サングラスをかけた男が、私の店の真ん中で宣言した。「今すぐ500万円持ってこないと、この店をめちゃくちゃにしてやるからな。払えないなら、女の仕事でもして稼いでこいよ。」
一緒にいた他の2人も大声で笑った。私は驚きと呆れが入り混じった気持ちで彼らを見つめた。店内は最悪の雰囲気になっている。スタッフは怯え、他の客は皆帰ってしまった。私は深くため息をついて、こう言った。
「わかりました。500万円用意します。私では払えないので、おばあちゃんに連絡しますね。」
男たちは勝ち誇ったようにニヤニヤしていた。あの顔が、祖母を見た瞬間に怯えに変わるなんて、この時は思いもしなかった。
私は吉城アイリ。まだ若いが、最近自分のケーキ屋を開店させたパティシエだ。仕事は忙しくて目が回るような日々だが、やりたかったことだから充実している。私の祖母は「神山組」の会長だ。唯一の孫である私はいつも可愛がってもらっている。だが、祖母がヤクザであることは誰にも話していなかった。話したことで、たくさんの苦い思い出を経験してきたからだ。
小学生の頃、何も知らなかった私は、祖母がヤクザであることを当時の友達に話してしまった。すると、昨日まで元気に挨拶してくれていた友達が、次の日から一切話しかけてくれなくなったのだ。友達の母親が、こう言っているのを聞いたこともある。「アイリちゃんと仲良くすると、ヤクザからお金を渡せって脅されるよ」
確かに、世間から見ればヤクザの孫と仲良くするのは怖いことかもしれない。私はその日から、祖母のことを隠して生きることにした。今の店のスタッフにも話していない。話すことでまた変な目で見られたり、辞めると言われたりするかもしれないからだ。
店が繁盛してきたある日、店に似つかわしくない客が現れた。入ってきたのは、いかにも悪者とわかる風貌の男3人組だった。先頭の男は派手なシャツを着て偉そうに歩いている。後ろの男は片方がサングラスで、もう片方はピアスをたくさんつけていた。シャツの男に敬語で話していることから、後ろの2人は下っ端だろう。開店して間もない店で、柄の悪い男たちがたむろすれば評判が悪くなる。私はスタッフに言った。
「大丈夫よ。私が話してくるから、みんなは他の作業をしてて」
私は男たちのところへ向かい、大きな声での会話を遮って忠告した。「いらっしゃいませ。お客様の声が他のお客様にご迷惑になっています。申し訳ないのですが、お引き取りいただけますか?」
するとサングラスの男が不満そうに言い返した。「この店は客を選ぶことができる店なのかよ。店に来てくれるだけありがたいと思え」
ピアスの男も馬鹿にしたように笑う。「他の客なんてどうでもいいんだよ。別に誰かを殴ってないだろ」
私は思わず睨んでしまったが、シャツの男が手を差し出して2人を止めた。「高岡、竹森。俺たちはケーキを食いに来たわけじゃないだろう。おい、店長を呼んでくれ」
私は冷静に対応した。「私がこの店の店長です。ご要件は何でしょうか?」
男たちは顔を見合わせて、大声で笑い出した。「こんな若い女が店経営してんのかよ。前代未聞だな」
「店長に年齢は関係ないと思います。とやかく言わないでください」
私が言い返すと、サングラスの男、高岡というらしい男がテーブルに拳を叩きつけた。「文句言ってくるんじゃねえよ。大体新しい店ならどんな客でも喜ぶのが常識だろう」
シャツの男、前野というらしい男が高岡を制した。「高岡、その辺にしておけ。金がもらえなくなる」
高岡はイライラした表情で黙り込んだ。隙を狙って、私は再度忠告した。「これ以上店内の安全を脅かす行為をするのであれば、退店していただきます。今後もし店にお越しになりたいのであれば、別の服装で来てください」
高岡は激怒して、今にも椅子を投げそうな勢いだった。前野は私に質問してきた。「質問なんだけど、この店はちゃんと許可を取って経営してんのか?」
私は入口に飾ってある証明書を指さした。「市役所はもちろん保健所からも許可を得ています。他に何か必要でしたか?」
逆に私が質問すると、前野の口から思いもよらない言葉が飛び出した。「店長はもう1つ許可を取らなきゃいけねえ。俺たちアザブ組の許可をな」
