなかったとか、そういった声が随分と上がっているという。
はっきり言って、信用度は地に落ちただろう。俺たちが今まで担っていた修理は、機械にできるものではない。よほど優秀な人がいない限り、修理は不可能なのだ。
それを分かっていたから俺は上野に懇願したのに、聞く耳を持たなかった。上野の責任だろう。俺たちは「ざまあ見ろ」と思っていた。
すると翌日、上野と他に複数人のスーツを着た人間がうちの工場にやってきた。
「何の用ですか?」と俺たちが聞くと、上野は頭を下げた。
「うちの商品の修理を依頼させてください」
俺は言った。
「はあ? あんたが俺たちを首にしたんだろう」
他の従業員たちも頷いた。上野は首を横に振り、
「いや、あれはほんの冗談で、まさか全員がやめるなんて思っていなかったんですよ。今回、修理が他の工場でもできないことが判明し、色々なところに相談したところ、こちらの工場が技術力が高く非常に優秀だと聞いたんです」
その瞬間、ま田が口を開いた。
「あんた、何言ってんだ? 俺たちへの首宣告が冗談? ふざけるな。山本はあんたの会社のために長年尽力してきた。言っておくが、こんなに優秀な工場長は見たことがないほどだ」
そのま田の言葉も聞かず、俺たちを首にした結果が今だろう。なのに俺たちに修理を頼むなんて筋違いだろうが。
上野はその勢いに押されたが、相当切羽詰まっているのだろう。それでも俺たちに向かって「そのことは謝る。だからなんとか手を貸してほしい」と懇願する。
俺がみんなの顔を見ると、みんなが首を横に振った。そんなお願いは聞けないということだ。
俺も同じ意見なので、上野を見て言った。
「うちがあんたの会社に協力することは永久にありません。かつて『低能じじ軍団』とまで見下されたあんたに、誰が協力すると思う? 俺たちにもプライドがある。うちはうちのやり方で、高い技術と丁寧さを武器に色々な仕事を受けるようになった。信用もされている。あんたたちとは正反対なんだよ。あんたはベテランの職人を見下し、機械化やグローバル化をすると俺たちを首にした。それなのに今になってから『あれは冗談だった』とか、ふざけたことしか言わない。低能だったのは、どうやらあんたらの方だったようだな」
上野はうなだれた。上野の取り巻きたちも俺たちに強く言うこともできず、ただ上野に従うだけのようだ。すごすごと帰ろうとする上野に、俺は声をかけた。
「そういえば」
上野はもしかして条件をつけて修理を引き受けてくれるのではとでも思ったのだろう。少し希望を持った顔で振り向いた。しかし、俺は言った。
「以前『強がっていられるのも今だけだ』と言われましたが、その言葉、そっくりそのままお返ししますね」
うちの従業員はその言葉に笑い出した。上野の取り巻きたちは眉間にしわを寄せたが、上野は絶望したような顔でうなだれながら帰っていく。
その後、上野の会社は労務ビザのない外国人を低賃金で働かせていたことが発覚し、厳しい罰則を受けた。海外人材に頼っていた工場が動かせなくなり、結局、売上も信用も全てを失ったため、上野の会社は倒産寸前。隣は廃業した工場になった。
一度、上野が「申し訳なかった」とげっそりとした顔でうちの工場に顔を出したが、許すつもりはないと俺たちは追い返した。どうやら上野はうちの工場を使って何か別の会社を立ち上げようとでもしていたらしい。だが俺たちが謝罪を受け入れず追い返したことで、上野は虚ろな目で帰っていった。
あんなに俺たちのことを見下しておいて、よく一言謝っただけで許してもらえるなんて思うな。むしろその行動こそが俺たちを見下していると思う。
上野は工場を閉鎖させるための後処理が必要だったようで、何日かこっちに滞在していたようだ。その中で立ち寄った食事処で、社員たちと話していたと。食事処の客が俺たちに話してくれたのだが、上野の取り巻きたちは就職先が決まらず、上野は家族に見捨てられて、今は住むところがなく会社に寝泊まりしているという。車を売って当分の生活費の足しにしていると、取り巻きたちに愚痴っていたそうだ。
その後、上野の会社は本当に倒産したので、どこかで路頭に迷っているのかもしれない。まあ、自業自得だ。
俺たちの会社は順調で、最近では若手も入社してきた。俺たちはいかなる時でも丁寧に仕事をすることと、技術を高めるために勉強を欠かさないことを教えている。これからもこの技術で誰かの役に立っていきたいと思う。



