「邪魔だからさっさと帰れよ」――息子の口から放たれたその言葉に、私は全身が凍りつくようだった。38年間保育士として2000人以上の子どもを育て、自分の孫にも毎日朝から晩まで尽くしてきた私が、七五三の日に神社から追い出されたのです。しかも、義父母は高級な着物で孫を囲み、家族写真には私の姿は一切ない。「品がない」と言われ、これまでの教育費850万円も頭金500万円も、私の人生はすべて無駄だったの…

「邪魔だからさっさと帰れよ」――息子の口から放たれたその言葉に、私は全身が凍りつくようだった。38年間保育士として2000人以上の子どもを育て、自分の孫にも毎日朝から晩まで尽くしてきた私が、七五三の日に神社から追い出されたのです。しかも、義父母は高級な着物で孫を囲み、家族写真には私の姿は一切ない。「品がない」と言われ、これまでの教育費850万円も頭金500万円も、私の人生はすべて無駄だったの...

朝ごはんの準備を終え、心を込めて作った七五三の着物の紙飾りを手に、私は孫の晴れ姿を思い浮かべて胸を躍らせていた。色とりどりの千代紙と小さな鈴を縫いつけ、背負い袋には楓が大好きなうさぎの刺繍を施した。楓ちゃん、きっと喜んでくれるわ。期待に満ちた気持ちで神社に足を運ぶと、赤い晴れ着姿の楓がそこにいた。愛しい孫の姿に思わず駆け寄ろうとした瞬間、息子の琢磨が私の前に立ちはだかった。

「何しに来たんだよ」

冷たい視線に言葉を失う私を、琢磨はさらに追い打ちをかけた。「楓の七五三でしょ?お祝いだからって、邪魔だって言ってるんだ。空気読めよ」隣では嫁のメイも氷のような表情で頷いている。「お母さん、招待してませんよね。どうして来たんですか?」楓が私に気づいて手を振ろうとしたが、メイが即座にその手を掴み、私から引き離した。「だめよ、楓。今日は大切な日なの」まるで私が汚れた存在であるかのような扱いに、心臓が締めつけられるような痛みが走った。

重い足取りで帰宅し、リビングに飾ってある写真を見つめた。琢磨の入学式、卒業式、そして楓を抱いた家族写真。どれも幸せだった頃の思い出だ。私は38年間、地域の保育園で保育士として働き、2000人以上の子どもたちを育ててきた。子どもは愛情をかければ必ず答えてくれる、それが私の信念だった。だからこそ息子の琢磨にも惜しみなく愛情と支援を注いできた。大学までの教育費850万円、就職活動で苦戦した時の援助、マイホーム購入時の頭金500万円も迷わず出した。「母さん、本当に助かるよ。いつか必ず恩返しするから」あの時の琢磨の言葉を信じていた。

3年前、楓が生まれてからは毎日朝7時から夜8時まで孫の世話をした。離乳食からおむつ替え、寝かし付けまで、メイが仕事復帰できたのも私の支えがあったからだ。「お母さんがいなかったら、私仕事続けられませんでした」メイも当時はそう言って感謝してくれていた。初めて「ばぁば」と呼んでくれた日の感動は今でも鮮明に覚えている。それなのに、なぜ今日あんな仕打ちを受けなければならないのか。私の何がいけなかったのか。

どうしても諦めきれず、私は再び神社へ向かった。せめて遠くからでも楓の晴れ姿を見たい。その一心で、軽大の橋の近くにある大きな欅の木の影に身を隠した。すると、驚くべき光景が目に飛び込んできた。「楓ちゃん、おじいちゃんと一緒にお写真撮りましょうね」メイの父親が満面の笑顔で楓を抱き上げている。その隣には、高級な着物を身にまとったメイの母親が立っていた。「まあ、楓ちゃん本当に可愛いわ。この着物、似合うでしょう?銀座の店で特別に仕立ててもらったのよ」義母が自慢げに話す着物は、見るからに200万円は下らない一品だった。「お父さん、お母さん、本当にありがとうございます。楓も喜んでいます」琢磨が深々と頭を下げ、メイも嬉しそうに微笑んでいる。楓は祖父に片車で持ち上げられ、大喜びではしゃいでいた。

その光景を見て、私の心に鋭い痛みが走った。私も楓を片車してあげたかった。一緒に写真を撮りたかった。カメラマンが家族写真を撮影する様子を見ていると、琢磨が言った。「やっぱり品のある人と一緒だと写真の映えが違いますね」その言葉に、私は打ちのめされた。品がない。それが私を排除した理由なのだろうか。帰宅後、気になってSNSを確認すると、さらなる衝撃があった。

琢磨が投稿した写真には、楓と義父母が並び、美しい着物姿で笑顔を浮かべている。キャプションには「楓の七五三、おじいちゃんおばあちゃんと一緒に。こちらの祖父母には本当に感謝しています」と書かれていた。私の存在は完全に消されていたのだ。38年間保育士として他の子どもたちを愛し続けてきた私が、自分の孫からも息子からも否定された。何かが私の中でぷつんと切れる音がした。

翌日、私は弁護士事務所を訪れていた。「私、育てた息子に『邪魔』と言われました。今までの費用、すべて回収したいんです」窓際の席で、私は静かにそう告げた。弁護士は驚いた表情を見せたが、私の決意は固かった。850万円の教育費、500万円の頭金、そして3年間の育児支援。すべてを書類にまとめてきた。私はもう、誰かに愛想を振りまく必要はない。自分の人生を、自分自身のために生きる。それが私の新たな決意だった。

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