アザブ組。その名前は祖母から何度か聞いたことがあった。しかし決して怖い噂ではなく、小さくて弱い組だという話ばかりだった。高岡が馬鹿にしたように説明してくる。「バカ女のために説明してやるよ。この店の土地は俺たちアザブ組が管理してるんだ。だからここで店を開きたいなら、俺たちに挨拶しに来いってことだよ」
前野も付け加えた。「挨拶の時には貸し折りを持ってこいよ。中身はケーキじゃなくて札束だけどな」
あまりにも漫画のような展開に、私は思わず吹き出してしまった。「貸し折りに札束って、どこの漫画なんですか」
前野が鋭く睨んでくる。「店長にとっては面白い話に聞こえるかもしれないが、ヤクザにとっては常識なんだよ。一般人に例えると、引っ越した日に近所に挨拶しに行くもんだ」
高岡が偉そうに足を組んだ。「あんたが挨拶しに来ないから、俺たちがわざわざこの店に来てあげたんだから感謝しろよ」
私は怒らせないように冷静にお礼を言った。すると男たちはまた馬鹿にしたように笑った。「前野さん、こいつどこまでもバカですよ」「ヤクザである俺たちに怖がらずに対応できるのは、ある意味すごいですけど」
前野は話を支払いに戻した。「アザブ組に金をしっかり払うと、何かあった時に俺たちが助けてやることができるんだ。安心するだろう」
私は納得できなかった。「ヤクザに守られなくても、他のヤクザが一般人を襲うことはないはずです」
高岡が貧乏ゆすりを始めた。「こいつ何でも言い返してくるの、うざいんだが。ヤクザはヤクザでも、危ない奴もいるんだよ。黙って金出せよ」
そうは言っても、その危ないヤクザというのが目の前にいる3人なのだが。前野がニヤニヤしながら付け加える。「黙って支払えばいいんだよ。どこのヤクザも怯えるアザブ組なんだから安心するだろう」
アザブ組がそこまで強いのか。私に言わせれば、祖母が会長をしている神山組の方が圧倒的に強い。それに、問題があったら祖母に相談すればすぐに解決できる。アザブ組に媚びを売る必要はない。しかし、相場を知っておくために聞いてみることにした。「ちなみに、いくら支払えばいいんですか?」
3人は嬉しそうな表情をした。「そうだな。まずは初回で500万円。あとは毎月70万円支払ってくれたら、俺たちは納得するかな」
500万円。開店したばかりの店に、そんな金はない。「500万円なんてすぐに用意できないです。それに毎月70万円なんて、店が潰れてしまいます」
高岡が鼻で笑った。「無理だと言っても、他の店はみんな支払ってんだ。誰かに借りてでも支払うんだな」
私は開業時にあちこちからお金を借りていた。今は売上で全部返済しているが、次また借りることはできない。銀行に相談しても、ヤクザに渡す金だと言えば借してくれないだろう。私が黙っていると、我慢できなくなった前野が突然怒鳴った。「とにかく金を今すぐ用意しろ。それが無理なら、鬼の金貸しにお前を突き出すからな」
鬼の金貸し。祖母から聞いたことがある。ヤクザでも慎重に付き合う金融機関で、金を借りたヤクザは命は助かるものの、危険な仕事をずっとやらされる。私は反論した。「鬼の金貸しって、ヤクザがする借金のことですよね。一般人の私には関係ない話です」
竹森が驚いた表情をした。「まさか鬼の金貸しを知っているなんて。店長、もしかしてヤクザなのか?」
私は慌てて首を横に振った。たまにこういう知識をうっかり話してしまうのだ。「私は普通の一般人です。ただ、ヤクザ映画が好きなだけで、知識がちょっとあるだけなので」
前野は一呼吸置いて、腕時計を見始めた。「とにかく今すぐ500万円用意しろ。どんな手段でも、今回は許してやるよ」
どんな手段でも。私はその言葉を聞き逃さなかった。「わかりました。なら、私の祖母に連絡させていただきます」
男たちは驚いた様子だった。「なんだよ。まさかババアに金請求するのか? 罪な孫だなあ」
高岡の馬鹿にした言葉を無視して、私は店の奥の事務所に向かった。厨房ではスタッフが怯えて隠れていた。「店長、何もされていませんか?」と心配そうに聞いてくる。「大丈夫。もうすぐあの人たちを連れて、ある場所に行ってくるから。お店のこと頼んでもいいかな」
