夫がスナックから帰ってくるなり、離婚届を突きつけてきた。すでに記入済みの紙には、夫の名前と、なぜか隣に立つスナックのママの名前があった。
「今日から母さんと彼女を同居させる。お前はもう用済みだから、これ書いて出しておけよ」
あまりの突然のことに、私は言葉を失った。
「え、どういうことなの?」
「察しが悪いな。見て分かるだろう。いつの間にか俺は、いつも通ってたスナックのママと愛人関係になってたんだよ。お前みたいに家事もできない女じゃなくてな」
若いママはニヤニヤしながら私を見下している。
「奥さんに攻め立てられてかわいそうだったから、私が慰めてあげてたのよ。感謝してほしいわ」
私は呆れてしまった。無職で働こうともせず、毎日飲んだくれている夫を支えているのは誰だと。それなのに、このママは自分のことを何か偉いかのように言っている。
とにかく現実を受け入れるしかなかった。夫はもう私のことを愛していない。ならば、この結婚を終わらせるしかないと覚悟を決めた。
しかし、私は一つ気になることがあった。同居している義母に尋ねた。
「お母さん、もしかして二人の関係をご存知だったんですか?」
義母は悪びれもせずに頷いた。
「ええ、そうよ。知ってたわよ」
私は言葉を失った。親子揃って私を騙し続けていたのか。
それでも、私は義母に別のことを言った。
「それより、私の部屋がないじゃないですか。おばさん、早く出ていってくれませんか?これじゃあ私が住めないでしょう」
すると義母は平然とこう言った。
「あら、追い出すのはかわいそうだから、あなたを家政婦として住み込みで働かせるっていうのはどう?」
それを聞いたスナックのママがキャッキャと笑いながら賛成した。
「あ、それいいわね。そうしたら私も家事しなくて済むし」
二人は自分たちの提案に大満足のようだった。
私がいなくなったらどうなるか、全く分かっていないお気楽な人たちだなと内心呆れていた。だったら痛い目を見てもらおうと決めた。
夫が言った。
「でもお前、離婚しても行くところなんかないだろう。これからどうするんだよ」
私は微笑みながら答えた。
「行くところなんか、世界中にいくらでもあるわよ。あなたたちの家政婦なんてごめんだわ」
そして私は、何も知らない夫に笑いかけた。
「だって私、あなたが思っているような女じゃないから」
夫は顔色を変え、焦り始めた。
実は私、みか子。現在40代。会社の同僚だった年明と職場結婚したばかり。年明は少し自分勝手なところはあるけれど優しかったし、お互い年齢的にそろそろ結婚しないとと思っていたので、ちょうどいい相手だと思っていた。
仕事は好きだったから、結婚後も当然続けるつもりだった。しかし、義母から反対を受けた。
「女が結婚後も仕事しているなんてありえないわ。家事はどうするの?おろかにしちゃだめでしょう。夫を支えるのが妻の勤めなんだから、仕事を続けるのは絶対にだめよ」
「でも今時、共働きなんて普通ですよ。別に仕事くらい続けてもいいじゃないですか」
「だめなものはだめ。続けるならあなたを嫁として認めませんからね」
早くに夫をなくした義母を引き取ったのはいいけれど、古い考えの義母は嫁が働くなんてとめくじを立てる。一言目には「早くやめなさい」と口うるさく言ってくる。
この調子で仕事をすることに反対され続け、私はしぶしぶ仕事をやめることにした。専業主婦として家事に専念することになった。
本当は、ずっと仕事をバリバリこなし続けていたかった。家事は嫌いじゃないけれど、主婦は私にはあまり向いていない気がするし、と心の中でため息をつく。しかし、仕方がないと割り切るしかなかった。
私が専業主婦になると、当然ながら義母は家事など一切せずに私に任せっきり。何ひとつ手伝おうとはしない。
年明も同じ調子だったが、そうなるだろうなと予想していたし、主婦なのだからそれは仕方ないことだと諦めていた。
そんなある日、年明が仕事から帰ると、私にある提案をしてきた。
「なあ、みか子は子供の頃から前速持ちだろう。こんな都会にいないで、田舎に引っ越した方がいいんじゃないかな」
「田舎に引っ越し?どうしたのよ、急に」
唐突な話に目を丸くする。確かに私は幼少時から前速を持っていた。大人になってからはそれも落ち着いて、前速が出ることはほとんどなくなったのだが、そこまで心配かけていたのだろうかと疑問に思う。
付き合っていた時も結婚した後も、私の前速なんて気にすることは一切なかったのに、なぜ今になって。
「何か訳があるの?」
「いや、別に。ただ、俺も最近体調が優しくなくて、都会の騒音が疲れるんだ。田舎の方が体にいいだろう」
夫の言い分はもっともに聞こえたが、どこか不自然だった。しかし、これ以上詰めても答えは返ってこないだろうと諦めて、私は田舎への引っ越しに同意した。
引っ越し先は、夫の田舎にある古い家。義母も一緒に移り住んだ。
しかし、そこでの生活は地獄の始まりだった。義母は私を家政婦のように扱い、毎日のように文句を言ってきた。夫は相変わらずスナックに通い、夜遅くに酔って帰ってくる。
私は少しずつ、この生活に限界を感じ始めていた。それでも、夫を愛しているから、なんとか頑張ろうと思っていた。
ところが、ある日。夫のスマホを見た私は、彼の浮気現場を目撃してしまう。スナックのママとのやり取り。愛人関係にあることを示すメッセージと写真。
私の心は崩れ落ちた。この男のために仕事をやめ、義母の身の回りの世話までしてきたのに、裏切られていたのだ。
しかし、私は反撃を決意した。泣き寝入りするつもりはない。
私はこっそりと行動を開始した。まず、夫の浮気の証拠を集めた。メッセージのスクリーンショット、写真、夫婦の会話の録音。そして、自分が持っていた仕事のスキルを活かして、新しい人生を準備し始めた。
すべてがそろった時、私は夫と義母を呼び寄せた。
「あなたたち、よくも私を騙してくれたわね」
私は撮った証拠を机の上に並べた。夫は顔色を変え、義母も言葉を失っている。
「離婚届は、こちらから出させてもらうわ。慰謝料はきっちりと請求するから、覚悟しておいて」
夫は慌てた。
「ちょっと待ってくれ!俺が悪かった!やり直そう!」
「もう遅いわ」
私は冷たく言い放ち、その場を立ち去った。
私には行くところがある。前から準備しておいた新しい職場。そして、新しい生活が私を待っていた。
夫も義母も、私を家政婦扱いしていた人たちは、結局何も残らなかった。私は自分自身の足で立ち、新しい人生を歩み始めたのだ。



