弟の結婚式で、まさか自分の席がないなんて思いもしなかった。会場に着いて親族席を見た瞬間、夫の席はあるのに私の名前がどこにもない。家族で困惑していると、お嫁さんのお母さんが近づいてきて、笑顔でこう言った。「あら、まどかさん、来てたの? 今日、招待してたかしら?…

弟の結婚式で、まさか自分の席がないなんて思いもしなかった。会場に着いて親族席を見た瞬間、夫の席はあるのに私の名前がどこにもない。家族で困惑していると、お嫁さんのお母さんが近づいてきて、笑顔でこう言った。「あら、まどかさん、来てたの? 今日、招待してたかしら?...

私はまどか、三十八歳。今から話すのは、可愛い弟の結婚式で起きた出来事と、その結末についてだ。きっと、こんな経験をした人はいないだろう。

私には三歳下の弟がいる。名前はケト。小さい頃から何をするにも私の後ろに隠れていて、とても大人しい子だった。自分の意見をはっきり言うこともあまりないけれど、心はとても優しい。今日はそんな弟の結婚式だ。ここ最近はずっと雨が続いていたのに、今日は見事な晴天。この日を私はずっと楽しみにしていた。デパートで買ったドレスに着替え、ヘアセットを済ませる。準備が整うと、夫と一緒に結婚式場へ向かった。

弟とは頻繁に会っていたけれど、彼女がいたことはまったく知らなかった。結婚すると聞かされた時、家族全員が驚いたものだ。お嫁さんとの出会いは職場で、弟は不動産関係の会社に勤めている。二年前、お嫁さんが入社してきたらしい。仕事中に話す機会はあまりなかったようだが、たまたま帰りの電車が一緒になったことがきっかけだったそうだ。そこからお嫁さんの方から積極的にアプローチして交際に発展し、結婚を決めたのも逆プロポーズだったらしい。いわゆる肉食系女子で、私とは正反対だ。

結婚の決め手は何かと私が尋ねると、弟はこう言った。

「俺と違って、自分の感情を全面に出すからかな。それを見てると、なぜか俺がすっきりするんだよな」

自分にないものを持っている人に惹かれるのは、私にも分かる気がした。

私も結婚して五年目になる。子供はまだいないが、そろそろ欲しいねと夫とは話している。実は夫の仕事はモデルで、テレビにもよく出ているから、知らない人はいないだろう。身長は高いし、顔立ちも整っている。夫になった今でも、見惚れてしまうくらいだ。

私も雑誌のモデルをしている。テレビに出るわけではなく、雑誌がメインだ。親譲りの長身を活かして、高校生の頃から続けている。学生時代は、身長が高いというだけで「おんな男みたいだな」と男子にからかわれて、ずっと長身がコンプレックスだった。けれど、弟の一言で救われたのだ。

「姉貴はスタイルがいいんだから、それを生かすべきだよ」

その言葉で私の考え方は百八十度変わった。それまで、これ以上身長が高くならないようにと避けていたヒールにも挑戦してみることにした。そのサンダルを履いて出かけた時、スカウトされたのがきっかけで、今もモデルを続けている。だから今の私があるのは、全部弟のおかげだ。本当に感謝してもしきれない。

夫との出会いは、雑誌の撮影で一緒になったのが始まりだった。最初はほとんど話すことはなかったけれど、仕事で一緒になる機会が増え、皆で食事に行くことも多くなった。徐々に親密になって交際し、付き合い始めて二年ほどでプロポーズされた。夫は少し無愛想だけれど、本当はとても優しい人だ。

そんな夫と一緒に出席した弟の結婚式で、事件は起きた。

親族席に向かうと、夫の席は準備されていたのに、私の席だけが見つからない。「なんでないの?」「何かの手違いかな」と家族で困惑していると、そこへお嫁さんのお母さんがやって来て、私にこう言い放った。