スタッフは快諾してくれた。私は事務所で祖母に連絡した。「もしもし、おばあちゃん。アイリだけど」
祖母は明るい声で答えた。「あいりちゃん、元気そうで何よりよ。何かあったの?」珍しい電話に何かを感じたのか、心配そうな声に変わっていた。「実はね、私が経営するケーキ屋さんにアザブ組のヤクザが来てるの。みかじめ料を請求されて、お金がないって言ったら、鬼の金貸しに突き出すって言ってきたの」
私が事情をすべて話すと、祖母の声はどんどん低くなっていった。「なんだい、アザブ組のちんぴらたちか。分かったわ。お金は私の組で用意させるから。あいりちゃんはそいつら連れて、私のところに来なさい」
電話越しでも伝わる威圧感。祖母は組長を退いて会長になった今も、その存在感は健在だ。私は男たちのところに戻った。「お待たせしました。祖母が500万円用意してくれるみたいなので、場所を移動しましょう」
前野たちはニヤニヤしながら立ち上がった。私は自分のスポーツカーに乗り込み、法定速度ギリギリで走った。後ろの車は追いつくので精一杯だった。目的地は、祖母が会長を務める神山組の事務所。そして祖母の家。久しぶりだ。パティシエの仕事で忙しくて、来られなかった。「すっげえでかい家だなあ」と高岡がつぶやく。私は笑いそうになった。確かに祖母の家は、この辺りではひときわ目立つ大きな日本家屋だ。竹森が前野にそっと耳打ちした。「こんなでかい家を持ってるなら金持ちのはずです。もっと金額を上げて請求すればよかったですね」
この3人は、周りにいる護衛たちに囲まれていることに気づいていない。立っているのは、神山組の幹部クラスのヤクザたちだ。私が来るときはいつも祖母が護衛をつけてくれる。今回はアザブ組のことがあるので、警戒体制はいつもより強化されている。「なんかこの家威圧感ありますよね。黒服の女たちが怖いな」
前野の言葉に、思わず笑みがこぼれた。玄関で幹部の川崎に出迎えられ、前野たちは客間に案内されていった。私は祖母がいる部屋へ向かう。祖母は嬉しそうな顔で待っていた。「アイリちゃん、元気にしてた? 最近連絡なくて、バーバは寂しいんだから」
穏やかな声で話す祖母を見て、私は安心した。「最近家に遊びに来れなくてごめんね。しかも助けてくれるなんて」
祖母は大きく首を振った。「アイリちゃんのためなら、こんなの簡単よ。ちょっとお話ししましょうか」
祖母はソファーに座ると、世間話を始めた。祖母にとって、アザブ組のヤクザなんて会う価値のない弱い存在なのだろう。むしろ久々に会える孫との時間を楽しんでいる。1時間半後、ようやく落ち着いた祖母はゆっくりと立ち上がり、客間へ向かった。
待っている間、前野たちはイライラしながらも、500万円を用意するのに時間がかかっているのだろうと浮かれていた。「やっぱりこんなに金持ちなら、もっと請求して正解でしたよ」
前野は周りの護衛を見回して、とんでもないことを言っていた。「金もいいけど、こんだけ女ばかりじゃ、1人ぐらいよせとか言えそうだよな」
あまりに最低な発言に、私は怒鳴りそうになった。しかし祖母が私を制した。祖母が客間に入ると、前野たちはニヤニヤしながら話し掛けた。「そうだけど、おばさんのところの店長が、アザブ組に金払ってくれなくてさ。500万円をおばさんが用意してくれんだろ」
祖母は大きな声で笑った。ソファーに座ると、自分のことを話し始めた。「アザブ組の組長が、私たち神山組にお世話になっていたことを、君たちは知らないのね。それに500万円なんて安い金額で満足できるのかい?」
前野たちは不思議そうな顔をしていたが、とにかく金が欲しいのか頷いていた。祖母は続けて質問を始めた。「あと、みかじめって犯罪になったけど、それは大丈夫かしら? 支払った方も同罪になることぐらい、知ってるわよね」
祖母の威圧感のある声に、前野たちは震えていた。しかし前野は「要は外部にもらさなければいいんですよね」と開き直って言った。「500万円いただいていいですか?」
祖母はゆっくりと川崎を呼び、500万円の入ったバッグを前野たちに向かって投げた。「ありがたく受け取るぜ。毎月の支払い70万はどうすればいい?」
