親父とのお祝いの日、町を歩いていると、チンピラたちに絡まれた。「高級料亭に行けるほど稼いでるなら、100万円ほど貸してもらおうか」と。仲間たちはニヤニヤしながらこちらを見ている。しかし、普段温厚でのんびり屋の親父は、フッと笑って言った。「貸してやってもいいが、利子は10日で2割になるぞ」。その言葉に、チンピラたちの顔は見る見る青ざめていった。
俺の名前は佐藤大輔。大学を卒業して1年が経つ23歳だ。母を6歳の時に病気で亡くして以来、親父と2人で暮らしてきた。親父はのんびりした性格で、テレビをつけたまま寝てしまうこともある。洗い物が朝までそのままになっていたり、雨の日に洗濯物を干して濡らしてしまったりする、ズボラな一面もある。「なあに、明日は晴れるんだ。また洗えばいい」と、また洗濯機のスイッチを入れるのだ。
幼い頃は、母がいないことでからかわれたこともある。小学校の同級生は、運動会で母が作った色とりどりの弁当を持ってきていた。俺は親父にもらったお小遣いで前日に買っておいた、コンビニのおにぎりとサラダだった。子供心に寂しい思いをしたこともある。それでも親父はいつも笑顔で、大きな体と心で俺を包み込んでくれた。
友達と喧嘩しても、成績が悪くても、怒られた記憶はほとんどない。聞くと、親父も勉強は苦手だったらしく、高校も「名前を書けば入れる」と言われているところに行ったらしい。親父は新聞配達や工事現場など、いくつもの仕事を掛け持ちして俺を育ててくれた。昼夜問わず毎日働いていたと記憶している。
自然と、ある程度の料理なら俺にも作れるようになった。親父は休みの日になると、家事を全て俺に任せて寝るかタバコを吸っているかだった。親父と遊園地に行ったことはなく、お出かけといえば近所の喫茶店のモーニングか、夜に近くのスーパーに行くくらいだ。それでも、それなりに楽しい生活を送っていた。誕生日もコンビニのロウソク付きケーキで十分だった。
中学の時は帰宅部だった。帰りに遊ぶような友達もいなかったので、まっすぐ帰る日が多かった。当時、親父は不動産屋の営業として働いていて、休日でもお客さんの希望があれば物件の内見に出かけていた。成績の悪い答案を見せた時も、親父はあっけらかんとしていた。「ありゃ運が悪かったなあ。大丈夫。勉強できなくても生きていけるから。次は平均点くらい取れたらいい」。そう言われると、逆に勉強しなきゃと思うから不思議だ。
俺は教科書の復習や宿題をしっかりやるようになっていった。コツコツ勉強を続けていると、分かるところが増えていき、勉強が楽しくなった。この経験は、俺の人生にとって思わぬ収穫だったと思う。
高校に入ると、周りでバイトを始める友達が出てきた。その時、俺でも稼げることを知ったのだ。少しでも稼げれば家計の足しになるかもしれないと考え、親父に相談してみた。「俺、バイトしようと思ってるんだ。引っ越し屋とかもいいし、生活費の足しになるだろう」。親父は俺が見せた求人誌を一瞥して、台所に向かった。「バイトしてもいいが、全部お前の好きなように使えばいいよ。気を使ってくれるのはありがたいが、家のことは俺の稼ぎでなんとかなるから大丈夫」。そう言って断られてしまう。結局、バイトの面接を受けることはなかった。
そのおかげで俺は学業に専念でき、偏差値が高いと言われている大学に合格することができた。予備校にも行かずに推薦で合格できたので、高校の先生にも褒められた。
そして今、俺は無事に大学を卒業し、都内のそこそこ大手の企業に勤めている。今日は、内定が決まったお祝いとして、親父に高級料亭の食事をごちそうする日だった。親父は普段、質素な生活をしている。だからこそ、少しでも親孝行がしたかった。俺は親父の隣を歩きながら、久しぶりの親子での外食に胸を弾ませていた。
そんな時に、チンピラに絡まれたのだ。彼らは、俺たち親子が高級料亭に入ろうとしているのを見て、カモにしようと考えたらしい。「親孝行のつもりか知らねえけどよ、そんな金があるなら俺たちにも分けろよ」と、親父の襟元を掴んできた。
しかし、親父はまったく動じなかった。いや、普段ののんびりした態度とはまるで別人のような、冷たい笑みを浮かべていた。「貸してやってもいいが、利子は10日で2割になるぞ」。その言葉に、チンピラたちは一瞬、何を言われたのか分からなかったようだ。だが、親父の目が笑っていないことに気づいたのか、彼らの顔色はみるみる青ざめていった。
「な、何言ってんだ、じじい。ふざけんなよ……」
チンピラのリーダー格が震えた声でそう言うと、親父はゆっくりと胸ポケットから何かを取り出した。それは、表札のような金属製のプレートだった。親父はそれをチンピラたちに見せるように掲げた。そこには、見たこともないような紋章と、俺の知らない組織の名前が刻まれていた。
「俺の名前を忘れたのか? 昔、この町で『不動産のサトウ』と呼ばれていた男を、知っているだろう?」
その瞬間、チンピラたちの顔は恐怖に引きつった。彼らは何かを思い出したように、後ずさりした。「ひっ……まさか、あの……」と、チンピラの一人が悲鳴のような声を上げる。親父は相変わらず穏やかな笑みを浮かべたまま、しかしその目はまったく笑っていなかった。
「今日は息子との大切な日だ。お前たちのような虫けらにかまっている暇はない。さあ、とっとと失せな」
その言葉に、チンピラたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。俺は呆然として、その場に立ち尽くすことしかできなかった。隣に立っている親父が、自分が知っているのんびり屋の親父ではないように思えたのだ。
「よし、行こうか、大輔。せっかくのいい店だ。冷めないうちにな」
親父はまるで何もなかったかのように、そう言って歩き出した。俺は足が動かず、その場に立ち尽くしたまま、親父の背中を見つめていた。「親父……今の、どういう……」と、震える声で尋ねるのが精一杯だった。
親父は振り返り、少し困ったような、それでいてどこか寂しげな笑顔を浮かべた。「……話は、家に帰ってからにしよう。今日はお前がごちそうしてくれるんだろ?」
そう言って、親父はまた歩き出す。俺は、これから始まるであろう話の内容を想像することもできず、ただ親父の後ろ姿を追うことしかできなかった。