「あら、まどかさん、来てたの? えっと、今日、招待してたかしら? 見れば分かると思うけど、あなたの席はないから、今日は帰ってくださる」

「え……はい」

予想外の出来事に頭が真っ白になり、状況を把握するのに時間がかかった。口も開いたまま塞がらなかった。家族も同じように固まっている。

「これはどういうことですか?」と夫が尋ねると、お母さんはにっこり笑って夫の腕を掴んだ。

「あら、旦那さん、初めまして。旦那さんは出席してくださいね。一緒に写真も撮りたいですし、みんなに自慢したいもの。実物もやっぱりイケメンね」

「おい、ふざけるな」

夫はお母さんの手を振り払った。

「今日は弟さんの結婚式よ。一緒にたくさんお祝いしましょうね」

また夫にまとわりつくお母さん。夫は冷たく言い放った。

「いえ、結構です。もう帰るので」

そう言って夫は私の手を引き、そのまま結婚式場を出た。慌てて私たちの両親も追いかけてきて、「私たちも一緒に帰るわよ」と言ってくれたけれど、私は二人に留まるよう伝えた。

「ケトが悲しむから、二人は出席してあげて」

それでもお母さんは「旦那さんは結婚式に参加してくれるでしょう? 帰らないで」と引き下がらない。夫は無視を決め込み、また手を掴まれそうになったけれど、「気安く触るな」と睨みつけた。その威圧感に負けて、お母さんはようやく諦めてとぼとぼと戻っていった。

夫の大声に周囲はざわつき始めたが、その後、結婚式は始まり、無事に終了した。

この騒動はもちろん弟の耳にも入った。弟は激怒し、お嫁さんを置いたまま、そのまま実家に戻ってきたそうだ。その話を聞いて、私も実家へ向かった。弟は私に頭を下げて謝ってきた。

「嫌な思いをさせて、本当に申し訳ない」

弟は何も悪くない。私は顔を上げるように言った。

「お嫁さんとお母さんには、顔合わせの一回しか会ったことがなかったのに、どうしてあんな態度をされたのかな?」

私がそう尋ねると、弟はこう話し始めた。

「多分、お母さんの嫉妬だと思うんだ。ちょっと変わった考えの人で、人の悪口もよく言ってるし。お母さん、昔モデルになりたかったみたいなんだ。何度もいろんなところに応募しても不合格ばかりで、結果的にモデルになるのを諦めたらしいんだ。それで、代わりに娘にってモデルの夢を託したんだけど、もちろん娘もモデル体型じゃないから無理でさ。だから二人して姉貴を妬んでるんじゃないかな」

「え、何その理由?」

モデルだというだけで妬まれるなんて、私にはまったく理解ができなかった。

なぜ当日まで、弟は私の席が用意されていないことに気づかなかったのか。結婚式は夫婦で決めるものだろう。一般的にはそうだ。しかし、弟は物静かで自分の意見をあまり言わない。ちょうど仕事も忙しい時期だったようで、結婚式の準備は全てお嫁さんとお母さんが進めていたらしい。私たちへの連絡も全てお嫁さん経由で、席の配置もお嫁さんに任せきりだったそうだ。

それを聞いて、なるほどと思った。今考えると、確かに結婚式関連の連絡は全部お嫁さんからのものだった。実の姉である私への連絡は一切ない。それ自体がおかしい話だ。最初から私を招待する気はなかったのだろう。でも、それがバレてしまうと、モデルとして有名な夫も来ないと思って、ギリギリまで隠していたのかもしれない。その時に気づかなかった私もバカだったと反省した。

弟も今回の件はあり得ないと腹が立ったようで、しばらくお嫁さんとは距離を置いて色々考えると言っていた。それから一ヶ月が経とうとしているが、弟はまだ新居には戻らず、実家で生活している。お嫁さんやお母さんから毎日しつこく連絡が来るらしい。実家の電話にもかかってくるようになり、そろそろちゃんと話し合わなければと思っていると言っていた。

私としては内心、複雑な気持ちだった。あんなあり得ない対応をする家族とは一切関わらないでほしいというのが本音だけれど、大好きな弟の幸せが一番だ。後悔しないように選択してほしいと願いながら、私は見守っていた。

