「もしかして私が会社の金を盗んだとでも言いたいんですか?とんでもない。社長令嬢である私が横領なんてするわけないでしょ。そんな言いがかりをつけられて私はとても傷つきました。高額な慰謝料を請求しますからね」
まさかこんなセリフを聞かされるとは思っていなかった。俺はあ然としてしまった。
みわ子はさらに言った。「私、以前から未動部長には頭から怒鳴られて、メンタルやられちゃってたんですよね。ちょうどいい機会だし、この際きっちり責任取ってくださいよ」
俺の名前はミ藤健一。今年で43歳になる。どこにでもいるような普通のサラリーマンだ。生まれつき運動神経のいい俺は、子供の頃から体を動かすことが大好きだった。野球にテニス、サッカーや剣道など、ありとあらゆるスポーツを楽しんできた。高校時代は名門と呼ばれる高校のサッカー部に所属していた。そこでのあまりにも過酷な練習の日々を思い出すと、今でも額に冷汗が出てくる。だが同時に、部活に明け暮れていた青春時代の経験は、今でも俺にとってかけがえのない大切な宝物だ。運動は体を鍛えるだけでなく、メンタル面にいい影響を与える。子供の頃はそんなことには気づかなかった。だが成長するにつれて、体を動かすことの重要性を俺は実感するようになっていった。
そんな具合に学生時代はずっと体を動かし続けていたわけだが、大学を卒業してから俺の生活は一変した。新卒で大手の銀行に就職したのだ。社会人としての一歩をスタートした俺は、その忙しさに目を回しそうになりながら、毎日仕事を覚えるのに必死だった。その忙しさにかまけて、俺は全く運動しなくなったのである。それどころか、ひたすら仕事に追われる日々のストレスを発散するため、俺は次第に暴飲暴食を繰り返すようになった。その結果、ある日何気なく体重計に乗ってみると、学生時代と比べて10キロも太ってしまっていたのである。
そこでようやく、このままではまずいと思った。俺は自分自身に言い聞かせるようにして、何とか週末にランニングを始めることにした。最初は息が切れて、たったの数百メートルで足が止まりそうになった。だが、それでも毎週続けていくうちに、少しずつ体力が戻ってくるのを感じた。仕事のストレスも、走っている間だけは忘れられるような気がした。そんな生活を数ヶ月続けたある日、俺は会社の近くの公園で走っているとき、ふと見覚えのある車が目に入った。それは取引先の社用車だった。そして、運転席に座っていたのは、うちの会社の経理部に所属するみわ子という女性社員だった。みわ子は社長の令嬢で、かなり高飛車な性格で有名だった。俺は何気なくその車を目で追っていると、みわ子が車を降りて、誰かと会っているようだった。その相手は、他社の人間らしい。何かの取引の話だろうか。そう思いながらも、俺は気にせずに走り続けた。
ところが、それから数週間後、俺は会計報告書を見たときにあることに気がついた。何度見ても、帳簿の数字が合わないのだ。しかも、その不自然な差異が出ているのは、みわ子が担当している取引ばかりだった。俺は直感的に何かあると感じた。とはいえ、相手は社長の娘だ。下手に疑いをかけられない。まずはしっかりと事実を確かめる必要があった。俺は休日を利用して、その取引の明細を徹底的に調べた。すると、ある決まった取引先に対して、明らかに市場価格より高い金額で発注されていることがわかった。そして、その取引先の名前は、みわ子が個人的に会っていた相手の会社の関連企業だったのである。すべては繋がっていた。みわ子は会社の金を不正に搾取している可能性が極めて高い。そう確信した俺は、すぐに上司に相談するか迷った。だが、上司を介せば、みわ子の父親である社長に伝わる恐れがある。そこで俺は、直接みわ子と話し合うことを決めた。
翌朝、俺はすぐにみわ子を会議室に呼び出した。そして、彼女に対してこう問いかけた。「繰り返し行われている不透明な取引について説明してもらえるかな」すると、彼女はこう放ったのである。「もしかして私が会社の金を盗んだとでも言いたいんですか?」
その瞬間、会議室の空気が凍りついた。俺は思い切って指摘した。「いや、君が担当している取引に不自然な点が多いんだ。この帳簿の数字、説明できるか?」しかしみわ子は鼻で笑い、こう言い放った。「とんでもない。社長令嬢である私が横領なんてするわけないでしょ。そんな言いがかりをつけられて私はとても傷つきました。高額な慰謝料を請求しますからね」
まさかこんなセリフを聞かされるとは思っていなかった。俺はあ然としてしまった。みわ子はさらに続けた。「私、以前から未動部長には頭から怒鳴られて、メンタルやられちゃってたんですよね。ちょうどいい機会だし、この際きっちり責任取ってくださいよ」
俺は反撃の言葉を失った。みわ子の態度は完全に逆ギレだった。彼女は自分がやったことを認めるどころか、俺を訴えることまでほのめかしている。確かに俺には確たる証拠がない。帳簿の数字だけでは、彼女が不正を行ったと断定することはできない。もし彼女が社長に告げ口すれば、俺の立場は危うくなる。だが、このまま黙っていれば、会社の金はこれからも流れ続けるだろう。
俺はその場では何も言えず、会議室を出た。その後、俺は自分の仕事机に戻り、しばらく呆然としていた。これは大きな決断を迫られた瞬間だった。みわ子の不正を追求すれば、社長令嬢である彼女を敵に回すことになる。しかし、それを黙って見逃せば、会社に対する裏切りになりかねない。俺は自分自身に問いかけた。会社のためなのか、それとも正義のためなのか。いや、どちらでもない。俺は自分の信念に従うべきだと思った。不正は不正だ。それを隠すことはできない。
俺は何度も深呼吸を繰り返し、その決意を固めた。そして、静かに立ち上がり、自分の上司のオフィスの扉を叩いた。上司にすべてを話せば、事態は大きく動き出すはずだった。だが、そのことを思うと、決して平坦な道ではないことはわかっていた。
扉が開く。上司の顔が見えた。俺は一歩踏み出した。