祖母は意味深に笑った。「次があれば、その時話すさ。もう帰りな」
大金を持った前野たちは、護衛に連れられて嬉しそうに駐車場へ向かった。車に乗ろうとしたその時、高岡が突然大声を出した。「俺の財布がない」
焦った様子の高岡を見て、祖母は何かを思い出したように言った。「そういえば、ここら辺では最近スリが発生しててね。ポケットに財布とかスマホを入れていると、あっという間に取られるのさ」
高岡は顔を真っ赤にして祖母に詰め寄った。「そうやって嘘ついて、俺の財布をお前が盗んだんだろ。この泥棒ババア」
その瞬間、祖母の表情が凍りついた。「そう。じゃあ、いつかあんたに財布を買ってあげるわよ」
高岡がすごすごと下がって車に乗ろうとすると、祖母は幹部に言った。「私もアザブ組の組長に用事があるの。一緒に向かうわ」
前野が慌てて止める。「神山組の会長さんが来られることを、組長は知らないので、それはちょっと……」
祖母は静かに怒っているようで、強い威圧感を放っていた。前野はついに折れた。「わ、分かりました。アザブ組の事務所まで先導します」
アザブ組の事務所では、組長が偉そうに座って前野たちの帰りを待っていた。前野は顔面蒼白だった。前野たちの後ろに立っていたのは、仁王様のような顔をした祖母だった。「組長さん、随分と羽振りがいいようだね。うちの大切な孫の店がみかじめ請求されたって連絡が来たんだけど」
アザブ組の組長は子猫のように怯えていた。「お前ら、よりによってなんで神山組の孫を狙うんだ」
組長が怒りを前野たちに向けると、祖母はさらに怒りを増した。「身内の説教なんて見たくないんだよ。そもそもみかじめ料は犯罪のはずよ。おまけに、サングラスの男が私が財布を盗んだって言いがかりをつけてきたんだ。組長さんはどう責任を取るの?」
組長がうろたえていると、祖母は大きくため息をついて笑い出した。「そっちが神山組に請求してきたんだ。こっちも請求していいわよね。今まで助けてあげた分の4000万円と、事務所の土地4000万円。そしてみかじめ料として、毎月2000万円支払ってもらうわ」
アザブ組の組長は勢いよく土下座をすると、涙ながらに懇願した。「その金額だと、アザブ組は潰れてしまいます。どうか、お許しいただけないでしょうか?」
祖母は鋭く睨んで、ある約束をさせた。「もう二度と一般人からみかじめを請求しないと誓うなら、この話はなかったことにするけど」
組長は泣きながら感謝した。「お前たちも、お礼を言うんだ。あと500万円もお返ししろ」
安心した様子の前野たちは、笑顔で500万円を返そうとした。しかし、祖母はそんなに優しくなかった。「あんたたちには、迷惑料を支払ってもらうよ。それぞれ2億円ずつ。何が何でも用意しなさい」
前野たちは石像のように固まってしまった。「待ってください。俺たち金がないんです。2億円なんて無理に決まってます」
前野が祖母の足にすがりついて謝罪するが、祖母は前野の頭を思いっきり踏んで押しのけた。「アザブ組のことは許しても、あんたたちは私の孫に怖い思いをさせたからね。誰かに借りてでも用意しな」
怯える3人を見て、祖母はあることを思いついた。「あんたたちが孫に脅してた鬼の金貸しに突き出してやるよ。そこで2億円稼いできな」
祖母はそう言うと、鬼の金貸しをしている金融機関に電話をかけ始めた。「俺たち、もう終わりだ」
前野たちはその場に崩れ落ちた。しばらくして、鬼の金貸しの人がやってきて、前野たち3人を連れてどこかへ向かって行った。
あれから数週間後、ケーキ屋には再び平和が訪れた。相変わらず忙しい。「アイリちゃん、いつものケーキを食べに来たわ」
祖母はあれから毎週、店に遊びに来てくれる。「おばあちゃん、そういえばあいつらはどうなったの?」
祖母は微笑みながら答えた。「あいつらは借金を背負わされているわ。辛い仕事だけどね。それぐらいしないと、罪は償えないわ」
そう吐き捨てる祖母の目は、まだまだ現役のヤクザのような鋭さを放っていた。私は片付けてくれた祖母に感謝の気持ちを伝えると、早速ケーキの準備を始める。あんな奴らみたいにならないように。今日も私は、パティシエとして経験を積んでいくのだった。