そんな時だった。お嫁さんのお母さんから、私と夫も含めて話がしたいと連絡が入った。なぜ私たちまで招集されるのか。まず謝罪しろよと内心思ったけれど、弟のために我慢して参加することにした。「そんなの参加する必要はないだろ」と夫はずっと言っていたが、最後は渋々承諾して、一緒に来てくれることになった。

そして、家族会議の日がやってきた。お嫁さんの実家で集まることになり、夫と二人で向かった。

こんなことになって、少しは反省しているだろうと思っていた。ところが、お嫁さんもお母さんも反省の色がまったく感じられない。むしろ私の顔を見るなり、お母さんが言い放ったのだ。

「まどかさんは日頃から、私たち親子を見下しているでしょう。ずっと腹が立ってたのよ。まずはそこを謝罪してくれないかしら」

それに便乗してお嫁さんも私を睨みつける。

「少しスタイルがよく生まれたからって何よ? 気分が悪いわ」

「二人を見下したことなんて、一度もありません。勘違いです」

私が反論しても、二人はひそひそと話し続ける。

「生まれつきスタイルがいいだけなのに、人生得だらけよね」
「旦那さんも外見だけで嫁を選んだのかしら」

黙って聞いていれば、いい気になっている。私は怒りで震えそうになった。

その時、夫が机をバンと叩きながら立ち上がり、怒鳴った。

「いい加減にしろ。黙って聞いてればいい気になりやがって。生まれつきスタイルがいいだと? ふざけるな。まどかは日々努力してスタイルをキープしてるんだ。お前らみたいに好きなものを食べてダラダラしてるわけじゃないんだよ。モデルをなめんな。お前らはな、中身の悪さが外見に出てるんだよ。まずは内面から磨き直せ」

続けて、弟も体を震わせながら怒鳴った。

「お兄さんの言う通りだ。姉貴が昔から努力しているのを、俺はずっと見てたよ。何も知らないくせに、好き勝手言うな。二人なんかより姉貴の方が何十倍も何百倍も綺麗だ。お前らなんかと比べるな」

大きな声を出す弟を見たことがなかったので、私は驚いた。お嫁さんもそんな弟の姿に驚いて、今にも泣き出しそうな目でこちらを見ている。

弟はお嫁さんをじっと見つめると、静かに、しかしはっきりと言った。

「今日、姉貴に謝るなら許そうと思ってた。でも、もう限界だ。一緒にはいられない。離婚しよう」

そう言うと、弟は鞄から記入済みの離婚届を取り出し、お嫁さんに差し出した。それを見たお嫁さんは顔面蒼白になり、ついに泣き出した。

「いやよ。離婚だなんて、絶対に嫌」

お母さんは弟に土下座をする。

「こんなことで離婚だなんてありえないわ。離婚なんて絶対にダメよ。考え直してちょうだい。お願いよ」

「ふざけるな。土下座する相手が違うだろ」

弟はさらに怒鳴った。お母さんとお嫁さんは、今度は私に土下座した。

「本当にごめんなさい。許してください」

「今更謝っても、もう遅いよ。離婚する決意は変わらない」

そう言って、弟は泣き叫ぶお嫁さんを冷めた目で見ていた。

その後、しばらくして離婚が成立した。

実は、この先にはまだ続きがある。結婚式での騒動を、弟の同僚が撮影していたらしい。それが会社に出回り、お嫁さんは会社にいづらくなってすぐに退職。お母さんの方も、あまりにも早い離婚を親戚に問い詰められ、中には「ご祝儀泥棒」と批判する声もあったそうだ。

そしてあの時、夫が放った言葉が響いたのか、お嫁さんとお母さんはダイエットを決意したらしく、毎日近所を走っているという噂を風の便りに聞いた。

今回の騒動で嫌な思いをしたのは確かだ。でも、私は弟と夫に感謝している。日頃から私をちゃんと見ていてくれて、こんなにも思っていてくれたのかと、幸せを感じたのだ。

そんな二人を、私は一生大切にしていこうと思う。

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