いらっしゃい健一さん。ちょうど良かったわ。お話ししたいことが山ほどあったのよ。
玄関先で凍りついた元夫の顔を、私はゆっくりと見上げた。半年前、私を「子供が産めない」という一言で捨てた男が、今は隣の女と腕を組み、私を嘲笑うために来ていた。エリカの派手なコートが、古びた我が家の玄関にはあまりにも不釣り合いだった。
「これ、俺たちの結婚式の招待状だよ。お前みたいな生き遅れには一生縁のない場所だから、特別に見学させてやる」
そう言って差し出された封筒を受け取る代わりに、私は腕の中の小さな命をより強く抱きしめた。その瞬間、健一の顔から血の気が引いていくのがわかった。エリカの勝ち誇った笑顔も、みるみるうちに引きつっていく。
「おい…その子は、誰の子だ?」
震える声が冬の冷たい空気に溶けていく。私は静かに微笑んだ。12年間連れ添った夫は、私が不妊だと決めつけ、何の話し合いもなく捨てた。エリカという女と一緒になって。離婚届を突きつけられた日のことは忘れない。「俺の家系を絶えさせるつもりか」そう言い放ったあの日のことを。
「離婚前から男がいたのか?まさか不倫してたのはお前の方だったっていうのか?」
健一の声が裏返る。エリカは一歩後退し、まるで幽霊でも見たかのような顔をしていた。私は赤ん坊の背中を優しくトントンと叩きながら、ゆっくりと口を開いた。
「不倫?違うわよ。この子は…」
その瞬間、玄関の外から車のエンジン音が聞こえてきた。見覚えのある黒い高級車が、ゆっくりと我が家の前に停まる。運転席から降りてきた人影を見て、健一の顔が恐怖に歪んだ。エリカは「あ、あなた…どうしてここに」と、声にならない悲鳴を漏らす。
「おい、健一。娘に手を出した挙句、捨てた挙句、今度はこんな公開の場で恥をかかせに来たのか」
その声を聞いた瞬間、健一の足がふらついた。私は赤ん坊をあやしながら、かつての夫に最も残酷な真実を告げる時が来たのだと確信した。この子の父親が誰なのか。そして、今日この場に私を助けに来た人物が、なぜ健一とエリカの過去を全て知っているのか。
「ねえ、健一さん。エリカさんに隠れて、あなたが5年前に何をしていたか、覚えてる?」



